第4話 1人目・ジョヴィオ

「クソがっ! いったいどうなってる!」


 ジョヴィオは岩壁を殴りつけてから、肩を揺らして離れた。

 気が付けばこんなところに一人で送り込まれていた。


 そこは周囲を岩壁で囲まれた場所だった。真っ暗で、どれだけ探っても入り口も出口もなかった。地面や天井もほとんど同じで、それどころか狭い。動き回るだけの空間はあるものの、限度がある。

 まるで中だけくりぬいた岩に閉じ込められたかのようだ。

 役立たずのヘルムをエルヴァンが解雇したところまでは覚えていた。その直後に突然目の前が真っ白になり、意識を取り戻したときにはここにいたのだ。

 大声をあげたものの、次第に苛立ちが彼を支配しはじめた。


 直前の記憶や、パーティのことなどもはやどうでもよかった。ただただこんな場所に閉じ込められた怒りが彼を支配していて、のぼせあがった体温で鎧の中から常に蒸気がたちのぼっていた。頭の血管がちぎれそうなほどに怒り狂っている。


「くそっ……いつから。いつからだ……俺は……」


 イライラと鎧の中の顔を顰める。抑えていたものがいまにも駆け上ってきそうだった。それを少しずつ吐き出すように息を出したが、絶え間なく怒りはどこからともなくやってくる。


「誰の仕業だ……、魔物か? それともあのくそやろうか?」


 がりがりと鎧の上から頭を抱える。


「出てきやがれえっ! 誰の仕業だああっ!」


 ジョヴィオは反響する中で叫ぶと、そのまま壁を殴りつけた。

 何度壁を殴っても、それで壊れるわけではなかった。


「――おおおおっ!」


 咆哮とともに振りかぶる。

 その拳に光が宿ったかと思うと、勢いよく岩の壁に激突する。


「――《土龍の咆哮》!!」


 ジョヴィオが放ったのは大斧のスキルだった。彼の十八番で、大地に大斧を叩きつけ、一直線に大地を割りながら土を吹き上げて衝撃波が起きるものだ。吹き上がった土は牙の形を取りながら進み、相手の集団を真っ二つに割ることができる。

 だがそれは本来、大斧や巨大な大剣といったものに力を込めるものである。反動はすべてジョヴィオの腕へと返り、びきびきと音がした。

 いくらドラゴンの鎧で守られているとはいっても、直接スキルの反動を食らえばただでは済まないのだ。


「ぐうううっ!」


 だがそれでも構わなかった。

 というより、そんなことを考えている暇はなかった。いますぐにでも自分を閉じ込めた者をぶっ飛ばし、殺し、その死体を蹂躙してやりたかった。


「《大切断》!!」


 続けざまにスキルを発動する。しかしそれも所詮は大斧や大剣を持ってこそ意味があるものだ。反動はびきびきと自分の腕へと返る。鎧の腕部分が僅かに凹みはじめる。

 何度目かの衝撃を与えたとき、怒りのままにぐんと引こうとした手が戻らなかった。


「ああ!?」


 ――なんだ、これは?


