第28話 魔法とフィーナの決意

 ―――目が覚めるとそこはいつもの天井だった。

 低くもなく高くもない、程良い高さの天井を目にユウトの一日は始まる。


 この時点で既にユウトの頭の中から今朝の夢は消えていた。


 ベットから腰を下ろすとそこはいつもとは違う光景が広がっていた。

 誰も居ないその一室はやけに広く感じさせる。

 更にもの静けさがむず痒ささえ覚えさせる。


「でもまぁ、一人も悪くはないな」


 誰もいないその部屋でその声が少し響く。

 それはこの部屋が静かだからでもあるが、それだけではない。


 ユウトは少し空気を入れ替えようと窓へと足を運ぶ。

 窓を開けた後、まず先に空を見た。


 昨日とは打って変わっての曇天模様。

 今日がピクニックだったら最悪過ぎて子供は泣くレベルだ。


 一度思考を切り替えようと思い、窓から下を覗き込む。

 だが、そこには人一人居ず、曇天の灰色が道に映るだけだった。


「どこも同じ色。……ってかまた俺やっちまったのかぁ」


 そう言いながら溜息を付く。

 また、とはどんな事なのか。

 それは誰もいない道を見れば分かる。


 どうやら早起きをしてしまったらしい。

 昨日もだが、今日もとも思っていなかった。

 二日連続は初めてかもしれない。




 朝の風に浸っていた時、ドアの方から三回程のノックの音がする。


 他の考える気力が無かったユウトは気付けば勝手にドアノブに手を掛けて、その扉を引いていた。


「あ、師匠おはようございます。朝、早いですね?」


 時間も時間、周りを気にしてかその黒髪の少女の声は昼間と違ってやけに小さくおとなしい。


 更に昼間と違う所はそこだけではない。

 寝間着で全身を包んだ少女は帽子以外初めて見る格好だった。


「あ、あんまりジロジロ見ないでくださいよ」


「すまん、珍しい格好だったからつい見入ってしまった」


「そ、そうですか?」


 別に褒めた訳では無いが、嬉しそうにそれを一回転しながら見せびらかしてくる。


 見るなと言って見せてくる矛盾しきった少女の行動にユウトは「はいはい」と、そっけなくあくびで対応する。


 そのユウトの対応に不満を抱いた少女は少し怒っている様子だった。


「それより、こんな朝早くからどうしたんだフィー? まさかお前、朝早く起きる派か? 俺朝早く起きる人苦手なんだよなぁ」


「それ、そのまま自分に言ってる様なもんすよ。それに私は朝早く起きない派です。今日は少し用事があって早く起きただけですから、……はい」


 その言葉の終わりには、やけにもじもじしながら言い淀む。

 その行動から少し長くなりそうだと思ったので、


「ほら中入れよ。立ち話もなんだから」


 そう言いながらユウトは立つのに疲れてベッドに腰掛ける。

 その行動を見ていたフィーナは何故かニヤニヤしていた。


「師匠……、女の子を部屋に入れてベッドに誘うなんてプロの範疇を超えてますねえ」


「プロはプロだがそれはプロ違いだ! あと、今すぐ追い出されたく無ければ、そのお喋りの口を閉じろ!」


「口閉じたらここに来た意味ないでしょ!」


 何故か逆ギレされている事はさておき、その発言には納得する。


「そう言えば用事があって来たとか言ってたな。……っで用事ってなんだ?」


 なんの躊躇もなく男に誘われたベッドに座る寝間着の少女にそれを尋ねる。

 少女はくちごもっていたが、直に勇気を持ってその一言を言った。


「私に、魔法を教えてください!!」


 一時思考停止したあと、その言葉が脳内を一気に木霊する。


 ようやく我に返ったユウトはもう一度良く少女の瞳を見る。

 そこには希望を持った光すら見える様だった。


 なんとも美しい純粋無垢な瞳の少女に対して、ユウトは騙してしまった。

 そんな自分が情けなくて、いっそこのまま二階から飛び降りろと自分に言いたくなるほどだった。

