この物語にピリオドを。

総督琉

この物語にピリオドを。

 神聖暦六六六年。

 世界は形を崩した。魔王が勇者に倒されるという、悲しきバッドエンドを迎えて。

 そしていつからか、世界が終わることはなくなった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 ある日、僕は異世界転生した。

 その日は雨が降りしきり、冷たい温度が肌を潤していた時だろうか、僕はいつものようにいじめられていた。

 服は破かれ、靴は捨てられ、顔にはらきがきをされていた。それを見て、女子は笑い、男子は参加する。そんな糞みたいな毎日だった。そんなある日、僕は「死にたい」それが口癖になっていた。

 死にたいと言ってはとあるビルの屋上に立ち、家に帰り、死にたいと言ってはとあるマンションの屋上に立って飛び降りようと試みた。だが何度やっても足は一歩目を踏み出さなかった。

 ーー怖かった。

 当たり前だ。これから起こる死を、簡単に受け入れられるはずもない。だから僕は死ねない。彼の中にはがあった。微かに光る、鈍い怒りが。

 そんなある日、僕は死んだ。冷たい雨が降る中で、僕は図書館に向かっていた。いつものように本を読み、静かに時を過ごしていた。だが日が落ち始め、僕は帰路についていた。そんな時だった。激しいクラクションの音とともに、僕は宙へと舞った。

 痛い。そんな感情とともに体は熱く、苦しかった。気づけば知らない世界へと転生していた。いや、転移と呼べばいいのだろうか。そんなこと、正直言ってどうでも良い。


 教会のような建物の中、僕以外にも幼い七人の男女がそこにはいた。

 しゃがみこんでうずくまっている者、周囲を見渡して冷静に観察している者、あくびをして長椅子に横たわる者、教会内を徘徊している者、無表情で突っ立っている者、膝を震わしてはいるが平気な顔をしている者、腹を空かせている者。


「よく集まった。世界を終わらせる八人の子供たちよ」


 そんな僕たちの前に現れたのは、剣を腰に差し、緑色の髪を後ろで束ねた女性であった。

 疑問を抱いたのか、周囲を冷静に観察していた男が彼女へと問う。


「世界を終わらせる八人の子供とは……どういうことなのでしょうか?」

「そのままの意味だ」

「そのまま……と言いますと?」

「そうだな。では最初から説明しよう。この世界はかつて勇者と魔王が戦いを繰り広げていた。だが勇者は魔王に敗れ、その結果この世界からは"終わり"が消えた」

「終わりが消えた?」

「先ほどからよくもまあそんなに疑問を抱けるものだな」


 彼女はため息を吐きつつも丁寧に説明し始めた。


「魔王は世界に呪いをかけた。それはこの世界に生きている限り誰も死ねない。そう言う呪いだ。だから今この世界では誰一人として死んでいない。たとえばこんな感じに」


 彼女は剣を抜くと、その剣を自らの心臓に突き刺した。周囲には血が飛び散る。心臓を貫いたのだから普通は死ぬはすだ。だが彼女は平凡な顔をして剣を抜き、また鞘へと差した。


