ご飯をもりもり美味しそうに食べる私が、神様に見初められたちゃったので頑張ってお仕事する話

富升針清

第1話

 米子と書いて、ヨネコと呼ぶ。

 おっかあとおっとおが付けてくれたこの名前は、花の様に可憐さもなく、流行りの歌の様に華やかさもない。

 ただ、只管、毎日米が食える子になって欲しいと付けられた。

 米が毎日食えるのは裕福な奴だけだ。

 うちにはそんな金はない。

 それでも、何処かに嫁げば毎日でも米が食べれるかもしれない。

 米子は女の子だから。

 しかし、細やかなおっかあとおっとおの願いは私が齢十六の時に掻き消される事となる。

 私は米子である前に村の人間で、それも一番弱い家の人間で、女の子だった。

 大正二年、八月三日。

 米子こと、私は、米をたらふく食べる前に土に埋められた。

 全ては、蛇の目様がこの村に雨を降らせる為に。

 蛇の目様の生贄に。

 それから歴史は昭和、平成、令和と駆け抜けて、私、ヨネコはこう思うわけです。


「はぁー。牛丼考えた奴、最高の天才じゃね?」


 と、土に埋められた後、目出たく蛇の目の神様の使いになった悪食少女はそう思うのです。




「ヨネコ、女の子が大きな口を開けて食べ物を掻きこむ姿は良くないよ?」

「鷹の目様、今令和ですよ。それ、だんそんじょひ! 男尊女卑! それよりも鷹の目様、私この後食べたいパフェがあるんだよね」

「まだ食べる気かい? 私は正直無理だよ」

「いいじゃないですかー。まだ、約束迄時間あるんだし、パフェがダメなら買い物行きましょ?」

「駄目だよ、ヨネコ。君、一応蛇の目の代理なんだから、服屋の紙袋ぶら下げて仕事するきかい?」

「コインロッカーにぶち込む」

「この前空いてなくて、結局私も紙袋持ったまま仕事した事は覚えているかい?」


 ああ、そんな事もあったな。


「今日は空いてますよ。私の星座、今日一番最強なんで」

「お小遣い、もう無いんだろ?」

「だいじょーぶですよ。軍資金ならありますから」


 私はフフフと不敵に笑うと財布から真っ黒のカードを取り出した。


「じゃーん! 蛇の目様のブラックカード!」

「き、君、それは流石に不味いんじゃないか?」

「そう思うでしょ? でも、だいじょーぶなんですよぉ」

「……一応、聞いておくけど、その心は?」

「は? あのスパメン(スーパー顔のツラだけ男)の夫様がメスクソどもを神社に連れ込んで乱交パーリーの限りを尽くされていたからに決まってるでしょ?」


 目がガン決まっている私に、鷹の目様は無言で目を逸らす。

 鷹の目様も中々難儀な方だ。

 私の主人でもあり、夫(仮)でもある蛇の目様のご友人である鷹の目様は、数々の我ら夫婦(仮)の事柄で大変ご苦労されているのだ。

 そして、友達のいない私の夫(仮)でもある蛇の目様の性格が随分と悪いくひん曲がっている故に友達が居ないせいで、こうして仕事も何かと組まされている。

 鷹の目様の性格は良いのに。可哀想な人、いや、神様だ。


「……まず、ヨネコ。蛇の目と君は夫婦じゃないだろ?」

「いえ、夫婦になりますので」


 一応、まだの為に(仮)を付けていたが、四捨五入では(仮)ではない。

 時間の問題だ。


「君は彼の眷属。御使だろ?」

「いえ、百年ぐらい同じ家で暮らして、家事も全て私がやっているので事実上、夫婦です」

「事実上ではなく」

「いえ、夫婦です。夫婦ですので! 蛇の目様は知らないですけど、私はお使えした時から蛇の目様を愛していましたし、土に埋められたのも事実上輿入れですよ? 白い着物着てましたもん」

「死装束っ!」


 産まれて初めて着た白い着物だ。蛇の目様に嫁ぐ為の花嫁衣装と言っても過言ではない。

 死装束だろうと何だろうと、ボロではない着物なんてそれ迄は着た事すらなかった私なのだから。


「それにですけど、例え私と夫婦ではなくでも自分の神社で乱交パーリーしていいんですか? 神様として、いいんですか? 片付け、私の仕事ですよ? いいんですか? 生き物として、いいんですか? 同じ男神として、ありなんですか? そう言うの」

