19

 彼女と俺の間には少し変わったルールがある。友人にも家族にも、このルールは中々理解してもらえない。


 付き合ってから3年、同棲を初めて半年。もうこのルールにも慣れてきたと思っていたが、半年に1度やってくる「更新日」の前日はやっぱり眠れない。


「付き合うのはいいんだけどさ。契約更新的な日、作らない?」


 そう提案してきたのは彼女の方だった。昼間の公園には合わない、事務的な会話。ルールは至って簡単で半年に1回このまま継続して付き合うか、それとも別れるかを話し合う日だ。


「人の心はさ、移りゆくものだと思うの。お互い1度きりの人生だし。」


 確かに、と思った。漫画やアニメの世界ではよくある「一生一緒」のセリフ。大抵のイケメンが言う。あんなのは現実的に有り得ないと感じていた。


 仕事から帰ってくると、既に彼女が椅子に座って待っていた。手洗いうがいを済まし、彼女の正面の椅子に座る。ふと壁にかけてあるカレンダーに目をやると、今日の日付に丸が付いていた。


「じゃあ、はじめよっか。」


「うん。」


 少し重たい空気を感じ取り、冷や汗が出る。何だか彼女がおかしい。いつもこの日は淡々と済ますのに、今日は違う。俺から話すのを待っているのか。


「…えっと、何から話そうか。」


 彼女は泣いていた。俯き気味の彼女が何を言いたいのか悟った。あぁ、そうか。ついにこの日が来てしまったのか。いつか来るのではとどこかで思っていた。そして、この日が来なければいいとも思っていた。


「もう、辞めにしようよ。」


 声を震わせながら、彼女は言う。泣きたいのは俺の方だよ。でもルールを決めたのは彼女で、それに同意したのは俺だ。俺が何と言おうときっと彼女の意思は変わらない。


「…わかった。」


 そう発して、ハッとした。このまま本当に終わっていいのか。彼女が言った通り、人生は1度きりなんだ。話し合わなくてどうする。その為のルールじゃないか。俺にだって理由を聞く権利くらいはあるはず。


「…ただ、何でか知りたい。言える範囲でいいから、教えて欲しい。」


 彼女はまだ俯いている。好きな人が出来たのか。あの日、彼女に家事を任せたからか。仕事で遅くなってレイトショーに間に合わなかったからか。それとも別の何かを、ずっと我慢していたのか。


「もう、嫌なの。」


「何が嫌?」


「終わりを考えるのが。」


「終わり?」


「そう。ずっと一緒に居たいの。それじゃあダメかな。」


 予想外の言葉に動揺した。この関係を辞めたいんじゃないのか。なんだ、なんだよ。そんなのとっくに決まってる。俺は肩を撫で下ろす。安心した途端、心臓がバクバクいっていたことに気が付いた。


 腕を伸ばし、彼女の頭を撫でる。わがままでごめんと彼女は顔を上げた。




「いいよ。今はそれで。」



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