第7話 え、付き合うの?

「俺はもうダメかもしれません……」

『今月はいつもよりチャンネル登録者も伸びてるし至って順調よ?』


 八坂に絶望を叩き込まれた後、しばらく床を這いずり回った俺は、僅かな希望を託してマネージャーの真城さんに電話を掛けていた。


 風無が失敗した今、話す相手が真城さんしかいなかった。


「どんなにやってもダメなんです……」

『何言ってるのよ。長時間配信してるから見てるファンもいるわよ』

「このままじゃ生きていけるかどうか……」

『少なくとも配信してるだけでお金は入ってくるから死にはしないんじゃない?』


 しかしわかっていたことだけど真城さんも頼りにならない。

 本気で悩んでる俺に対してふざけたことばかりを返してくる。


 それでも俺のVtuber業を担当するマネージャーか。


「はぁ……」

『もうそろそろ本題に入ってもらっていい?』

「……そうですね」


 匂わせだけで理解してもらいたかったけど諦めよう。


「八坂ですよ……もう、どうにもできないところまで来てます」

『具体的には?』

「告白してきました」

『ふーん』

「ここ驚くところなんですけど」


 「えぇっ!? この数日で!?」とかなんかリアクションしようよ。ねぇ。


『いつかするんじゃないかと思ってたから』

「はあ」


 そうなると思ってたなら先に対策とかさ。

 無理か。あいつは止まらないか。


「危機感がなさそうなので一応言っときますけど、相手は現役高校生の新人で、俺は男なので。俺、炎上しますよ」

『え、付き合うの?』

「付き合いませんけど!」


 勘違いしてくる視聴者がいるって話!


