第38話 戦利品

 爆発音に近い鈍い音。

 それは、勝負の終わりを表す。

 地面にヒビを入れ、地面に立っている者。


 それは、ユウトだった。


「ハァ―――ッ、ハァ―――ッ、ハァ―――ッ…………」


 予想外の結果にユウトは嬉しさを忘れ、ただただそこに、仁王立ちしているだけだった。


 眼前の存在。

 シルバーイーグルは、顔の一部が凹んでいる。

 そして、そこから消える様に、その巨体が音も無く、静かに崩れていく。


「倒したのか……? 俺が……」


 ようやく出てきた言葉はまず、自分を疑う様な発言だった。

 決して勝ちたくないと思うつもりは無かったが、それと共に勝てる見込みもまた無かった。

 それが事実であるからこそ、この光景はユウトにとって異様の物だった。


 シルバーイーグルの巨体が消え行くと同時に、その巨体は緑の煙へと変化する。

 そしてその煙は、なんの躊躇もなく、ユウトの体に溶けてゆく。

 神秘的な現象。

 だがそれは、前にユウトが見たものとは別のものだった。


「この経験値みたいなの……青色じゃなかったか……? どうしよう……本当に訳が分からなくなってきた……。能力が使えないと思ったらまた使えるようになるし、今度は魔法が使えなくなるし……。そしてこの煙……この世界絶対バグってるだろ!!」


「―――それ、『力の源』……緑色の」


「ん? 緑色の『力の源』? ……ってアオ! 大丈夫か?」


 ユウト悩みにゆっくりと水を指す様に、気の抜けた声が答える。

 それに対するユウトの反応は、最初こそ、聞き慣れない単語に注目していたが、直にアオの存在に気が付く。

 そして、アオの方へ見たユウトは普通に足で立っているアオを見て、安堵する。


「ユウト、アオのこと忘れてた……」


 アオの容体に悪い所は無さそうだったが、アオの機嫌は悪そうだった。


「悪かったって。だからその膨れたほっぺた直せよ……」


「否定しないんだ!」


「いやだってなぁ……」


 そこで言葉を切り、ユウトは更に膨れたアオから目を離し、さっきまでシルバーイーグルが倒れていた、ヒビの入った地面を見る。

 この一コマだけ見ても恐ろしさが残るそれは、楽観的に考えるには、少し規模がでか過ぎた。


「……考えれば考えるだけ謎が広がるけど……。このヒビの原因は多分これだろうな……」


 そう思いながら、ユウトは右手に持っているフィーナから貰った木造りの杖を目の前に持ってくる。


 ユウトがこの考えに至るまでに、色々な想像をした。


 例えば、『自分の力が覚醒した』や『本当はこの世界へ転生する時にどっかの勇者と魂と合体して、今その力の一部が蘇った』などだ。

 どちらも夢はあるが現実的では無い。

 そして、結果的に考えだした結論がフィーナの杖だった。


「ユウトはやっぱりフィーなんだ……」


「……え? どうした? 俺は俺だぞ? ってか、本当に体大丈夫か? なんなら座っててもいいんだぞ」


「じゃあユウトも座る!」


「いや、俺はいいよ。今そんなに座る気分にもなれないしな」


 謎理論でアオはユウトを座らせようとするが、ユウトはそれを普通に断った。

 そんなユウトにアオは顔を無表情に変更させて、体育座りをしながらユウトに背を向ける。


「……さっきからアオの様子が変だな……。頭でも打ったのか?」


 頭を掻きながらアオの方へ向く。

 だが、さっきまでしっかり立って歩いていたのと、自分の名前を覚えているのを考慮すれば、その線も薄くなる。


「まぁ、アオは大丈夫そうだし、今はいいか。さてと、本題はこっちだな。フィーの杖。一か八か俺の能力で見てみるか」


 ユウトの能力は[アイテムの性質を見る能力]の事である。

 『アイテム』といった大雑把なイメージしかユウトの頭にはないので、どれが見れるか分からない。

 だからこそ、それを使う。


【名前 契約の杖】

[性質 攻撃力増幅 貫通力増幅 威力増幅 クリティカル率増幅 破壊力増幅 衝撃吸収 ………]


