第22話 プチ痴話げんか

「ほい、これ給料明細ね。ご苦労さん」


「ありがとうございます」


 今日で短期の清掃バイトが終わった。


 俺は少しドキドキしながら、明細の中身を見た。


 そして、ガッツポーズをする。


「よし、これだけあれば、可奈子さんと……」


「おう、月城ちゃん」


「あ、田之上さん。お疲れさまです」


「給料、たんまりともらったか?」


「まあ、それなりに。とりあえず、彼女とデート旅行には行けそうです」


「良かったじゃん」


「田之上さんも、バイト代で彼女さんとデートしますか?」


「いや、ダチと飲みに行くわ」


「あ、そうなんですか?」


「ぶっちゃけ、倦怠期なんだわ。あいつのこと嫌いじゃないけど。男友達と居る方が楽っていうかさ」


「へぇ~。まあ俺も、親友と一緒に遊ぶ時は楽しいですけど」


「ていうか、今も毎晩してんの?」


「はい、してます」


「高校生ってすごいな~。大学生になると、一気におっさんになるからな」


「マジっすか? だったら、すぐに就職します」


「けど、大学生は楽しいぜ?」


「まあ、視野には入れておきますけど」


 などと、適当に会話を交わして、俺は田之上さんと別れた。


 そして、ルンルン気分で家に帰る。


「ただいま~」


 玄関先で声を響かせると、


「おかえりなさい、冬馬くん」


 いつも通り、エプロン姿の可奈子さんが出迎えてくれた。


「可奈子さん、バイト代が入ったよ。ちゃんと、温泉デートに行けるから」


「本当に? 実は私もパートのお給料が入ったから」


「あ、そうなんだ。可奈子さん、事務所で働いているんだよね?」


「うん、そうだよ」


「大丈夫? 嫌らしいことされてない? 可奈子さん、巨乳美女だから」


「そうね……まあ、たまに胸とかお尻を見られているけど」


「へぇ~……」


「あっ、もしかして、嫉妬してくれた?」


「うん。ていうか、心配になった。可奈子さんがNTRされないかなって。ねえ、エロ所長とかいない?」


「大丈夫、所長は女性だから」


「ホッ……」


「それに平気よ。私、こう見えて強いから」


 可奈子さんはフンと鼻を鳴らし、力こぶポーズをした。


「相変わらず可愛いね」


「あ、バカにしてる?」


「おっぱいもデカいし」


「こら、君の方がエロ所長じゃないの?」


「いや、所長じゃないし。可奈子さんの彼氏だから」


「そして、旦那さまです。うふふ♡」


 微笑む可奈子さんを見つめる。


「どうしたの?」


「いや、俺たちってラブラブだよなって」


「そうだね」


「けど、いつまで続くのかなって」


「えっ?」


「あ、いや。バイト先で仲良くなったお兄さんが、彼女と倦怠期だって言っていたからさ。俺たちもいつか、そうなったら寂しいかなって」


「大丈夫よ、私たちは」


「本当に?」


「ええ。冬馬くんが浮気しなければ」


「何で俺がそんなクズ男になっているんだよ」


「だって、冬馬くんはモテるから、絶対に。そっちこそ、バイト先できれいなおねーさんに誘惑されなかったの?」


「あいにく、男ばかりの現場だったよ。女性はみんなおばちゃんだったし」


「ふぅ~ん? 私もおばちゃんだけど?」


「いや、だから24歳はお姉さんだってば」


「けど、高校生からしたらおばさんって言われるし」


「えっ、言われたことあるの?」


「無いけど」


「無いんかい」


 お互いに言い合って、笑い合う。


「今日は先にメシ食おうかな」


「本当に?」


「うん。それで、あの……また一緒にお風呂に入りたいなって」


「冬馬くん……今すぐ、一緒に入っても良いのよ?」


「え、本当に?」


「うん。ごはんの前に、軽く運動した方がお腹空くし」


「いやいや、可奈子さん。けど、この前すごく激しかったもんね。何でお風呂場で汗だくになってんのって感じ。汗を洗い流す場所なのに」


「本当にね。じゃあ、今日はエッチなことはナシにしましょう。ただ私は、冬馬くんの背中を流すだけです」


「それなら大丈夫だね」


「あ、スポンジ以外にも、胸を使うオプションがございま~す♪」


「だから、何のいかがわしいお店だよ。可奈子さん、まさか勤務経験が……」


「冬馬くん、冗談でもひっぱたくよ?」


「こ、怖い……」


「だって、あなたに抱かれた時……ちゃんと初めてだったでしょ?」


「うん、まあ……年上のお姉さんなのに、ウブな少女みたいで可愛くて……」


「こら、バカにしないの」


 ほっぺを両手でむにっと挟まれる。


「バ、バカになんてしてないよ。ただ、本当に可愛かったなって……」


「……バカ。早く一緒にお風呂に入りましょ?」


「か、可奈子さん、胸が当たっているんだけど……」


「当てているんだけど、何か?」


「……デカ」


「……バカ」


 もうちょっとだけ、玄関先でプチ痴話げんかをしていた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る