第33話 漢気!

「ふむふむ、なるほどね。てっきりオリンピックと聞き間違えたかと思ったよ、まぁ似てるところもあるけどなんかオニンピックは血なまぐさそうだな……。」


 俺が仁の話を聞いて色々考えていると、マリリンが声をかけてくる。


「ところでシン、大切な事忘れていない? 彼は大丈夫なの?」


 マリリンは地面に倒れているあるものを指差して言った、そうブライアンだ。


「あ、忘れてた! 大丈夫か? ブライアン!」


 慌ててブライアンに呼びかけるも返事はない。

 ヒヨリンの魔法で、仁の前から流水によって流されてきたブライアン。

 その時は知らなかったが、実はブライアンは水に弱かったのだ。


 現在は陸にあげられたマグロのようにピクピクしながら、白目をむいて倒れている、

 どうやら、沢山の水を飲み込んでしまったらしい。


 ブライアンの胸に耳を当てると、心臓は動いている……だが息がない!


「誰か! 人口呼吸を!」


 俺がそう叫ぶと、全員が一斉に俺を見た。


「え? 俺? 俺がすんの? マジで?」


 ブライアンは助けたい!

 でも……無理だ!

 あれに自分の口を……。


 目に映るは、巨大なナメクジのようなタラコ唇。

 想像するだけで、意識が……。


 ブライアンを助けたい気持ちと一生消えない傷を天秤にかける。


 そして遂に、決断した!


 俺は、その場で隣にいたアズの首根っこを掴んで、ブライアンの顔に近づけるのだった。


「なにするニャ! 離すんだニャ! にゃあには無理ニャ!」


「同じ愛玩動物同士ならセーフだろ! アズ、よろしく頼む!」


 暴れるアズは、徐々にその体がブライアンに近づき、顔が近づくと……。


「イヤにゃ! 離すんだニャ! にゃあは愛玩動物じゃないニャ!」


 アズは必死に暴れて抵抗を繰り返した。


 その光景を黙って見ていたマリリンは、自分の身を張ってでも助けようとしないシンにあきれ果てた。

 そして俺の肩をひっぱり、後ろに引き倒してブライアンの前に座る。


「邪魔よ! どいて! 呆れたわ! 仲間の命が懸かってるのよ! 遊んでる場合じゃないでしょ!」


 怒り沸騰といった様子で俺を罵倒すると、ブライアンに人工呼吸しようとした。


 どうする、俺!

 腹をくくれ!!

 マリリンにやらせるわけにはいかねぇ!


 マリリンが文字通り体を張って、ブライアンに人口呼吸をしようとするのを見て、俺は遂に腹を括る。


「マリリ……」


「マリリン、俺がやる!」と言おうとした瞬間であった。


 仁がさっとマリリンと逆側に座ると、すぐに人口呼吸を始める。


 ブチュ スーハー スーハー


「あ……。」


 出遅れた……。

 名誉挽回のチャンスは、仁に奪われてしまった。

  躊躇いなくするその姿は正に漢気の塊。

 仁は慣れた手つきで人工呼吸をした後、胸骨圧迫を始めた。


 ドッドッドッドッド


 一定のリズムで胸の中央に両手の甲を合わせた腕を伸ばして圧迫していくーーすると。


 ブフォ! ガハッ! はぁはぁはぁ……。


 ブライアンは口から水を噴き出し、自力呼吸を取り戻した。


「兄貴、すぐ動けなくてすいやせんっした! すぐに自分が動くべきでした!」


 仁は立ち上がると、綺麗に上半身を90度曲げて、お辞儀をする。

 だが、謝られては俺に立場がない。


「お……おう……。」


 故にやっと出た言葉はそれだけだった。

 そしてマリリンは本当に助かってよかったといった風に、目に涙を浮かべている。


「ブライアンすまない! すぐ助けようとしなかった俺を殴ってくれ!」


 ブライアンの近くに行くと、俺は頭を下げた。


「お? なんで俺っちが相棒を殴らなきゃならないんだ?」


「いいから何も言わず俺を殴ってくれ! 頼む! そうしないと気が済まないんだ!」


 必死に願い出る俺。

 状況がわからないブライアンは、


「お? 相棒変な趣味だな。本当にいいのか? じゃあ殴るぜバーロー!」


 ブライアンは俺を躊躇いなく殴り飛ばそうと、腕を大きく振りかぶった。


 おい! 少しは手加減しろよ!

 何本気の構えしてんだ!


 俺は予想外に本気で殴られそうになり、目を瞑って歯を食いしばる。


 ドガ!!


 鈍い音が響く。

 だが、不思議な事に俺は痛くなかった。

 というよりも衝撃するこない。


 ん??


