第36話 嘘の形

 目の前の少女は重たそうにその布団を持っていた。

 赤みがかったピンクの髪の少女は、華奢な体立ちの上、腕は細い。

 なのでそれが重たそうにユウトには見えた。


 ユウトの存在に気がついたのか、その赤みがかったピンクの髪の少女は、ユウト方へ目を向ける。

 そして最終的に少女の口から出てきた言葉は、


「あら、まだここに居たの?」


「それが客に向かって言う言葉かよ……。まぁ、俺は別に気にしないけど」


「ふぅん、私はここに居る人達を客だと思った事は一度も無いわ。例えるなら……そうね、私達に寄生する害虫としか思ってないわ」


「それは、俺の仲間にも言ってるのか?」


 最初の方こそ軽く受け流していたユウトであったが、害虫と聞いて、声色を変える。

 その感情の変化に赤みがかったピンクの髪の少女は眉を寄せながら、


「だったらどうなの? もしかして、私と殺る気? 別に私はそれでも良いけど。覚悟ならとっくの昔に決まってるし」


 ユウトに対抗してか、赤みがかったピンクの少女もまた声を低くして答える。


 それを無言で聞いていたユウトは下を向きながら、少女の発言を脳内で粉々になるまで咀嚼していた。

 少女の全ての発言を粉々に消し去る様に。


 少女にとっての『覚悟』が、『死ぬ』という意味である事を知っているユウトだからこそ、苛立ちが生まれる。

 だが、それとは逆にユウトの表情は笑っていた。


「いや、そんな事はしない。というか、逆だな。お前が言う覚悟を、俺がへし折ってやるよ! ユサ!」


 高らかに宣言し、ユウトは赤みがかったピンクの髪の少女、ユサに人差し指を突きつける。

 そんなユウトにユサは呆れた表情になり、


「そう、勝手にしたらいいわ。……あ、そうそう、これ、下まで運んでちょうだい。これは……命令よ」


「はい!」


 ユウトの宣言に興味が無さそうな反応をしたユサは、ユウトに『命令』っと言って、布団を渡してくる。

 それにユウトは、さっきまでの敵対的宣言を掌で返す様に素直に引き受ける。


 それは決して、ユウトが素直で優しい男だからではない。

 むしろユウトは逆である。

 そんなユウトがここまで従順であるは、ユサの言った事が『命令』だからである。


 『ユサの命令は絶対に聞く』。

 それがユウトとユサの間に君臨する契約の一つである。


「ここで、いいか?」


 命令を引き受けた後、ユウトはユサの後ろを付いていった。

 それこそ、何も考えずに。


 そうしている内に布団を仕舞っている倉庫の様な部屋についた。

 場所は一階のカウンターを抜けた後にある廊下。

 その先、給水タンクに差し掛かる前に、右にある扉から部屋に入る。


「ええ、そこに置いてちょうだい。……それにしても、貴方……いえ、何でもないわ」


「なんだよその言い方、気になるじゃんか。なんだ? 生きたいと思うコツでも知りたいのか? それとも、面白い人生の歩み方でも―――」


「つまらない事を言わないで!!」


 ユウトの発言をかき消す様に大きな声で怒鳴るユサの目は鋭い。

 一瞬でそれが怒りである事を分かるように。


「……………」


「命令よ! 卵が無くなったから、『シルバーイーグル』の卵を取ってきなさい! 今すぐ!!」


「……はい」


 ユサにそれ以上何も言えなかったユウトは無言でいた。

 それにユサはここから追い出す口実に命令を使う。

 それに逆らえないユウトは渋々それを受け入れた。

 上手くやろうとしたが、結果的にマイナスの方へ進んだ気がしてしまう。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



「上手く、いかないな………。てか、シルバーイーグルってなんだよ………」


 既に宿を出て、道を歩いていたユウトは一人、目的地が分からないまま、さまよっていた。


「ユウト!」


 溜息を付きながら下を向き、歩いていたユウトの後ろから聞き覚えのあるその声がやってくる。


「……アオ」


 振り返ったユウトの目の前には既にその少女は立ってた。

 息が荒げている。

 走ってきたのだろう。

 その長い青い髪も整っていなかった。


「どうしたんだ、そんなに慌てて?」


「どうしたんだ、じゃない! アオ、ずっと心配してたんだから!」


「心配? 俺、なにかしたか?」


 心当たりが無いユウトは小首を傾げながらアオに問いただす。

 それでもアオは真剣な顔を止めないで、


「ルナが、ユウトが倒れたって言ってたから!」


「…………」


 『ルナ』っという言葉を聞いてユウトは黙り込む。

 その間、今日の朝の事を思い出し、再び苦しくなる。

 それでもユウトは顔に出さずに、


「いや、もう大丈夫だ。心配するな」


「そう? 心配だからアオ、手を繋いであげる」


「あ、ありがとう?」


 心配だからという理由でアオはユウトに右手を差し出す。

 それにユウトは疑問を抱きながらもその手を取る。


 女の子の手、それも幼い手はやけに柔らかく、強く握ってしまったら折れてしまうのではないかをと思わせる物だった。


「ユウト、これから何処行くの?」


「シルバーイーグルを倒しに行く!」


「―――!?」


 聞いた張本人は、ユウトのその発言を聞くと口をぱくぱくとさせて驚いた様に目を丸くする。


「ん? なんだ、知ってるのか?」


「それ居るの、逆……」


「……マジか」


「―――そうじゃなくて、本気なの?」


 ユウトはアオの言いたいことが分からないでいた。


「本気って何がだ? シルバーイーグルを倒すのは通過点みたいなものだけどな」


「通過点……。ユウト、やっぱり凄い」


 何処が凄いのか分からないが、ユウトはそれを素直に受け取る。

 それと共に、進行方向を逆向きにして、さっき通った道を戻っていた。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



