第20話 事態

「この首飾り、何かあるの?」

「今日、その首飾りを付けている人を見たんだ。似ていただけかと思ったけどな。その人、すごくやつれててさ。なんとなく気になった」


 ………?? え。思わず思考が停止したんだけど、え?

 いや、さすがに首飾り一つで人生変わるなんて……。そんなことないと思うんだけど。


「とりあえず、それだけ。じゃ」

「ちょい待てやこら」

「ごふっ?! 何をするんですか糞ガキ」


 ここから普通に居なくなろうとするなよ。首根っこ掴んだのはやりすぎたとは思うけど、不安感だけを煽りに煽って去ろうとするのもどうかと思うよ。


「そんな不穏な置き土産いらないんだけど。これ、どうすればいいの?」

「知らん」

「一言?!」


 流石にひどすぎると思うんだけど。

 え、ま、まさか。最近の肩こりや体の倦怠感って、この首飾りが何か関係あるの? いやだ、怖いんだけど。


「ん? なんか、玄関が騒がしいな。何かあったのか」

「え、ちょ、待ってよ!!」


 どうして私を置いていこうとするのさ!! 置いていかないでよ。


 あ、玄関に近付くにつれて話し声がどんどん大きくなる。何か焦っているような、慌ただしい声。何があったの?


「な、んで」

「…………」


 どうやら、怨呪を浄化しに行った人達が帰ってきたみたい。いや、帰ってきたんじゃない。


 軽傷の人でも片目が潰されていたり、重症の人は腕が一本切り落とされたりと。もう戦えなくなってしまった人ばかりだ。

 下半身がない人や、お腹に大穴が空いている人までいる。見るに堪えない残虐死体。


 こんな光景、今まで何度も見てきた。

 守れなかった村人や、一緒に戦ってくれた仲間。戦闘では何があるかなんてわからない。力がないものから、死んでしまう。

 私が生きてこれたのは、もう一人の私の力だ。


 もう一人の私の戦闘能力はそこそこだと思ってる。すごい強いわけだはなく、でも弱くもない。可もなく不可もなくって言った印象。

 ただ、もう一人の私には戦闘技術だけではなく、もう一つ。ここまで生き残れた理由がある。それは、常人ではありえない回復力。


 今のところ分かっているのは、脳さえ破壊されなければどんな傷でも治すことが出来るということ。これはもう一人の私が彰一に言ったらしい。これ以上の情報を聞いても「知らん」の一点張りで意味はなかったみたい。


 こんな、人間ではありえない力を持っているからこそ、今まで生きてこれた。この力がなかったら、私はあっという間にいなくなっていただろうな。


「一体、どれだけ大きい怨呪と戦ったんだろう。応援は呼ばなかったのかな」

「…………怨呪だけではない気がする」

「え、どういうこと?」

「こいつら全員、戦闘慣れした上級だ」

「上級? うそ……」


 上級がこんなに殺られるなんてありえない。上級は経験も豊富だし、戦ってきた月日が違う。確かに、特級や妖裁級には劣るかもしれないけど、それでも充分妖殺隊を支えてくれていた。そんな人達を、ここまで……。一体、どんな強い怨呪が現れたんだ。


 もしかして、今も上級達をこんな姿にした怨呪がどこかで暴れているの? それとも、浄化には成功したの?

 もしまだ野放しにされているのなら、早く特級か妖裁級の人達が向かわないと。このままじゃ、今の倍の人が死んでしまうんじゃ……


「確かに、これ以上の死は妖殺隊の危機でもあるな、ニシシッ」


 後ろから、いきなり声が……。というか、この独特な笑い方。聞いたことがあるぞ。記憶にしっかりと刻み込まれてるぞ。


「よぉ。久しいな、問題児二人組」


 やっぱり……。

 あぁ、なんでここにいるんだ。


幡羅はらさん」

「よう彰一。少しは強くなったか? ニシシッ」


 なんで、何でここにいるのさ。妖裁級である貴方が今ここにいるのはおかしくないですか? 幡羅京夜はらきょうやさん。

 彰一はなんでこの人相手に普通に話すことが出来るのさ。覚えてないの? この人が私達にやってきた酷いこと。


 私はこの人を許さない。彰一を足蹴にしたり、無駄に怪我をさせた。しかも、楽し気に笑いながらだ。

 この人は人が苦しんでいるのを楽しむタイプの人間だ、絶対に仲良くなんてできないししたくない。


「強くなったかは分かりません。それより、なぜ妖裁級の貴方がここにいるのですか? 貴方達には別に寮があると聞いているのですが」

「俺がどこにいようと俺の勝手だろうが。指図してんじゃねぇわ」

「なら、なぜ?」

「おめぇらに用があったんだよ。付いてこい。ニシシッ」


 は? いや。それだけ言い残して怪我人や医療班の人達の間をするりするりと抜けて出入口に向かわないでくださいよ。ついていくなんて言っていないんですが?!


