それぞれの悪事

@qoot

第1話

1.

「見てらんないね。プロのゴルフじゃないぜ、あれは」

「もはやスランプとも言えないな。今が本来の実力なんだろう」

スポーツ紙やゴルフ専門誌の記者たちが、9番ホールでパットを終えた最終組の早川和也を話題にしている。既にホールアウトした主だった選手には話を聞いた。初日ということもあり、取材にも気軽に応じてくれる。

空前のブームに沸く女子と比べ、男子プロゴルフは危機に瀕している。毎週のようにあったトーナメント数が減り、1ヶ月以上も開催間隔が空くようになった。

ようやく選手たちの意識も変わり、スポンサーやギャラリー、そしてマスコミにも丁寧に対応するようになった。若い人気プロが選手会長になり、矢継ぎ早に改革を実行しているが道半ばといったところである。


「この組には聞くこともないな」

記者たちが18番グリーン脇へとぞろぞろ移動を始める。

TODAYスポーツの若手記者、ゴルフ担当の栗橋健太がスポーツ東京でベテランゴルフ記者の竹永耕三に顔を近づけ話しかける。

「18番でアウトスタートの最終組を確認したら取材は終わり。ホテルに戻ってさっさと原稿を書いたら、タケさんどうです、飯に行きませんか?」

「そうだな。まだ初日だし、デスクも大した原稿を期待していないだろう」

「去年タケさんはアメリカ出張だったでしょう?ぼく一人なので、飲むとこ探してたら魚の旨い店を見つけたんすよ。女将もなかなかの美人で」

「そりぁいいねぇ。栗橋くんもやるじゃないか。ぜひ案内してもらおう。それじゃあロビーに、そうだな、6時半でどうだい?」

「OKです。早く行けそうならメールください。ちゃちゃっと仕上げちゃいますから」

2人は親子ほど歳は離れているが、何故か馬が合う。トーナメントの取材で全国を回る時は、同じホテルならよく食事に行く。若い栗橋からすれば、ベテランの竹永から学ぶことは多い。説教じみたところはなく、惜しまず取材ノウハウを教えてくれる。竹永は取材で国内外を飛び回り、そのせいか今も独身である。栗橋のことを自分の子供のように感じているのかもしれない。


早川はハウスキャディに「どうもありがとう」とパターを手渡し、同組のプロやキャディと笑顔のない握手をする。今日は10番スタート、いわゆる“裏街道”なので、9番が最終ホールとなる。アテスト会場への足取りが重い。

42、43でトータル85。これが早川の初日のスコアである。出場選手の半数近くがアンダーかイーブンでプレイ。トップには6アンダーで3人が並んでいる。

早川はぶっちぎりの最下位で、予選通過は初日にして絶望的だ。いや、参戦前から決勝ラウンド進出は無理、と早川本人が自覚していた。


18番グリーンに向かう記者の背中が見える。早川をよく知る記者も何人かいたが、誰一人として声を掛けて来ないし目も合わさない。

「当たり前か。今の僕なら」

かつてオフには取材と称して銀座や六本木によく誘われた。支払いはもちろん彼らの取材経費だ。

「ドライバーの飛距離が10ヤードほど伸びた」

会食中のこんな一言が、翌日の紙面に大きなタイトルとなって踊る。

《早川、オフに肉体改造⁉︎ 飛距離大幅アップ!》

《米ツアー参戦か⁉︎ 早川、世界標準の飛距離へ》

そんな5年前の絶頂期から、あっと言う間の転落。そして這い上がれない谷底で早川は足掻き続けている。唯一の救いは、これ以上落ちることがないということ。いや、ひとつだけある。今年でシード権を失うことである。


早川和也は今年で25歳になる。

プロゴルファーになるには、難関のプロテストに合格するか、アマチュアで活躍してプロ宣言するなどがある。早川は後者で、高校卒業と同時にプロ宣言した。しかし

それまでの目立った戦績は、高校3年で出場した“ジャパンアマチュア3位タイ”というのがあるだけだ。

ではなぜ早川が一握りのツアープロになれたのか。“素質”と“努力”であったことは間違いない。そして何より“運”にも恵まれたことが大きかった。


早川は子供の頃、父親が大好きであった。父親が家にいる時は、膝に乗ったり、大きな背中に寄りかかったりして遊んでいた。父親は子煩悩という訳ではなかった。早川が纏わり付いて来ても、晩酌しながらテレビを観ているだけだ。それでもたまに口に放り込んでくれる肴が早川には嬉しかった。

早川は母親にはあまり懐いていなかった。母親も早川の世話はするが、あまり可愛がりはしなかった。両親はかなり変わった夫婦である。生きて行く上で、お互いパートナーが必要と考え結婚した。父親には、文句を言わず家事を担う人間が必要であった。一方母親には、毎月給料を運んで来る真面目な働き手が不可欠であった。愛情も思いやりも不要。その点では似た者同士なのである。何故子供を作ったのかが不思議であった。


「パパ、どこ行くの?」

「ゴルフの練習だ」

「ぼくも行きたい!ねぇ、パパいいでしょ?」

「いいけど、絶対に静かにしてるんだぞ」

「やったー!パパ、ありがとう!」

ゴルフの練習がどういうものなのか、子供の早川には分からない。ただ父親の側に居たかっただけであった。


「いいか和也。歩き廻ってはいけない。大きな声で喋るのもダメだ。ここに座って、大人しくマンガを読んでなさい」

「うん。分かった」

父親が打つボールは、真っ直ぐ飛ぶこともあるが、ほとんどが大きく曲がって右のネットに当たりポトリと落ちる。隣のおじさんは、真っ直ぐにしか飛ばない。反対のお姉さんも真っ直ぐだ。幼稚園でボール投げをした時、早川も友達も真っ直ぐしか投げられなかった。

(パパはあんなにかっこよく曲がるボールが打てるんだ。パパは上手なんだ!)

「パパ、上手上手」

「和也!・・しぃー」


2.

「鬼頭さん、今日は上手く行きましたね。お見事でした」

「おいっ、猫!何が“今日は”だ。“今日も!”だろ、馬鹿野郎!」


鬼頭と猫田は競輪場で出会った。お互い負けが込んでぶつぶつ言いながら歩いていたので、すれ違いざま肩と肩がぶつかった。

「どこ見て歩いてんだ、この野郎!」

「あっ、すみません。ごめんなさい」

どちらが悪い訳でなく、お互い様なのだが、やはり素性が出てしまう。

(おう、こいつ頭悪そうだが、使えるかも。取り敢えずスカウトしてみるか)

(うわぁーこの人やばそうだぞ。関わり合いにならないようにしないと)

「いや、わしも悪かった。全然勝てなくてむしゃくしゃしててな」

(それほど悪い人ではないかも)

「俺もなんです。金が落ちてないか、下ばかり見てまして」

「兄いちゃん。小銭もないのか?」

「タバコは無理でも、せめてカップ酒を買えないかと。お恥ずかしいです」

「よし、分かった。これも何かの縁だ。飯食わしてやるから付いて来な」

(やっぱり良い人だ!)