「ユウト、アオになにか嘘付いてない?」


 突然の事だった。

 なんの前触れもなく、アオはユウトに質問をする。


 それにユウトは目を反らすしか出来なかった。

 アオに嘘。

 多過ぎてどれの事か分からなかったからだ。


「アオに能力を与えるって言ってたけど、あれ嘘でしょ?」


「……なんで、そう思ったんだ?」


 合っていた。

 アオの指摘は合っていた。

 それでもユウトは自分からは認めようとしない。

 それは、ユウトに不利益だからでは無い。


「なんとなく、でも……。でもユウトの嘘は、優しい」


「―――!」


「ん? どうしたの?」


「―――いや、何でもない……」


 思わずアオの言葉に時間を忘れてしまった。

 それほどアオのその言葉はユウトにとって衝撃的であり、考えさせられる物だった。


「でも、試さない辺りアオらしいな、本当に。嘘だよ。俺はアオに嘘をついた。失望したか?」


「する訳ない。逆に嘘ついてくれてありがとう。アオ、ユウトがアオの事考えてくれたの嬉しい」


 アオはユウトの方へ顔を向け、笑顔になる。

 それを見るユウトは少し照れ臭そうに目線をアオから前へ変える。


 そうしてからしばらくすると、アオは握っていたユウトの手を二回引っ張る。

 それに気づいたユウトは足を止め、アオの方へ再び向く。


「どうした? 腹でも下したのか?」


「……違うけど……」


 冗談混じりのユウトの発言を完全にスルーしたアオは何か言いたいことがありそうな表情をしていた。

 それでもその事がすんなり出てくる様子ではない。


「不本意だけど、これ……」


 ようやく言い出した言葉は短かったものの、『これ』という物だけで説明は事足りた。


「これは、フィーが持ってた杖……か?」


「フィーがユウトにって。本当は渡さないつもりだったけど」


 そう言って、ユウトに手渡したのはフィーナが以前、スライム討伐に使っていた木造りの杖だった。

 それは軽く、確かに使いやすそうな物だった。


 しかし、何処か落ち着かないものでもあった。


「なんで俺に? これ、フィーが使ってた杖だろ?」


「私は使えないからって言ってた。フィー、不器用だから」


 伝言を伝言のまま伝えるのではなく、アオは悪口を付け加える。

 正直、最後の言葉はいらないと思ったが、これがフィーナとアオの仲なのでユウトは口出しをしなかった。


「私には使えないっか……。俺が言った事、気にしてんのかな?」


 ユウトが言った事とは、これも同じく、スライム討伐の時に杖を使わずに魔法を使った事を指摘した事である。


「本当にいいのかな?」


「いいよ、いいよ、どーせフィーのだし」


「前から思ってたんだけど、アオってどうしてそんなにフィーに強く当たるんだ?」


 フィーナに対して相変わらず態度が変わらないアオにユウトはその訳を聞き出そうとする。


「ユウトはアオよりもフィーなんだ!」


 訳のわかない事を言い出すアオは頬を膨らませる。

 そんなアオの頬をユウト軽く指で押してそれを萎ませながら、


「はぁ、そういう事じゃない。中立としてだよ、あくまで中立の立場として、仲良くしてくれないと不安なんだよ」


 自分で言ってて、まるでその言葉が自分に返ってくる様に思えた。


 仲良く。


 ルナと喧嘩し、仲直りも果たせないユウトがおこがましいとは自分でも分かっていた。


「フーナハ、ハホホヘンヘヒラハラ」


 自分の言葉が気に食わないでいたユウトはすっかりアオの頬に指を付けてることを忘れていた。

 それを気が付かせたのはアオの意味不明な発言。

 同時にユウトはアオのほっぺから指を離す。


「悪い悪い、すっかり忘れていた」


「大丈夫! ユウト、もっかいやっていいよ!」


「なんで!? ってか、話反らすなよ。……いや、言いたくないなら別に無理にとは言わないけど」


 ユウトに正され、アオはまた不機嫌そうになる。

 それでもアオは別段、普段と声の調子を変えずに、


「フィーはアオの天敵だから」


「……天敵!?」


「そう、天敵。宿敵。ライバル」


 最後の方には殆ど意味が違っていたが、それでも、ユウトが気にかける『嫌い』では無かったことがアオの声色から分かれたので一安心する。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



「それより、ユウト。着いたよ、シルバーイーグルの生息域に」


 会話の終わりと同時に、丁度良くユウト達は目的地へやってくる。

 

 そこは、スライムの生息地とはまた違った草原。

 草原であるが、周りには、他のモンスターらしきものは見当たらない。

 居るのは、その地を統べるかの如く悠々と居座っている鳥型のモンスターだけだった。


 そして。

 その後ろには、ユウトの最終目的のシルバーイーグルの卵が見えた。

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