 だが、


「わー……わかった。教えてやろう魔法の基礎を―――」


 二階から飛び降りる勇気もない、魔力もないユウトには飛び降りるなど、到底無理な話であった。


 魔力皆無のユウトがフィーナに魔法を教える。

 普通ならそんな天地がひっくり返す様な事などにはならないが、ユウトとフィーナの出会いは普通では無かった。

 故にこの状況である。


「そ、そーだなあ……」


 魚の様に泳ぐユウトの目は餌を求めるかのようにある一点を凝視した。

 それを見てある事をひらめいたユウトはニヤリと笑う。


「フィー、氷って生み出せるか?」


「氷は第二魔法なので……無理です……」


 ユウトの質問に申し訳なさそうにフィーナは不可能である事を述べる。

 やっぱり、とユウトはひとりでに思う。「話を変えるが………」とユウトが言葉を継ぎ、


「サキュバスに教えてもらった魔法は第2魔法じゃないのか?」


「それは―――ぎぁぁぁ………あッ!!!」


 ユウトの質問に何かを答えようとしたフィーナは、急に苦しそうに左手を押え込む。


「ぐっ―――ああぁぁ………ハァ、ハァ、ハァ―――」


 ようやく収まった様でフィーナは細かく呼吸をする。

 痛みが収まっただけで、未だにフィーナは苦しそうだった。


 よく見るとフィーナが押さえていた左手腕に唐紅色に染められた切れ目のような物が見てる。


「おいフィー、それって……そ、そうか、契約の……」


 今気づいても遅かったが、フィーナは苦しそうな顔でコクリと頷く。


 フィーナがサキュバスと契約で定められたルールは、その契約で得た魔法の情報全てを他言しない事。

 それが第何魔法であるかも同様に。


 おそらく言おうと脳が思った時に痛みが走り、物理的に阻止しているのだろう。


 そんなフィーナに頭を抱えながらも、契約魔法の恐ろしさが身に沁みた気がした。


 フィーナがここまで取り乱すのだ、並大抵の痛みでは無いのだろう。

 どうなってもユウトはその『契約魔法』はやらないだろう。


「落ち着きました。……話を、続けてください……」


「俺が悪かったフィー。契約魔法の事を忘れていたばっかりに……」


「いえ、師匠はなにも悪くありません。今のは気が抜けていた私の責任です。気にしないでください」


 弱ったフィーナはユウトに優しい口調になる。

 それはいつもの顔ではない。

 それ故に心が痛む。


「これから俺が言う事は、なにも考えないで聞くだけでいい」


 その言葉に頷くフィーナはいつもの面構えとまた違った表情になり、いっそう真剣さが伝わってくる。

 フィーナは今、魔法を真剣に学ぼうとしているのだ。

 「それじゃあ」と前置きしたユウトは、


「もしサキュバスの魔法が俺の言うとおり第二魔法だったらフィーは何故それが出来たのか? 簡単だ。フィーは対象を一度眠らせてからエ……、エッチな夢を見せる魔法を掛けた。『眠らせる』と『エッチな夢を見せる』はそれぞれ一つの命令だから第一魔法」


 それを聞いたフィーナはさっきの痛みが飛んだのか目を見開く。

 そんなフィーナに立て続ける様に、「それじゃあ」と言葉を継ぎ、


「『水を生み出す』と『それを氷に変換する』の第一魔法同士を組み合わせた『氷を生み出す』の第二魔法はフィーにも可能と言うわけだ」


 ユウトの話を聞き終わったフィーナは自然と口を開けて拍手をする。


「なるほど、でも水が無いから………」


「今、お手軽のがここにあるだろ」


 そう言いながら指を指した方向は、捻れば水が出てくる蛇口だった。

 その指の先を見たフィーナは「なるほど」と、感心する。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 二人で蛇口を睨むその光景は傍から見たら、可笑しな人だが、ユウト達はいたって真面目だった。