「兄いちゃん、食いたいもの頼め。まずはビールか?」

競輪場からは少し離れた定食屋に来た。中途半端な時間だが、大方席は埋まっている。猫田がメニューを見ている間に、鬼頭が勝手に注文してしまった。

「名前を聞いてなかったな。わしは鬼頭だ。投資会社の代表をしている」

鬼頭は自分の名刺をフリスビーのようにくるくる回しながら、猫田の方に投げる。

「投資会社?キトウ・インベストメント?」

もちろんウソだ。競馬や競輪を鬼頭が投資と呼んでいるだけ。名刺は飲み屋で「まあ、社長さんなんですね」とモテたくて、作って持ち歩いている。

「いや、凄いですね。俺、頭悪いからよく分かりませんけど。あっ、名前は猫田です。本当は犬が好きなんですけどね」

「犬好きの猫か。面白え。さあ、どんどん食え」


「猫、行くぞ」

「へぇっ⁉︎もう行くんですか?」

定食屋に来てからちょうど30分。これからという頃合いだ。鬼頭が声を潜めて猫田に指示する。

「いいか?わしの言う通りにしろ。お前は便所に行け。便所がどこか店の婆さんに聞いてから行けよ。この店の便所は裏口を出た外にあるから、そのまま歩いて競輪場の入口で待ってろ。分かったな」

「ちょっと、鬼頭さんちょっと待ってくださいよ。何で逃げるんです?何で金を払わないんです?奢ってくれるって言ったじゃないですか!」

猫田は思わず声が大きくなるが、誰も聞いていない。鬼頭も普通の声で続ける。

「奢るなんて誰が言った?わしは食わしてやると言ったんだ。ごちゃごちゃ言ってねえで言う通りにしろ」


「鬼頭さん!こっち!こっちですよ!」

猫田は電柱に隠れて、鬼頭に手招きしている。真面目に生きて来た訳ではないが、初めての食い逃げだけに猫田の体は小刻みに震えている。

「猫、心配するな。誰も追いかけて来ねぇ」

「いやびっくりですよ。まだどきどきが止まりませんよ。やっぱり鬼頭さんも文無しなんですね」

「ばか。あんな不味い飯に金なんか払えるか」

「いや旨かったですよ。流行ってたし。それで、鬼頭さんはどうやって逃げて来たんです?」

「どうってことない。下調べしてたからな」

開催初日に初めてあの定食屋に行き、たまたま見た婆さんの動きに鬼頭はピンと来た。爺さんは厨房で調理担当、婆さんが接客。老夫婦で営む評判の定食屋だ。防犯のため、カウンターの手提げ金庫には小銭と数枚の千円札しか入っていない。

《なるべく釣り銭の無きようお願いします》破れたチラシの裏に書いて貼ってある。ある程度札が貯まると、厨房にあるもうひとつの手提げ金庫に婆さんが札を入れに行くのを鬼頭は見たのだ。

「万札で払えば、婆さんがヨタヨタと厨房まで釣りを取りに行く。その間にドロン出来る訳さ」

だから良い具合に頼まないといけない、3-4千円くらいの勘定がちょうど良いんだと鬼頭が続ける。

「でも渡した万札はどうやって取り返すんです?」

「馬鹿か。万札を渡す訳ねぇだろが」

出来るだけ出口に近い席に座り、一万円札を見せながら「これで勘定してくれ」と言えば良い。

「どうだ、猫。わしと組んで、楽に稼がないか?わしの言う通りにすれば良い。わしは知能犯だ。手荒い真似はしない。危険なヤマも踏まない」

「鬼頭さん・・・」


3.

早川和也が初めてゴルフクラブを握ったのは小学校3年生であった。いつものように父親と練習場に行くと、近くの打席で練習している子供がいた。

(子供もやっていいんだ)

早川より1-2歳上のようで、遊びではなく本格的に練習しているようだ。子供用のクラブを揃え、後ろで父親が熱心に指導している。

「ねぇパパ。ぼくもやりたい」

「子供は練習してはいけないんだ」

「でもあの子はやってるよ」

「あの子のクラブは短いだろう?あれは子供用のクラブなんだ。ちゃんとボールを飛ばせるから、練習していいんだ」

「ぼくもやりたい!やりたいよ!」

普段は父親の言うことを素直に聞く早川だが、この時は珍しく駄々をこねた。

「和也、いい加減にしろ。もう連れて来ないぞ!」

早川の声が聞こえたのか、子供の父親が早川の方に歩いて来る。

「ちょっとよろしいですか?」

「子供がうるさくしてすみません。静かにさせますので」

注意しに来たと思い、早川の父親は先に詫びた。

「いえ違うんですよ。お宅のお子さんもゴルフに興味があるようですね。どうですか、子供用のクラブを貸しますので、打たせてみては?」

思いも寄らない申し出に、早川の父親は戸惑う。

「何というか、子供の気まぐれです。どうかお構いなく。そちらのお子さんのようには打てませんから」

「パパ、ぼく打ってみたい。少しだけで良いから。ねぇパパ、お願い!」

「そうか、打ってみたいか。おじさんと一緒に練習するか?」

「うん!」

「出過ぎた真似をしてすみません。お子さんにちょっとだけ打たせて上げてください」

「では、お言葉に甘えて、よろしくお願いします。和也、おじさんの言うことをよく聞けよ」

「うん、分かった!」

「さあ和也くん。あっちでうちの子と一緒に練習しような」

余程子供好きなのか、あるいはゴルフ好きなのか。早川と手を繋ぎながら、元の打席に戻って行く。何か事故があってはいけないので、早川の父親も後に続く。


「いやー驚きです。和也くんは本当に初めてですか?」

「ええ。練習場には何度も来ていますが、打たせたことは一度もないですよ」

「では天性のもの、素質でしょうか」

早川は言われるままに打ったところ、初めは空振り、大ダフリの連続であった。スタンスと前傾姿勢を変えたところ、徐々に当たるようになり、最後には芯を食うようになった。「和也くん、どうだった?楽しかったかい?」

「うん、楽しかった。でも、早くパパみたいに右に曲がるようにならないかな。ぼくのパパ、上手でしょ?」

「そうだね。和也くんのパパは上手だね。でも右に曲がるボールを打つためには、真っ直ぐのボールが打てるようにならないといけないよ」

「分かった」

「じゃあ和也くん、このクラブを君に上げよう」

「本当!おじさん、ありがとう!」

「いや、そういう訳には・・」

「うちの息子にはもう短か過ぎます。よろしかったら使ってください」

大人の7番アイアンを短くしたお手製のクラブである。

「どうもありがとうございました」

「いいえ。和也くん、また一緒に練習しような」

「うん、良いよ!」

「和也、お願いします、だろ」


その後、貰ったクラブで素振りをしたり、近くの河川敷でボールを打って遊んだりしていた。飽きることはなかった。4年生になっても学校から帰ると、直ぐに河川敷に行って黙々と1人練習をしていた。

早川の父親は仕事中に左腕を骨折したこともあり、暫くゴルフから遠ざかっていた。早川が6年生になった頃、久し振りに2人で練習場に行った。かつて貰ったクラブはもう短くて、早川は大きく前傾して素振りをしている。試しに父親の9番アイアンを短く持って打たせてみた。

「和也・・」

「うん。この方が打ちやすいや」

ボールは“シュパッ”と高く伸び上がり、100ヤードを示す看板を超えて落下した。

「これで打ってみろ」

7番アイアンでは150ヤードの少し手前に着地した。

「和也。一体どんな練習をしていたんだ・・」

早川は河川敷に落ちているゴルフボールを貰ったクラブで打つ。ボールまで走ってまた打つ。その繰り返しを暗くなるまで続けた。それを毎日毎日続けた。

早川の父親と母親は、一度も早川と一緒に河川敷に行くことはなかった。早川は父親に甘えることもだんだんと無くなって来ていた。

「お前、その手はどうした?」

早川の手は、潰れて固くなったマメだらけだ。いかに子供を見ていなかったのか。

その夜、いつ以来だろう、早川は父親と風呂に入った。早川の裸を見て、父親は目を見張った。全体ががっしりとして、胸板も厚い。どんなスポーツでも相当のレベルまでやれるだろう。