『未だに闇也君が嫌がる気持ちがあんまりわからないのよねー。あんなに可愛いのに』

「だから……異性と関わるリスクが大きいでしょ。俺は一人でやれればそれでいいんですよ」

『るりちゃんとはあんなに仲良いのに』

「風無は……同期なんで」

『ふーん、女子なのに?』

「……別に好き嫌いはあったっていいでしょ」


 人なんだから。

 そうだよ。人見知りだから八坂みたいなタイプと関わりたくないのもそりゃあるよ。


 ただ、人としても合う気がしないし、Vtuberとしての生活も不安定になるかもしれないから関わりたくない、それだけだ。


『話してみたら案外気が合ったりしそうだけど』

「ないです。話しましたし」

『あ、話したの?』

「話しました。そこで告白されたので」


 ボイスチャットでだけど。


 というか、ボイスチャットで告白って、今思えばあいつも結構壊れてるな。


「とにかく……気は合わないんで。八坂に、もう付きまとわないよう言ってください」

『ネットでも、リアルでも?』

「それがなくならない限り俺は前みたいに配信できません」


 最近視聴者に言われるんだよ。

 『闇也、ホラーゲームやってるみたいだね』って。


 言われた時は何言ってんだと思ったけど、今思えば俺はずっと八坂から逃げるホラーゲームをやってるんだよ。リアルで。


 あいつから逃げ切らない限り、俺は緊迫感を纏った状態でしか配信できないんだ。


『うーん、ま、そんなに闇也君が悩んでるなら私としても何とかしてあげたいんだけどね』

「何にもできないと?」

『状況がわからないとね』


 そこでようやく、電話の向こうの真城さんは協力態勢に入ってくれたらしかった。

 判断が遅いと言いたかったけど最後まで協力してくれないよりはいいか。


『まず、告白の返事はしたの?』

「当然」

『それは、断ったのにすみれちゃんの様子が変わらないってこと?』

「そうです。全く変わらず付き纏ってきます」

『それはちょっと問題ねぇ』


 「んー」と電話の向こうで真城さんは唸る。


『諦めきれないのかしら』

「どうでしょうね」

『はっきり断ったんでしょ?』

「多分そうですね」


 俺にはわからないけど多分はっきり断ったんだろう。

 本当に困った奴だ。


『……え、多分ってなに?』


 そこで何かに気づいたように真城さんが質問してくる。


「恐らくという意味です」

『えっと、断ったのよね?』

「断ってもらいました」

『……誰に?』

「風無に」

『付き纏ってくる理由それじゃないの!?』


 急に声を荒げる真城さん。なんだうるさいな。


「いや、でも風無はきっと断ってますよ」

『そのるりちゃんへの全幅の信頼がよくわからないけど……闇也君自身は何も言ってないんでしょ?』

「はい」

『じゃあそれよね?』

「いや、二回断る必要はないでしょ」


 それに、俺そういう真面目な話するの嫌いだし。


『あー……はいはい。なるほどね。それで、闇也君は断ったと思って、すみれちゃんが付き纏ってるように見えてるわけね……』

「なに勝手に推理モノ始めてるんですか」


 まるで俺が勘違いしてるかのようなこと言ってるけど。

 失礼じゃない? このマネージャー。


『闇也君って意外と馬鹿なところもあるのね』

「え、今喧嘩売られてる?」


 俺の相談に乗ってくれてるんじゃないの?


『いい? 闇也君』

「はい?」

『闇也君が好きな子に告白したとするでしょ?』

「しないですけど」

『したとして、闇也君に友達がいるとするわ』

「いないですけど」


 このストーリー何一つ自己投影できないんだけど。


『まあいいのよそれは。で、闇也君はドキドキしながらその子からの返事を待ってるの』

「はいはい」

『でも好きな子じゃなくて友達が先にやってきてね』

「はい」

『その友達が急に「告白、ダメっぽいよ」って言ってきたら、闇也君はどうする?』

「とりあえず殴るんじゃないですか?」


 余計な口挟むなぶっ殺すぞって意味を込めて殴るんじゃね。


『わかってるじゃない』

「何がですか?」

『すみれちゃんも今その気持ちだと思うわよ』

「えっ」


 ……いやいやいやいやいや。何を言ってるんだか。


 じゃあなんだ? その理論だと風無は八坂に殴られたってこか? シスコンなのに?

 そんで八坂は風無の言ってることを無視して俺の返事を未だに待ってるって?


 いやいや。いやいやいやいや。


「……え、その場合どうすればいいですか?」

『闇也君が返事してあげればいいんじゃないかしら』

「嫌ですけど」

『なんで!?』


 だってもう返事したじゃん。風無の話聞かなかったのは八坂じゃん。


 俺は悪くないよ。俺は何もしなくていいんだよ。だって何もしたくないもん。


「極力俺は関わらない方向で何とかなりませんか?」

『はぁ……まあ、闇也君がそういうの苦手なのはわかるけどね……でも、すみれちゃんは闇也君から聞かなきゃ納得しないと思うわよ』

「……付き合えないって?」

『そ。そもそも闇也君も、返事しなきゃいけないことはわかってたから、るりちゃんに託したんでしょ』

「……まあ」

『なら、本人に言ってあげればいいんじゃない? 顔を見て話せば、意外と言いたいことは伝わると思うわよ。闇也君の考えてるリスクの話とかも』


 引きこもりの俺とは圧倒的に人生経験の違う真城さんに言われて、さすがにそれ以上は俺も屁理屈はこねられなかった。


 正直、わかっていなかったかと言えば、わかっていたことではある。


「はーっ……」


 思い返せば、小学校でだって習うような基本的なことだ。

 小学校で喧嘩があった時は、先生達も本人同士に話し合わせて無理やり仲直りをさせる。


 たとえお互い不満タラタラでバチバチの状態でも、面と向かって謝れば仲直りしたことになる。


 俺に足りなかったのは、八坂と向かい合って話し合いをする覚悟だったのかもしれない。


「……なるほど」

『わかった?』

「はい……じゃあ、あとは、一人で、考えます」

『うん。頑張って』


 俺が八坂に伝えたいのは、俺が八坂とは付き合えないことと、Vtuberとして俺が八坂と接するリスク。


 正直、文でこの二つを送りつけられればめちゃくちゃ楽なんだけど。

 真城さんの話だと、口で伝えないと、正しく伝わらないんだよな。


 というか恐らく八坂なら文を送った直後に直接会いに来るだろうし。


「……はぁ~」


 やりたくねええええ……。


 ……子供の頃から、俺はこういうことが大嫌いだった。


 小学生の時に声が良いとか言われて朗読劇をさせられそうになった時は当日に休んだし、足が速いとか言われて運動会のリレーでアンカーさせられそうになった時は当日に休んだし、修学旅行の時は普通にインフルで休んだ。


