第3話 美少女魔術師・フラヴェラ

「……フラヴェラ?」


 牢屋の前に現れた姿は、忘れもしない。

 仲間のフラヴェラだった。


「……ヘルム?」

「フラヴェラ、よかっ……」

「しっ」


 思わず声がうわずった僕に、フラヴェラは人差し指を立てる。

 立ち上がり、鉄格子の前に立つ彼女を見る。僕は声を潜めた。


「無事だったんだな。とにかく、良かった」

「うん。ありがとう」

「でも、いったいなにが起きたんだ?」


 フラヴェラは首を振った。

 そうか、彼女も知らないのか……。


「……ごめんなさい」

「いや、いいんだよ」

「いますぐには出してあげられないけど……もうちょっと待っていて。みんな、私がなんとかしてあげるから」

「ひとりで大丈夫?」

「ええ」


 彼女は力強く頷いた。

 一瞬、お互いの目が合う。ドキッとしてしまった。そりゃ、フラヴェラが可愛いっていうのは知ってるけど。フラヴェラは顔を赤らめると、そっと鉄格子の隙間から手を入れた。僕の頬に両手で触れた。

 まさかそんなことをされるなんて思わなくて、僕の目は丸くなっていた。


「ごめんね。きっと戻ってくるから」

「いや、いいよ。大丈夫」


 その手をそっと握ると、フラヴェラはかわいらしい顔をますます赤らめて俯いた。心臓が跳ね上がりそうだ。


「あ、そ、そうだ。もし途中でここから脱出できそうなカギとか、壊せそうな武器があったら持ってきてほしいんだ」

「……うん」


 フラヴェラは曖昧に頷いた。


「ありがとう。僕も何か探してみるからさ。もしここから脱出できたら、すぐに後を追うよ」


 そう言うと、彼女は上目遣いで僕を見た。

 潤んだ目。きっと不安なんだろう。僕の頬を挟む指先さえもが艶っぽく、頬を撫でていく。


「ヘルム……あのね……」

「な、なに?」


 僅かに近づいた顔に心臓が跳ね上がった。でも牢屋に阻まれた近くて遠い距離は、僕達を再び引き離してしまった。


「なるべく、早く戻ってくるから」


 フラヴェラは名残惜しそうに指先を離すと、ゆっくりと牢屋から離れた。

その言葉に勇気づけられ、僕は頷いた。


「うん」


 フラヴェラはもういちど僕を見てから、再び早足で歩き出した。


 ひとまずはなんとかなりそうだと、僕はほっと胸をなで下ろした。そして、触れられた冷たい指の感触を思い出して、気恥ずかしい気分になったのだ。







 牢屋から離れて曲がり角にきたところで、フラヴェラは立ち止まった。

 いましがた握られた手を愛おしそうに頬に当てる。


「待っててね、ヘルム」


 熱を持ち火照った体から吐き出した息は、白く消えていった。スカートの下からは湿った空気が立ち上る。太ももを重ね合わせると、大事なところの奥が引き上がるような感覚に、甘い吐息が漏れる。

 目を閉じ、びくびくと一瞬震える体を抱きしめる。

 もういちど目を開けたときには、蕩けるような表情をしていた。


「ヘルムに酷いことしたあいつら、みんな殺してあげるからね。ヘルムにしたことそっくりそのまま返して、みんな消してあげる……!」


 潤んだその目は爛々と輝き、狂気の光がさしていた。







 そういえばエルヴァンが後ろの牢屋に居るっていうのを言い忘れてしまったけど、後でいいか。面倒だし……。

 でも本当にこれからどうするかな。

 もういちどこの部屋をじっくり探索する……とか。

 というより、いくら目が慣れたといっても限度があるんだよなあ。

 仕方なしに、腐ったベッドを手持ち無沙汰に撫でたそのとき。積もっていた藁や腐りきった木の板が崩れた。


「うわっ!」


 思わず小さく悲鳴をあげてしまった。

 崩れたことにじゃない。なにしろゴミ山の中から、人間らしきもののミイラが現れたのだから。

 あまりのことにショックで尻餅をついたが、ミイラはぴくりとも動かなかった。


「これは……」


 身なりからいって、どうやら冒険者のようだ。


 でも、僕らのほかに冒険者が?

 『狂乱の迷宮』は百年前、入った冒険者がことごとく戻ってこなかった、悪名高い迷宮だ。多くのパーティが壊滅し、解散し、内部崩壊を繰り返すような混乱が続いて、公国によって封印されていたのだ。迷宮の奥底にいるという主は、『狂乱の魔王』と呼ばれ恐れられた。

 それ以来、公国にとってこの『狂乱の迷宮』は目の上のたんこぶなのだ。


 そして――封印から百年目となった今年、難易度SSSクラスの氷雪龍を倒した僕らが、その迷宮に入ることを許された。

 目的はもちろん、いまだ誰もその姿を見たことがない、『狂乱の魔王』の討伐だ。

 ただ、風化具合からいって、本当に百年前の冒険者かもしれない。


 ゴミ山を取り除くと、骨だけになった手首に手錠がついていた。

 なるほど、ここにくくりつけられていたわけだ。


 もしかして、僕と同じようにここに閉じ込められたのか。やや気は引けたものの、僕は荷物をあさることにした。

 何かあるかもしれない。

 くたくたになった荷物袋を開けると、干からびた干し肉や中身の無い古い型の水筒が出てきた。ひとつひとつ、つまみあげるように中身を確認していく。


 使えそうなものといえば光石くらいだ。魔力を込めると灯りになるもので、昔は『ライト』の魔法の代わりにカンテラに入れて使われてそうだ。高価だが、意外にロウソクを使うよりも安上がりだという話がある。

 何個か出てきたが、使えそうなものは一つきりだった。だが、充分だ。

 それとスコップ。

 こっちもどうやらまだ使えそうだ。端のところがギザギザになっている。どうやらこの冒険者の特注品らしい。いいものを見つけた。


 僕は振り返ると、鉄格子をまじまじと見た。錆びているところを何カ所か見つけると、どうにかスコップを叩きつけた。

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