 不思議に思った俺が目を開けると……。


ーーブライアンに殴られたのは仁だった。


 仁は兄貴分の俺が殴られる理由はないと思い、俺とブライアンの間に入ったのだ。


「おい、アゴ割れ、これでおあいこだ。」


 仁は唇から出血した血を右手で拭う。


 ちょっと待てやこらぁぁ!

 このクソヤンキー!

 俺の見せ場奪うんじゃねぇ!


「お、お前、何してくれてんの?」


 唯一の懺悔タイムを失った俺は、仁に詰め寄った。


「兄貴違うんです、兄貴が殴られる理由なんて最初からないんすよ! 俺がやったことだから、俺がけじめをつけるのは当然っす!」


 くそ……。

 こいつ、恰好いいじゃねぇか……。


 俺はまたしても立場を失う。


 一方ブライアンは、何が起きているのかさっぱりわかっていない。


「お? お? お?」


 そして行き着いた結論は……。


「おう、チビ。俺の勝ちだなバーロー。」


 なぜか仁にボコられたはずなのに勝ち誇っていた。

 しかし、仁は言い訳をしない。


「ああ、お前の勝ちだ。アゴ割れ」


 潔くブライアンの言葉を肯定するのだった。


 だめだ……やべぇ……。

 こいつマジで恰好いいわ。

 こんなん惚れてまうやろ~!


 俺は目の前に映る格好いいヤンキーにときめ……きはしないが、あまりの格好良さに目が輝いてしまった。

 それと同時に、このヤンキーにハーレム系主人公の座を奪われるのではないかと焦りはじめる。


「こ、これでみんな仲直りだな、わっはっは。」


「恰好悪いニャ……シン。情けないニャ……。」


 今回の犠牲者であるアズは、静かに呟いた。

 するとヒヨリンは、間を割って話に入ってくる。


「ん、シン。これからどうする? 鬼族の町に向かう?」


 ヒヨリンは俺達のやり取りが終わると、それらの光景に興味はないといった様子で今後の予定を確認した。


「そうだな、とりあえず今急いでも仕方ない事はわかった。鬼族の町には向かうけど、先に馬族の村に戻ろう。スズカさんも心配してるだろうし、これ以上ブライアンに迷惑かけるわけにもいかないしな。」


 俺は馬族の村でブライアンと別れるつもりでいた。

 これ以上、俺の勝手に付き合わせる訳にはいかない。


「ん、シンがそういうならそれでいい。」


 ヒヨリンに異論はないようだ。


「兄貴、俺らの町の場所ってわかりやすか?」


「ん? どうだろ? 誰かわかる人いる?」


「お? 俺っちの村をひたすらまっすぐ進んだところにある町のことか? バーロー?」


 意外な事に答えたのは、ブライアンだった。


「お前の村がどこかわからねぇけど、確かに俺の住む町をひたすら南下すると、馬族の国にぶち当たるな。そこかもしれねぇ。」


「お? なら俺っちはわかるぜ相棒。何度かそことは戦争してきたからなバーロー。」


 ブライアンのセリフに仁が驚く。


「お前まさかケツアゴの悪魔か? いや、あいつの顎は三つに割れてないはずだ。」


「おんな難しいことは俺っちにはわからねぇよバーロー。このアゴは最近3つに割れてパワーアップしたばっかだぜバーロー。」


 きもさがな……。


 さっきまでの失態もあるから、素直に失礼な事をツッコムのは遠慮しておく。


「おめぇが、ケツアゴの悪魔だったなんてな。それなら俺らの町は多分わかるはずだぜ。」


「ん? 仁は俺達と一緒に馬族の村に向かうんじゃないのか?」


 仁はなんとも申し訳なさそうな顔をしながら、俯き答えた。


「兄貴、すまねぇ。兄貴についていくって言った傍から、ついて行かない俺を殴ってくだせぇ!」


 仁は歯を食いしばって、顔をシンに差し出す。


「いやいや、もういいからそういうの。んでなんでだ?」


 これ以上マリリン達の前で恰好つけんじゃねぇよ!