父親は知人から使い古しのクラブセットを貰い、早川に与えた。しかしこれほどの素質を見出しながらも、本格的にゴルフをさせることはなかった。早川の父親には、その熱意も経済的余裕もない。


早川が中学になっても、相変わらず河川敷が練習の場であった。様々な運動部から入部の誘いを受けたが、早川は全て断った。お小遣いを貯めて、練習場に行くのが早川の唯一の楽しみであった。

そして 中学2年の冬、そろそろ高校受験を考える時期だ。早川は晩酌をしている父親の前に立ち、勇気を出して話を切り出した。

「父さん、俺、ゴルフ部のある私学に行きたい」

母親は「フンッ!」とだけ言い、風呂に入りに行く。

「私学の授業料を払うだけの余裕はうちにはない。ましてゴルフ部は金がかかるんだ。諦めろ」

「俺、新聞配達と練習場でもバイトする。調べたんだ。合わせたら月に8万円は貰えるから、授業料も部活代も払える。クラブは今のままでいい。ウェアも体操着で構わない」

「その学校はバイトしてもいいのか?」

「黙ってれば分からない」


千葉県にある房総文武学園に早川は合格し、ゴルフ部に入部した。この学園の理事長である三田源太郎は実業家で、ゴルフ場も経営している。ゴルフ部は学校の敷地内にある専用練習場だけでなく、ラウンド練習も無料で出来る。早川は入学金以外の学費を約束通りバイトで稼いだ。

朝刊を配達した後、朝練に参加する。放課後の練習を終えると、練習場で2時間ほど只で打たせてもらう。営業終了後にボール集めのバイトをして家に帰る。土日も練習とバイト。これを3年間、早川はやり通した。バイトを休んだのは、3年生の時のジャパンアマチュアの日だけである。


4.

「・・・でも、俺たちがやるのは、つまりは“食い逃げ”でしょ?飯代が浮いても金にならないですよ」

「わしは“食い逃げ”をするためにお前を誘ってる訳じゃねえ。“食い逃げ”にも色んなやり方があるということを見せたまでだ」

「じゃあ何です?」

「まだお前の返事を聞いてない。仲間でもないのに手の内を明かす訳にはいかない」

「鬼頭さん、俺を仲間にしてください。言われた事は何でもやります。これで良いです?」

「よし分かった。じゃあまず携帯の番号を教えろ」

「鬼頭さん、実は俺・・・」

猫田は大のギャンブル好きであった。日雇いで稼いだ金は、ほとんど競馬か競輪に注ぎ込んでいる。たまに勝っても、その分働かずにギャンブルで大勝負か風俗で散財してしまう。手持ちがあれば漫画喫茶で寝るが、無ければ野宿。寒い日はギャンブル仲間のアパートに転がり込む。

「お前、携帯もねえのか?」

「お恥ずかしい限りで」

「しょうがねえ野郎だ」

鬼頭はポーチからガラケーを取り出し、猫田に投げて寄越す。

「まさかこいつが役に立つとはな。解約しないで良かった」

「ありがとうございます。それから寝るとこなんですが・・」

「取り敢えずわしのとこに来い」

「ありがとうございます!」

「先行投資だ。働かないと直ぐ首にするからな」

「へい!鬼頭の旦那」


5.

「監督。早川の実力は部員全員が認めています。でもそれだけで部の代表を決めて良いのでしょうか」

「君たちは早川をジャパンアマチュアに推薦したことに異議を唱えたいのか?」

「もちろんです。なぜ早川だけが推薦されるのですか?」

「我々は高校の部活動としてゴルフをしています。部活動である以上、実力以外の要素も考慮して代表を決めるべきです」

早川が3年の時、ジャパンアマチュアゴルフ競技が千葉県で開催された。通称“Jアマ”と言われ、アマチュア日本一を決める歴史と権威ある大会である。地元高校ゴルフ部の特別推薦枠で早川が推薦されたことに対し、部長と副部長が監督の岩田慎司に部員の総意を伝えに来たのだ。

「早川の実力は認めているんだろう?なぜ部の代表じゃだめなんだ?」

「早川は練習こそ真面目に参加していますが、合宿や歓送迎会などのイベントには一度も参加していません」

「早川は部員で唯一の無遅刻無欠席だ。合宿などについては、家庭の事情で参加出来ないんだ。君達も分かっているはずだ」

早川がバイトをしていることは、監督しか知らない。部員には“家庭の事情”で練習以外は参加出来ないとだけ伝えている。

「それならゴルフ部でやる資格はないんです!」

慌てて部長が副部長を制する。

「おい。個人的な意見はなしと決めたじゃないか。部の総意以外は言うな」

「・・すみませんでした」

「“早川を除く部の総意”だな、正確には。まあいい。君達の意見は分かった。ただ、これはもう決定したことだ。覆ることはない」

「分かりました、監督。部員の中には色んな事情を抱えているものもいます。それでも頑張って練習や行事に参加しています。早川だけが何故特別扱いなのか理解出来ません。早川だけが部の代表で参加するのであれば、我々は応援には行きません。以上です」


「早川、残念ながらお前を除く、部の総意だそうだ」

「構いません。ぼくはゴルフが出来さえすれば良いんです。皆んなの言うことはもっともだと思います」

「そうか。俺の力及ばずで悪かったな」

「いいえ。それで費用はどうなるのでしょうか?」

「それは心配するな。全て県の連盟と部の予算から出る」

Jアマに推薦出場といっても、いきなり本戦に出られる訳ではない。都道府県予選は免除されるが、関東地区予選で10位以上でなければ本戦には出場出来ない。一般のアマチュアゴルファーは、相当の実績がなければ、都道府県予選すら出場出来ない。

「それから、開催コースで練習ラウンドもしなければならない。もちろん君の費用負担はないから安心しろ」

「練習を含めて、移動はどうすれば良いですか?」

「俺が全てに同行する。移動は俺のオンボロ車だ」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


早川は、関東地区予選を難なく上位で通過した。もちろん出場が決まってから、一層練習に励んだ。完全にゴルフ部とは別メニューであった。それでも授業とバイトは休まなかった。

そしてJアマ本戦を控えた最後の土日は、いつもの練習コースで最終調整をした。早川はかなりの仕上がりで、本戦での上位入賞を岩田監督は確信した。


6.