 基本的に少しでもやりたくないことからは逃げるのが俺の主義。


 そんな人類は滅ぼしてくれればよかったのに、下手にここまで生き延びられてしまって、家にこもっていても稼げる仕事を見つけてしまったせいで、この歳になってもまだ逃げられるんじゃないかと幻想を抱いてしまう。


 子供の頃から逃げずにやってきた奴らにとっては、こんなこと悩みの種ですらないんだろうにな。


「告白の返事、か……」


 考えてみると、今までの人生でトップ3には入りそうなくらいやりたくないことだ。

 誰が相手が喜ばないと知ってて返事なんかしたがるんだよ。


 皆したくないと思いつつ渋々やってるに決まってる。

 そんなこと、俺もする必要なんてあるわけ――


「……んぁ」


 その時、スマホに通知がやってきた。

 誰だ、と思ったら、真城さんからURLがメッセージとして送られてきた。


 一瞬スパムかと思ってブロックしそうになったけど、よく見るとそれはYoutubeのURLだ。


「……なんだ、八坂か」


 無警戒にURLをタップすると、たった今始まったらしい八坂の生放送ページが開く。

 配信画面には、有名なホラーゲームのタイトル画面が映っていた。


『はあぁぁあ~……私もやりたくないんですよ? 言っておきますけど全然こういうゲームやったことないですからね? あ、闇也先輩見てますか?』


「見てねぇよ……」


 当然俺のコメントで盛り上がる視聴者。

 『見てるよ』とか勝手に書き込むなよ。


 というかその流れ、もし俺にフラレたらどうするつもりなんだか……。


 ただ、俺は初配信以来何も見てなかったけど、今日のコメント欄に関しては、初配信の時と違って八坂のやる配信に対する純粋な盛り上がりを感じた。


『あ、楽しみでしたか? ありがとうございます! でも私はやりたくないんですよ? 本当にやりたくないんですけど、皆がやってくれって言うからやってるんです。一人じゃやりませんからね?』


「まあ……ホラーゲームは盛り上がるしな」


 ゲーム実況の中でも、驚いたり叫ぶだけで盛り上がるホラーゲームは実況しやすいし、面白くなりやすい。


 と言っても、俺はほとんどやらないし、風無も怖がりだからあんまやらない。

 視聴者からやれと言われることは多いけど。


『じゃあやっていきますよ。……あ、やっぱやめますか? 先に雑談配信にしますか? どっちでもいいですよ?』


 だから、俺を追ってきただけだと思っていた八坂がこういう配信してるのは、正直意外だった。


 八坂にしてみれば、俺と同じ事務所に入っただけでミッションクリアだろうし、Vtuber活動なんて好きなことだけやるのかと思ってたけど。


『ダメですか!? ……わかりました。やりましょうやりますよ……と言っても驚きませんけどね? 私が驚くのは闇也先輩から連絡が来た時だけです』


 今こいつは、人気が出るように、俺よりも考えて配信してる。


 俺のことを追うマシーンじゃなく、八坂は他にも考えていることがある、れっきとした人間なのかもしれない。


 そう考えると、画面越しに喋ってる八坂が、化け物じゃなく、話し合える人間な気がしてきた。


「……まあ、いつかやることだしな」


 どうせこいつに関してはやり過ごすことなんてできないんだから。


 外出も睡眠も食事もそうだ。しなきゃいけないなら仕方ない。

 しなきゃ死ぬなら人間何でもできるんだ。この生活を守るためなら俺にもできることがある。


 そこで決心がついた俺は、手元にあったスマホを開いて、八坂にメッセージを送った。


【配信が終わったら話したいことがある】


 メッセージを送った後。


 画面の向こうでゲームのタイトル画面から進まず粘っていた八坂は数秒後。


『あ、ちょ、ちょっと待ってください……?』


 配信上でそう言ったあと、黙ったまま何かを見て『うひゃぁ!?』と声を上げた。

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