宿の双子編

第29話 ユウトの血塗られた決意

 辺りは未だに騒がしかった。

 ある人はシャワー中に、ある人は顔を洗っている途中にいきなり氷が出てきたんだ。

 理由も分からずそんなことが起きたら自分だって慌てふためく。


 だが、ユウトは冷静だった。

 それは何故か。

 それは原因がユウト自身にあるからだ。


 右手で口を押さえ、申し訳なさそうに人々を見る。

 と言ってもその人達自身には謝らない。

 格好良くフィーナ達に言ったものの、ここで謝っても袋叩きにされて朽ちるだけだ。


 だからユウトはせめてもの思いで、ある人だけに謝る事にした。


「誰か、誰か炎の魔法を使える人はいませんか?」


 少女らしい困った声を発するのを耳にすると直にその声の元に姿を現した。


「俺、使えるよ。炎の魔法」


 そう言いながら言い寄るユウトを見て驚くその少女は、ユウト自身探していた少女だった。


 赤みがかったピンクの髪の少女の名はユサ。

 この宿の定員の一人だ。

 更に言えば双子の姉の方。


「あなたは……」


「ユウト。それより困ってるの?」


 『原因は私です! すみません!』と、まず始めに言わなかったのは、一割少女が困っている様子だったから。

 原因はユウトにあるのだが。


 そして残りの九割は周りに人がいたからだ。

 怖いのは仕方が無いことだが、ルナ達に宣言したのにこの有様は自分でも少しどうかと思う。


「そう……。どうも何かのはずみで給水タンクが凍ったみたいなの。だからその氷を溶かしてくれるかしら? 一応勿論報酬は出すわ」


「いやいやいや、報酬なんて要らないよ! 住まわせてもらってるのこっちだから」


「そう?」


 報酬を断ったユウトにユサは不思議そうに首をかしげる。

 しかしそれ以上何も言ってくる事は無かった。


 逆にユウトからすると原因である自身が報酬を貰うなんて質が悪い。

 それにユウトは報酬を貰うためにいった訳ではない。

 ただほんの少しの罪滅ぼしを。


 ユサは「こっちよ」と言ってユウトをその凍りついた給水タンクまで連れて行ってくれた。


 場所は一階だった為、まず階段を降りた。

 それから立入禁止の様になっているカウンターを抜け、この宿に来て初めての所に入る。

 異様に暗いその道は宿の中なのに失礼だが、かなり物騒の様に見えた。


「着いたわよ。これがこの宿の給水タンク」


 そう言って見せてきたそれは、ユウトの想像を超える物だった。


 大きさは言うまでもなく、だか驚いたのはそこじゃない。

 その給水タンクには霜柱の様なものが付着しており、そこだけ異様に周りの温度より低かった。

 これはユウトが招いた結果だが、この氷はフィーナがやったもの。

 今一度、フィーナが凄い魔法使いである事を思い知らされる。


「全く、こんな事誰がやるのかしら。子供でもやらないわよこんな事」


「ハハ、全くだよなあ……ハハハ」


 ここで自分のせいだと言うチャンスだったが、異様に氷ではない寒気がするここでは、それが言えなかった。


「……ったく、こんなの俺の魔法でどうにか出来るのか?」


 ユウトはひとりでにそんな弱気な事を呟く。

 それもそうだ。


 魔力がフィーナに比べてゴミなユウトがこの給水タンクの氷を溶かすまで魔力が保つのか。

 それだけが不安だった。


 疲れるとか、時間が掛かるとかそんな話ではない。

 精神や体力ではない、そもそもの理論的な事だ。


「やっぱり報酬、出した方がいいかしら? こんな量大変だから」


「報酬は絶対に受け取らない! だから俺にやらしてくれ」


 せめて罪滅ぼしを。

 そんな事は言えなかった。


 そんなユウトの言動に今度はその幼い顔を顰め、訝しげる様子だった。

 ユウトは彼女のその表情に自分がやった事がバレそうだと思い。


「よーし、やるぞー! 俺なら出来る!」


 そう、不思議に話を反らしユウトは給水タンクを改めて直視した。


 冷え冷えとしたその周りに行くだけで手が悴む。

 どうやらまだ多少だがフィーナの魔力が残っているようだ。