《ハーフマラソンにエントリーの皆様にお知らせします。10時30分までに待機場所にご集合ください。繰り返します。・・・》


「鬼頭さん。こんなとこで仕事になるんです?」

鬼頭と猫田は、千葉県では人気のマラソン大会に来ている。もちろん申し込みはしていないが、ランニングウェアとシューズを身に付けているのでそれらしく見える。申し込んでいないから、2人はゼッケンを付けていない。ただ、スタート地点近くの待機場所に入るまでは、ゼッケンを付けていないランナーをちらほら見かける。鬼頭たちだけが特別怪しいとは見えない。

「大金にはならないが、ちょっとした日銭にはなる」

大会事務局近くに大きなテントが5つ設置されている。それぞれのテントには長机が並べて置かれており、参加者の荷物置き場になっている。荷物番として各テントに1名の係員が配置されているが、学生のバイトなので全くやる気がない。スマホを弄る者、居眠りする者、知り合いと会話に夢中の者などなど。

更に5つのテントでは荷物は到底収まり切らず、周りにブルーシートを敷き、それでも足りずに直置きしている荷物が大量にある。

要するに全く無防備で、そして荷物の中には少なからず財布も入っているのである。


「いいか猫。あの真っ赤なウェアの野郎を見てみろ。腰に小さなポーチを巻いてるだろ」

「あのひょろっとした若い奴です?」

「そうだ」

髪を短く刈り込み、日焼けした顔にスポーツサングラスが良く似合う。いかにもマラソンランナー然とした青年で、ウォーミングアップに余念がない。

「奴がターゲットです?」

「違う。野郎はマラソン慣れしている。腰のポーチには財布とスマホが入っている。カバンには着替えだけだ」

「なるほど。頭いいっすねぇ。あっ、鬼頭さん、あのかわい子ちゃんたちはどうです?腰に何も着けてませんよ」

ピンクやブルーなどカラフルなウェアを着た3人の女子学生風が、きゃっきゃと騒いでいる。

「だめだ。女物のカバンの近くをわしらがうろうろしてたら怪しまれる。それに若い女は現金をあまり持ってない」

「こんなに大勢人がいるのに、難しいもんですねぇ」

「猫。向こうの野郎5人組を見ろ。若いのもいれば、オヤジもいるだろ。あれは恐らく会社の上司と部下だ。ランニングウェアの2人が、Tシャツに短パンの3人をマラソンに無理矢理引きずり込んだと見て間違いない」

鬼頭の見立てはこうだ。白髪の年配が部長、眼鏡の細身が課長、残りの3人は平社員。部長が「今度皆んなでマラソン大会に出ないか?」と提案し、課長が「良いですね!私も若い頃から走ってまして」と応じる。平社員は「何で休みの日に、金を払ってまで走らなきゃなんないんだ」と思っても断れない。

「いいっすねぇ」と参加することになった。

「走った後のビールは旨いぞ!」

(夜まで付き合わせるのかよ・・・)


「・・と。まあこんなとこだろう」

「鬼頭さん、ちょっと見ただけでそこまで分かるとは、驚きです」

「猫。人間ってのは不思議でな。1人の時は警戒しても、大勢になると安心するんだ」

「鬼頭さん。こんだけ荷物があったら俺のは盗まれないだろうと思うんですかね」

「お前ぇも分かってるじゃねえか」

特にあのようにグループだと、仮に1人が「財布とか大丈夫か?」と言っても、「大丈夫だよ。係員もいるし」との意見に流されてしまう。

「鬼頭さん。奴らそろそろ待機場所に移動しますよ」

「まあ慌てるな。先に便所に行く」

「あっ、本当だ」

スタート時間が近づき、トイレはちょっとした列が出来ていた。それぞれトイレを済ませ、5人は待機場所に入り、やがて姿が見えなくなった。

「猫、もう一度言うぞ。絶対にきょろきょろするな。いかにも自分のカバンのように、落ち着いて財布を探せ。抜くのは札だけ、探すのはカバン1つだけだぞ。財布が見つからなかったらすぐ諦めろ。いいな」

「任せてください。ばっちりやりますから」


7.

Jアマ本戦まで最後の日曜日。早川と岩田監督は、房総文武学園の練習コース1番ホールにいる。もう数え切れないくらいラウンドしており、池やバンカーだけでなく木一本一本まで頭の中に入っている。

「早川、今日が最後のラウンド練習だ。後ろは4組分空けて貰っているから、気になるところは何度も打って仕上げていこう」

「はい」

早川は淡々とラウンドをこなして行く。ドライバーの飛距離も伸びて来ており、高校生離れした力強いスイングに成長している。ラフからのショットも申し分ない。


「完全に仕上がってるな。明後日の本戦が楽しみだ」

「はい。ありがとうこざいます」

「今日と明日は、バイトを休むんだろ?」

「いえ、今日のゴルフ練習場と明日の新聞配達は行きます。本戦中の4日間は休むので」

Jアマ本戦の開催コースは早川の住む千葉県だが、自宅からは遠く監督の車で片道2時間はかかる。それでコース近くの旅館に宿泊することにしたのである。

「全く、お前の体力はどうなってんだ。まあ好きにしろ。よし、じゃあ風呂で汗を流してから帰ろう」

「はい」


「じゃあ、明日は夕方5時に迎えに来るからな。晩飯は旅館に着いてからだ。お前のことだから、今日も練習場で打ち込むつもりだろうが、ほどほどにしろよ」

「あのー監督。俺いま凄く感触が良いんです。このまま大会に臨みたいんです。練習場用のボールを打って、調子を崩したくないんです。監督、どうすれば良いですか?」

早川が、練習するかしないかなんてことを悩み、まして相談するのは珍しいことだ。何でも自分で決めて来た。やはりJアマ本戦を前に、センシティブになっているのだろう。

「そうだなあ。お前の言う“感触”とか“調子”って言うのは、メンタル的な要素もあるんだよ。お前が気になるなら、やらない方が良いと思うぞ」

「ではそうします。クラブが手元にあると練習したくなるので、このまま監督の車に乗せて置いてもらえますか?」

「それはいいけど、明日もクラブは使わないんだな?」

「はい。明日はランニングとストレッチ程度にしておきます。その代わり、明後日は早目にコースに行って、試合球で練習したいんですが良いですか?」

「もちろんだ。じゃあ、ケガと食いもんには気をつけろよ」

「はい。ありがとうこざいました。失礼します」

「ほい、お疲れさん」


「ただいま」

「おう、和也、おかえり。どうだった調子は?」

「凄く良いんだ。監督も完全に仕上がっているって」

「そうか、そりゃ良かったなあ。明後日の本戦が楽しみだ」

「父さん。応援はどう?会社は休めそう?」

「うーん、それがなぁ、仕事が忙しくて行けないんだ」

「・・・」

「和也ぁ!お風呂は?」

「ゴルフ場で入って来た」

「何ぃ?聞こえない!」

「入って来た!」

「じゃあお湯捨てといて!カレーあるから食べて!母さん、頭が痛いから・・・」

最後の声は聞こえず、母親は寝室に入ってしまった。早川の顔を見に来ることはなかった。父親は焼酎の水割りを飲みながらテレビを観ている。もう早川に話し掛けては来なかった。

台所の鍋を開けると、カレーは残っているが、お代わりまでは無理そうだ。具は少々。水とウスターソースを鍋に入れて火にかける。冷蔵庫からレタスにツナを乗せたサラダを出し、マヨネーズをたっぷり絞り出す。カレーが温まるまでサラダをおかずに飯をかき込む。そして皿に山盛りの飯を乗せ、温まった“しゃぶしゃぶ”のカレーをかけてガツガツと流し込む。

「水を入れ過ぎたな」

早川は立ち上がり、鍋にウスターソースを継ぎ足して、もう一度コンロに火をつけた。


8.