 まるで岩に喰われてしまったようだった。何度か手を抜こうと試みるが、まったく動かない。


「くそっ……くそっ、くそっ!」


 なにか引っかかっているわけでもあるまいし。真っ暗で何も見えない中、ジョヴィオは片手を引き抜こうとしはじめた。


「あがあああああああっ!」


 ぶちぶちと音を立て始めたのは、自分の腕のほうだった。それでも構わず引き抜こうとする。

 そのときだ。

 突然、明るい光が彼の目を焼いた。


「ぐうっ……!?」


 岩壁から入ってきたのは、見覚えのある少女だった。


「お、お前……は……」

「……あれ?」


 あっけなく開いた岩壁のひとつから、杖を持ったフラヴェラが、ちょうど入ってくるところだった。

 フラヴェラは表情ひとつ変えなかった。それどころか、にっこりと笑いかける。


「フラヴェラ!? ちょうどいい、俺をここから出しやがれ!」

「うん。いいよ」


 フラヴェラは杖に魔力を込める。黄色い光が杖の先に宿り、スキルを発動した。


「《アースドラゴン》!」


 その瞬間、ジョヴィオの腕を呑み込んでいた岩が、ぐうっと龍の口のように開いた。がぶり、と肩口まで伸びた岩は、鎧の付け根の僅かな隙間を食い破った。その痛みに驚く前に、ぶちぶちと音を立てて腕を食らっていった。ジョヴィオはスキルによって出現した岩龍が自分の腕を持って行くのを茫然と見ているしかできなかった。それどころか、岩龍の口はばきばきと腕当てごと咀嚼した。目の前で、ちぎられた腕が腕当てと混じり合いながらミンチと化していく。


「があああっ!?」


 一瞬遅れて、ジョヴィオは噴き出した血と痛みに声をあげた。

 もはやこうなってしまっては、ヘルムの《ヒール》ですら修正不可能なほどだった。あまりのことに、何が起こったのか理解できなかったし、理解するのを拒否した。こみあがってきた怒りに再び身を任せると、ジョヴィオは口汚く涎をぶちまけながら罵った。


「お前っ……、フラヴェラぁあ! いったい何をっ……!!」

「だって、ヘルムを殴った汚い手なんて要らないもの」

「はあ!? ヘルム!? ヘルムだと!?」

「《アースシェイク》!」


 再びスキルが発動する。あたりから出現した岩が、ジョヴィオを狙っていくつも衝撃を与えていった。動くのが遅れたジョヴィオは、まるで箱に入れられたまま、石つぶてをぶつけられているようだった。


「フラヴェラああああっ! 外道に落ちたかあっ!」


 叫んだその口の中に、巨大な岩が飛んでいった。


「おごっ……!!」


 歯を折りながら、その口を塞ぐ。岩はなおも口の奥へ奥へと侵入し、ごりごりとジョヴィオの顎を強制的に開かせた。やがて限界まで開いたジョヴィオの顎からバキリと音がした。

 一瞬気が逸れたところへ、巨大な岩がその頭を殴り飛ばした。


「あがぁっ! ごっ……!!」


 岩が何度も何度もジョヴィオを殴りつける。


「許さない。私は絶対に許さないから! ヘルムを何度も何度も殴って! そんな悪い奴、私が生かしておくわけないじゃない! 死ねっ! 死ねっ! 苦しんで、苦しんで、ミンチになって死んでしまえええっ!」

「ご、あ……」


 ジョヴィオが何か言いかける、その前に

 杖の先に膨大な魔力が宿り、黄色い光があたりに拡散した。


「《アースシェイク》! 《ロックフォール》! 《メテオストライク》ッ!!」


 思いつく限りのスキルを放つと、棘のように伸びた岩が下から足を貫き、岩がドラゴンの鎧ごと骨を砕き、炎を纏った岩が鎧ごと体を焼いた。

 次第にドラゴンの鎧はあちこちが凹み、中の体を押しつぶしていった。次第にジョヴィオの呻き声もしなくなっても、まだ土属性のスキルはその体目がけて飛び続けていた。やがて鎧が壊れる音がしはじめると、フラヴェラは冷たい目でそれを見つめた。


「それはこっちのセリフだわ、ジョヴィオ」


 次第に肉塊になっていく体を見ながら、そう言う。


「外道に落ちたのはあんたよ」


 すべてが終わったあと、そこに残されていたのは、金属片と、ドラゴンの鱗が混ざり合った肉塊のようなものだった。


「うふ。ふふふ。うふふふ……!」


 たまらないというように、フラヴェラは笑いを零す。

 恍惚とした表情のまま、杖を持っていない手を頬に当てる。ヘルムに掴まれたほうの手だった。


「やった……。やったよ、ヘルム……! まずはこれで一人目だよ、ヘルムを虐める悪い奴は、私が殴り殺してやったからね……!」


 肉塊の転がる部屋の中で、フラヴェラは甘えるような声で言った。


 ジョヴィオの《憤怒》は、彼の目を曇らせるのに充分だった。

 なにしろ目の前の少女の瞳が狂気に満ちていたことに、気が付かなかったのだから。

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