 って、え。なんで。誰も幡羅さんに気付いてないの? 

 慌てているからというのもあるけど、それでも全く気付かないってある? 妖裁級である幡羅さんを知らないというのもおかしい。絶対に知っているはずだ。なのに、なぜ。


「おい、行くぞ」

「え、本当にいかないとだめなの」

「行かなかったら何されるかわかんねぇぞ? それでもいいならここにいればいい。僕は行く」

「ちょ……。もう、わかったよ。行けばいいんでしょ行けば!!」


 彰一の言う通り、どっちにしろ何をされるかわかったもんじゃない。逆らいたいけど、今の私じゃただ返り討ちにされるだけ。素直に言うことを聞かないといけない。最悪だ。


 よいしょっと。


 人込みを縫って外に出たのはいいけど、付いてこさせる気ないじゃん。もうあんな遠くにいるし。


「走るぞ」

「なんでこんなことになるのさぁ!!」


 もう!! あの人嫌い!!


 ※


 やっと追いつくことが出来た。まったく、用があると言っときながらおいて行くって何なのさ。本当に腹が立つ。


 ……用って。まさか、また前みたいに戦えってやつじゃないよね。それなら私、頑として拒否しますから。何があっても戦いませんからね!?


「僕、もう戦いたくないのですが」

「安心しろ。俺も弱ぇ奴には興味ねぇわ」

「そうですか。だとよ輪廻。良かったな」

「……ソウデスネ」


 代わりに聞いてくれたことには感謝するけど、返答が辛辣すぎることに突っ込もうよ!!!!


 ※


 周りの景色が森から草原に変わった。

 妖雲堂は森に囲まれているけど、少し歩けばすぐに何も遮るもののない草原に出る。

 何で森の中に作ったのかわからないけど、不便もないし特に気にしてない。


 自然の中を歩いてるから、すごく気持ちがいい。さっきまでのいら立ちを洗い流してくれているような気がする。気持ちが落ち着いてきたなぁ。


 ん? あれ。幡羅さんの袖。少し赤く滲んでる? あれって血?


「幡羅さん。もしかして右腕怪我してますか?」

「あ? いきなりなんだ」

「いえ。なんか血みたいのが付着してますので、少し気になってしまい……」

「ん? あぁ、本当だな」


 あぁって……。本当に気づいてなかったんだ。ということは、怪我してないってことかな。それならいいんだけど。


「上級が倒せなかったモンを倒してたんだよ。これは返り血。気にすんな」


 ……なに、その顔。なんか、悲しそう? いや、それより、後悔しているような。何を思って血で汚れてしまった袖を見ているんだろう。


 もしかして、あんなに上級の人達が死んでしまったことを悲しく思っているのかな。でも、妖裁級の人ならもう人の死は見慣れてそうだけど。


 いや、そんなことないか。どんな人でも人が亡くなるのは悲しいし辛い。でも、幡羅さんにもそんな感情があるんだって、少し見直してしまった。

 だって、彰一に酷い事した人だもん。そう思ってしまうのは仕方がないと思う。


「あの、幡羅さん」

「なんだ?」

「幡羅さんは妖殺隊に入ってどのくら――……」


 な、なに? いきなり幡羅さんが口元に人差し指を当て制ししてきたんだけど。ん? 周りを気にしてる? 小さく左右に顔を向けてる。

 彰一もわかっていないみたいだな。私を見ても答えなんて書いてないぞ。


「あの、幡羅さっ──」

「来い」

「えっ──えっ!? ちょっ、はや?!!?」

「行くぞ!!!」

「あっ、あきひと〜〜〜!!!」


 なんなのいきなり!! 何がいきなり「来い」なのさ!! それに、「来い」と言ったにもかかわらず姿を一瞬で消しやがった!!

 いや、消したんじゃなくて、瞬発力が人並外れているだけか。もう遠くまで走っていた。

 元々小さかった幡羅さんが、今は米粒。


 彰一もすぐさま反応して追いかけ始めるし!! もう!! 


「どこに向かうのよぉぉおおお!!!」


 女性に合わせるのが普通じゃないの!? レディーファーストってやつを知らんのか貴様らぁぁぁああああ!!!!

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