「……そう言われると、私は何とも……」

「逆に服でチャラにしてあげようなんて優しすぎると思いませんか?」

「そう、ですね……」

「でっしょー? 鷹の目様の服も買いましょ! 私が買うしょぼい服じゃ痛手になりやしないので」

「私を巻き込まないでくれるかい? しかし、君も大概だが、彼奴も大概だよ。仕事迄君に押し付けるんだからね」

「今頃、家で大人しくしててくれればいいんですが……」

「無理だろうね」

「ですよねー。またメスクソ達と寝てるかと思うと腹が立ってきたので、一緒にどエロい下着買いに行きましょ! 蛇の目様が引くぐらいえっぐい奴」

「引いちゃ駄目だろ?」


 呆れた顔で鷹の目様がお冷やをお行儀よく啜る。

 今は令和。私が米子として生まれて百年余り。

 十六の大正の八月に終わった筈の人生が、ひょんな事から再び周り初めて令和に至る。

 私が供物として捧げられた神様は、蛇の神様。

 髪も肌もすべてが雪よりも白く、目が血の様に赤い、蛇の神様。

 そして、顔が超スーパーデラックスウルトラハイパーミラクル良い。今で言うイケメン。いや、イケメンなんてモンじゃない。

 この世の造形美を極めた顔をしているのだ。

 土に埋められて呼吸ができなくなった時は絶望だったけど、その後に顎を足の甲で持ち上げられた時に見た顔は正しく光の神だった。

 その瞬間、私は恋の奈落へ堕ちたのだ。

 私は蛇の目様が好き。私は彼の供物であり、所有物。つまり、私は正真正銘彼の女(物理)なのである。他の雑魚メスがどれだけ何かを積もうが手に入れられない称号と椅子の上に私がいる。

 蛇の目様が私の事をどう思っていようが気にしない。私の事を女だと思ってなくても良い。胸はそんなに無いし、肉もあんまり無いし。

 私は彼が好きで、私は彼の所有物。

 その事実があれば人間捨てても全然平気。埋められてだ時は全員殺してやろう、雨を降らした奴も同罪だと思ったけど、もう感謝の気持ちしかないし、寧ろ、ウルトラハイパースーパーラッキー。皆んなありがと! 超ラブアンドピース。雨、沢山降ってくれよな!

 人間の時の可哀想な人生のお釣りが来るぐらいに私は今が幸せなのだ。蛇の目様の顔面のおかげで。

 でも、タダで蛇の目様の神社に元人間はいられない。

 私は、妻(仮)の前に、蛇の目様の御使として、人の為に、この世の全ての人類の都合の悪い何かと戦わされている。

 私に人を捨てさせた人の為に。

 人間なんてどうでもいいけど、愛する蛇の目様の為に。

 ただ、愛する神様の為に。

 そんな神様は私に仕事を押し付けて、今頃は雑魚メス達と仲良く寝ている事でしょう。

 それでも、私は人々を救う訳です。

 今、他の女抱いてる神様の為に。


 ね? こんなに尽してる私が蛇の目様の彼女じゃ無い訳、なくない?


 