「猫、いくらだ」

「2万3千円です。やりましたよ。鬼頭さんはどうです?」

「8万ちょうどだ。あの白髪はゴールドカードが2枚も入ってたけど、現金派だな」

鬼頭と猫田はマラソン大会で初仕事をし、予め集合場所と決めていたホームセンターの駐車場に別ルートでやって来た。

「鬼頭さん、凄いですね。8万っすか」

「猫も初めてにしちゃあ大したもんだ」

「俺の取り分は?」

「お前の稼ぎをそのまま取っとけ」

「鬼頭さんに、何て言うか指導料みたいなのを払わなくて良いんです?」

「そんなものは要らない。ただし、2人で1つの“アガリ”なら、わしが7で猫は3だ。それで良いな」

「もちろんです。鬼頭さん、良心的ですよ」

「わしらはお互い独立した事業主だからな。猫も早く稼いで、俺にガラケーを返して部屋を借りろ」

「分かりました。ところで鬼頭さん、次の仕事はいつです?」

「まあ慌てるな。今日は猫の初仕事成功を祝って贅沢にやろうや。わしの奢りだ。何が食いたい」

「うわっ、ありがとうこざいます。俺、寿司食いたいです」

「寿司か、悪くないな。じゃあ寿司食って、キャバクラで遊ぶか」

「鬼頭さん、俺、キャバクラなんか初めてですよ」

「猫よ。どんどん稼いで、毎日旨いもん食え。綺麗なネエちゃんと遊べ。ギャンブルも好きなだけやれ」

「鬼頭さん!俺の人生終わってなかったです。これからですよ!」


「おい!猫、起きろ!」

「・・・ああ、鬼頭さん・・」

「起きろ!もう昼だ」

「もう昼っすか。鬼頭さん、昨日はご馳走さんでした」

「よく食うし、シャンパンは頼むし。昨日の稼ぎが消えたぞ」

「すんませんです・・・」

「まあ良い。早く顔洗え。飯でも食いながら次の仕事の打ち合わせだ」


「えっ⁈もうマラソン大会ではやらないんです?」

「そうだ。犯罪者には仕事のパターンがあってな。どうしても同じ手口になって、警察に警戒される。昨日だって、防犯カメラに映ってるかもしれん」

「良いアイデアと思ったんですがね、マラソン大会。それで、次はどこです?」

「ゴルフ場だ」

「ゴルフ場?俺には全く縁がないんで、どんなとこか想像がつかないですよ」

「どのゴルフ場かは決めてある。途中でショッピングセンターに寄るから、昨日の稼ぎでゴルファーらしい服を買え」

「俺、どんな服か分からないですよ。それにせっかくの稼ぎをそんなものに費うなんて」

「これは投資だ。何倍にもなって戻って来る」


9.

「早川、ロストボールを100球買ってある。足りるか?」

「ありがとうこざいます。充分です」

Jアマ本戦の第1日目、朝早くに会場入りした早川と岩田監督は練習場にいる。既に柔軟体操は念入りに終えていた。

「監督、クラブ・・・ありません」

「どうした?クラブが何だって?」

「クラブがないんです。ドライバーもスプーンもバフィーも、それからUTもありません」

「ウッド系が全部か。アイアンは・・あるな。ウェッジもパターもあると。どこかにまとめて忘れた・・何てことはないよな」

「日曜日のラウンドが終わって、クラブのスタッフさんも確認してくれたし、ぼくも確認してサインしました。もし無くしたか、盗まれたなら、その後ですね」

「お前を家まで送って、練習はしないからと車のトランクからキャディバッグは出さずに俺が預かった。どこにも寄らずに家へ帰り、トランクからバッグを出して、玄関に置いたんだ。今朝、車に積み込むまでは動かしてないし、中も見ていない」

「監督。日曜日のゴルフ場じゃないですか?ラウンドが終わってスタッフさんがバッグ置き場に置いてから、僕たちがバッグを受け取るまでの間しかないと思います」

「そうだな、それ以外は考えられないな。今朝はこの会場に来てから、バッグは預けてないよな?」

「はい。練習場までずっと持ち歩いてましたから」

「また後でよく考えるとして、今日のラウンドをどうするかだな。フロントでレンタルクラブでも借りるか?」

「取り敢えず、4番アイアンでどこまで距離を出せるかやってみます」

早川はアイアンを4番から入れている。ある程度の技術があれば、インパクト時のロフト角を調節して飛距離を変えることが出来る。例えば、7番アイアンを普通に打てば140ヤードだとする。ボールを右足寄りに置き、ハンドファーストにするとフェイス面は立って来る。それが5番アイアンのロフト角になると160ヤードを打つことが出来るのである。もちろん普段のスイングとは違うので、日頃からの練習が必要だ。

「まずは、極端にやってみます」

早川は4番アイアンで打ったところ、普段より低い出玉となったが、距離はさほど伸びなかった。

「ちょっとやり過ぎか・・」

何球か打っている内に感覚をつかみ、かなりの距離が出るようになった。

「4番で200以上は飛ばせるな。トップアマの大会とは言え、プロのようにドライバーで300ヤードも飛ばせる訳じゃない。ハンディにはなるが、致命的ではないか」

「監督。初めて握るやつより、長年使っているクラブの方が安心してプレイ出来ると思います」

「分かった。今日はこれでやってみて、

問題があるようなら考えよう」


結局、早川は4日間をアイアンだけでプレイした。ロングホールとミドルホールは寄せとパターで何とか凌ぎ、ショートホールでバーディーを積み重ねた。同伴競技者たちはアイアンしか使わない早川に初めは驚いたが、事情を知ると同情や励ましの言葉を掛けて来た。早川が高校生ということもあり、ナイスパーには必要以上に声援を送っていた。

しかしそんな応援は不要であった。終わってみれば4日間を5アンダーで回り、早川は堂々の3位タイであった。

「ちゃんとクラブが揃っていれば、間違いなく優勝だったのにな」

岩田監督はそう言って悔しがったが、早川は平然と言ってのけた。

「今までのラウンドで一番楽しかったです。小学生の時はアイアン1本で遊んでましたから、10本もあれば何だって出来ますよ」


Jアマの場合、優勝者以外が話題になることはほとんどない。早川は高校3年生であることと、アイアンだけで3位タイとなったことがスポーツ紙やゴルフ雑誌で取り上げられた。このことが、房総文武学園ゴルフ部メンバーには面白くない。快挙にも関わらずお祝いの会は開かれなかった。岩田監督が早川に付きっ切りであることにも反発があったようだ。

「早川、そういうことだ。残念だが、2人でお疲れさん会をやろう」

「監督、ありがとうこざいます」

「その分、家族にはいっぱい祝ってもらえ」

「・・・」


10.

「鬼頭さん。ゴルフをする人は金持ちというのは何となく分かるんですけど、マラソンの時みたいに簡単に財布から抜けます?」

「無理だな」

ゴルファーがプレイ中に財布を保管する方法はいくつかある。フロントに預ける。貴重品ロッカーに入れる。手提バッグに入れてカート内のカゴに入れる、などだ。

フロントに預けるのは、最近は少なくなった。貴重品ロッカーは、以前は盗難が頻発した。しかし指紋認証の導入など対策がとられて盗難が減って来ており、貴重品ロッカーの利用が今では最も多い。財布やタバコを小さなバッグに入れ、カートに乗せて身近に置く方法が最近増えている。ただカートから4人とも離れる時があり、どうしても無防備になる。またバナナなど食べ物を入れていれば、カラスに持っていかれることもよくある。

「じゃあ、どうするんです?」

「ゴルファー同士の信頼関係を利用する」

「???それはどういう・・・」

「パチンコ屋で台にタバコを置いて場所取りしても、誰もタバコを盗まないだろ?あれだ」

「ゴルフ場でタバコを盗むんです?」

「馬鹿野郎!ゴルフの・・おっ、着いたか。続きはクラブハウスでだ」


「このゴルフ場は房総文武学園の理事長がオーナーだ。コースはトリッキーで戦略的。東京からのアクセスは良いのにグリーンフィーはリーズナブル。人気のコースだ」

「鬼頭さん。俺には外国語は分かりません」

「要するにゴルフ好きが集まるから、最新の人気クラブが選り取り見取りという訳だ」

「んんー?で、俺は何をすれば良いんです?」

鬼頭と猫田はクラブハウスのソファーに座っている。プレイ後の風呂と精算も終え、連れが来るまでの雑談という風だ。茶色のジャケットに白のポロシャツ、そして下は紺のスラックス。安物だが、猫田の出で立ちは様になっている。

