菅原ましろの鬱積
大学を中退した後、再び別の大学へ入学した俺はアルバイトやサークルには所属はしなかったが配信活動を始めて活気のある日常を送っていた。
甘い春風の匂いが雨と共にゆったりとした木々の香りに変るころ、俺が配信活動を始めるにあたって参考にしていた猫丸あずさが突如として配信活動の休止を発表した。
コメント欄は優しい言葉で満ち溢れた。
俺は参考にするべく視聴を続けてきた彼女の動画が休止してしまうことをうけて、新たなる配信者を探した。
野兎ここあ、桜音モカと言う新たな配信者を見つけると俺はすかさずチャンネル登録をした。
彼女たちは主にゲーム実況や歌などを中心に配信活動をするVtuberであり、チャンネル登録者数は野兎ここあが230万人で桜音モカが190万人でどちらも国内では非常に人気のある配信者である。
夏休みまであと一週間と迫ったとある夏の休日、俺はレンガ造りの橋の端に亡霊のごとく立ち、苦悶の表情を川に映す女性を見かける。
よく見ると、それは菅原ましろだった。普通なら話しかけるのが一般的なのかもしれないが休日そしてプライベートと言うこともあり、無視して通り過ぎようとしたが残念なことにそうはいかなかった。
「ちょっと待って!」
俺はましろにまるで金縛りにあったかのように動きを封じられ、心にもないことかもしれないが、その時一番に思ったのは最悪だよ……と言う心の叫びだった。
俺はましろから思い悩んでいることがあるから来てほしいとのことを受けて橋から少し場所を変えて高層ビルの下に坂の傾斜を活かして作られた公園があるのだが、そこへ移動し階段の手すりに腰を掛けた。
人の悩みを聞くのは何度もあるがやはり、どのような内容かを聞いていない限り緊張してしまう。
「あの…話してもいいかな?」
彼女は俺にそう聞いてきたので当然のごとく了承をして、彼女が語り始めるのを 恥かしさ故に公園の遠方で遊ぶ子供たちを眺めながら待っていたのだが…彼女は語ることを恐れているのか悩んでいるのか——なかなか話そうとしなかった。
銀色の支柱に支えられた時計の針が少しだけ動いてようやく、ましろの口が動いた。
「いきなりだけど…君に夢はある?」
雑談で話すような口調では無かった。ましろは恐らく相当な悩みを抱えていることだけは理解することができたような気はした。
「あるよ…笑われるかもしれないけど有名なVtuberだったり歌手とか」
「そうなんだ…私には夢も希望も無くて何となく生きてきたから、その気持ちがわからない…だから夢を見つけるまで暫くの間君に色々相談しても良い?」
久々に人に頼られたが悪い気は全くしなかった。ましろは今にも消えてしまいそうな灯を纏ったような声で話してくれたが疑問があった…大学で出会ったばかりの俺に何故そんな依頼をするのだろうかと言うことだ。
「相談はいつでもしてくれて構わないよ、でも何で自分なの?他の友達には相談とかしてる?」
「友達はその何というか居なくて…居ても私のことを知りすぎていて言いにくいというか…まぁとりあえず<ありがとう>これから卒業まで宜しくね」
ましろはそう言って鞄から携帯電話を取り出した。
「はい…これ私の連絡先。たまに電話するから」
「わかった」
俺はましろの連絡先をカメラで写し取り、どういう訳か入手してしまう。
「今日は呼び止めちゃってごめんね!私もう遅いから帰るね」
「良かったら、もう夜遅いし近くまで送るよ」
と俺はドラマやアニメでよくあるセリフを声に出したのだ。
「あっそう?じゃあ…一緒にご飯食べに行く?」
ましろがそう聞いてきたので、俺はすぐに頷いてましろが行きつけの老舗甘味処に行くことになった。
公園から歩いて体感一分程度で甘味処に着いたのだが、入り口には傘付きの裸電球と藍色の暖簾が掛かっており江戸から明治にかけての日本家屋で少々渋い印象を受けた。
ガラスの引き戸を開け席に座るとお茶が提供され、俺とましろは偉大な文豪も愛したとされる揚げ饅頭を頼んだ。
ましろはお茶を一口飲むと口を開いた。
「学校生活と趣味の両立って大変で最近、寝不足で体調管理も難しくなったから今までやって来たことを最近少しの間だけど一旦中断したんだ」
「確かに、大学の課題って凄い多いから趣味の両立ってちょっと厳しい部分あるよね」
俺とましろとの間に出来立ての揚げ饅頭が置かれて、ましろが饅頭を手に取りサクサクと音を立てながら美味しそうに頬張るのを若干横目で俺はながめたのだ。
「食べないの?冷めるよ」
俺は少しばかりうわの空でいたのだ。
サクッ...「わぁ…これ美味しい」と小声で周りに迷惑をかけない程度に俺は喋った。
「良かった…ここの食べ物は全部美味しいんだよね」
ましろは満足げに語った。
揚げ饅頭を食べ終えて、お茶を飲み干し会計を済ました後にましろを約束通り最寄り駅まで送るのだが...
「まさか…ましろさんと家の最寄り駅が一緒なんてな」
「そ…そうだね!じゃあ家すぐ近くだから」
「分かった、また明日」
俺はましろにそう言って何となく青春っぽい一日を締めくくった。
菅原ましろはきっと忙しい人で腹を割って話せる相手がいなかったのだろう...陰鬱とした雰囲気から多少ではあるが自然な微笑が見られたのは『ましろ』の重く積み重なった鬱積という重荷が少しばかりか話すことで軽くなったからだろうと俺は考えた。
気付けば、もう日付が変わる。
ブルルル...「こんな時間に電話だ誰からだろう?」
発信相手は今日の夕刻に電話番号を交換した菅原ましろだった。
俺はすぐに電話にでて拒否されることを前提で口を開いた。
「「あの、良かったら明日一緒に学校へ行きませんか!?」」
まるで呼吸を合わせたような、ぴったり同じタイミングでましろと俺はベランダ越しに声と時計の針が重なるころ再び出会った。
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