「押忍! 兄貴たちは鬼族の町に入らなきゃならねぇ! それには手続きがいるっす。だから先に俺が町に戻って、兄貴達を出迎える準備をすることが舎弟の務めだと判断しやした!」


「おお! 確かにその方がよっぽど効率的だ。仁、見直したぞ!」


「ん、それがいい。下僕、いつまでに準備する。」


 いつのまにか仁は、ヒヨリンの下僕になっている。


「はい、姉御! 宿の準備や町の長への報告も含めて、10日あればいけやす!!」


 仁は礼儀正しくヒヨリンを姉御と敬いながら答えるも、


「ん、7日でやる。時間は有限……。」


 ヒヨリンは厳しかった。


「わかりやした! 命に代えてもなんとか7日でお出迎えしやす!」


 仁は額に汗を流しながら気合を入れる。

 すると、ヒヨリンは指をチョイチョイっとまげて、仁を近くに来させると耳打ちした。


「猫が好きなササミも用意する。しなければ……。」


 脅迫されそうになった仁は、すぐにヒヨリンから離れて股間を押さえた。


「だっ大丈夫っす! 必ずやり遂げるっす!」


 その光景はなんだかさっきまでの格好良かった仁の姿が嘘のようだった。

 少しだけ俺は安心した。


「話は終わった? で、あそこでくたばってるあんたの舎弟達はどうすんの?」


 マリリンは仁に聞いた。

 なんだか、少しイライラしてる。


「気にしないでください、姉さん! この世は弱肉強食っすから。」


 仁がそう答えると、突然魔法の詠唱が聞こえてきた。


「母なる水の大精霊よ、今ここに朽ち果て行く者達に癒しの雨を降らせたまえ! ハイヒールレイン!」


 それはヒヨリンの声だった。


 その魔法は水の大精霊の力を使った集団回復の上位魔法。

 傷を癒す雨はゴブリン達に降り注ぐと、みるみるうちにゴブリン達の傷が塞がっていく。

 ついでにブライアンの火傷と傷も塞がる。


「お? 俺っちの傷が塞がるぜバーロー、すげぇなこの水!」


 ブライアンは自分の身に起こる不思議現象に感動していた。

 そして顎を上にあげて飲もうとしている……。


 だが、ヒヨリンは強力な回復魔法を行使したため、


「ササミ代…」


 と謎の言葉を呟き、手で頭を支えながら片膝をついた。


 名誉挽回のチャンス到来!


 俺は急いでヒヨリンを支えようと駆け付けると、先に隣にきたマリリンが俺を突き飛ばして、睨む。


    ドン!


「こんな時だけ……。あんたの支えは結構よ!」


 マリリンの強い拒絶は俺の心にクリティカルヒットした。

 家族や仲間を大切に思うマリリンはどうしても俺の行動が許せなかったのだ。

 その言葉に俺は瀕死となる。


 やはりさっきまでの事は、無かったことにはなっていなかった。

 マリリンの俺への幻滅は継続中である。

 俺はショックに俯く。


 マリリンは、そんな俺の姿を見て、「言い過ぎたかしら……。」と少し後悔するものの、「フン!」といって顔を横にそらせた。


 その光景を見ていた仁は、俺の隣に来ると肩に手を乗せて言った。


「兄貴、必ず俺が仲を取り持ちますんで安心するっす。」


「じんーー!!」


 俺はその言葉に目をうるませながら仁を抱擁する。


 こいつ、マジでいい奴だったわ!

 鬼族は全員悪い訳じゃないんだな。


「ちょっ! 兄貴やめてくだせぇ! 兄貴にそんなことしてもらえる程、自分はまだなにも兄貴に返してねぇっす。尊敬する兄貴には毅然とした姿で前を向いてほしいっす!」


 仁はそう言うとゆっくり抱擁を解き、今度はヒヨリンの下に向かい、土下座をする。


「姉御……俺だけでなく舎弟達まで救ってもらって感謝しかありません! この命、兄貴と姉御の為ならいくらでも捨てる覚悟っす!」


「いい、これはササミの前払い。」


 ヒヨリンはそっけない。


 仁は土下座から立ち上がると、更にまた上半身を90度に下げて敬礼をした。


「最高のササミ用意しやす! それでは、自分は準備があるんでこれで戻りやす。おい! てめぇら! ここにいる方々に礼を言いやがれ! これからはこの方たちが俺らのボスだ! わかったか!!」


「萌え萌えの姉御バンザーーイ!」

「ゴブ……ゴブ……。もえもえ……おっす!」


 と一部よくわからない挨拶をする輩もいたがそれぞれ気合の入った挨拶をする。


「では、兄貴! 先に行くっす! 体に気を付けてくだせぇ!!」


 仁は赤い単車に跨って、自転車ヤンキー達を連れてその場から立ち去っていった。


 シンは仁たちが夕日の中で小さな点になっていくのを見送った。

 そして、ふと大事な事を思い出す。


 あれ?

 仲取り持ってくれるんじゃ……。

 え? 一週間このままなの!?


 以前変わることのない、俺とマリリンの関係に気づく。

 

 あと、オニンピックの話どうなったの?

 ねぇ誰か教えて!


 時すでに遅し、俺の災難はまだまだ続くのであった。

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