どこまで望む?

ラゴス

どこまで望む?

 ライターの父が、わが町の広報誌を作るというので、俺に取材協力を依頼してきた。学生目線から町のレポートを書いてほしいそうだ。

 さっそく俺は親父とギャランティや納期の交渉を行い、エージェント契約を交わした。親子といえど、その辺りはきっちりしておかねばなるまい。

 親父の意向として、普段の町の様子をリアルに載せたいらしいので、俺は一日の出来事をそのまま書くことにした。しかし大して特徴のない町だから、さてどうなるか。


 翌日眠りから覚め、顔を洗った俺は学校に向かうべく家を出た。

 通学路の途中、横断歩道の前には幼稚園児の列と、先導する女の先生がいた。園児たちは心なしか緊張している。

「おさらいです。あれが青信号。この時は渡っていいんでしたね」

 どうやら横断歩道を渡る練習をするようだ。懐かしい、俺もやったな。

「次が赤信号。この時は……」

 先生は左右を確認し、車の往来がなくなると叫んだ。

「今よっ」

 一斉に園児たちが駆け出す。わちゃわちゃと彼らが走る横で、先生が腕を振ってはやしたてる。次に車が通るまでに、見事全員が渡りきれた。

「よくできました。そう、赤信号の時は安全なら渡っていい、でしたね」

「はーい」

 喜びあう園児らに、俺も微笑ましい気持ちになった。俺の時は一人つまずいた奴がかれたからなあ、無事で何よりだ。


 しばらく歩くと公園に着いた。ここを通っていけば早いのだ。けっこう広い公園で、休みの日にはジョギングや犬の散歩をしている人が散見される。

 突然俺の目の前に、空から何かが降ってきた。近づいてみるとはとだ。矢が腹を貫いて死んでいる。

「すいませーん」

 振り返ると何人かの家族連れがこちらにやってきた。みんな暗視ゴーグルをしていて、手にはボウガンを携えている。

 母らしき人が鳩の足を掴むと、持っていた網に放り込んだ。

「ちょっと小ぶりね」

「早く食べようよー」

 子どもに急かされ、家族は俺に軽い会釈えしゃくをして去っていった。

 今日は鳩デーだ。いつの頃からか、公園の鳩が増えすぎたので、月に一度は狩猟しゅりょうしていいことになった。市からワゴンも派遣され、その場で焼いてくれることもあり、今では良いレジャーになっている。

 そう思っていたら、香ばしい匂いが漂ってきた。俺も来月には親父と行ってみるか。


 公園の時計を見ると、十一時を過ぎていた。うちの学校も全国の例に漏れずフレックス制を採用しているので、遅刻がなくて助かる。

 四時間目が始まる頃、学校に着いた。

 煌々こうこうと明かりはついているが、深夜の学校ってのは少し不気味だ。夜の静けさが校舎に入り込んで、独特の怖気おぞけを生んでいる。

 三年の教室に着くと、壁に貼られた時間割表の前に二人の先生がいた。教壇にはクラスメイトのハカぞうが立っていて、たじろいだ様子で二人を見ている。世界史のうけたまわと化学の臍松へそまつで、どちらも脂ぎった中年の男だ。

「OH……」

「OH……」

 クラス全員の注目を意に介さず、なまめかしい声を漏らしながら抱き合い、見つめ合う男たち。まるで状況がわからない。

 ひとまず俺は席に座って、横の江戸言葉えどわーどに声をかけた。

「あれはなんだ?」

「さっきいきなり教室に来てな、それからずっとあの調子さ。あふれ出る愛の前には、時間も場所も関係ないんだと」

「なんだそりゃ」

「僕が聞きたいよ。ちなみにあいつら、ゲイじゃなくてバイらしいぞ」

「そんな情報いらないんだが」

 俺たちの会話中も二人の絡みは激しさを増していく。汗にまみれた禿頭はげあたまにキスをし、服をまさぐり、全身をこすり合わせる。そうしたハチミツとホイップクリームが混ざるようなとろける抱擁ほうようの末、最終的に彼らは組体操のサボテンを成した。理由はわからない。しかし恍惚こうこつの表情を浮かべ歓喜に打ち震えている。

 そのうち下にいる臍松が承の尻の匂いを嗅ぎ出したところで、さすがに業を煮やしたか、クラス委員のلا تنظر في الأمرが二人にタックルをかまし、窓から突き落とした。まあ植え込みがあるから死にはしないだろう。なんだったんだこの時間。愛の在り方について考える必要があるのかもしれない。

 俺は気を取り直し、「ところで」と江戸言葉にたずねた。

「なんで担任がそこ座ってんだ? ハカ蔵に授業やらせてさ」

 江戸言葉はどこか物憂ものうげに答えた。

「理由は三つあってね、まずハカ蔵は塾に行ってるから、学校でやる内容なんて知ってるんだ。次に僕より字がキレイ。それから最後、ハカ蔵のご両親から『ウチの子を主役にしてやって』と頼まれてるのさ」

