第29話 仕掛け人の正体は秘密!


「仮にそうだとしても、あんたたちには関係ないよ。泊り客は泊り客。家主さんにだって色々と事情があるのさ」


「じゃあ昨日の晩、私の部屋に現れたのは?それにもう、二人行方不明になってるんですよ?それでも放っておけっていうの?」


 珍しくみづきが色をなして占い師に詰め寄った。


「そうだよ。下手な詮索などせず、あんたたちは残りの時間を有意義にすごせばいいのさ」


「平坂先生はどうするんです?まさか探すなとでも?」


「探したければ好きにするがいいさ。だけど大人が自分で勝手に姿を消したんだろう?心配するだけ無駄だとあたしは思うね」


「つまり二人が消えた原因は、『しかばね』とは関係がないって事?」


「少なくともあの子は人をさらったり閉じ込めたりするような子じゃないよ。まあ少々周りを手こずらせることはあるかもしれないが、大目に見てやっとくれ」


 占い師は強引に幕を引くと、再びドアの外へと姿を消した。


「……どうしましょう。みんなで手分けして探しますか」


 僕がそう口にすると意外なことに昨日、西方の行方を人一倍気にしていた草野が「でも西方先生も見つからなかったし、もしかすると本当に自分の意思で消えたのかもしれませんよ」と言い放った。


「じゃあ、探さずこのまま知らん顔をしてるってことですか。そんな……」


 僕はリビングにいる顔ぶれを見回すと、思わず全員に質した。


「みなさんはどうです?平坂先生が勝手にチェックアウトした、そうお考えですか?」


「…………」


 僕は絶句した。草野だけではなかった。弓彦もみづきも誰一人として、泉の消息を探しましょうとは言いださなかった。


「確かにお仲間が二人も消えたのは大きな事件です。……でも僕らは作家で警察じゃない」


 弓彦の言葉は筋が通っている分、逆に異様だった。


「じゃあ皆さんは、たとえ最後の一人になっても予定通り課題の作品を仕上げると、そういうおつもりなんですね?」


 それじゃあ人としてあんまりじゃないか、そう言外に滲ませながら問い質すと、草野が駄目押しのように「それ以外に何ができます?」と返した。


「それとも秋津先生お一人で探しに行かれるというのなら、我々は止めません。……ただし、協力はご勘弁ください。そろそろ二日目も終わるし、作品も書かねばならないのでね」


「……わかりました」


 僕は二日前の、合宿に隠された謎を是が非でも解いてやろうという熱気が嘘のように萎んだことに衝撃を受けつつ、リビングを出てゆく他の客たちを無言で見送った。


 がらんと広いリビングに一人残された僕は、耳が痛くなるような静寂の中で「これはいったいどういうことだろう」と考えを巡らせ始めた。


 あの占い師の理屈に勝気ななみづきまでが言いくるめられ、沈黙してしまった。いったい、誰が誰に罠を仕掛けているのだろう。なにもかもが振り出しに戻った気分だった。


 ――ミドリ。こんな時こそ、君の出番じゃないのか。


 お仕着せのモーニングに身を包んだ少女を思い出し、僕はわけもなく寂しい気持ちがこみ上げてくるのを覚えた。


                  ※


 ――見て、秋津先生。まだロケもしてないのにドラマのプロモーションビデオがアップされてるわ。


 みづきが目の前に差し出したパッドの画面には、近日放映『デッド・オア・ラブ』という文字と、神楽の上で抱擁する一組の男女が映し出されていた。僕は一目見た瞬間、うっと叫んで目を逸らした。


 ――どうしたの?秋津先生。……これって正木亮と神妙寺雪江でしょ?演技とはいえ、こういうの見てたらああ、この二人いい感じだなって思うよね。思わない?


 僕が答えかねて口をパクパクさせていると、ふいに画面の中の雪江がこちらを向いて口を動かした。


 ――隣にいる方は、どなた?


 僕は画面に向かって叫ぼうと口を開き、そのまま固まった。正木と雪江が溶けるように崩れ、舞台に吸い込まれるように消えていった。ふと気づくとみづきの気配は消え失せ、目の前が暗幕で遮られたように闇に塗りつぶされた。


               ※


 合宿三日目の朝、遅れて食事を澄ませた後、リビングに顔を出すとすでに朝食を済ませたみづきがぽつんと物思いにふけっていた。


「おはよう、秋津先生」


「おはよう。……ええとこの前、約束した離れの探索だけど」


 僕が昨日のどさくさで宙に浮いたままの計画を口にすると、みづきは「ああ、あれ」と気のなさそうな声を寄越した。


「どうしようかな。もう『しかばね』の正体はわかっちゃったし、新しい発見もない気がするけど……」


 一昨日とは打って変わった冷めた物言いに呆れつつ、僕は「じゃあ、止めるかい」と同調した。


「行くだけ行ってみましょう。『しかばね』は地下にいるらしいけど、確かに何かいそうな音は聞こえたんだもの」


 僕は「正体が動物でも、文句は言わないでくれよ」と釘をさし、身支度をしにリビングを離れた。自室に戻ってクローゼットからアウターを引っ張りだしていると、ふいにドアがノックされみづきが顔を出した。


「秋津先生、やっぱり私、部屋で執筆の続きをすることにしたわ。……実は朝食の時、草野さんから提案があったの」


「提案?どんな?」


「みなさん、この騒動でネタを吟味する余裕もないでしょう。今持っているアイディアで書いて明後日の朝、四人同時に提出しませんかって」


「明後日の朝?そりゃまた急だなあ」


 いつも締め切りギリギリまで粘る癖のある僕は、格好悪いとは思いつつ抵抗を試みた。


「私、ちょうど思いついたネタがあるの。もし他の人たちより早く完成したら、ロケを待たずにチェックアウトしちゃおうかなって」


「えっ、合宿を早抜けするつもりかい?神谷先生が来たら呆れるんじゃないかな」


「いいのよ。元々、みんなの都合を無視して入れた企画でしょ。失礼には当たらないわ」


 みづきはあっけらかんと言い放つと「離れを調べるならどうぞご自由に。それじゃね」と言い置いて部屋の前から立ち去った。


 僕はこれまでにも増して奔放なみづきの振る舞いに呆れながらも、逆に発奮を促された気がして上着を脱がずに一人で玄関へと向かった。

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