「今のように、私は死なないし、当然君たちも死なない。それがこの世界の法則であり、理論である」

「で、俺たちに何をさせようって言うんだ?」


 冷静すぎるその男の態度に女性は感心していた。


「さすがは傲慢と言ったところか。神代獅子燐ししりん

「なぜ名を知っている?」

「当然だ。君たちをこの世界へと移動させる前に、ちゃんと下調べはしている。だからこそ君たちの罪も把握はしているさ」

「話が脱線しすぎているな」

「脱線したのはお前のせいだろ。まあ良いがな。で、君たちには世界を終わらすための生け贄になってもらう。反論は当然許さない」


 彼女は堂々と言い放つ。

 ーー生け贄。

 その言葉の意味を、ここにいる者たちは皆当然知っている。それは当たり前のことだ。だがしかし、皆動揺はしなかった。

 なぜか、それは僕自身も分からない。


「まあそうだろうな。では一時間後、儀式がある。それまであまり王宮内をうろつくなよ」


 そう言うと女性は去っていった。

 生け贄となる子供たちは、皆一同にうつむいていた。きっと彼らが選ばれたことに、理由があるのだろう。

 彼女はそんな彼らに目もくれず、玉座へと向かった。


「カーディナル。子供たちはどうだった?」

「想像以上……想像以上に想像以下だ。そんな彼らだからこそ生け贄には相応しいと言える」

「そんなに?」

「ああそうだよ、修道女シスターマアハ。彼らはただの肉塊でしかない。だからこそ救う価値はない」

「へえ。カーディナルがそこまで言うなんて、よっぽどなんだね」


 カーディナルはため息でマアハを黙らせ、玉座へ続く扉を開けた。


「どうだった?」

「はい。良い生け贄です。すぐに儀式を開始し、彼らを早く殺しましょう」

「あ、ああ。そんなに急がなくても良いんじゃないか?」

「心変わりされたら困ります。その前に早急に手を討ちましょう」

「そ、そうだな……」


 国王はカーディナルの放つオーラに屈し、何も口出しはできなかった。国王との話を終えたカーディナルは、早足で玉座を去っていく。


(何を怒っているんだ私は。別に、彼らに同情など抱くはずもないというのに……)


 カーディナルは胸に抱える不思議な思いに惑わされ、もやもやを抑えきれない。


「ちっ。どうして私が……」


 カーディナルの足は止まり、振り返って子供たちのいる部屋へと向かった。


(ふざけるな。手助けなどすわけがない。私はただあんな醜いガキどもに腹を立てているだけだ。ただ……ただそれだけなんだ)


 カーディナルは子供たちのいる部屋の扉を勢い良く開けた。すると視線は皆カーディナルへと集まった。カーディナルは一人一人の顔を見るや、聞こえるような大きな舌打ちをついた。


「お前ら、本当にそれで良いのか。このまま生け贄になって、そして人生を終えて良いのか」


 だがしかし、誰一人として返答は返さなかった。最初はあれほど威張っていた神代獅子燐でさえ、今では静かに口を塞いでいた。

 カーディナルの抱える怒りは増すばかりであった。

 立ち上がらない子供たち、それも当然だ。彼らはあくまでも子供だ。どう足掻こうとも子供なんだ。まだ心も幼く、精神も安定していない。そんな彼らにはきっと長い時間が必要なんだ。それでも与えることはできない。

 なぜならカーディナルはーー彼らから未来という希望を奪ったのだから。未来という絶望を奪ったのだから。


「一つだけ教えておく。もう一つ、世界が終わる方法がある。お前らが生け贄にならなくてもいい、もう一つの終わらせ方がある」


 そう言い、カーディナルは部屋から立ち去り、扉を閉めてその扉の横に背を壁につけて腕を組む。


(どうして私は……)


 カーディナルは自らで起こした行動に少しばかり戸惑っていた。間違いであったのか。そうではない。

 カーディナルは彼らを過去の自分と重ねてしまったのだろう。だからこそ分かっていた。そう簡単に変わることはできない。できないんだ。



 ーー扉は開かない。



 既に十分以上経過しただろうか。もうじき世界を終わらせる儀式の用意ができるだろう。

 カーディナルは苛立っていた。そんな中、部屋の方から足音がする。躊躇うような鈍い足音、戸惑いがちな震えた足音。その足音が止むとともに、扉はゆっくりと開かれた。


「僕が……僕が世界を終わらせる」

「そうか。君か。憤怒に選ばれし少年、いたち月影つきかげ


 少年の目はまだ死んでいなかった。


「少年。君は戦えるか?」


 間を空けることなく、少年は落ち着いた様子で答えた。


「覚悟なら十分にできている」

「良い目をしているな。君は」

「良い目ですか。僕は今まで逃げてきたんです。けど、僕は彼らと話して気づきました。僕は彼らなんかよりは全然ましな人生を過ごしてきたんだって。だから僕が戦わないと……」

「そうか……」


 罪深い目をしていた。まるで自分ばかりが罪を背負ってきたような目をしていた。

 カーディナルはその目を見るや、真剣な表情で少年へと言った。


「鼬。そもそも痛みを背負うこと自体、人本来の生き方ではないんだよ。これは綺麗事かもしれない。だがよく聞いてくれ。苦しい時は助けを求めろ。悲しい時は精一杯泣け。感情をさらけ出せ。背負い込むな。嫌なら嫌と言え」

「……はい」


 徐々にトーンの上がる返事に、カーディナルは頬を緩めた。


「君は、強いね」

「多くを経験してきたんですよ。誰よりも浅く、その代わり多くの経験を味わった。だからこそ今の僕にはできる気がするんです。世界を終わらせることが。その『大罪』を背負うことが」