「ほらー。今日、最強ラッキーって言ったでしょ?」

「最後の一つだし、全部入らないし」

「無理矢理押し込めば行ける。ほらっ!」

「ヨネコ、君って子は……」

「さ、行きましょう。今日のご依頼は?」

「今日もお掃除だよ。私が箒でヨネコがチリトリ」


 鷹の目様が一重の長い目を細めて笑う。


「いつも思うんですけど、清掃業を神様にやせんのってどうなの? 本当ならそのチリトリも蛇の目様がやる仕事だし」

「まあ、こんな時代に陰陽師も対魔士もそうそういなし、人間の信仰無くなっちゃったら私達も存在消えるし、そこは助け合いだよね」

「あー。町内会の朝の掃除みたいな?」

「そうそう。みんなの村はみんなで綺麗にしましょうってね」


 綺麗に使わないのは人間側だと言うのに。

 正直、人間辞めてからこんな事ばっかりやってる。

 悪食と悪名が付いたのも、そのせいだ。


「今日のお仕事は廃ビル。自殺者が今月に入って七人だって。異様だね」


 悪い何か。

 幽霊とかお化けとか妖怪とか悪霊とか、あ、幽霊か。それは。何でも良いけど、悪い何かを引き起こす要因のお掃除が神である私達の仕事だと言うのだから世も末だ。

 いや、世も末だと思った戦争終わってるんだっけ? 末じゃなかったし、今もそんなに末感ないのかな? わかんないけど。


「たった七人かー。お腹一杯になればいいんですけどねぇ。家に帰ってご飯作るのめんどくさいし」

「そう言わずに。お腹空いてたら私が何かコンビニで奢ってあげるよ」

「魅惑のしゃけおにぎりがいい!」


 しゃけおにぎり。あの貴族の遊びみたいな握り飯の何と甘美な完成体。


「良いよ良いよ。その代わり、しっかりお仕事頼むよ」

「お任せ下さい。私、食べる事だけは自信あるからね!」


 米だけじゃ、腹の足しにはなんないんだよ、おっかあ、おっとお。

 私達はコインロッカーから離れると駅の裏手にある道を進み廃ビルへ向かう。

 それ程巨大でも高さもないありふれた廃ビルは、静かにそこにあった。

 七人飛び降りてるのか。

 土に埋められるのとどっちが嫌かな。

 私だったら自分のタイミングで飛べる方がいいと思うけど、どうなんだろ? わからん。埋められたことしかないし。


「そうだな。私は上から追い詰め行くから、君は一階で待機してくれるかい?」

「了解ー」

「お腹減ったからって、そこら辺の瓦礫とか食べないでね」

「食べないよ」


 鷹の目様が笑いながら上に上がっていく。

 あの人、羽出して飛べば早いのに無駄に人前で羽出さないよね。

 鷹の目様は蛇の目様と一緒で蛇の目様が蛇の神様である様に鷹の神様だ。

 うちの神様と違って常識があって、スタイルも悪くない。顔は塩だが、好きな人は滅茶苦茶好みに合いそうな顔だが、彼女も奥さんも居ない謎な人である。

 昔、好きな人がいるとか酔った蛇の目様に聞いた事があるけど、酔ってる珍しい蛇の目様の方に目が行きすぎて、鷹の目様の事は興味が無さすぎて秒で忘れた。

 良い神様なんだよ? 蛇の目様の友達だけど。

 私の事も何かと気にかけてくれるし、優しいし、紳士的な神様だし。

 でも、別に私の命の恩人でもないし、好みでもないからな。

 私の心も体も物理的に蛇の目様のものだし。

 ま、その神様は今何やってるか知らないけど。

 やっぱりあのエグいエロい下着を買うべきだったな。あの、紐のところパールついてる奴。乳も肉も関係ねぇ! 局部が肉欲にまみれてます感半端ない奴。絶対私向きだと思ったのに鷹の目様の『これで閨房に入るつもりなのかい……?』のドン引きな顔を見るとヤベェ奴か! コレ! って気になってきてしまったのが敗因である。

 何だよ。よくよく考えれば、そう言う事やりに来てるんだから当たり前じゃん。

 チキったの間違いだったなー。

 明日もう一回チャレンジしよ。

 そんでその日のうちに装備しちゃる。

 雑魚メス共に格の違いってやつを教えてやるよ!


