第35話 ユウトの能力

「―――見える」


 ルナとの口論の末、ルナは部屋から出ていき、ユウトは冷静になる為、再びベッドへと潜り込んだ。

 出て行ったとは少し語弊がある。

 正しくはユウトが追い出した。


 そして、ユウトが再びその瞳を開ける頃には既に日は真上だった。

 それは、昼を指す。


 半日寝た所で気分は変わらないがユウトはベッドから体を起こす。

 そしてドロップアイテム『スライムの心』を見る。


 その結果、ユウトの口から出てきた言葉が「見える!」の一言だった。


「見える、見える……やった、見えるぞ!! 今、この目で見えるぞ!!」


 体を震わせながらユウトは歓声をあげる。

 上手く笑えないが、確実にユウトは喜んでいた。

 何故なら―――。


「―――ドロップアイテムの名前が見える!!!」


【名前 スライムの心】


 ユウトの目には今、それが映っていた。

 それだけではない。

 その下には続くようにそのドロップアイテムの説明が書かれている。


「見える! 読める! 俺の能力が使える! ……良かった、本当に良かった……!!」


 心からの安堵。

 これ程まで素直に安堵をしたのはいつぶりだろうか。

 そう思うほど、それは純粋な物だった。


 そうした騒がしい感情の後、ユウトは少し冷静になる。

 そして、冷静になってからユウトは気が付く。


 これが、前に使っていた[ドロップアイテムの性質を見る能力]ではなく、[アイテムの性質を見る能力]に変わっていた事にだ。


 それに気づいた理由は、いつからそこにあったか分からない記憶だった。

 体験した記憶や人から聞いた記憶ではない。

 それは、後付けされた物である。


「……少し謎が多いし、思う事もあるけど……取り敢えず良かった」


 今一番、自分の能力の存在を噛み締めているユウトの脳裏にある一人の少女が映る。

 金髪に碧眼の少女―――ルナだった。

 それと同時にユウトは拳に力を入れる。


「ルナには、本当に悪いことをしたな……。心に余裕が無くなると、俺ってほんと嫌な奴だったな……」


 朝の事を振り返り、自分がした過ちを卑下する。

 自分でも分かる。

 ユウトという男は最悪な男だと。


 ルナがユウトに付く本当の理由が分からないのは確かだが、それでもルナにも隠し事の一つや二つあってもいいはずだった。

 神の使いだとしても、ルナにも尊厳はある。


「許して貰えるか分からないけど……、謝るしか無いか……」


 ルナの優しさを、踏みにじった男に課せられた課題はそれ以外無かった。

 無条件で付いてきてくれたルナに、『なんの為に』などと言ったのだ。

 自分が許せなくなる。

 自分に腹が立つ。

 自分を殴りたくなる。


 悲しみ、後悔、怒り。

 負の感情が湧き出ているユウトは疲れた様に、椅子に座る。


「けど……、謝り方が分からない……」


 座ったユウトは溜息を付く様に、その言葉を吐く。

 ふざけている訳ではない。

 正直に出た言葉がそれだった。

 生前19年間生きてきた中、ユウトは謝罪と言う物とは疎遠だった。

 それは誰にでも迷惑を掛けない、良い子だったからではない。


 ともかく、軽い謝りは出来るものの、大きな過ちを、それも女の子の心に穴を開けたのは初めてだったので、ユウトはそれについてどう謝るべきなのかを判断出来なかった。


「闇雲に謝っても許される訳が無い! 考えるんだ俺! 考えろ!」


 ―――結果。

 いい案が浮かばなかった。

 一つも考えが浮かばなかった訳ではない。

 ちゃんと頭に出てきた言葉はある。

 だが、その殆どが言い訳だった。


 醜い。

 男が一番やってはいけない、言い訳。

 ユウトの頭にはそれしか浮かばなかった。

 今一度、自分が醜く見える。


「あ――、駄目だ……。何かが引っかかる」


 『何か』とは、ぱっとしない頭の中でモヤモヤと存在する物。

 それが何なのかユウトには分からなかった。

 ともかく――。


「一旦外に出るか、部屋の中に居てたら心が暗くなる」


 外を見ながらユウトは座っていた椅子から立ち上がる。

 ユウトの心の中とは裏腹に、朝からいい天気な空を窓から見上げたユウトは、それを直で浴びようと部屋の出口へと足を運ぶ。


「ん?」


 一歩踏み出した後、ユウトのその足は止まる。

 そして目についた物を手に取る。

 それは、昨日の夕方にフィーナから貰った布袋だった。


「確かこの中にはウォークウッドのドロップアイテムが……」


 そう。

 この中にはフィーナが嫌嫌ながらも拾ってくれたドロップアイテムがある。