「君はもう決断しているのだな。今さら止めはしないさ。ただ君の来世が素晴らしきものとなるように、私は祈っているよ」

「ありがとうございます」


 カーディナルは少年へ世界を終わらせる方法を告げた。既に覚悟ができていたからなのか、少年は驚くだけで、躊躇ってはいなかった。

 その『結末』を『始まり』に変える。

 そんなことをできるのは、これから世界を創っていく生者のみである。未来の世界がどうなるのか。そんなことを想像するだけで、彼は寂しげな表情をした。

 それでも少年はカーディナルから剣を受け取り、強く握りしめた、


「では、いってきます」

「いってらっしゃい。鼬」


 だんだんと小さくなっていく少年の背中を眺めつつ、カーディナルは一冊の書物を取り出し、そこに書かれていた文章を静寂の中読み進めていた。


『勇者が倒されるという結末。

 世界はそれを望んでいたのかもしれない。

 そもそも魔王は世界のやがて訪れる終焉をもたらす者、そう考えられていた。そんな存在がいとも容易く死ぬ、ということは、世界から驚異がなくなった=終わりがなくなったーーつまりは、永久の生が続くであろう、そう考えられた。

 ーーだが間違いであった。

 誰も死なない世界で、誰も朽ちない世界で、ただ苦しく生き、どれだけ空腹になろうとも死ねず、更には首を切っても死ぬことはできなくなった。

 世界はもう、がらくたの塊に過ぎないのである。

 この危機を脱する方法はただ一つ。世界には遵守されることもなく、世界という器に囚われない存在。その者しか、世界を変えられないだろう』


 分厚く、そして所々文字が滲んでいたその頁には、そう書かれていた。

 カーディナルはその本を閉じ、玉座へと戻った。


「国王。大変身勝手で申し訳ないのですが、世界を終わらせるという結末を、彼一人に委ねました。当然処罰されるべきことだとは覚悟しています。ですが私は確信したのです。きっと彼ならば、世界を終わらせてくれるだろうと」


 国王はカーディナルの真っ直ぐな眼差しを見ると、思わず笑みをこぼした。


「何年ぶりだろうか。お前のそんな目を見ることができるのは。いいだろう。処罰など必要ない。ただお前には命を下すーー」


 世界が新たな終着点を迎えるその日は、きっと朝陽がその世界の者たちに神々しく輝き溢れることだろう。

 カーディナルは思いを馳せ、夜が明けるのを静かに待ち望んでいた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 暗いどこかの森の中、一人の少年と一人の男は向かい合っていた。


「少年。お前は死にに来たのか?」

「死にに来た?違うな。僕は向き合うんだよ。僕自身に課せられた運命と、そしてその大罪に」


 真っ直ぐすぎるその眼差しに、少年の前に立つ男は驚き、そして笑った。


「よほどの経験と覚悟を背負っているな。その目は」

「ここで討つ。魔王」

「知らないのか?私を殺すことは、勇者ですらできなかった偉業だよ。だと言うのに、私を殺すか?」

「世界に終わりをもたらさなくてはいけない」

「なぜだい?終わりのない世界に哀しみはないだろ。だというのに君は、世界に終わりを取り戻そうとしているのか?」


 魔王には分からなかったのだろう。

 なぜ彼が終わりを求めているのか。そしてなぜ世界が終わりを求めているのか。魔王には到底理解できないことであった。

 どれだけの異能を持とうとも、どれだけの頭脳を有しようとも、分からないことはある。それが今の彼らの願い。


「魔王。永遠の生は、永遠の死と同等の苦しみだ。だから俺は、その輪廻を断ち斬る」

「そうか……」


 魔王は少年の眼差しを見て理解した。その言葉に嘘偽りはないのだと。彼は本気で終わりを求めているのだと。

 己の人生に抗ってでも、彼は終わりを求めた。その理由はただ一つだった。


「来い。英雄よ」

「終わりを、」



 その日、世界は動き出した。

 悠久の終わりは終焉を告げ、時は針を進めた。始まった命は、今をもって復活する。

 日が昇るとともに、一人の少年は剣を腰に提げ、王宮へと帰還していた。彼には待つ者がいるから。


「カーディナル。彼が……帰ってきた」


 修道女シスターマアハの驚く顔に期待を抱き、カーディナルは大急ぎで王宮の外へと駆け出した。

 彼女の瞳に映ったのは、世界の針を進めた英雄ーー鼬月影。


「帰って……きたんだね……」

「ああ。帰ってきたよ」


 まだこの世界は、始まったばかりであった。

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