海菜と百合香の話

幸せな未来に想いを馳せて(中編)

「長えよ」

「すまん……サインなんて慣れてなくて」

　そう謝りながら望はスマホの画面を確認し、苦笑いしながらそのままポケットにしまう。恐らく小春ちゃんから大量のメッセージがきていたのだろう。

「返信してやれよ」

「いや……既読付けた瞬間凄いメッセージきそうで……」

「望どうする？　先行く？　私一旦帰って車で行くけど」

「あー……どうしよう。場所自信ないから海菜について行こうかな」

「りょー。あ、望、こっち向いて」

「ん？」

　望を入れて自撮りをし、小春ちゃんに送る。すると「望くん単体の写真ください」とすぐに返信が来た。要望通り写真を撮ろうと望にカメラを向けるが、奪い取られ『今から行くから大人しく待ってて』と勝手に返信された。『待てない』『ちゅーしたい』『ぎゅーしたい』『いちゃいちゃしたい』と甘えるようなメッセージが続く。『そういうメッセージは望の方に送ってくれ。履歴が残ると浮気してるみたいで困る』と私から返信すると『だって望くん既読付けてくれないもん』と拗ねるように丸まってこちらをジト目で見つめる犬のスタンプが送られてきた。

「……見るの怖いなぁ……」

　望が恐る恐る未読百件以上の個人チャット画面を開くと、待ち構えていたかのようにスタンプが流れてくる。

「ひさびさに実家に帰った時のつきみみたい」

「あー。分かる。私もこの間満ちゃんの実家行ったらつきみちゃんこんな感じだったわ」

「俺もこの間会いに行ったらめちゃくちゃすりすりしてきて可愛かった」

「つきみ、お前らのこと大好きだからなぁ。って……おいこら。なんでお前ら私の居ない間に私の実家行ってんだよ。てか、望は帰ってんなら私にも会いに来いよ。なんで私の実家が先なんだよ」

「いや、そんなゆっくりしてる時間なかったし。ちるの実家は自分の実家帰ったついでに寄っただけだから。あ、そういやお土産はもらった？」

「ああ。新が持ってきてくれた。美味かった。あれ好き」

「だろうな」

「流石幼馴染。私のことよくわかってる」

「幼稚園入る前からずっと一緒にいたらそりゃね。……けど、こうやって大人になっても一緒に居られるなんて思わなかったな」

「あ？　なんでだよ」

「中学生の頃色々あったから」

　どこか懐かしそうに望は言う。私たちはきっと、三人だったから今も友達で居られる。満ちゃんがいなければ私と望の友情はとっくに壊れていた。そんな話をすると、満ちゃんは「死ぬまで感謝しな」と自分を指さした。全くこの人はと呆れて望と二人で苦笑いする。しかし、彼女のこういうところに救われたのも事実だ。彼女には感謝してもしきれない。

「車のキー取ってくるから待ってて」

「私もいい加減免許取らなきゃなぁ」

「えっ、満ちゃんまだ免許取ってなかったの」

「バイク取ってるからとりあえず要らねえかなって」

「俺もまだ取ってない」

「望こそ早く取りなよ。これから忙しくなるんだから」

「そうだね」

　車のキーを取り、ロックを解除して「先に乗っていいよ」とベランダから声をかける。運転席に乗り込むと、助手席には望、後ろに満ちゃんが座っていた。

「後ろから圧感じるなぁ……」

「なに。私が隣の方が良い？」

「いや、どっちにしろ圧強いから良い」

「んだよそれ」

　カーナビに従い、車を走らせる。十分もしないうちに店に着いた。中に入り、連れが先についていることを伝えると、個室に通された。扉を開けた瞬間「もー！　望くん！　遅いよー！」と小春ちゃんに抱きつかれる。

「小春ちゃん、望はこっち」

「んー？　あー、海菜ちゃんだぁー。久しぶりー」

　私を見上げて手を振る彼女はいつもよりおっとりとしている。顔も少し赤い。明らかに酔っている。「小春」と望が呼ぶと、声に反応して小走りで望の方へ行き、足に抱きついた。望は困ったようにため息を吐き、彼女を抱き上げて席に座らせ、隣に座る。すると小春ちゃんは席を立ち上がり、望の膝の上に移動した。それを見た森くんが「俺も甘えたろ」と夏美ちゃんの膝の上に頭を乗せた。

