えんらえんら或いはくねくね

黒木ココ

えんらえんら或いはくねくね


 それを見たのは田舎の祖父母の家だったと思います。そこは昔ながらの日本家屋で幼い私にとってそれはとても広くまた迷路のように感じていました。


 大広間が襖に仕切られ仏間と居間の三つの部屋になっており三つの部屋の襖を開けると広大な大広間へと変貌する。今思うとなんてことはないものでしたが当時の私はその構造がとても不思議なものに感じていました。


 それはとある夏休みの午後でした。その時の私は襖で三つに仕切られた大広間の仏壇が置いてある部屋で昼寝をしていました。

 目が覚めると家には誰もいなく、枕元には『買い物行ってきます』と書き置きが残されていました。


 もちろんその時の私は小学生の四年生で一人で留守番ぐらい余裕です。おそらく両親は私がぐっすりと昼寝をしていたため起こすのは忍びないと置いて行ったのでしょう。それでもせめて一緒に買い物に行くかと一声かけて欲しかったとちょっぴり両親を恨んだものでした。


 寝ぼけ眼の私はふと部屋の様子が変なことに気が付きました。

 部屋を仕切る襖が少しだけ開いているのです。

 ほんの数センチの隙間、私がいる仏間の襖とその奥の部屋の襖が僅かに開いて一番奥の部屋が隙間から顔を覗かせていました。


 なんとなく、私は掛けられていたタオルケットから這い出して襖を覗きました。

 その行為に何の意味もなくただ隙間が開いていたから覗いてみただけです。すると、一番奥の部屋で何かがゆらゆらと蠢いているのが見えました。


 ゆらゆら、ゆらゆら。


 白い湯気のような煙のようなものが漂っているのです。

 沸騰した鍋の湯から立ち上る湯気のようにも、火を消した後の焚き火から立ち上る煙のようにも見えるそれはまるで隙間から覗く私を誘っているかのように見えたのです。


 正体不明のそれに私は怖いという感情以上に興味深々でした。

 なんだろうあれは。

 でも近寄るのは怖い。

 だから目を凝らしてじっとそれを見つめました。

 じいっと、じいっとそれを見つめました。


 目を閉じてじっと暗闇を見つめると闇の中に色とりどりの色彩が見えますよね? まるでそれのように白いもやがぐにゃぐにゃと形を変えて虹色に蠢いていました。


 どれくらいの間不思議で不可解な光のもやに見入っていたでしょうか。不意に玄関のドアがガラガラと開かれる音がして私は我に返りました。


 両親と祖母が買い物から帰ってきた音でした。


「あら、起きてたの。ぐっすり昼寝してたから私達だけで買い物行ってごめんね。一人で寂しくなかった」


「うん、きれいなくもを見てたから平気」


「くも? 虫の蜘蛛?」


「ううん、空に浮かぶくも。お部屋の中にもくもく浮かんでたの」


 小学生の語彙ではこの程度の表現で精一杯でした。母も父も私の言っていることに狐に摘まれたような表情でした。


「さいしょは白かったけど見てたら色んな色に変わったの。こわかったけど面白かった」


「大方変な夢でも見てたんじゃないのか?」


 そう言う父の横でどこか懐かしいような表情をしていた祖母が口を開きました。


「それはな、よるるく様や。なあにええ子にしてたらなあんもせえへん」


「ちょっと母さん七海に変な迷信教えないで」


「賢治、罰当たりなこと言うもんでないで。よるるく様はこの村の守り神や。そんなこと言ったらあかん。賢治だってよるるく様がいなかったらこの世におらへんかったかもしれんねんで」


 年寄りは迷信深いもの。祖母もそういう人でした。祖母は何気ない言葉でしたが私はどこか引っかかるものを感じ尋ねたのです。


「おばあちゃん、お父さんがどうしたの?」


 その質問に祖母は目を細め笑顔で言いました。


「大人になったらわかるで、それまで良い子にしときや。な?」



 はい、私の話はここまでです。特にオチもなくて申し訳ありません。祖母ですか? 祖母は私が中学生の時に亡くなり家の方も取り壊したので今は何もないと思います。




補記1.

よるるす様とは⬛︎⬛︎県⬛︎⬛︎郡のごく狭い地域で信仰されている家内安全・子宝祈願を司る神とされている。



補記2.

19⬛︎⬛︎年、⬛︎⬛︎大学分子人類学専攻教授である大峯博士が⬛︎⬛︎郡⬛︎⬛︎村の村民に世界のどの民族とも異なるY染色体ハプロタイプを持っていると発表した。しかし当時の学会に受け入れられることはなかったとされる。大峯博士はその後も数回にわたり⬛︎⬛︎村の調査に赴いていたが20⬛︎⬛︎年に自宅で自死しているのが発見された。

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