「はあ、よくわからんが、教壇に立つのが主役になるってことなのか?」

「さあね。でもご両親はご満悦だぞ。大体、やらなきゃ僕の実家を燃やすと言われてる」

「横暴だねえ」

「べらんめえだよ」

 当のハカ蔵の目は虚ろだった。


 夜休みになると、俺は出前を取って校長室に入った。狙い通り誰もいない。皮張りのソファに大きなテレビ。こんな良い部屋を一人で使うなんてもったいない。

 届いた舟盛りを卓に置いてつまんでいると、背後の扉が開いた。

「美味そうなもん食べてるじゃないか」

「よう罵詈有無ばりうむ。一切れやろうか?」

「いいや、アタシにはこれがあるからね」

 その手には大容量の水筒があった。中身はもちろんバリウムだ。むかし病院で飲んで以来どハマリして、改名までしたらしい。こいつは学校の用務員で、よわいは五十を超えている。

 罵詈有無はバリウムを一口あおり、どんと水筒を置いた。

「昨日離婚してね」

「またか。これで何回目だ?」

「三十七回。あんたは?」

「俺はまだ二回だよ。しかし三十七もかあ」

 指折り数えながら俺は言った。

「じゃあ次もしも結婚したら、再々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々々婚になるわけだ」

「あんたそれ一回多いじゃないか失礼なっ」

「よくわかったな」

 俺と罵詈有無は笑いあった。性別も違うし歳もかなり離れているが、対等に話せる良い奴なのだ。

「なんか観るかね」

 罵詈有無がテレビを点け、チャンネルを回しはじめた。最近はどこも視聴率が取れないせいか、過激な番組ばかりやっている。

 不倫で炎上した女優が、ネットでバッシングした奴の家に乗り込んで暴れるだの、ヅラ疑惑のある芸能人を並べて誰が装着しているかを当てるクイズ番組だの、やりたい放題だ。先日のBPO本部を爆破する企画などは、高視聴率だったらしい。

 あと最近は隠し事をなくす風潮が強まっている。イジメの加害者は実名報道されるし、ヤラセや八百長の告発者には賞金が出るようになった。良いのか悪いのか。

「これにしようか」

 映っていたのは国会中継だ。広く国民の意見を理解するということで採用された、十代から五十代までの議員があれやこれやと答弁している。頭のボケた六十オーバーの老人どもは駆逐くちくされた。国のことを考えるのに、年功序列は邪魔なだけだからな。過去の風習に囚われては未来がない。そう考えると少しは変わってきているんだろう。

 たとえば去年決まった法案では、死罪が確定したら即日処刑になった。死ぬことが決まっているのに、国民の金でいつまでも飼っておく理由がないからだ。時に金は倫理を超える。

「でも一つ変わらないことがあるよ」

 罵詈有無が指した画面を見て、俺は「ああ」と苦笑した。ヤジだけは未来永劫えいごうなくなりそうにない。


 授業が終わって帰り道、グラウンドの横を通ると野球部が練習していた。

 うちの野球部といえば、この前不祥事を起こして逮捕された奴がいたな。まあそれは個人の問題だから、部として大会には出れるが、そいつが大麻の栽培、使用、密売までやっていたのはさすがにたまげた。

 ただ本人は四番でピッチャーだったらしいから、戦力的にはダウンだろう。新体制の我が校がどこまでやれるか、注目したい。

 さて、再び公園まで来たが、まだ日は昇らない。寒いので缶コーヒーでも買おうと思い、自販機に近づくと三つの人影がこちらに向かってきた。全員が汚れた身なりをした男だ。

 最初はホームレスがたかりに来たのかと思ったが、三人とも熱に浮かされたような顔で俺を見ているではないか。

「なあ君、おじさん達と遊ばないかい」

 臍松らとは似て非なる盲目ぶりで、息を荒げ、明らかに興奮している。もちろん性的にだ。一気に危機感を覚え、俺は逃げ出した。

 まっすぐ家に向かうと自宅を特定されるので遠回りしたかったが、一心不乱に追いかけられて余裕がない。それどころか向こうのほうが速いのだ。数的不利もあり、瞬く間に俺は追い詰められた。

 後ろは公園のトイレで逃げられない。舌なめずりする男たち。まずい。どうする。通報している時間もない。

 その時、銃声が響いた。

 男たちは倒れ、辺りに血だまりが広がった。

「危なかったね」

 暗闇から現れたのは罵詈有無だった。俺は膝に手をついて、安堵の声を漏らした。

「いいところに来てくれた」

「一杯やろうと思って、飲み屋に行くとこだったのさ。アンタ銃は?」

「今日に限って家に忘れてきた。助かったよ」

「そりゃ災難だ。ところでこいつらはどうするね?」

 見ると三人ともが股間を撃ち抜かれているようだ。まだ生きている。

「女子小学生を襲うような奴らだ、ほっとけ。どうせ明日は町の美化活動があるから、誰か片付けるだろ」

「それもそうさね」

 罵詈有無とまた笑いあい、公園を出ると家路についた。


 かくしてレポートは完成した。

 そんなに変わった出来事もなかったから、これが俺の平均的な一日ってことになる。あらためて、何の変哲もない町だと思う。ただそれは俺にとっての話だ。他の人がどう感じるのか、少し気になってきた。

「ありがとう、読ませてもらったよ」

 親父からギャラを受け取ると、俺は訊いてみた。

「親父はこの町どう思う?」

 すると親父は腕を組み「そうだなあ」と思案した。

「私が思うに……」

 その答えを聞いて、俺はため息をいた。

 まったく世の中ってのは、ままならないもんだ。

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