「へっ。ちょ、雨音……」

　森くんはそのまま寝息を立て始めた。会が始まってまだ一時間くらいだと思うが。一体何杯飲んだのだろうかと呆れていると、隣に座っていた百合香が遠慮がちに頭を私の肩に乗せてきた。

「……みんないちゃいちゃしてるから、少しくらいなら良いかなって」

　彼女はそう、私の方を見ないまま言い訳するようにぼそっと呟く。恐らく、彼女も酔っている。

「……よし。帰るか」

「おいおい。まだ来たばっかりだろ」

　そう苦笑いしたのは福田くん。彼はまだ誕生日を迎えていないため、今日は飲まないらしい。

「私も車で来てるから今日はウーロン茶にします。満ちゃんもお茶でいいかね？」

「うん。あと適当に頼んで」

「望はメニュー見る？　適当に頼んでいい？」

「ああ、うん。任せる。来たもの食うよ」

「ウーロン茶でいい？」

「ああ」

「ほーい。他何かいる人ー……つっても、夏美ちゃんと福田くん以外みんな潰れてるか」

　森くんも小春ちゃんも百合香もすっかり出来上がっているが、夏美ちゃんだけはまだあまり酔っていないように見える。彼女はもう二十歳になっているから飲めるはずだが。

「なっちゃんは飲んでないの？」

「飲んでるよ。あたし、あんま酔わないらしい。まだいけるけど、王子達飲まんならこれ以上はやめとこうかな。水にしとこー。あ、ちなみに天ぷら美味かったよ」

「天ぷらいいねえー」

「唐揚げ食いてえ」

「唐揚げね。はいはい」

「おれも天むす頼んでいい？」

「福ちゃんまだ食うのかよ」

　ベルを鳴らして店員を呼び、料理と飲み物を注文する。

「あと、お冷五つとピッチャーください」

「は、はい。かしこまりました」

　注文を取った店員は望の方を一瞥してから部屋を出て行った。

「……いちゃいちゃしてんじゃねぇよって思われたかな……」

「いちゃいちゃっつーか、あたしには子守りにしか見えんな」

　望の膝に乗って抱き付いたままうとうとする小春ちゃんのほおを突きながら夏美ちゃんは言う。小春ちゃんは四月生まれで、この中では一番最初に二十歳になっているが、見た目的には一番幼い。

「なんか、そうしてても色気無くていいよね。良い意味で。ユリエルが王子の上乗っかってたらR18だけど、騎士くんとはるだと健全に見える」

「分かる。うみちゃんとユリエルだともうそういう店の雰囲気だもんな」

「そういう店って月島さん……」

「むぅ……わたしだっていろけだそうとおもえばだせるもん！」

　そう言いながら徐に服を脱ぎ出そうとする小春ちゃん。望が慌てて止める。

「うー……なんでとめるのよぉ……」

「そりゃ止めるだろ。こんな公共の場で脱ごうとしたら」

「なんで？　ムラムラしちゃうから？」

「いや、普通に公然わいせつ罪になるからだよ」

　酔っ払いの戯言に対して真面目な顔で返す望。それを聞いていた夏美ちゃんが「冷めすぎだろ」と腹を抱えて笑う。いつもより笑いの沸点が低い気がする。やはり酔っているのだろうか。

「お待たせいたしました」

「あ、はーい」

　女性店員が料理を運んできてくれたが、望と小春ちゃんはそれに気づかずにじゃれあっている。「すみません騒がしくて」と謝ると店員は微笑ましそうに笑い「いえ、ごゆっくり」と料理を置いて去って行った。やはり居酒屋の店員は酔っ払いに慣れているのだろうか。

