金魚の部屋

 最後に時間は巻き戻り、小学三年か四年生辺りの、厳しい冬がいよいよ間近の秋に見た夢だ。


 この夢を見たのは保育園から中学二年まで、我が家では定期的に金魚を飼っていたからだろう。


 薄暗くて壁は黴たように青黒く、畳にして三畳程度の一室で、自分はその端から部屋の中央を向いて立っている場面から、この夢は始まる。


 そこにはカフェテーブルほどの大きさでカクテルグラスのような透明の容器が設置されていて、それはなみなみと美しく水で満たされており、ごぼごぼと音をさせながら水中から泡を吐き出していた。


 聞き馴染みのある、水中に酸素を供給するための電動ポンプによる音だ。


 水中をよく見ると、小洒落たバーのように青いライトアップによって彩られた、二匹の小ぶりなサイズをした色美しい金魚が、彼ら特有の神秘的な優雅さで泳いでいた。


 正直、たしかこの二匹とは似ても似つかない見た目なのだが、何故か当時の自分が飼っている、あの小さな二匹が彼らなのだという確信があった。


 世はすべて事もなしとばかりに、悠然と泳ぐ金魚を普段のようにじっと眺めていると、急にどんどん水かさが増し、あっという間に容器から溢れ出て木の床を濡らしたかと思うと、そのまま自分の足を、そして腰までもが冷水に浸かってしまった。


 信じられないほどの寒さを感じながらも、自分は一歩も動けずにいた。


 最終的には胸元まで水に浸かった部屋の中には、いつの間にやら大小合わせ五匹ほどに増えた金魚たちが、こちらの悩みや寒さとはまるで関与せずに、それぞれが、ただあるがままに生きていた。


 彼らの姿に寒さを忘れて眺め続け、まだ夜中に目を覚ますと、股間を中心にぐっしょりと濡れていて、とても寒かった。


 眠いし寒いからと寝る前にトイレへ行かなかった結果、保育園の卒園と共に克服していた筈のおねしょを、久々に再発させてしまったのだ。


 その日を重大な教訓に、寝る前にだけは必ずトイレへ行くようにしている。


 悲惨な結末だが、むろん夢に罪はなく、今もなお、一番美しい夢だったと思っている。

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かつて見た夢、三傑選 一ノ路道草 @chihachihechinuchito

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