第二章 エンターテインメントの城 4

 櫻子は既に目を覚まし、鏡の前で小夜子による最後の仕上げを受けていた。


 小夜子の手によって芸能人倉ノ下櫻子へと変貌を遂げた櫻子は、力強い視線で鏡に映った自分を見つめていた。


「今日もいくよ……」櫻子は鏡に映った自分に声を掛ける。彼女がするスイッチを入れる為のルーティンだ。その一言で彼女の中の何かが変わったのが雰囲気からでも感じ取れる。


 ベット脇に置いてある内線電話が鳴り、美紀はそれを手に取った。


「久我山社長が到着されたそうです。こちらの都合の良い時間でいいので挨拶がしたいとのことです」


「それでは今から伺いますと伝えて下さい」祥子は答えながら櫻子に視線を向けて微笑んだ。



 ラウンジで信明と話を詰めていた水尾の視線がエレベーターホールに現れた姿に釘付けになった。


 秘書の坂本も驚嘆の表情でその姿を見つめている。


 あまりの美麗さにそこにいた全ての人間が目を離せないでいた。


「綺麗……」坂本の口から感嘆の言葉が漏れた。


 倉ノ下櫻子の今日の姿は、桜色の複雑なシルエットのロングスカートのドレスで、両肩は大きく肌が露出していて、髪はアップに自然にまとめられ、目鼻立ちをくっきりと浮き出させたゴージャスなメイクだ。ありふれた言葉で表すと『どこかの国のお姫様』が一番しっくりくるような出で立ちだ。しばらくその姿に見とれていた水尾だったが、我に返るとわざとらしく咳払いをした。


「ようこそいらっしゃいました。今日は私どものお願いを聞いて頂きありがとうございます。今日も大変お美しい。私の目に間違いは無かったようだ」信明はソファーから立ち上がり櫻子の方に数歩歩み寄ると、軽く手を差し出して微笑んだ。


 櫻子は差し伸べられた手に軽く触れると、豊艶な微笑みを返し、静かに答えた。


「こちらこそ、お招き頂きありがとうございます。私でお役に立てることでしたら喜んでお受けします。御社のイメージに私などが合うのか少し心配ではありますが……」先程とは異なる少女のような笑顔を浮かべた。


 水尾は二人の会話を聞いて驚いていた。表面上は微笑みながら話している二人の人間の内兜うちかぶとを見透かすようなやりとりに、見た目からだけでは分からない複雑な人間性を見た思いだった。


「それでは私共は一旦署の方に帰らせて頂きます。本日伺った内容を上司に報告してまいりますので、また明日にでも結果をご報告に参ります」水尾は内ポケットに手帳をしまいながら立ち上がり、信明に軽く会釈をした。


 元平も立ち上がりチーム櫻子の面々に目配せしてから信明に頭を下げた。


「水尾さん、元平さん、お二人ともお仕事のし過ぎでお身体を壊されないよう気を付けて下さいね」櫻子が優しく声を掛けてきた。


「倉ノ下さんは、お二人と面識がおありで?」信明が質問した。


「ええ。私のナイトです」櫻子はまぶしい程の笑顔で水尾を見つめた。

 

 水尾はむせたように大げさにせき込んだ。


 元平はまんざらでも無いような表情で笑った。


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