「ちょっとはてれるとかしろよー！」

「痛い痛い。もー。降りて」

「やだ！　ちゅーしてくれるまでおりない！」

「はぁ……もう……」

　いやいやと首を横に振って駄々をこねる小春ちゃんにため息を吐くと、望は彼女の手を持ち上げ、指先にキスをした。そして「……公共の場だから。これくらいで許して」と照れるように顔を逸らす。

「星くん、たまにそういうことするよね」

「普通にキスするより恥ずかしいだろそれ」

　と、野次を飛ばす福田くんと満ちゃん。小春ちゃんはぽかんとしていたが、ハッとしてスマホを取り出して望の照れ顔を激写し始めた。

「こ、こら！　やめろ！　撮るな！　降りろ！」

　望は小春ちゃんを無理矢理降ろし、スマホを奪い取る。

「ああー！　スマホかえしてー！」

「駄目。今撮ったやつ全部消す」

「やー！」

「やーじゃない。消します」

「ああー！」

「うわっ。コレクションまた増えてる。また変な写真撮ってないだろうな……うわっ。なにこれ。パンツの写真出てきたんだけど」

「そ、それはただのせんたくものだから……」

「アウトです。消します」

「ああー！」

「……まさかとは思うけど、パンツ家に持ち帰ったりしてないよね？」

「……パンツはさすがに」

「パンツは？」

「……くつしたを……もちかえりました……」

「……はぁ……。今度家行ったら家宅捜索して全部回収するからね」

「……はい」

　そんな二人のやり取りを聞きながら「犬ってそういうところあるよな」と苦笑いしながら呟く満ちゃん。

「昨日も一緒に風呂入ったら脱いだ下着持ち去ろうとしてさぁ」

「えっ。実さんが！？」と、天然ボケをかます夏美ちゃんに思わず吹き出しそうになる。

「ちげぇよつきみだよつきみ」

「ああ、実家のポメか……びっくりした」

「いぬになればパンツぬすんでもゆるされる……」

「いや『それだ！』みたいな顔するなよ。出禁にするよ」

「実質破局じゃん」

「やだぁー！　わかれたくないー！」

「別れたいとまでは言わないけど、盗撮と窃盗はやめてくれ」

「王子もユリエルのパンツ盗んでそう」

　話の流れでサラッと夏美ちゃんが言う。思わず咽せ返る。

「い、いや、私は流石にそこまでしないから」

「いや、やりかねん。お前なら」

　満ちゃんの言葉にうんうんと頷く望。幼馴染である二人からもそう見られていたのはショックだ。

「酷いよー！　百合香もなんとか言ってよー！」

　私にもたれかかって眠りかけていた彼女を揺さぶると「そういうところも好きだから大丈夫よ……」と寝ぼけた声で返事が来た。「そういうところもってことはやってんじゃねえか」と満ちゃん達から訝しげな視線を向けられる。

「ちょ、冤罪！　冤罪だから！　ちょっと百合香ぁ！」

「んー……うみな……」

「おわっ……」

　こちらを向いたかと思えば、抱き付いてきた。そして無言ですりすりと頭を身体に擦り付けてくる。

「ユリエルって、いつも酔うとこうなの？」

「い、いや……いつもはここまでじゃないんだけど……」

「他の女の匂いがするからじゃね？」

「猫じゃん。雨音もそこの二人もこんなんだし、そろそろ解散する？」

「このままだとここでおっ始めそうだもんな。食ったら帰るか」

「おっ始めるとか言わないでよ下品なんだからもー……」

　結局、夏美ちゃんと福田くん以外とはあまり話せないまま解散になった。森くんに至っては一言も話せなかった。今度は酔い潰れる前に会おうねと約束をして、みんなと別れる。望以外は時間が合えばいつでも会えるが、望と会えるのは次はいつになるのだろう。幼馴染としてずっと一緒にいただけに別れが惜しくて、タクシー乗り場の方へ向かう彼らの後ろ姿が見えなくなってもしばらく動けずにいた。

「うみちゃん、私は迎えが来るから。ユリエルと二人で帰りなよ」

　満ちゃんからそう声をかけられ、ようやくハッとする。

「……うん。分かった。じゃあ百合香、帰ろうか」

「事故るなよ」

「うん。またね。満ちゃん」

「ああ、またな」