リュウさんと私

@ajtgjm159

第1話 出会い

出会い

 

 夏の強い陽射しが和らぎ、あれほどうるさかった蝉の鳴き声も気がつくと聞こえない。街にはシックな色が溢れ、落ち着きが戻ってきた。しかしながらミナミの繁華街は相変わらずの賑やかさ。その繁華街のある最寄り駅ナンバの高架の下にリュウがいつも行くファーストフードの店がある。リュウはクラブのスタッフ。セキュリティや時には社長のガードを任されるだけあって、腕っ節も強い。艶のある黒髪に切れ長の目と高い鼻梁、整った顔に人をビビらせるオーラをまとう。今日は白いTシャツ、黒いパンツで長身のしなやかな体を包み、時折、長めの前髪をかきあげる。気分を仕事モードに切り替える一杯のコーヒーを飲むため、今日もリュウはこの店に立ち寄った。

店にカウンターは2つあるものの、オーダー待ちの客の列は1列。すでに10人程が並んでいる。混んできたのに、何故客の並ぶ列が1列しかないのか不思議に思い、列のない隣のカウンターをのぞいてみた。一人の小柄な男が何やらカウンター越しに若い女の店員にからんでいる様子が見えた。男はくたびれた作業着に白髪混じりのごま塩頭を大きく振って怒鳴っていた。

「だから言うとるやろ、なんやそのコーヒーの置き方は。お前、俺をバカにしてんのやろ!」

「そんなことはございません。お気に障りましたら本当に申し訳ございません。新しいコーヒーをご用意させていただきます。」

「お前のコーヒーなんか要らんのじゃ。お前じゃ話にならん。店長出せ」

からまれていた高校生ぐらいの女の子の店員は、店長を探して店の奥を見るが、店のスタッフは誰も目を合わそうとせず黙々と仕事をしている。たまらず、店長お願いします、と大きな声で呼ぶも店長は出てこず、誰も反応しない。

「なんや貴様、なめとんのか。」

男は今にも女の子に掴みかからんとしていた。


隣のカウンターの店員は、やり取りが聞こえているにもかかわらず、ひたすらオーダーを取り、客に商品を渡している。客も隣のカウンターの様子が気にはなるが、かかわり合うのを怖れて、知らないふりをしている。この様子にリュウは大きくため息をつき、声をかけた。

「おっちゃん、もうそこらへんで勘弁したってや。」

「なんや、お前。関係ないのに黙っとれ。」

「関係ない事ない。おっちゃんがしっかりそこで陣取ってるから、俺みたいな他の客が注文できん。みんな待ちくたびれてる。おっちゃんも腹立つことあるやろけど、俺が新しいコーヒーにポテトもつけるから、ここはおさめてくれへん?」

リュウの言葉にあらためて隣のカウンターに出来ている長い列に気がついた男は、リュウが言い終わるやいなや、自分の前に置かれたコーヒーをリュウに投げつけた。

リュウはとっさに持っていた雑誌を顔の前に出し、コーヒーが当たるのを防いだ。

叩きつけたコーヒーが跳ね返されて、男の顔はコーヒーまみれになり、黒い滴をぼつぼつと滴らせた。

「あぶねえな。落ち着けよ。」

「このやろう、許さねえ!」

男はその場で触れたものを手当たり次第にリュウに向けて投げ始めた。周りの客もたまらず男から距離を取ろうと下がり始めた。

そこへ男が観葉植物の鉢を投げた。男の手が滑り、リュウのいる方向から離れた床に鉢が叩きつけられ、割れたかけらがそばにいた幼い子供の足を切った。

ギャー!

子供と母親の悲鳴。泣き叫ぶ子供の声に男は更に頭に血が上ったのか、怪我をした子供と母親に投げつけようと今度は椅子を振り上げた。


リュウはすばやく男の足を払った。落ちてきた椅子に頭をぶつけ、動きが鈍くなった男の右腕をひねりあげて、リュウは床にねじ伏せると呆然としているカウンターの店員に顔を向けた。

「あんたら、警察と救急車呼んで。早く!」

客の相手を続けていた店員は、店内の奥をチラチラ見て、電話かけるのをためらっていた。男にからまれていた方の店員は涙声で返事をすると震える指先でどうにか電話をかけた。

ものの5分程で近くの交番の警官が数名とパトカー、救急車がやって来た。怪我をした子供と母親が救急車に乗り込み、程なく病院へと向かった。リュウに取り押さえた男は二人の警官に脇を抱えられパトカーに乗せられた。

一人の年嵩の警官は店長に話が聞きたいとカウンターにいた店員に声をかけた。

「ちょっといいですか?店長さんを呼んで下さい。何があったのか教えてもらえます?」

呼び出されて、奥からこそこそ出てきた店長をつかまえて警官が話を聞こうとした。

「店長さん、経緯を聞かせてもらえますか?」

「いやあ、私は奥の事務室で仕事をしてましたので全く気がつかなかったんですよ。」

そう言うと、店長はカウンターで男の相手をしていた若い女の子の店員に手招きした。

「この子が応対してましたので、この子から聞いてください。まあでも、誰も呼びに来なかったし、事務室には聞こえなかったし、大したことなかったと思いますよ。」

「救急車に怪我した子供が乗せられてるのに、大したことないはないでしょ。」

「まあまあ、お巡りさん、続きはこの子が話します。君、ちゃんと話すように。」

店長は店員の方をキッとにらむと、警官に軽く頭を下げて警官の前からそそくさと店の奥に引っ込んだ。

「ちょっと!」

警官が呼びかけても、店長は全く顔を見せる気配がなかった。

ラチがあかないと判断した警官はリュウと男の相手をさせられていた店員に話を聞くことにした。

「すみませんが、カウンターで相手してたあなた、交番で話を聞かせてください。」

そして、警官はリュウの方へ振り返ると口の端を上げてニッと笑った。

「リュウ君、いつもより時間早くないか?君にも話を聞かせてもらう。」

「参ったなあ。でも今回は俺がきっかけだったから仕方ないです。子供に怪我させちゃったのがなあ、ほんとに悪いことしちゃったです。」

「違います。こちらのお客さまが、お客さまだけが助けて下さったんです。子供さんを怪我させたのはあの男です。あの人が暴れていたのをこちらのお客様が止めてくださったんです。」

スゴい勢いでリュウをかばう女の子に警官もリュウも目を丸くした。

「お、お、そうですか。まあ、リュウ君はいつも暴れるのを押さえる方だから、リュウ君が直接怪我させたとは思わんよ。安心して。」

「そうそう。植木鉢を投げたのはアイツだし。」

「まあ、ちょっと説明してもらいたいから君ら2人来てな。」

店長と警官のやり取りを見ていたリュウと店員の女の子は仕方なく警官についていき、事情を話に行くことになった。リュウが警官たちと顔見知りであり、暴れた男が最近、別の所でも暴れた事から、一時間程で警察を開放された。しかし自分を助けてくれたために、警察まで呼ばれることになってしまったことに店員の女の子は体を小さくして、リュウに何度も頭を下げた。

「かまへんよ。それより、もうアイツ店には来えへんやろ。良かったなあ。バイト、頑張ってな。またコーヒー飲みに行くわ。」

「今度お店にいらした時は私、コーヒーごちそうさせてくださいね。」

おう、と言うと片手を上げてリュウは交番の前で店員の女の子と別れた。

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