 ユウトが蛇口をひねると蛇口からは水が出る。


「そういえば、周りが騒がしくなりましたね」


「確かに言われてみればそうだなぁ」


 どうやら早く起きたと言っても昨日よりかはまだ遅めの起床だったようだ。

 ドアの外は人の声が聞こえた。

 だが、それよりも。


「今なんで話を反らしたんだ? まさか、ここに来て緊張してるのか?」


 目を細めてユウトは冗談半分で言う。

 今朝のフィーナは少し緊張している様だった。

 何に緊張しているかは分からないが、今もユウトの質問に対してうつむいたままだった。


「緊張は、してません。……ただ、怖いんです。……でも、もう大丈夫です! 決意は固まりました」


 そう言って目の前の蛇口から出てくる水を見つめて一度息を吐く。

 真剣な眼差しに『強い』と、その言葉が自然と出てきた。


 だが、その言葉は声には出さず心にしまい込む。


「……そう言えば、凍らす魔法の詠唱って何ですか?」


「……え!?」


 先程の決意が台無しになるほどの間抜けな質問に、これまた間抜けな声が出てしまう。

 これはいつものフィーナだ。


「えーっと……フリーズ、でいいんじゃないのか?」


 魔法の詠唱の概念がないユウトは、フィーナが前に言っていたフレイムをヒントにして、凍らすだからフリーズと導いた。


 我ながらかなり適当な答えだと思うが、


「なるほど、確かにそうですね。流石は師匠です!」


 何故か納得する。

 そしてまた真剣になり、先程から垂れ流し状態の蛇口を見つめる。


 二回目である上に水が勿体ない想いが重なり、もはや感動は失われる。


 そんなユウトの想いは気にせずにフィーナは詠唱を始める。


「第一魔法。フリーズ〈凍結〉」


 フィーナの詠唱の後、何も起こらないと思いかけたその時、水は下の方から凍りついた。

 流石は最強の魔法使いだ。

 一発で成功させるとは。

 魔法の素質っと言うやつなのか。


「やれば出来るじゃないか! 流石は最強の魔法使いだなぁ」


「はい! ありがとうございます、師匠! ……っで、これどうやって止めるんですか?」


「え?……どうって……?」


 ユウトに褒められた事に喜んでいたが、直にこの魔法の止め方が分からない事に気が付き、絶望しきった声になる。


 ユウトはその問に何も答えられなかった。

 理由は簡単。

 ユウトは炎の魔法しか使えないからだ。


 二人でどうにもできない現状にあたふたしていると、凍るスピードは倍々ゲームの様に上がっていき、ついにその蛇口の入口を閉ざした。


「止まったか………?」


 そう思って二人は安心していた。

 だが、その考えは間違っていた。


 フィーナの魔法は微量ながらもその効果は途切れる事はない。

 よって凍らす魔法は水の管を通り徐々に氷の部分を増やしていく。


 フィーナもそれが微量の魔力故、感知出来ずその結果。


「―――うあ! なんだ? シャワーから氷が出てきたぞ!?」


「―――きァァァっ……って、氷!?」


 辺りからは氷にまつわる悲鳴の声が絶えず聞こえた。

 その声を聞いていた二人は唾を飲み同時にお互いの顔を見る。


 両者共にその顔は青ざめていて、


「「まさか………」」


 言葉まで揃う程だった。

 その「まさか」は確信に近い「まさか」であった為、完全にやってしまった感があった。


 絶望していた時、けたたましくドアを叩く音がその場に響いた。


「ま、ま、ま、まずい! もう気づかられたのか?」


「ど、ど、ど、どうしましょう! 完全に私達のせいですよ! これじゃあ罰金いくら取られるかあああ」


「ま、まて。どうして私達なんだ? なんで俺も悪いみたいになってるんだ? やったのお前じゃねぇーかぁ」


「私だけのせいにしないでくださいよ! ひどいですよ師匠!」


 やれと言った事を忘れようとしていたユウトは、フィーに服を捕まれ左右に揺らされる。

 その事によりその記憶が戻ってくる。


 やめろぉっと、言おうとした時だった。

 扉は勢い良く開く。

 一瞬にして終わったと思った。


「ユウトさんっ、大丈夫ですか?」


「ユウト大丈夫? さっき氷が……。あ、フィーそこに居たんだ」


