牛乳ミルク探偵は、手始めに牛乳をかける

丸井まご

忍び寄る者

「ご依頼を受けて参りました、牛乳ミルク探偵です」


 白いマフラーに、白衣の姿。


 玄関で出迎える依頼主の女性は、心なしか顔が引きつっている。


「どうぞ」

 部屋に案内し、コーヒーを振る舞う依頼主。


「苦いのは苦手でして。牛乳を頂けると嬉しいのですがね」

「わ、分かりました」


「お電話でうかがった話から察するに、

 そちらは亡くなられたご主人の指輪でしょうか?」


 本棚に飾られた夫婦の写真。

 手前の真珠の指輪が光を放っている。


「この白い輝き。さぞ大切にされているのでしょうね」



「はい……どうぞ牛乳です」


凛々りりしい牛乳ですね。

 しかし、どこか不安げな味がする。それとも……あっ」


 カップを置こうとして倒してしまう。


「これは失礼しました。すぐに拭かなければ」

「いえ、お気になさらず」




「ところで──


 依頼主さんはどこへ?」



「な……何ですか突然?」


「最初に私を見て微妙な反応をしたのは、

 まぁ私の服装が問題だとして。

 お電話で牛乳が飲みたいと懇願したのに、

 コーヒーを出されたことも今は忘れましょう」


「……汗ですよ。


 人は極度な緊張状態にあると、冷や汗をかく。

 私は牛乳の味に敏感でしてね。


 不思議なことに、あなたが入れた牛乳は

 私を見てひどく緊張していたようだ」


「そ、それはあなたがインターホンを連打してきて驚いたからで──」


「牛乳に混じる異物を私は見逃さない。

 床にこぼされた牛乳も同様です。


 見えるんですよ、土足の跡が。

 私は欧米の住宅街に迷い込んでしまったのでしょうかねぇ?」


「くっ!」




 偽者の依頼主がチラリと本棚へ視線を向けると、突然。

『ボゥッ』という音とともに炎が上がり始めた。


 続いて、白い煙がモウモウと立ち込める。

 偽者が立っていた場所からだ。


(発火装置に煙玉……逃げるために準備していたのか。

 だが──)

「白い世界は、私にとってはオールクリアなのですよ」


 偽者めがけてマフラーを勢いよくしならせ、気絶させる。

 そして、すぐさま消火器で十分に消火した。



 探偵は縛られていた本物の依頼主を解放し、

「この偽者を警察に連行します」と一時の別れを告げた。


**

 安堵した依頼主が一休みしていると。

 唐突に、インターホンが鳴り響いた。


「ごきげんよう」

 コーヒー片手に黒いドレスで日傘を差した女性は、


「窃盗事件の犯人について、聞き込みをしておりますの」


 警察手帳を見せながら。




「牛乳ミルク探偵と名乗る


 男なんですけど」



 消火器の真っ白な粉末で覆われた本棚から、真珠の指輪が消えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

牛乳ミルク探偵は、手始めに牛乳をかける 丸井まご @marui_mago

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