第4話 終局

 中原さんが死んだ。

 真横に切り裂かれたお腹から内臓を吐き出しながら、安らかな表情で死んでいる。

先ほどまでの多幸感が薄れてゆき、無力感が私を支配していた。

 私たちはなんてあっけないんだろう。命と引き換えに一度だけしか愛し合う事を許されないなんて。


 私は中原さんが私のことを好きになるずっと前から中原さんの事が好きだった。中原さんの血を飲みたい、中原さんのめくれた皮膚の赤みを舐めたい、中原さんの内臓の匂いを嗅ぎたい、中原さんの太ももの肉を食べたい、中原さんの、中原さんの……。毎日そんなことを考えて過ごしていた。

 でも実際に行動に移してしまえばもう中原さんと一緒にいることは出来なくなる。だから別のことで自分の中原さんへの欲求を抑えた。

 つまり中原さんの部屋に隠しカメラと盗聴マイクを設置して、毎日自宅で中原さんの事を視ることで今までずっと堪えてきたのだ。だから中原さんが私に好意を持っていたことも、私を撲殺しようとしていたことも、何もかも全て知っていた。

 中原さんが女の子を刺殺し解体した時は、その女の子に激しく嫉妬した。

 その時に「私は中原さんを解体したいのではなく、解体されたいのではないか」と言う疑問が頭をよぎり、今の今までその問いに答えを出す事が出来なかったのだ。

 どちらにしても、このまま中原さんの計画が進めば私は撲殺されてしまう。それ自体は別に構わないけども、私の気持ちを伝える間もなく私は死んでしまうかも知れないと思った。それは非常にまずい。

 私をゆっくりと嬲って殺したい、冷静さを欠いた中原さんは私をすぐに殺してしまうだろう。そうなったら私は中原さんに自分の気持ちを打ち明けることが出来無くなってしまう。そんな悲しい事ってあるだろうか。


 私たちは相思相愛だけど、似たような愛情表現を持つせいで告白とお互いを愛する事を一度にしなければならないし、愛を確かめ合う行為は一度に限られる。

 だからこそ私にはチャンスが中原さんが私を殺しに来る時しかなかったのだ。相思相愛だとわかっていても、事前に告白する事は躊躇われた。だって中原さんは私のために夜も寝ずに準備しているのだから。

 考えた結果、中原さんに先に告白させてから私も思いを伝える事にした。多少の演技力も必要だろうけど、そうすれば中原さんは準備が無駄にならずに済むだろうし、私も心置き無く告白が出来る。どちらが相手を殺すかはその場の雰囲気に任せることにした。


 結果的には私が中原さんを殺してしまったけれど、中原さんも幸せそうで良かった。抱きつかれて告白された時、自分ではどうする事も出来ない程の幸福感があった。

 出来る範囲で可愛くみせようと思って、髪型を変えたり、セーターを新しくおろしたりと、色々やってみた甲斐があったと思う。私は自分の中の色んな思いが噴出してしまったせいでは途中で泣いちゃったけど、中原さんには私の思いが十分に伝わったと確信している。


 私はレトロなポラロイドカメラのストラップを、中原さんの姿勢が倒れないように気をつけながらそっと体から外した。二人の幸せな一時を写真に残さなければ。私は恋人同士が外で写真を撮るという行為は互いの愛が後々まで続きますようにという祈りであるように思う。そしてその写真は呪物に他ならず、その呪物を崇めることで愛を感じようとしているのだ。

 私は中原さんを食べて体内に入れる事で中原さんと私は不可分な存在になると堅く信じているけれど、こうして写真を撮ろうとしている所を見ると写真というわかりやすい愛の形を欲しているようだ。

 私は自分自身の事を世界でも有数の狂人で中原さんもやはり同じ類の人間だと思っているけれど、根っこのところでは二人ともなんら他の人と変わらないのだ。愛し方がどうしようもなく反社会的で破滅的なだけ。相手を愛おしく思う気持ちとそれゆえに不安になる気持ちを持ち合わせている。


 私は隠しカメラのおかげで事前に中原さんがどのタイプのポラロイドカメラを持ってくるのかを知っていたので、ネットで使い方をしっかりと調べておいた。中原さんのポラロイドカメラは腰にあったためか見たところ私が触るまでは本体に血はついていなかったようだ。くすんだ白いボディに私の赤い指紋がついている以外には血で濡れていない。

 しかし中原さんが後ろに倒れた時に壁とコンクリートの床にぶつかっていたので、その拍子に壊れてしまったのではないかという懸念があった。動作テストをすべくファインダーを覗くと少し霞んだ中原さんが見える。ピントを合わせると中原さんの荘厳な姿がはっきり見えた。

 優しげで安らかな微笑をたたえた青白い顔、汗と血で頬と首筋に貼り付いた髪、横に切り裂かれた黒いジャージの上着から溢れる様々な形と色をした温かそうな内臓達。中原さんが寄りかかっている駅舎内出入口付近の白い壁はナイフで切った方向にそって血が鋭角な模様を描いている。

 私は極まった芸術を見る時のような感動と込み上がってくる愛情を同時に味わっていた。


 かしゃ。


 私はシャッターを切った。


 しゅいーー。


 フィルムが吐き出され、じわりじわりと像が浮かぶ。ポラロイドカメラのフィルム特有の色合いで中原さんがカメラに微笑んでいる。私はその写真を思わず自分の胸に押し付けた。大事にしよう。


 愛情に満ちた殺し合いの果てを写したこの写真とこの思いを胸に抱いて、中原さんの元へ幸せな状態まま死のうと決意した。中原さんを体の一部を心ゆくまで堪能して、中原さんが私の血となり肉となるのを感じながら、中原さんみたいに内臓を飛び出してとびきり派手に死のう。

 天国か地獄かわからないけど、そこで永遠に愛し合おうね。私はいつの間にか流れていた涙をセーターの袖で拭うと、ナイフを拾い上げてスクールバッグからタッパーを取り出した。

さて、中原さん。

どこを私に食べて欲しい?

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無人駅恋愛模様 荷川 らい @NkwRai

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