「お?」


 パールに夢みがちな待ち惚けをしていると、階段から気配がする。

 暗闇の中目を凝らしてみると、小さな小さな黒い埃の様な、雲の様な群れがコロコロ転げ落ちくるではないか。

 これが悪い何かとは。人も魑魅魍魎も見た目じゃないよね。


「来た来た」


 今はいい時代だ。余程のことがない限り、米は毎日食える。

 昔はそんな事はなかった。虫も食べれば芋の蔓も食べるし、それらすら食えない日だって少なくはない。

 詰まるところ、今最高。昔は良かった奴は昔に帰れ。私は絶対死んでも嫌。いや、死んでもって言うか、昔にそのせいで死んだし。

 でも、この食にありふれた時代でも私の腹は空き続ける。

 食べても食べでも足りない。腹にたまらない。

 あの頃の様に。

 だから、私は食べる。何でも食べる。

 悪い何かを。

 魑魅魍魎も。

 喰らい尽くす。


「いただきまーすっ!」


 私は口の前で手で大きな輪っかを作り、大きく口を開けた。


「胃袋開門っ!」


 私が声を上げると、ピクリと魑魅魍魎達が騒めき立つがこの距離なら吸引可能。

 私の手で作った輪っかが私の口目掛けて魑魅魍魎達を吸い込み始める。

 私は蛇の目様の悪食。

 こうやって、人間にとって悪い何かを食べ尽くすのが仕事だ。

 本来なら、人間側の仕事だが今は何せ人不足。神様まで借り出して日夜人間達の平和と安否を守っているのである。

 最後の魑魅魍魎を吸い込むと、私は咀嚼し胃に流し込む。

 旨くはないんだよな。

 かと言って食えなくもない。

 でも、腹の足しにはなる。

 なので、この仕事は嫌ではない。

 私の一番の不幸は腹が減っている事。いや、私だけじゃない。人間全ての不幸だ。


「ご馳走様でしたー」


 まず、第一陣は終わりかな。

 鷹の目様が戻って来ないところを見ると、まだまだ追い込み漁の途中なんだろう。

 その時だ。

 私の後ろにあった玄関の扉が開いたのは。


「本当に入るの?」

「大丈夫だって。この前もやったじゃん」

「でも、誰かに見られてるみたいだったし……」

「大丈夫だって!」


 高校生?

 男の子と女の子の高校生の二人組が、手を繋いでここに入って来たのだ。

 普通の人間、だよな。

 え? このタイミングで? こいつら運勢悪すぎない? 星座牡羊座か?


「大丈夫だって、ほら。何かあっても俺がアイを守るから」


 今の状況では最高に面白いセリフなんだけど。

 と、言いたいけど、このまま放置は流石に鷹の目様に怒られるか。


「そこの二人、止まりなさーい」


 取り敢えず、声掛けて止めるか。


「えっ? 人?」


 人じゃないけど。


「え? 誰?」


 こっちのセリフだから。


「私はこのビルの管理会社のバイトの人です。昨日の夜に設備に異常があった報告があって先輩と点検に来ていますが、君達は? ここの関係者……ではないよね?」

「え、えーと……」

「違います……」

「だよね? 見たところ高校生に見えるけど、例え廃ビルでも他人の管理してる建物に入っちゃダメだよ。それぐらい分かるよね?」

「はい……」

「今日の所は見逃してあげるから帰りなよ。する事したいなら、家かちゃんとお金払ってラブホ行って? こんな場所を代わりにしないで」

「え、ちがっ」


 女の子の方が顔を真っ赤にしながら否定しようするが、男女がここにくる時点でお察しだろ。


「ほらほら、言い訳いいから帰って帰って。仕事の邪魔になるから」


 私が二人の背中を押そうとした時だ。

 何かが背後で蠢く。

 そして、突き刺さる様な視線を感じた。

 でも、目線は背中じゃない。何処だ? 何処から見ている?


「……」

「ほら、たっくん帰ろ?」

「分かったって。おばさんも押さないでよ」

「……じゃない」

「は?」


 違う。これは、違う。


「後ろじゃない! 前だっ!」

 

 玄関の前に大きな顔が見える。

 口は縦に大きく、目は虚空の様に真っ黒。


「止まって!」


 前に進もうとしていた彼らの腕を引こうと手を伸ばすが……。


「え?」

「アイっ!?」


 女の子の腕だけが私の手をすり抜けて其れの口に吸い込まれていった。


「ちょっ! マジかよ!」


 食べた!? 生きた人間を!?

 生きた人間をそのまま食べれるのは、上位にいる奴らぐらいでしょ!? こんな所で溜まってるのは精々下級共。死んだ人間から生気を吸い取るぐらいしか脳がない奴らのはずなのに。


