なんとなく忠誠を誓おう・4

 はっと見れば、部屋の入り口に立っている、魔王とサラ。


「ケンカはやめるんじゃっ! し、死んでしまっては元も子もないじゃろう!」


 魔王の声は泣き過ぎてかすれている……というか、たいていの場合は魔王の声って泣いてかすれ声だな……。

 そして魔王は、塵でも払うように手をさっと動かした。

 すると、水が引いていくように床の炎も消えていく。

 駆け寄ってきた魔王は、あろう事か、ソフィラテに突き立っていたナイフを引き抜いてしまった。


「魔っちゃん!? せっかく俺達が苦労して動きを止めたのに!」

「だ、だってのう、見ておられんよ、ソフィラテがかわいそうじゃろう!」

「僕らも見事にかわいそうな目にあってたんですけど!? 危うく落命でしたよ!?」

「貴重な闇幕弾も消費してしまった……あれは高級品なのだぞ」


 俺達三人から言葉の総攻撃を浴びて魔王はオロオロ。

 魔王には悪いが、こっちも言わせてもらいたい。死ぬとこだったんだぞ!


「言い争ってる場合じゃないでしょ! そいつ逃げるわよ!」


 サラのあわてた声。

 自由の身になったソフィラテは、すすいーっと飛んで俺達から距離をとってしまう。


 また何か攻撃してくるのか? と急いで身構える俺達。


「……貴方は本当に大馬鹿な魔王です。封印されても変わっていないようですね」


 ソフィラテが言う。

 やっぱり冷え冷えした態度は変わっていない。魔王に手厳しいな。


「だって……だってかわいそうじゃろう。痛かったじゃろ? 仲間がそんな目にあっておるのに、助けないのはよくなかろう」

「ワタクシは仲間ではございませぬ。敵でございます。その情けが甘いと申し上げているのです、昔から貴方はそうでした」

「や、やっぱりそうかの……。そうじゃよ、ワシなんてどうせ大馬鹿のグズ魔王じゃよ……」

「あああ、魔っちゃんちょっと、そこでぐずらない! しゃんとしなさい!」


 サラがまるで母親みたいにあやして、ばしん! と魔王の背中を叩く。サラ、それ、魔王だぞ…?


 けど、俺はなんとなく、気がついていた。

 ソフィラテの声からは、会ってすぐの頃より、心にビシビシ突き刺さる冷酷さが減っているような気がした。

 ニコが恐る恐る、会話に入ってくる。


「仮にも昔の上司ですよね? もっとこう、綿でくるんだ感じの柔らかさにしてあげれば…?」

「昔も今も、ワタクシの態度は変わっておりませぬ」


 ふと、サラがグズる魔王の背中をなでつつ、素朴な疑問をソフィラテに投げかける。


「そもそもさ、なんでアンタは魔王の部下やめる気になったのよ」

「魔王様があまりにも駄目駄目だからでございます」


 コンマ一秒たりとも置かない即答だった。感動するほどの素早さだった。


「魔っちゃんの駄目っぷりは俺達も多少知ってるけど、昔からそんなにひどかったのか……?」

「ひどいで済まされるレベルではございません。ドラゴンの赤子も黙り込むほど、最強のグズ魔王でございます。それはもう、部下のトップであったワタクシでさえもストレスのあまり毛並みが荒れてしまうほどでございました」


 ソフィラテのその翼、羽毛だったのか? いかにもエネルギー体な感じするんだけど……。

 ささやかな疑問は解消されないまま、ソフィラテは堰を切ったように語り出す。


「ワタクシを含め、部下達が優秀な働きをしていたからこそ、魔王様の支配は成り立っていたのです。魔王様は一人では何もお出来にならない。誰かが必ず助言し、一日中励まさなくてはなりませんでした!」


 だんだん勢いづいてきたソフィラテ、当時の事を思い出してきたのだろうか。

 翼をバサバサ振りながら、怒りを込めた口調でまくし立てる。


「本当に……! 口を開けば出るのは、弱音! 愚痴!! 泣き言!!!

『どの敵部隊を滅ぼすか』から『今日の晩御飯の献立』まで、何から何までワタクシの助言無しでは決められない!

ちょっと敵陣が勢いよく攻めてくれば、すぐ自軍を引っ込めて退却やら降参やら考え始める!

ネガティブ! 優柔不断! 臆病! 泣き虫! 意気地なし!!

そんな貴方に、ワタクシはもう、もう、ウンザリしたので御座いますッ!!」


 ……最後の方、もはやソフィラテの声は、ヒステリーじみた悲鳴に近かった。

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