第52話 半世紀前の駆け引きは、秘密!


 『夏草宮』まで引き返した僕らを待ち受けていたのは、思いもよらない顔ぶれだった。


「よかった、ご無事でしたか」


 開口一番、安堵の声を上げたのは角舘だった。角舘の隣には見たことのない老人が立っており、背後にはマーサが西方を支えるような形で控えていた。


「角舘さん、その方は?」


「虹神村村長の、明石哲郎氏です。ご本人の希望で津元礼次郎氏と一緒にお連れしました」


「村長さん……」


「みなさん、お揃いのようなので『夏草宮』の主を……阿古根美也様を呼んでまいります」


「阿古根さん?それが本名なんですか」


 角舘は僕の問い掛けに黙ってうなずくと、『夏草宮』の奥に姿を消した。


 残された僕らが建物の前で所在なく待っていると、角館が女主人ともう一人、見たことのない老人を連れて戻ってきた。


「おやおや、ずいぶんたくさんお客様がいらしたのね。……それになんだか、見たことのある方もいらっしゃるわ」


 女主人――阿古根美也はそう言うと、相好を崩した。


「明石さん、津元さん、覚えておいでですか。五十年前のあの日のことを」


 一歩前に出ておもむろに口を開いたのは、美也の傍らにいた老人だった。


「あなたは……」


「美也の兄、草太郎です。明石さんのお姉さん、富士子さんが管理している『宵闇亭』の、元の持ち主です。あなた方がここに来るよう、御膳立てをしたのは私と富士子さんです」


 老人がそう言うと、礼次郎と哲郎の二人が「まさか」という表情になった。


「五十年前、あなた方と美也は中学の同級生だった。美也にほのかな思いを抱いていたあなたたち二人は、互いへのライバル心から信じられない賭けをすることにしたのです」


 草太郎が語る半世紀前の出来事は、奇妙に生々しいリアリティを持っていた。


「どんな賭けだったのか。それは、二人が同じ時刻にそれぞれ美也を呼びだし、美也が選んだ方を恋の勝者とするというものでした」


 礼次郎と哲郎が黙り込むと、傍らの雪江が「女心を弄ぶなんて」と小さく漏らした。


「美也が最初に向かったのは、礼次郎君のいる神社でした。……ところが、この待ち合わせにはある企みが絡んでいました。美也が家を出る直前、礼次郎君を名乗る男の子から「待ち合わせ場所を境内の裏から鳥居の前に変えたい」と変更の申し出があったのです」


「その電話をかけたのは、私です」


 苦しげな声でそう切りだしたのは、哲郎だった。


「礼次郎の声音で場所が変わったと告げれば美也さんは鳥居の前に行き、境内の裏で待っている礼次郎は美也さんに気づかない。一方、美也さんはすぐ近くに礼次郎がいるとは気づかずに待ち続けることになる。二人がもし、強い気持ちで結ばれているのなら、どちらかが相手を見つけ出すだろう。そうなったら潔く負けを認めようと思ったのです」


「……だが、美也はなかなか姿を現さない礼次郎君に痺れを切らし、神社を出て哲郎君の待つ公園へと向かったのです」


「……私が愚かだったの。どちらかというと津元君の方が素敵だから先に会いに行こうかな、その程度の気持ちで神社に行ったけれど、待たされたことで急に気持ちが冷めてしまい、腹いせに公園に行ってしまったの」


「その途中、雨が降っていたこともあって美也はトラックに撥ねられてしまった。結果、脳に障害が残った美也は人間に対して強い恐怖心を覚えるようになり、年を取ってからはこの山奥で一人の生活を営むようになったのです」


 草太郎が言葉を切ると、後を引き継ぐかのように角舘が口を開いた。


「私は若い頃、草太郎先生に染め物を習っておりました。哲郎さんが都会から戻ってこられて村長になった時、草太郎先生から五十年前の話を聞かされたのです」


 僕は次々と開かされる過去の因縁話に思わず眩暈を覚えた。やはり今回の合宿は、ただのコンペ企画ではなかったのか。


「今から七年前、草太郎先生がまだ『宵闇亭』の持ち主だったころ、離れを借りて染め物を営む青年がおりました」


「それは……僕です」


 西方が口を挟むと、角舘は「当時は西方さんではなく、津田川さんでした」と頷いた。


「共に草太郎先生から薫陶を受けていたこともあり、私は津田川君と親しかったのですが、津田川君は村の女性を巡って哲郎さんの息子である和生君とトラブルになり、村から姿を消してしまったのです」


「わざわざ『村の女性』なんてぼかさなくてもいいわ、角舘さん。……それは私です」


 話に割って入ったのはマーサこと『麻実』だった。


「それから五年ほど経った頃、私はひょんなことから津田川君と再会しました。面やつれした津田川君は麻実さんと共に私を訪ねてこられ、村を去った本当の理由について話してくれたのです。

 その後、富士子さんが『宵闇亭』の主人となり、奇妙な病気――『しかばね』となった甥の和生君のために地下室をあつらえる運びとなった時、私は草太郎先生と津田川さんのお二人から、ある計画への協力を持ちかけられたのです」

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