「アイっ! アイっ!? どうなってんだ!?」

「お前、煩いなっ! こっちもヤバいんだから大声出すなっ!」


 私は男の子を担ぐと、すぐ様高く飛び上がる。

 下には、いつの間にか大きな口が広がっていた。

 私には羽がない。

 羽がない故に、空中で方向を転換する術はない。だが、蛇の目様の悪食。普通の人間とは違う。


「牙っ!」


 二本の指で牙の様な形を作ると、蛇の牙を象った風が放たれる。

 牙はそのまま壁にめり込むが、この衝撃で私達は後ろに大きく飛んで階段の上に着地した。

 このまま私は走り出す。


「アイを置いて逃げるのかよっ!」

「下手に攻撃したら、胃の中にいるあの女の子にも当たるでしょ!? 今は逃げんのっ! 取り敢えず、今は……っ、鷹の目様ーっ! 鷹の目様ーっ! 緊急事態発生ですっ!」


 私じゃどうしようもない。

 人一人食われてしまったのだから。


「ん? ヨネコ、どうしたの?」


 三階に駆け上がると、奥の方から鷹の目様の声がする。

 顔を向ければ、暗闇から金色の目玉が二つ。此方を見ている。


「ヤバイですっ! ヤバヤバのヤバです!」

「どれぐらい?」

「人間一人食われたぐらい!」

「……は?」

「てか人間、食われました!」

「はぁー!?」


 私にキレられても。

 取り敢えず、悪いのは全面的に此奴らだと伝えなければ。

 私は仕方がなく、鷹の目様にこれまでの事情を話す事にした。


「てな、感じです」

「いや。そもそも、何で人間の子供がこんな場所に? もう夜遅いよ? 親御さんは心配してない? 大丈夫?」

「こいつらここをラブホ代わりにしようとしてたみたいですよ、鷹の目様」

「え? こんな陰湿な場所を? 衛生面も良くないのに? そう言う趣味なの?」

「鷹の目様、めっちゃ畳みかけるじゃん……」

「ご、ごめんなさい……。ここ、人、絶対に来ないから……。数人死んでるって、言ってたし……」

「だからヤバイんだって。馬鹿じゃん。ヤバイ奴らがヤバイと思うから近寄らないの。現に、君の彼女も死んだでしょ?」

「死んだ……? アイが!? 何で!?」

「何でって、食われてたじゃん」

「ヨネコ、ストップ」


 私が呆れ返っていると、鷹の目様が手で止める。


「多分、彼女は死んでないよ」

「え? 食われてましたよ?」

「どうやら、そちらの彼氏は彼奴らが見えなかった様だ。と言う事は、一般人には認識できない程の力しかない。そんな奴らが生きた人間を消化出来るわけがない。従って、彼女は生きていて、然るべき方法で殺されて魂だけが食える方法を彼奴らは取るだろう」

「それって……」

「飛び降り自殺!」


 私が言うより先に男の子が声を上げる。


「ヨネコより賢いね、君」

「私も気付いてましたけど!?」

「では、ヨネコ。つまり、彼らは今?」

「屋上にいるっ!」

「正解。さて、では、屋上に行こうか」

「うっす! でも、この人間も連れてくんです?」

「まあ、一応私も神様だから」


 あははと笑いながら鷹の目様は冷たく笑う。

 優しいけど、この人も結構なクズだよな。性格良くねぇー。

 私は再度男の子を抱えると鷹の目様と一緒に屋上へ駆け上がった。

 屋上の扉を上げると、女の子が震えた足でフェンスを越えている。


「アイっ!」


 男の子が叫ぶと、女の子は泣き腫らした汚い顔で、はっと私達を見ると声を上げた。


「たっくん! 助けてっ! 勝手に、足が……」

「操られているね」

「中に何入ってるんですかね? 食いますか。胃袋開門っ!」


 私が手を合わせて吸引するが、一向に口の中には何も入って来ない。


「ダメ、入ってない」

「自己暗示かも。私が助けてもいいけど、どうする?」

「お腹減ってるんですか?」

「いや、まだ牛丼が胃にいるよ? ヨネコは?」

「滅茶苦茶減ってます。なので、ここは私かなっ?」


 私は男の子をパッと下ろすと女の子の方へ走り出した。

 女の子の足の指は、既に宙。

 そして、確実に足は外に向けて動き出そうとしている。


「やっべ!」


 無駄話をしてる場合じゃなかったな。

 そして、其の瞬間、女の子の片足が宙を踏んだ。


「きゃあああっ!」


 私は手を伸ばし、今度は捕まえる。

 ぐっと彼女を捕まえる代わりに、私も彼女と一緒に空へ踏み出した。

 けど、これなら……。


「鷹の目様っ! 受け取って!」


 私は力一杯女の子を屋上のフェンスの内側まで投げ入れると、くるりと身体を反転させて地面を見る。

 矢張り、いる。

 縦に大きく口を開けた彼奴が。


「いいね。どっちが早食いか、競ってみる?」


 私は口の前に手で輪っかを作ると大きく口を開けた。


「胃袋開門っ!」


 手の輪っかを通して強く吸い込む。

 こいつの力は限りなく弱い。

 弱いけど……。

 周りの地面がボコリと音を立てて盛り上がっていく。

 滅茶苦茶大きいっ! 吸い込みに時間がかかり過ぎるっ! 細切れにすれば……、しかし吸い込んでいる間に他の技は出せない。まずいぞ? 先に食われるのが私とか、冗談っ!