 扉を開いたのは心配してくるルナと、目を擦りまだ眠そうなアオの二人だった。

 二人はフィーナとは別で寝間着からいつもの服に着替えていた。


 ルナはユウト達の動揺とその場の状況を見て、一気に瞳が凍りつく。

 流石はルナだ。

 感が良い。


「まさかユウトさん……」


「いや! 俺じゃない! こいつだ!」


 そう言ってユウトはフィーナの方に指を指す。

 その行動を見ていたフィーナは目と口を大きく開く。

 そんなユウトの行動にルナは続けて、 


「でもユウトさんが魔法を教えたんですよね?」


「なんでそれをお前が知ってんだよぉ!」


 的をつかれたユウトはもう言い訳をする気はなく、逆ギレしてしまった。

 その言葉に肩を撫でおろすルナは溜息を付いていた。


「どちらにせよ、やってしまった事には変わりありません。謝りに行きますよ」


 そう言ってルナは優しい口調でユウトの方へ歩み寄ってくる。

 やっぱりルナは優しい。

 だからこそ、ユウトがこれに甘えるのは良くない。


 ユウトは拳を握りしめ、


「……謝るのは俺だけでいい。フィーも謝らなくていい。今考えていたら俺がやれって言ったからな。さっきはごめんな、フィーだけのせいにして」


「え? どうしたんですか師匠。師匠らしくありませんよ? 頭でも打ったんですか?」


 フィーの分まで庇おうとしたユウトの発言に師匠らしくないと言う道理にかなってない理由で本気で心配してくるフィーナ。

 イラっときたがユウトがフィーナにした発言よりはマシなのでその感情は押し込めることにした。


「とにかく、俺は一人で謝るからな! 俺の決意を邪魔して一緒に謝ろうとするなよ!」


「決意……。ユウトさんがそう言うなら私はもう何も言いません。骨は拾うので安心して行ってきてください」


「そう言う事言われると安心できないんだけど……」


 冗談まじにり見送るルナにユウトはすぐさま突っ込みを入れる。

 今朝のルナは感情豊かだが、怒っている様子では無かった。

 どうやら本当に昨日の話で機嫌を直した様だ。


「そうだ! フィー、ちょっと来てくれ」


 そう言ってユウトはフィーナの事を右手で招く。

 その行動に不思議に思うがフィーナは自然とユウトの元へ足を運ぶ。

 そうして目の前にに来たとき、ユウトはフィーナの耳元で―――。


「わ、わかりました……」


 ユウトの言葉に頷きながらそれを承諾する。

 それを確認するようにユウトは横目で見て、その場から移動した。

 

「あれ? ユウトどこ行くのー?」


 寝ぼけているアオは先程ユウトが立っていた所に向って言う。

 それについてルナは丁寧に話すがアオは頭に入っていない様子だった。

 どうやらアオは朝に弱いらしい。


 三人を置いて、ユウトは静かに扉を閉める。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 ユウトが扉を閉めるとフィーナは自分の感情を開放するかの様に気持ちを言葉にする。


「私が、朝早くに行ったせいだ……」


 その言葉はあまりにも小さい。

 フィーナ自身もそれを意図的にやった。

 誰かに聞かせたい訳ではなく、自分自身に聞かせたかったからだ。


「いえ、フィーだけのせいではありませんよ。私もフィーに行けといったので……」


 聞かれていないと思った言葉はルナに届いており、その事を言われたフィーナはびっくりして目を見開く。


「ユウトさんを信じましょう。さあ、私達は朝食でも取りましょう。その前にフィー、着替えてきてください」


「あ……!」


 自分が寝間着だった事をすっかり忘れていたフィーナは自分の服装を見て口を開く。

 その反応を見て、やれやれという感じに溜息を付くとルナは、


「今日はユウトさんなしでまた少し町を歩きますか……」


 勝手に今日の方針を決めるとその部屋を出ていった。

 それに続きアオもフィーナもその部屋を出て行く。


 残されたその部屋はフィーナが水を魔法で凍らせてできた氷柱。

 そして青く光るドロップアイテムの中に不自然に強調するかの様に存在する赤い玉。

 それだけが、その部屋に残った。

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