「キャディバッグからドライバーを抜き取れ」

「キャディバッグ?ドライバー?」

「あそこに縦長のデカイバッグがいっぱいあるだろ。あれがキャディバッグ。中に入っている一番高価なゴルフクラブがドライバーだ」

「そのドライバーとかを抜き取ってどうするんです?鬼頭さんってゴルフしました?」

「中古ショップで売る」

アイアンは単品の場合、買取価格が安い。かと言って全番手を抜き取るのは目立つ。その点、ドライバーなら問題ない。人気の新モデルには高値が付く。

「でも、どれがドライバーか、俺分からないですよ」

「カバーが付いてて、一番デカいやつだ。見れば分かる」

「バッグごと盗んだ方が手っ取り早くないです?」

「猫、よく見てみろ。チェーンが掛けられてる」

一般的なのは、プレイ終了時に番号が書かれた引換券を渡され、帰りにスタッフに引換券を渡してキャディバッグを受け取る。なかには名前を告げてキャディバッグを受け取るところもある。いずれにせよキャディバッグはスタッフが管理している。

このゴルフ場は人件費削減のため、キャディバッグの持ち手にチェーンを通して置いてある。持ち帰る時は、プレイ終了時に渡されたカギで解錠する。他人のキャディバッグを勝手に持ち帰ることは出来ないが、中のゴルフクラブだけを抜き取ることは出来るのだ。

「鬼頭さん、ゴルフをしないのによくご存知ですね」

「おっ、帰って来た。次はどうかな?」

アウトスタート、インスタート各1組がほぼ同時に帰って来た。先にクラブハウスに入って来たのはサラリーマン風の4人組だ。

「風呂入ったら上でコーヒーでも飲もう。奢るぜ」

「奢るって、元は俺の金じゃないか。ビールでも飲まないと割りが合わないよ」

「ビールでも何でも好きなもの飲んでもいいぜ」

続いて先生と生徒といった感じの2人組が入って来る。

「全くお前の体力はどうなってんだ。まあ勝手にしろ。よし、じゃあ風呂で汗を流してから帰ろう」

「はい」


「猫、今の奴らのキャディバッグをどこに置くかよく見ておけ」

「キャディバッグは持ってませんでしたよ」

「あっちにいるゴルフ場の係が運んでるだろ」

「はいはい」

「まずわしが行く。先に外に出るから、その後でお前もやれ。分かってるな。自分のキャディバッグからドライバーを取り出すように、自然にやれよ。奴らは当分来ないから慌てんでいい」


「猫、早く乗れ」

鬼頭が乗って来た車の運転席から顔を出している。猫田は小走りに駆け寄り、助手席に座る。車はゆっくりと発車した。

「鬼頭さん。簡単でしたよ」

「お前、なんで何本も持ってんだ?」

「いやぁ、ドライバーがどれか分からなくて、カバーの付いてるやつを全部持って来ました」

「一番デカいやつと言ったろ!」

「でも多い方が儲かりますよ」

「カバーを取って見せてみろ。・・・猫、残念だな。これは価値なしだ」

「冗談でしょ?タダ働きですか?」

「こんな古くてボロはダメだ。途中で捨てる」

「鬼頭さんはどうだったんです?」

「大当たりだ。出たばかりの人気モデル。今日が筆下ろしだな」

「いくらになるんです?」

「発売して間もないのにどこも品切れでな。10万はいくな」

「こんなもんが10万円!」

「まあ、次頑張れ」

「でもどうして奴らにしたんです?その前にも入って来たのがいっぱいいたじゃないですか?」

「両方の組とも風呂に入るって聞こえただろ」

「そうでしたっけ?」

「中には風呂に入らず、着替えもしないで帰る奴らもいる。クラブを抜いてる時に鉢合わせになるからな」

「そこまで考えて・・・」

「言ったろ。わしは知能犯だと」

「でもそれだけの知能犯なら、もっと大金になる仕事をしないんです?」

「猫、わしは昨日8万、今日は恐らく10万。まあ1万の時もあれば20万の時もある。もちろん毎日やる訳じゃない。下調べ1日、本番1日、休み1日。このサイクルで働いてみろ、月に100はいくぞ。しかも税・社保料フリーの手取りだ」

「月に100万円!一流会社のエリートだ」

「部長クラスだろうな」

「でも捕まったら終わりですよ」

「だから、同じ手口は続けてやらない。同じ場所では二度とやらない。作戦が完璧と思えないならやらない。わしの鉄則だ」

「鬼頭さん、捕まったことは?」

「ない。30年以上もな」

「恐ろしい人だ・・・」


11.

早川を取り巻く環境は大きく変わった。ゴルフクラブメーカーが最新モデルを早川に合うようチューニングして提供してくれた。まだアマチュアなのでスポンサーではなく、あくまでモニターという位置付けだ。ウェア、帽子、ボールも同様にメーカーのモニター依頼が殺到した。

これまで早川のゴルフに全く興味を示さなかった母親が、突然“ステージママ”になろうとした。父親もスポーツ紙のインタビューに応じ「早くから和也の素質を見抜き、練習場に連れて行って基礎を教えた」などと答えたりした。早川は、この頃から両親とは一切口をきかなくなった。

卒業後は、ゴルフ部の練習コースであるゴルフ場に就職してプロを目指す。岩田監督が描いた早川の進路である。早川に異論はない。岩田監督は早川の指導者であり、相談相手でもあった。この世で唯一の理解者と言って良いだろう。


ある日の昼休み、早川は理事長室に呼び出された。日頃、三田理事長は学園にはほとんど来ない。今日は早川に会うために、わざわざ学園まで来たようだ。Jアマ3位を祝い、アイアンだけのプレイなど、しばしゴルフ談義に花が咲く。そしてここからが本題だとばかりに、三田理事長が身を乗り出す。

「早川くんは卒業後、私のゴルフクラブへの就職を希望しているのかい?」

「はい。監督が推薦すると言ってくれました。よろしくお願いします」

「うん。さて君の将来の目標を聞かせてくれないか。ゴルフに関わる仕事をすることか。それともツアープロとして活躍することか。海外だってあるぞ」

「ツアープロです」

「ほう。何故かね」

「レベルの高いJアマの4日間は本当に刺激的でした。次はプロのトーナメントで戦ってみたい、そして優勝したいと思いました」

早川の飾らない、あまり抑揚のない喋り方が、逆に強い意志を感じさせる。

「分かった。早川くん。今から私が言うことは、君の将来を決めることになる。いや、君の意志と努力次第だが。よく考え、またご両親や岩田監督とも相談して決めなさい」


「早川、三田理事長の用件はなんだったんだ?」

「監督、ぼくプロのトーナメントに出場出来るそうです」

「トーナメントに?お前が?」

三田は学園やゴルフ場のほか、建設会社やホテル、スーパーなど多くの企業を千葉県内で経営している。高校卒業後に家業である工務店で働き、30代で社長になると、持ち前の才覚でみるみる業容を拡大。同業者を買収して支店網を広げ、中堅建設会社にまで成長させた。

その後は経営不振に陥っている地元のホテルやスーパー、レストランなどを次々と買収した。それらをテーマパーク的な内外装に建て替え、フレンドリーかつ上質な接客に変更したところ、これが大いに受けた。三田の元には、多くの買収案件が持ち込まれるようになる。