 力任せに吸い込み力を上げるが、やはりデカい。

 腕一本でも、いや、二本でも、引っ掛かってるところが切り離せれば……っ!

 其の瞬間だ。

 私の願い通りに、アレの右腕が風の力で切り取られる。私が呆気に取られていると、次は左。

 え? 何で? 私、何もしてないのに……。

 でも、今はそれよりも……。


「吸い尽くすっ!」




「ご苦労様」

「ういっす。それよりも、彼ら殺したんですか?」


 屋上へ戻ると、高校生カップルたちが鷹の目様の前で横たわっていた。


「人聞きが悪いよ。寝てるだけ。この子達がまだ身体を操られている様だから、祓ってあげたのさ。二人からお願いされてね」


 あーあ。私がわざわざ体張ったのに、マジでバカだ。此奴ら。


「代償は?」

「記憶だよ。良心的だろ?」


 神様が願いを叶えるには必ず代償がいる。

 物を買うのだ、金は払わなきゃいけない。それが常識だろ?


「付き合った記憶も、恋をした感情の記憶から全て貰った。一編たりとも思い出す事はない。でも、この子たちの愛が本物ならきっとまた付き合えるから安心してくれ。これは神の試練だよ」


 そう言って、鷹の目様が笑う。

 はっ。無理ゲーじゃん。


「……鷹の目様も大概だよね」

「神に何かさせるのは代償が必要だからね。こんな安い代償で済んで良かったじゃないか」


 操ってた奴を私が食べたら全ては解決すると言うのに。それをこの神様も知ってる筈なのに。

 これだから、神様という奴はっ!




「ヨネコ、只今戻りましたー」


 家の玄関を開けるが、返事はない。

 履物は、一つ。

 珍しい。

 私は奥の扉を開けると、其処には白い肌に白い髪、赤色の男が煙管をふかしていた。

 ああ、今日も推しが美しい。

 しかも、周りに雑魚メスが誰もいない。今日はやっぱり最強の一日かも!


「蛇の目様ー、お仕事終わりましたよー」

「ん」

「御夕飯は食べられましたか?」

「ああ」

「今からお夜食でもお持ちしましょうか?」

「いらん」

「承知致しましたー」

「俺は寝るから、お前はもう来るな」

「はーい。では、失礼致しまーす」


 はー。言ってる事もやってる事もグズそのものだけど、顔も声も最高。

 喋るだけで国宝。見るだけで世界遺産。

 お休み前の最高のファンサ。

 よし、明日も早いし私も夜食食べて寝よ。

 台所に向かい秘蔵のカップ麺大盛りを取り出しながら鼻歌を歌う。

 夜食はこれでしょ。

 それにしても、珍しく洗い物も残ってないな。夕飯食べてるみたいだけど、何で夕飯の食器も残ってないんだ? 蛇の目様が自分で洗うなんてあり得ないでしょ?

 うーん……。

 何か嫌な予感がする……。

 私はカップ麺を待つ間、隈なく台所を詮索していると、見つけてしまった。

 紐に近い、パンツを。

 そして、尚且つパールもついてるものを。

 あの雑魚メス共、この人生な台所でやりやがったな?

 いや、それよりも、これ! パンツ! 私が買おうとした奴と丸かぶりじゃん!

 おい待てよ。これ、私がこれ買ったら二番煎じじゃん。パクリみたいになるじゃん。私が、雑魚メスのパンツパクったみたいな事になるじゃん?

 は? あり得ないんだけど、雑魚メスどもが……っ!


「もっとエグい下着、絶対探してやる……」


 私はそう言うと、パールのついた下着をゴミ箱に投げ捨てカップ麺を一人黙々と啜ったのだった。




おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ご飯をもりもり美味しそうに食べる私が、神様に見初められたちゃったので頑張ってお仕事する話 富升針清 @crlss

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