 ユウトは手をその給水タンクに翳す。

 やはり寒さを感じさせた。

 だが、大丈夫だ。

 出来るとそう言った。

 それに魔力ゴミだが、これでもフィーナの師匠だ。


 決心を固め、ユウトは魔法をその手に宿す。


 炎魔法と言っても火の具現化は火事の元になる。

 ならばと思い考えたのは、火を生み出さない程度の魔力にする事だ。

 魔力が少ないせいか、必死にイメージしているからか、理由は定かではないが、一発でその炎の出ない、炎の魔法は完成した。


 要するに、ユウトの掌が赤く熱気を帯びたように光りだした。

 炎では無い、ヒーターの様に。


「無詠唱でそこまで複雑に魔法を扱えるなんて……」


 驚いた様な声が聞こえたが、ユウトは聞こえないふりをして、一生懸命頑張ってる感を出した。


 ユウトの行動にユサもまた何も言わずにその場から立ち去った。


「良かったぁ。バレずに済んだよ」


 誰も居なくなったと思い、ユウトは肩をなでおろし安堵する。

 だが、いつかは謝らなければならないと思うとゾッとする。


 ユウトが何故ここまで恐れているかと言うと、原因は先程の少女ではない。


 昨日颯爽と現れ、忽然と消えていった二人の男。

 その強さにユウトはここまで恐れていた。


 あの異様な強さと冷血さは人間では無いかの様に見えた。

 だが、しっかりと地を蹴って歩いていた。それに体も人間その物だった。

 だからこそ怖い。

 それが今の現状であり、ここで謝れなかった原因だ。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤

 


 掌に魔力を宿して何分、いや、何時間経っただろうか。

 ユウトは時間を数える事なくぶっ続けで溶かしていた。

 と言っても溶けているのかは定かではないが。


 ここからでは外の景色も、食堂の声も聞こえない。

 まるで牢獄の中にいるかに思わせる。


「流石はフィーだな。全然溶ける気がしない。やっぱり強いな」


 そう。

 フィーナは強かった。

 それは少なくともユウト寄りも。

 魔力じゃない、威力じゃない。

 決意がフィーナはユウト寄りも遥かに勝っていた。


 ユウトは氷をを溶かしながら今朝のフィーナを脳裏に浮かばす。

 彼女はあの時、決心したのだ。

 自分が変わる決心を。


 進化、変化、決意。

 言うのは簡単だ。

 だが、簡単じゃ無いのは、それを実行する時。


 誰だって後のことを考える。

 誰だって結果を考える。


 誰だって―――恐怖を考える。


「情けないな……。いや、情けない! いつまで引っ張ってんだ俺は! 俺はフィーの師匠だろうが!!」


 誰もいないその空間でユウトは叫ぶ。

 周りに誰も居ないからこそ、ユウトに響く。

 これは独り言というものでは無い。

 ユウトはちゃんとユウトに向ってその言葉を言っていた。


「そうだ! 俺はフィーの……いや、フィーだけじゃない! ルナだってアオだって俺の大切なパーティーメンバーだ! だから俺はやれる!」


 感情と共に勢いを増すユウトは、その勢いのまま、目に力を入れた。


 ―――ユウトは恐怖を打ち消し、能力を発動した。


 久しぶりのその行動はあの日、痛めつけられたユウトをその目に映す。

 怖くて目を閉じたい。

 そう思ってもユウトは目を閉じなかった。

 ユウトは同時にフィーナの決意の顔をその目に宿していたからだ。


「ありがとう、フィー」


 その目からは一滴も涙は落ちなかったが、ユウトはそこに居ないみんなに心から深く感謝する。


 そう思いながらユウトはその目で目の前の氷の怪物を目にする。


 ユウトの『力』、『能力』で何か見えそうな気はしたが、至って何も見えなかった。

 即ち、ユウトの決意は今の現状では役にはたたなかった。


 そうだとしてもユウトは気を落とさなかった。

 進めたのだから。

 それだけでユウトは進化したと言えよう。

 だからいいのだ。


 ユウトが真直ぐ前を向き、氷の怪物に魔法で熱した掌を向けている時、ユウトの後方から足音が聞こえる。

 