三田は教育にも関心があった。房総文武学園を設立し、学業とスポーツを両立出来る人材の育成に務めた。


ゴルフ好きが高じ、やがて三田はトーナメントの冠スポンサーになることを夢見るようになる。実際スポンサーに名を連ねているのは、誰もが知っている大企業ばかりだ。話題の経営者とはいえ、ローカル企業であり大いに見劣りする。

三田は、学園以外の企業群を業種毎に再編し、それらを傘下に持つ持株会社ミタホールディンクスを設立した。そして5年をかけて東証一部上場を果たしたのである。ちょうど男子トーナメントでスポンサー撤退を表明した企業があり、三田が名乗りを上げて認められた。念願であった冠スポンサーの夢が、家業の工務店で働き出してからちょうど40年目で叶った。


「理事長の会社が、再来年のツアー開幕2戦目の大会で冠スポンサーになるそうです」

「それは凄いな。噂では聞いていたが、俺も今から楽しみだよ。お前はその試合に出場出来るんだな?」

「そうです。スポンサー推薦って言うんですか?」

「そうだ。ただ再来年というのは随分先だけどな」

「それで理事長に、来年学園を卒業したら、直ぐにプロ宣言をするように言われました」

「うーん、珍しいケースだな」

若いトップアマがプロのトーナメントで優勝し、直後にプロ宣言をすることがある。シード権が得られるので、翌週からプロとしてツアーに参戦出来る。近年のトッププロに多いやり方だ。プロ宣言は誰でも出来るが、それでトーナメントに出場出来る訳ではない。

「プロ宣言後は理事長の会社の所属プロになるそうです。モニター契約している会社とも、スポンサー契約に変更するよう専任マネージャーが交渉してくれると言ってました」

「高待遇じゃないか。生活は保証されるし、練習環境も申し分ない。来年1年間をどう過ごすかだな」

「はい。理事長からは、下部ツアーや地方オープンの予選会に積極的に参戦して試合勘を養えと言われました」

「なるほどな」

「監督は、この話に賛成ですか?」

「もちろん賛成だ。こんなチャンスはそうそうないからな。ご両親は何と言ってる?」

「別に・・・」

「別にって、お前まさか親に言ってないのか?」

「監督。ぼく、高校卒業したら家を出て一人暮らしします。ワンルームマンションを会社が社宅扱いで貸してくれます」

「親とは上手くいってないのか?」

「なんか鬱陶しいんで・・」


12.

「鬼頭さん。このクラブはネットで売らないんです?」

「中古クラブを扱うゴルフショップに行く」

「ネットの方が高く売れませんか?」

「盗んだドライバーがここにありますよと、元の持ち主に教えてるのと同じだ。もっともほとんどはゴルファー保険を使って買い替えるから、探しはしないがな」

「でも、売る時は免許証のコピーを取られますよ。一度中古ショップに鞄を売りに行ったから知ってんですよ。50円でしたけど」

「免許証なんて出さねえよ」

車は交差点を右折し、100メートルほど走ったところにあるゴルフショップを通り過ぎた。

「ここは違うんです?」

「本人確認が厳しいんでな」

全国展開しているチェーン店だが、買い取り時には運転免許証やパスポートなど顔写真入りしか受け付けない。

「店によって違うんです?」

「まあ見てろや」

さらに5分ほど走ったところにある、古びたゴルフショップに車を停めた。1階が駐車場で2階が店になっている。チェーン店だが苦戦しており、毎年何店舗も閉店している。ここも駐車場は狭く、2階に続く外階段もかなり錆びていて、閉店候補かも知れない。

「買い取りをお願いします」

「はい、お預かりします。これ、お気に召さなかったですか?」

「私にはちょっとね」

「買い取り品待ちのお客様が大勢いらっしゃいますので、助かります。1番でお呼びします」


「鬼頭さん。ちゃんとした敬語を話せるんですね」

「うるせぇ。平凡な中年サラリーマンを演じてんだ。あの野郎、余計な質問しやがって」

「質問しちゃダメなんです?」

「記憶に残るだろうが。万が一バレた時のための用心だ」


《買い取り1番でお待ちのお客様、査定が済みましてのでカウンターまでお越し下さい》


「お待たせしました。こちらの買い取り金額ですが、10万8千円になります。いかがでしょうか?」

「結構です」

「ありがとうございます。それではこちらにお名前とご住所の記入をお願いします。免許証か何かお持ちでしょうか」

「持ってないんです。これで大丈夫ですか?」

「2種類お持ちですか?」

「あります」

「コピーを取らせて頂いてよろしいですか?」

「結構です」


「お待たせしました。こちらお返しします。それから、まず10万円と、8千円になります。ご確認下さい」

「・・・はい。確かに」

「それでは、こちらに受け取りのサインをお願いします。レシートになります。ありがとうこざいました」

「どうもありがとう」

「またお願いします!」


「猫、どうだ。ゴルフ帰りにクラブを売りに来た中年サラリーマンに見えただろ」

「俺はあまりサラリーマンって感じでもないですけど」

「わし1人だと不自然だ。この店は皆んな車で来るのに、免許証がないとは言いにくい」

車を駐車場から出し、少し混みだした県道に合流する。

「それで、免許証の代わりに何を見せてたんです?」

「公共料金の領収証だ」

「そんなもんが免許証の代わりになるんです?」

「2種類あればな」

「でも鬼頭さんってバレますよ」

「空き部屋の多い団地のポストから調達したもんだ」

「名前と住所をスラスラと書いてませんでした?」

「当然の準備だろ」

信号のかなり手前で渋滞につかまった。辺りがうっすらと暗くなり始めている。

「鬼頭さん。腹減りません?」

「そうだな。ちょっと早いけど、どこかで飯食って渋滞をやり過ごすか」

「ご馳走さんです」

「まあ良いだろう」

「俺は酒飲んでも良いですよね」

「調子乗ってんじゃねぇこの野良猫がぁ!」


13.

早川は房総文武学園を春に卒業し、千葉県の市原市内で独り暮らしを始めた。家具や家電は三田理事長が“プロになったお祝い”としてプレゼントしてくれた。乾燥機付き洗濯機もあり、快適な新生活を送れそうだ。


プロ宣言のやり方が分からない。プロのトーナメントで優勝したトップアマなら記者会見を開いて発表出来る。とりあえず、早川はゴルフ連盟やマスコミ各社、取材を受けたことのある記者などにメールやFAXを送った。Jアマから半年以上経っているので、ほとんど反応はなかったが、スポーツ紙1社から取材の申し込みがあった。


「スポーツ東京の竹永です。名刺は去年のJアマ3位の取材でお渡ししてますよね」

「はい。今回は頂いた名刺を見て、メールを送りました」

「それにしても随分日焼けして、身体も大きくなりましたね」

「授業とバイトの時以外は、個人練習していました。あっ、バイトは内緒にしてください」

「ははっ。分かりました。ご安心ください」

竹永は早川の父親より年上のようだが、若い早川に対しても丁寧な言葉遣いをする。

以前の取材で早川の生い立ちは聞いている。竹永は、早川がプロ宣言に至った経緯や今後の活動を中心に質問した。

「まずはプロの試合に慣れて、来年の第2戦がレギュラーツアー初参戦、ということですね」

「はい、そうです」

「分かりました。どうもありがとうこざいました。ご活躍を期待しています。あと、何枚か外で写真を撮らせてください」

「あの、掲載はいつになりますか?」

「まだ決まってないんですよ。それと掲載されない場合もありますので、ご承知置きください。ご協力頂いて申し訳ないんですが」

「いえ、当然です」

JR海浜幕張駅近くにあるホテル1階のカフェで取材を受けている。歩いて直ぐの公園で写真撮影し、握手をして早川は竹永と別れた。


「早川プロ。勝手にプレスリリースしたり、取材を受けたりされては困ります。マスコミ対応はマネージャーである私の仕事です」

「すみませんでした。それから、その“プロ”って言うのはやめてください」

「早川プロ。あなたはプロであると宣言したのです。プロと呼ぶのは当然です」

「でも、まだトーナメントに出てないですし、ゴルフで1円も稼いでないですから」

「いいですか?トーナメントに出られないプロは山ほどいます。それからゴルフで稼ぐためには、まずプロにならないといけないのです。分かりますね?」

「はい」

マネージャーとの顔合わせと言われて所属先のミタホールディンクスに来たのだが、応接室で向き合うなり、初対面の白石香奈に早川はやり込められている。白石は先月まで人気女子プロゴルファーのマネージャーであった。三田社長に請われてミタホールディンクスに入社、早川のマネージャーとなったのだ。

