第44話 宵闇の突撃作戦は秘密!


 夜明け前の私道を進みながら、マーサは疲労の滲んだ声で経緯を語り始めた。


「あの人が、神谷を脅そうと『第七の作家』を名乗って離れに呼びだしたのですが、私の知らないうちに安藤が裏切っていたのです」


「あの人?安藤さん?……すみません、状況が呑みこめないのですが」


 僕が疑問を口にすると、マーサは「ごめんなさい、私も混乱していて」と詫びた。神谷先生を呼び捨てにしたと言うことは、彼女は先生と敵対する側の人間だったのに違いない。


「あの人……秋津先生には西方と名のっている男性の本名は津田川徹也、七年前にここを訪れて神谷に『しかばね』にされた『第七の作家』です」


 僕は一瞬、言葉を失った。やはり西方先生が『第七の作家』だったのか。


「離れに神谷を閉じこめて、周囲を『しかばね』が取り囲んだところであの人が現れて謝罪を要求する……そういう筋書きだったのですが、安藤の裏切りで何もかも台無しです。神谷はきっと警察を呼ぶ前にあの人を『しかばね』にしてしまうに違いありません」


「まだ話がはっきりとは見えてないけど、要するに西方先生を助けだせばいいんですね?」


 僕が私道を塞いでいる岩に目をやりながら言うと、マーサは「お願いします」と答えた。


「ミドリ……僕が先に行って様子を見てくる。後ろでも十分、気をつけろよ」


 藪の向こうに『離れ』が見えた途端、僕はリュックを背負った少女にそう告げた。


「私のことは気にしなくていい。それより窓だ。光が漏れているところから覗けるはずだ」


 僕は目を凝らして『離れ』を見た。ミドリの指摘通り、光が漏れている場所があった。


 僕は夜露に濡れた草を踏みながら、慎重な足取りで『離れ』の近くまで進んでいった。ミドリの言う「光」がはっきり見える距離まで来ると、僕は足を止めて身をかがめた。


「どうか気づきませんように」


 僕は窓の下に忍び寄ると、打ち付けてある板の隙間からそっと中を覗きこんだ。


 ――神谷先生!……それに、安藤さんと西方先生……まさか。


 僕の目に飛び込んできたのは、狭い小屋の中央に置かれた粗末な施術台とそこに横たわる西方の姿だった。西方は面やつれこそしているものの、すでに『しかばね』の顔ではなかった。施術台の傍らで片膝をつき、注射器のような物を手にしている安藤と、その背後に立って成り行きを注視している神谷郷の姿は、どう見ても罠にかかった方ではなかった。


 ――まずい。形勢逆転どころか、このままだと西方先生は再び『しかばね』に逆戻りだ。


 僕はミドリとマーサの元に戻ると、自分が見た光景をかいつまんで伝えた。


「よし、今なら敵も油断しているに違いない。隙をついて襲撃しよう」


 ミドリは過激な言葉を口にすると、リュックサックからなにやらビニールに入った物体を取りだした。


「それは……」


 ミドリが取りだしたのは、大量の花火だった。


「奥様が日名ちゃんのために買っておいた物だ。大量に煙が出そうなものを選んでおいた」


 ミドリはそう言うと、僕に花火を手渡した。


「シュンスケ、窓の下の方を割れるか?」


「割るって……石でかい?そりゃあ、やってやれないことはないだろうけど」


「よし、それじゃあ私が花火に火をつけたら、窓を割ってくれ。割れたら片っ端から中に放り込む」


「あ……うん、わかった。やってみる」


 ミドリのてきぱきとした指示に、僕はなるほど、角舘がこの子を後釜に指名したのもわかる気がすると妙な納得をしていた。


「いくぞ!」


 僕らは再び窓の下に忍び寄ると、それぞれの作業に取り掛かった。僕は尖った部分のあるコンクリート片を見繕って握り、ミドリはライターと花火を手に僕のすぐ傍で控えた。


「いち、にの……さんっ!」


 僕はコンクリート片を持った手を振りかざすと、窓の見えている部分に叩きつけた。二度目の殴打でガラスが割れ、間髪を入れずにミドリが火のついた花火を次々と投げ込んだ。


「なっ……なんだっ?」


 パチパチと言う音がして、割れた窓から火薬の匂いが漏れ始めた。僕とミドリは入り口の方に回ると中から出てくる人影を待ち受けた。やがて、扉が乱暴に開け放たれ、激しく咳込みながら飛び出してくる安藤の姿が見えた。


「ちっ……畜生、いったい誰が」


 安藤は毒づきながら、小屋の向こうの藪へと姿を消した。やがて車のエンジン音が響き始めたかと思うと、ヘッドライトが闇を切り裂いて僕らのいるあたりを照らした。


「神谷さん、早く!」


 安藤が叫ぶと、まだ煙の出ている小屋の出口から神谷郷がふらつきながら姿を現した。


「神谷先生……」


 神谷は僕らの方を見もせず、現れた四輪駆動車に逃げるように乗り込んでいった。


「危ない、よけるんだミドリ!」


 僕はそう叫ぶと、ミドリをリュックごと抱きかかえて四輪駆動車の進路から跳び退いた。


「ふう、行っちまったか。……西方先生はどうなったんだろう」


 小屋の方に目を向けると、やってきたマーサがこわごわと中を覗き込んでいた。


「僕らも行こう、ミドリ」


 僕はミドリを促すと、マーサの後を追って煙の出ている扉から小屋の中へ入っていった。

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