 その音はゆっくりとして穏やか。

 後ろから聞いていてもその穏やかさは分かるレベルだった。

 まるで何かを運んでるかのような。


「進んでいますか? お客様」


 その声は聞き覚えがある声で、聞き覚えのない口調だった。


 ユウトの目の前に現れたのはお盆に湯呑を置いてこちらへ歩いてくる薄いピンクの髪のした少女。

 名はリサ。

 この宿の双子の妹で、アオが友達と言っていた少女だ。


「えぇ――っと」


「よく見ると、進んでいなさそうですね」


 罰が悪そうにしている所にその少女はなんの表情も顔に出さず、淡々と現状を把握する。

 その表情、その言動の全てがユウトの知らないものだった。


「少し休憩してみてはどうでしょうか? お茶を持ってきましたので」


 その幼い顔には似つかぬその口調が少し気掛かりではあったが、あちらから話しかけて来たのがユウトにとって驚くべきことであった。

 避けられていた時は、何だったんだと言わんばかりに。


「じゃ、じゃあ少しだけ……」


 ユウトは掌に宿した魔法を解くと、お盆に乗っているお茶の入った湯呑を手に取る。

 程よく温かいそれはユウトの冷えた手を暖めてくれた。


 魔法を使っているが、それとこれとは別物である。


「ありがと」


「……いえ」


 無表情の少女との話しが続かず、ユウトはその程よく温かいお茶を一気に飲み干す。

 味は少し苦くユウトの好みでは無かったが、それでも人の暖かさは感じられた。

 と勝手に思っていた。


「そう言えば、俺の事避けなくなったな。最初に会ったときはあんなに避けてたのに」


 茶を飲み終わったユウトはその湯呑をお盆の上に返すと、笑いながらそう言った。

 その問に少女は少し顎を引き、それでも無表情のままで、


「……お客様と顔を合わせたのはこれで2回目ですけど、お客様と話をしたのはこれが初めてですよ」


 その返答にユウトは眉を寄せる。

 そしてデジャブを感じる。

 あの時と同じ。

 ユウトがその少女の姉であるユサに初めて会った時と。


「っと言う事は、あなたはリサさんの親戚? 従姉妹とか?」


「いえ、私はリサです。イトコってのは分かりませんが、私の肉親は姉のユサだけです」


「そ、そう……」


 その言葉に疑問を隠せないユウトであるが、それ以上の追求を失礼に当たると思い、何も言わなかった。


 そう言っても、その事は謎だった。

 ユウトはリサという少女に何回も会って、話、と言うよりは幾度となく避けられてきた。

 それがどうだろうか。

 今はこうやって自然と会話をしている。

 そして、話したのはこれで最初と言ってる。

 謎が謎を呼ぶとはこの事だ。


「それでは、私はこれで失礼しますが何かあったら呼んでください。お茶ぐらいなら幾らでも入れますので」


「あ、ああ。また欲しくなったら呼ぶ事にするよ」


 そうは言ったが、ユウトはお茶欲しさに呼び出すつもりは無かった。

 不満では無いが、欲しいとも思わない。

 これなら朝に出てきたホットミルクの方が良かった気がする。


 そうして、ユウトはこの場から立ち去る少女の背中を見ていた。

 ふいにユウトはある事を思いつく。

 それはユウトの『能力』の事だ。


 ユウトの能力は現段階、四つの力を持っている。

 名前を見る力、レベルを見る力、能力を見る力、そして最後はアイテムの性質を見る力。

 これで見れば謎が謎を呼ぶと現状を打破できると思う。


 目に力を入れて、ユウトは能力を発動する。

 一度したら二度目も簡単。

 ユウトは自分の能力を使った。


 まるで使っていなかったなんて嘘みたいに。

 それと同時に能力を使ったユウトはそれが嘘では無いかと疑った。


【名前 リーシャ・スーベント】

[レベル 10]

[能力 生命支配]


