第10話 元仲間の遺体
「ここにもいない……か」
僕は思わず呟いてしまいながら、部屋の扉を閉めた。
いったいフラヴェラはどこにいるっていうんだろう。まさか、もう殺されてしまったとか……。い、いやいや。嫌な想像はよそう。
ほら、ジョヴィオだって、鎧を脱いでどこかに行っただけかもしれないじゃないか。あるいは、鎧に使われている金属が落ちてしまっただけかもしれない。
それにしたってさすがに床と同化はしないだろうと思ったが、そこはあえて考えないようにした。想像にしたって馬鹿馬鹿しすぎるからだ。
それに、フラヴェラは強い。
ひとりで火・水・風・土という四つの魔法元素を使いこなせる、天才魔術師なのだ。たいていの魔術師は、どれかに特化しているか、二つくらいを使う魔術師が多い。三つ使いこなせればかなりの引く手あまただろう。そんな中で、すべての魔法元素を使いこなせるフラヴェラは、もはや冒険者どころか魔術師の中でも数えるほどなのだという。彼女こそがこのパーティの攻撃の要と言っても過言じゃあないのだ。
あれでいてちょっと奥手な部分があったというのだから、人というのはわからない。もうちょっと自慢しても良かったのに。
確か……確か、エルヴァンがフラヴェラに告白したって言われたのは……いつだったかな。そのときはあっけなくふられたって言ってたっけ……。なんであのとき、エルヴァンは僕にそう言ったんだろう。
僕はそんなことを思いながら、近くにあった扉を開いた。
ここにも何もないかもしれないと思ったが、それよりも前に、鼻をつくいやな臭いに気が付いた。
思わず眉間に皺を寄せる。
一瞬で閉めようと思ったが、僕の持つ光石に照らされた先に、椅子のようなものがあった。それと、その上の髪の毛のようなもの。
「……フラヴェラ?」
思わず呟いたが、光石でしっかりと照らすと違うようだった。
近寄ると、むっとしたいやな臭いが強くなった。血と、酸っぱいようなにおいと、汚物のようなにおいが入り交じった、とにかく複雑で臭いにおい。
ただでさえ迷宮にはいかんともしがたい、ほこりっぽさと、生物のにおいと、いろいろと混ざっているというのに。
「もしかして、サブリナか?」
椅子は後ろを向いていた。
腕が椅子の背にくくりつけられていて、サブリナの頭は俯いたままぴくりとも動かなかった。拘束されたまま、眠っているのだろうか。僕はおそるおそる近づくと、ゆっくりと彼女の前へと回り込んだ。
「……サブリナ」
そろそろと肩を掴もうとした、そのとき。
「うわっ!」
足元からぐにゃりとした感触があり、思わず足をあげる。いったい何かと下を覗き込むと、そこにはぐにゃぐにゃとした長いものが這っているのに気付いた。蛇にしては妙に動きはないし、変な感触だった。
「なんだ……なんだこれっ……」
そのぶにぶにとした頼りないホースの伸びる先へ、ゆっくりと視線をあげていく。途中でちぎれ、赤黒い液体と汚物にまみれたそれは、腹の中へと繋がっていた。
見たくない。
でも、見たい。
そんな好奇心に突き動かされ、目の前で光石に照らされたものをまじまじと見てしまった。
血まみれのサブリナだった。
破れた腹部から、これまた破れた内臓があちこち飛び出し、死んでいた。俯いたその眼球はひっくり返って真っ白で、もはや生の気配はどこにもなかった。
「う……っ!」
あまりのことに、思わず口を手で塞いだ。
胃の中から胃液がこみあげてくる。かたかたと自分の膝が震えているのがわかる。頭の中が真っ白になった。
人は本当に驚いたとき、声すらあげられないのだと本能的に理解した。
いまだって、僕が声をあげたのは、いまにも吐きそうだからだ。
ほら、だって、現にいまの僕は、もはやどうすることもできないまま立ち尽くしているじゃないか。
だから、だからだから――だから、なんだ?
冷静に考えようとする自分がいた。それに反して体はまったく言うことを聞かなかった。まるで現実味がなくて、何をすればいいのかもまったくわからなかった。自分が急に空白になってしまったみたいに、どう動いていいのかわからない。
そうだ、ヒールだ。ヒールすれば治るかもしれない。
駄目だ。
ヒールじゃ駄目だ。
これはもう教会につれて行かないと。
いや、教会でも駄目だ。
死んだ人間は生き返らないと、冒険者の講習で口酸っぱく言われたじゃ無いか。
じゃあなんだ。どこに連れていけばいいんだ。
僕はどうしたらいいんだ。
なんだ、なんだ、なんだ、いったいなんなんだこれは……!
腹部が爆発したように破れ、中身を晒しながら死んでいるサブリナを前に、僕は完全に立ち尽くしてしまった。
魔物に食い破られている死体を見たことがないわけじゃない。ギルドの加入試験で、一緒に試験を受けた仲間が死んだこともある。冒険者は常に死とともにある。でもこれはちがう。
魔物にやられたり、トラップにかかったりといったそれとは次元が違う。
なにかが意図的にやったのだ。
サブリナは、腹部が爆発したショックで死んだといっても過言じゃない。
「うえええっ!」
耐えきれなくなって、その場に吐いた。
新人の冒険者みたいに、がたがたと震えながら吐いた。出てきたのは胃液ばかりで、喉を焼いた。瞳には涙がたまり、どうしようもなく自分が無力だと思い知らされたようだった。
でも、吐いたことでようやく思考が戻ってきた。
僕は肩で息をしながら、もういちどサブリナを見上げた。
「……フラヴェラ」
……助けてくれ。
……いや、ちがう。
フラヴェラを助けないと……。
僕はショックから抜けきれないまま、ふらふらと部屋を出た。サブリナの墓を作るのは、そのあとだ。
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