「全部見きれない! なんだこの効果の量は……、チート級じゃねーか!! そりゃまぁこんだけ効果が付いてたらレベル1の俺でも勝てるわけだ……」


 自分の力ではなく、このアイテムのお陰であることにユウトは溜息を付く。

 自分の推理が合っていた事は、多少嬉しいが合ってほしくないと思う自分も居たので、ユウトはなんとも複雑な心境でいた。


「まあ兎に角レベルが20になったからいいか。魔力は、202か……。地味に前の二倍になってる」


 ユウトは内ポケットに入れていたライセンスを見ながら言う。

 一度は、いや、今もなお、世界はバグっているとは思うが、一応レベルが上がっている事に安堵する。


「魔力が二倍かぁ……。前は人差し指から火が出る程度だったけど、もうそろそろ掌から魔弾とかでないかなぁ」


 たった二倍になっただけのユウトだが、嬉しさを隠しきれず右掌を誰も居ない所に向ける。

 そして魔法を出すイメージで力を入れる。


 結果、出てきたのは魔弾では無く、人差し指と中指から出る、大きさがチャッカマンほどの炎だった。


「そ、そうゆう増え方する!?」


 驚きのあまりユウトは自分の手に突っ込みを入れる。

 それだけ、ユウトにとって予想の範疇を超える勢いだった。

 もはや何かのギャグの様にも思えてくる。


「いや、前向きに行こう! 魔法が使えるようになって良かったじゃないか! よし」


 溜息を付くのを一歩手前で抑えて、ユウトはチャッカマンがもう一本増えたことを喜ぶ。

 拳を握り、ガッツポーズをしながらニコニコと喜ぶ姿は、傍から見たら恐怖でしか無いが、幸い周りには人は居ない。

 更にはアオはユウトに背を向けている。


 ニコニコしながらユウトは本題を思い出し、目を開ける。

 そして、その本題である方を見ようとした時、ユウトの目に、既に傾きかけてる太陽の光を反射する物体を見つける。


「ん? なんだ?」


 ここは芝生。

 太陽の光をもろに反射する物が無いことを常識と思っているユウトは自然とその異様な物へと目をやる。


「白い羽の……ヘアピン? だよな?」


 触り心地は鳥の羽。

 色はシルバーイーグルと同じ白色。


 ユウトは男であるが、流石にヘアピンという名前は知っている。

 使い方も何度か悪戯でやられて分かる。

 それは、ユウトにとって苦い思い出であるのも。

 それと同時に思い出す。


「落ちてた所から考えるに……これは、シルバーイーグルのドロップアイテムか何かか? でもあの巨体から出てきた物にしてはあまりにも小さ過ぎるような……」


 そのヘアピンの様な物は、ユウトの掌に難なく収まる物だった。

 十メートルもある巨体からたった五センチ程のドロップアイテムが出てくるとは考え難い。


「ダメ元でアオにでも聞いてみるかぁ」


 そう思い、ユウトは180度回転し、アオの方へ向く。

 アオは未だに三角座りでいる。後ろから見てても少し恐ろしさを感じる。


「――アオ……」


 ユウトの呼びかけに一瞬チラッとこちらを覗く。

 だが、直に目線を反らす。

 何処で選択を間違ったのか、ユウトには分からない事だが、機嫌が悪い事は分かった。


 だが、こっちが聞きたいのもある。

 だから少し強引にユウトはアオの目の前にドロップアイテムらしき、白いヘアピンの様な物を持ってくる。


「あ……!」


「ん?」


 小さく声を漏らしたアオの表情は口をあんぐりと開け、閉じない様な感じになっていた。


「あ、あ、あ……!」


「お、おい! どうしたんだ? そんなに嫌だって事は、これドロップアイテムか?」


 拒絶、イコールドロップアイテムという認識になっているユウトは核心に触れる。


「ユウト、これアオにくれるの!?」


「え!? くれ……、欲しいのかこれ? だって、ドロップアイテムなんだろ?」


 ようやく出てきた言葉に、ユウトは驚きを隠せない様に、もう一度問いただす。

 それにアオはさっきまで頑なにやめなかった三角座りを崩し立ち上がる。


「ドロップアイテムじゃない! レアドロップアイテム!」


「それ……何が違うんだ? 俺にはどっちも同じ分類に見えるんだけど……」


 事実、変わったのは、ドロップアイテムの前にレアが付いただけ。

 確かに多少は聞こえはいいかも知れないが、ドロップアイテムである事には変わりが無い。


「ユウトはなんにも分かってない! ドロップアイテムはポコポコ出て来て気持ち悪いけど、レアドロップアイテムは、そんなに出てこないから気持ち悪るくないの! むしろ最高」