「リーシャ・スーベント……?」


 驚きを隠せずユウトはそれを声に出してしまった。

 後悔してももう遅い。

 その声は前を歩き、宿の食堂へ戻ろうとしていたその少女の足を止めた。

 そして、少女はゆっくりとその足を先程居た場所へと向ける。


 もう一度言おう。

 それは、もう遅かった。


 少女の目は先程とは違う目をしていた。

 まるで殺意を感じさせる様な。

 その目にユウトは一瞬怯んでしまう。

 相手は少女なのに、違う何かと対面している様にも思えた。


 ユウトの心の中に恐怖を植え付けながらも、その少女は口を開く。


「何故あなたが、それを知っている?」


 先程の丁寧な口調とは裏腹に、それでいて淡々と少女は質問をする。

 ユウトはその少女の気迫に動揺し、口を開けたまま微動だに出来なかった。


 いろいろと混乱する。

 謎を消すために使った能力がまた謎を呼び、更には恐怖も呼んだ。


「いや、これは……その」


 口が回らない。

 何が言いたいのかはっきりしない。


 でもまず最初に、その目をやめてくれ。

 その人を殺しかねない目を。


 次の瞬間だった。

 ユウトが口籠り、目の前の少女に集中していた時。

 後ろから人の気配がし、そして。


 グサ―――ッ。


 何かが何かに刺さる鈍い音がした。

 あまりの突然の事に何が起きたのかわからずにいると、時を刻むように何が床に落ちる。

 それは血だった。

 真っ赤な血液。


 ユウトの―――血液だった。


「あッ!? あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 ようやく自分が刺されたことに気が付く。

 それに気づいた瞬間、一気に痛みが全身に走り、更に刺された部分に熱を感じさせていた。

 内側から熱される様な熱を。


 十秒もせずに、ユウトはその場所で倒れてしまった。


 結果からして見ればユウトの決意は赤い血に染められていた。

 更に無慈悲にもその結果は、踏み出した一歩の勇気と、大きく反比例するものとなった。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 ユウトが気絶してから、そこは地獄絵図であった。

 そこに可憐な少女がいたとしても、なんの解決にもならない程に。


 そこには大きな血溜まりができていた。

 そして未だにそれは大きくなろうとしていた。

 ユウトが倒れても、それはユウトの体に刺さっている状態だった。

 刃渡りは10センチ程。

 調理用の包丁だ。


「お姉ちゃん……」


 妹であるリサは倒れたユウトに目もくれず、その後ろに立っていた赤みがかったピンク髪をした姉のユサに声をかける。


「言ったでしょ。もしバレてしまったらって」


 悪びれた様子もなく、ユサはユウトに刺さっていたナイフを力強く抜く。

 それと同時にその刺された部分からまた大量に血が流れる。

 まるでそうなると見込んでやった様に振る舞うユサにリサは何も言わなかった。


 リサはそこにある血溜まりを気にせず、ずかずかとその血の海に潜入する。

 そして、ユウトの刺された部分に手をかけると、リサの手は眩い光りに包まれる。

 それと共鳴するように気を失っているユウトの体も光り出す。

 その光景はその血溜まりとは相応しくない程、美しく、神秘的だった。


「リサ、貴方何故その男に能力を使っているの?」


 姉であるユサはリサがやってる事を咎める様にその言葉を投げかける。

 その言葉にリサは目の前のユウトの体だけを見て、


「この人間が死んだらお姉ちゃんが消えちゃうから……」


「……そうだったわね。忘れてたわ、なんせ何年もこの姿だったもの。こんな日が来るとも思わなかったし。……それじゃあ元に戻すのが終わったら私のを使って運んで貰ってちょうだい」


 言い終わるユサは掌を天井に向ける。

 その動作と共にユサの掌から二つの物体が現れる。

 ドクンドクンと心臓が波打つように動くその物体は、徐々に形を構成させていき、最終的に人間の形になった。


 それは色白の男二人。

 奇妙に微笑む姿がいっそう個性を際立たせ、更にはこの残酷な空間に溶け込む始末。


「それじゃあ、私は準備しとくから、後はよろしく」


「分かった……」


 色白の二つの物を置き去りにして、ユサはその場から退場する。

 その行動にリサはユウトの方を見つつ、一つ返事で見送る。


 そして一人になった時、リサは一滴の涙をその目から流し、その血溜まりに落とす。

 そしてリサはユウトを元の形に戻しながら。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……アオ。私にはこうする事しか出来ないの。もう……――」


 そう言ってリサはここには居ない友人に謝るのであった。

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