「……少し見てみるか」


 ユウトは能力で見るためにその布袋をゆっくりと開ける。

 そしてその中の一つを取り出し、目の前に持ってきて、能力を発動する。


「―――! 見え……ない……」


 手が震える。

 目の前がグラグラと揺れる。

 その感覚が気持ち悪い。

 吐き気がする。

 さっきまで見えていた物が見えなくなった瞬間だった。


「……っなんででだよ! なんで見れないんだ! さっきは見えてただろ!」


 ユウトは持ってた物を握り潰した。

 っと同時に、


「……あれ?」


 ユウトはさっきまでの不安感情が何処かへ消えたような間の抜けた声を出す。


「……見える、普通に見えるな……」


【名前 ウォークウッドの腕】


 再び布袋の中身を見たユウトの目にはちゃんとそのドロップアイテムの名前が映っていた。

 それは、ユウトの能力が正常である事を示す。


「じゃあなんでさっきのは見えなかったんだ?」


 その疑問は直に解決した。

 ユウトはもう一度布袋からそれを取り出す。

 そして、能力で見る。

 しかしそれに名前は無い。


「……って、これよく見たらただの木の棒じゃねーか!!」


 手に持っていた名前が無い方をユウトは床に叩きつける。

 それもそうだ。

 ただの木の棒に心を擦り減らされたのだ。

 そうなるのも訳無い。


「そういえばフィー、嫌嫌拾ったせいでゴミが混じってるかも……っとかなんとかって言ってたよな……。くそっ、後で痛い目を見せてやる」


 そう言ったものの、そんな事はしない。

 フィーナにとってドロップアイテムは本当に嫌なものなのだと分かっていたからだ。

 それでも拾ってくれた相手に、たとえ心が擦り減ったとしても、文句を言ってはいけない。

 それこそ言った瞬間、クズ男の印鑑が押される。


 温かい心でドロップアイテムかそうではないかを見定めていたユウトであったが最終的に、


「殆どゴミだったじゃんかよ………。ドロップアイテムだったのが三つと。残りの十六……俺が砕いたのを入れると十七か、ゴミだったのは……」


 最初の方こそフィーナに感謝を述べていたが、この比率を見て、感謝など述べたくない。

 出てきた感情は呆れだった。

 それはこのウォークウッドの腕という名前のドロップアイテムの性質もであり。


「えーなになに、『このドロップアイテムは燃やすと凄く燃える……以上!』。……お、おぉ……」


 読んだ後に出てきたのは言葉ではない。

 溜息に近しい物だった。


 あまりの雑さに、それ以上口から出てこなかった。


「スライムの心は未だに全て解読出来てないのに、この短さ……。絶対考えた奴、面倒くさいって思いながら考えただろ!」


 そこには居ない、その設定を考えた誰かにユウトは怒鳴る。

 短いのも怒っている理由の一つであるが、一番はそこではない。

 内容だった。


「燃やすと凄く燃えるって……、それもうただの木じゃん! 雑過ぎだろおおお!!」


 叫び疲れたユウトは再び目を瞑りながらその椅子へと座り込む。

 もはや無限ループにでも陥っているのではないかと錯覚する程に。


 そして、目を開けたユウトの目に一番最初に映ってきたのは、一際目立つ赤く輝く球だった。

 その大きさはスライムの心と同じで、形もそのままである。


「……そういえば、これも後で見ようとしていたな……」


 前科があるので、あまり乗り気には成れないがユウトはその赤い球を手に取る。

 本当にスライムの心に似ているそれをユウトは能力を使って見る。


【名前 スライムのウンコ】


「………ウンコじゃねーかああああぁぁぁぁああ!!!」


 嫌な予感はあったが、それが本当に当たるとは思っていなかったユウトはその赤いスライムの心もどきの球を窓から外へスパーキングする。


 パリーン!!


 宿の二階から落ちた赤い球は、衝撃に耐えきれず、破壊される。

 その結果、その音に驚いた道を歩く人達の声が聞こえる。


 逸れを聞き、焦りながら下手な口笛を吹くと、ユウトはその椅子から立ち上がり、


「さ、さぁて外にでも行きますかぁ」


 と、何事も無かったように振る舞い、その部屋から出て行く。

 時刻はとっくに昼を過ぎていた。


「「……あ」」


 ユウトが自室のドアを開け、外に出た瞬間だった。

 目の前には、その小さな体で両手一杯に布団を持った赤みがかったピンクの髪の少女が立っていた。


 その瞬間、出てきた言葉が「あ」であり、そして頭の中で引っかかっていた『何か』が、取れる瞬間だった。

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