「うん! 何言ってるか全然分からん。それより、出てくる頻度で気持ち悪いとか気持ち悪くないとか決めてたのかよ!? なんか、ドロップアイテムが可愛そうに見えてきた」


 同情の色を声に出しながらユウトは『なんとかの心』や『なんとかの腕』の事を切なく思う。

 だが、そんな事はユウトの頭から直に抜け落ち、「ところで」と前置きし、


「そんなに出てこないってどんなに出てこないんだ?」


「ん〜、たしかレアドロップアイテムを手に入れようとした人が一生かけても手に入れられなかったって話が――」


「俺すげー運良かったってことじゃんそれ! ……って事は俺今日死ぬのか??」


「大丈夫! アオがユウトの事守るから! ユウトは安心してアオに守られて」


「お、おう……。頼もしいけどちょっと複雑だなそれ……」


 気持ち的には嬉しさが圧倒するが、それでもなんとも言えない複雑な気持ちもあるのもまた事実である。


 そんな事を思っているユウトの隣からアオはユウトが持ってるレアドロップアイテムとやらに興味津々だった。

 一生掛けても手に入れられるか、手に入れられないか定かでは無い代物だ。

 それを聞けばこの反応にも納得がいく。


「これ、アオにやるよ。俺が付けててもなんかあれだからな」


 と、自分がヘアピンを付けた時の想像をしながらユウトはアオに持ち掛ける。

 それにアオは目をキラキラとさせながらも、小首をかしげる。


「いいの? ユウトが倒したのにアオにあげても」


 『ユウトが倒した』と言われてユウトは少し眉を寄せる。


「いいや、俺は大した事してないよ。今回のはアオ……いや、今回もだな……」


「……………」


 最後の方は自分にしか聞こえない声で言ったユウトは、これまでの戦闘を思い返す。

 と言っても今回のを合わせると、ユウトが戦いに参戦したのはたったの二回になる。


 一回目、キングスライムとの戦いで勝てたのは、紛れもなくアオのお陰。

 二回目の今日、シルバーイーグルとの戦いで勝てたのもアオのお陰。

 ユウトはただアオが作ってくれた道を走り、効果満載のチート武器で殴っただけ。


「……それに、丁度良いからな。アオのその髪を整えるには」


「……んッ……」


 ユウトはアオの顔の位置まで腰を屈めて右目が隠れた髪をその白いヘアピンで止める。

 目を閉じながら、くすぐったそうにしているアオは、なんの抵抗もせずユウトに見を任している。

 なのでヘアピンを付けるのも苦労せずに住んだ。


「よし、もう目を開けてもいいぞ」


 ユウトがヘアピンだと思っていた物は本当にヘアピンの様な役割を果たし、アオの目が隠れていた青い綺麗な髪は横に纏まり、目の前が良く見えるような髪型になった。


「……ん! ユウト! 目の前が良く見える! ありがとう!」


「――ッ!」


「ん? ユウト、どうしたの?」


「――! ああ、いや、別に何でもない……」


 アオがその二つの目を開けた時、ユウトはその美しい顔立ちに、不覚にもドキッとしてしまった。


 確かに、アオの顔は見慣れていたが、それはほんの半分だった。

 前までは青い髪が邪魔をしていた。

 それがどうだろうか、今はその美しい青い瞳が目の前にある。


「それより、もう帰るか。日も遅くなってきたしな」


「うん! フィーにも自慢したいし!」


 ユウトに促され、アオはそれに笑顔で答える。

 その笑顔に、またしてもドキッとしてしまったユウトは、なんとも素っ気なく目を反らす。

 その行動になんとも思わないアオは前を向き帰ろうとする。

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最弱能力者による異世界ライフ! 檸檬 @Remon_need

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