「明日からのスケジュールは全て私が管理します。プライベートの予定があれば、早目に教えてください。スマホをお持ちですよね?ロック解除して貸してください」

白石は左手に自分のスマホ、右手に早川のスマホを持ち、猛烈な速さで両手の親指を動かしている。白石の両目が左右を行き来する。自分のスマホをテーブルに置くと、今度はノートパソコンのキーボードを左手で叩きながら、右手の親指でスマホを操作している。やがて無言で早川にスマホを返すと、白石は両手でキーボードを操作し画面を見ながら説明を始めた。

「私の番号とアドレスは“白石M”で登録しました。カレンダー図柄のアイコンは、スケジュール表です。まめに確認してください。それからパソコン図柄のアイコンには、パソコンのメールが転送されて来ます。エクセルやPDFの添付が必要なメールはこれで送ります。何か質問はありますか?」

「あのー、お名前は白石さん、ですか?」

「あらっ!私まだ自己紹介をしていませんでした?」

早川に向けた白石の顔は、恥ずかしさで真っ赤になっている。

(可愛い・・・)

早川も赤面して下を向く。

「ごめんなさい。白石香奈です。よろしくお願いいたします」

白石は立ち上がり、ぴょこんとお辞儀をする。早川も立ち上がるが、白石の顔を見ることが出来ない。

「こ、こちらこそよろしくお願いします」


プロ1年目、早川は積極的に下部ツアーや地方オープン競技に参加した。なかなか本戦まで進むことは出来なかったが、何とか決勝ラウンドまで進み、わずかな賞金を得ることもあった。

房総文武学園ゴルフ部が練習に使用しているコースは三田理事長がオーナーのため、早川は引き続き無料でラウンドしている。

白石マネージャーの交渉により、多くのメーカーと用具・ウェア契約が出来た。大手スポーツジムともスポンサー契約を結び、身体作りにも取り組んだ。

恵まれた環境でオフを過ごした早川は、アスリート体型を手に入れ、飛距離も大幅に伸びた。プロ2年目の活躍を関係者は大いに期待した。


14.

「よお、店長」

「あっ刑事さん。ご苦労様です。また何かありましたか?」

この店には以前聞き込みで来たことがある。ここでは盗難品は見つからなかったが、買い取りの仕組みなど店長にいろいろと教えてもらった。

「朝からゴルフショップのハシゴでよ。空振り続きだと余計疲れるね。おい、店長に写真をお見せしろ」

「はい。ドライバーの盗難事件なんですが」

千葉南署刑事課盗犯係主任の村山に促され、後ろに立っていた若い青山刑事が鞄から写真を取り出してカウンターに置く。発売直後から品切れになっている、大人気のドライバーを写したものである。

「ああ、これなら日曜日に買い取りしましたよ」

「店長、本当かい!」

「ええ。このドライバーは異例の人気でして、新品は当分入荷がないんです。中古品を買いたいというお客様が順番待ちしてましてね。1番のお客様に直ぐ連絡したら、月曜日に飛んで来ましたよ」

「店長!買って行った客の名前と住所は分かるか?」

「常連の加藤さんで、家もすぐ近くです。でも、それが盗難品かどうか分かりませんよね?」

店長がメモに加藤の住所を書きながら、当然の疑問を口にすると、若い刑事が生真面目に答える。

「詳しくは言えませんが、持ち主の方が万が一のために目立たない記しを付けていたんです」

「身分証のコピーは?」

「免許証はお持ちでないと言われまして、公共料金の領収証2枚のコピーがあります」

「恐らく盗んだもんだろうな。今から買った客の家に行って確認して来るから、そのコピーと防犯カメラの映像を出しといてくれるかい」

「分かりました」

「それから店長、もし盗品だったら返金を頼むな」

「刑事さん、大丈夫ですよ。加藤さんにそう伝えてください」

「恩に着るよ、店長。おい、行くぞ!」


「主任、ビンゴでしたね」

「やっとこさ手に入れたドライバーが盗品だったとはな。気の毒だが仕方ねえ」

「新品より高い値段でも買うなんて、俺には理解出来ませんよ」

「おい、係長に電話して、応援と鑑識を要請しろ」

加藤の買い取ったドライバーを確認したところ、間違いなく盗品であった。急いでゴルフショップに戻り、店長に協力してもらわなければならない。


「店長、申し訳ないが、厄介ごとに巻き込むことになっちまったよ」

「やはりそうでしたか。突然刑事さんが訪ねて来たら、加藤さん驚かれていたでしょう?」

「ブツを持って今から返品に来て頂きます」

「もうすぐしたら、応援と鑑識が来る。営業に支障が出るかも知れねえ」

「大丈夫です。本部に連絡して、閉店時間の繰り上げ許可をもらいました。初めてお役に立てそうですから」

「いや、済まねえな」

「まあ、営業してても、こんな状態ですから」

店長はガランとした店内を見回して肩を竦めた。


応援は盗犯係から刑事1名が来た。鑑識は3名の臨場。ドライバー1本の窃盗なら十分過ぎる陣容だ。購入者の加藤も先程ドライバーを返品し、返金を受けて帰って行った。

「まずはドライバーの指紋から行くか。返しに来た客の指紋は取ったな。店長さんも指紋の協力をお願いします」

「店長。買い取ったゴルフクラブはどうすんだ?そのまま売るのかい?」

「いいえ。買取品は必ず洗浄と消毒を念入りにします」

「そうか。じゃあここでの指紋採取は無理なんで、持ち帰ってからだな。入口は自動ドアだから、カウンター周りの指紋くらいか」

「店長さん。防犯カメラの映像を見せて頂けますか?」

「はい。向こうの事務所でお願いします。直ぐ見られるように準備しています」

「青山は俺と一緒に来い。お前は公共料金領収証の住所を当たれ。鑑識主任も来てくれるかい」

「あいよ。お前ら、カウンターの指紋採取頼んだぞ」

店長の後を刑事2人と鑑識1人がついて行く。

「防犯カメラの設置場所は?」

「入口から店外と店内、カウンター後ろの壁からお客様の方向、天井3か所から売場、あとはバックヤードにもありますので、合計7か所ですね」

鑑識主任の質問に店長は簡潔に答える。狭い事務所に入り、4人が中腰になってモニターを覗き込む。

「時系列で見て行きましょうか。まず入口から店外を再生してください」

店長が容疑者の画像から始まるよう頭出しをしてくれている。古いタイプの防犯カメラのようで、画像はかなり粗い。

「店長。売りに来たのは2人だったのかい?」

「すみません。言ってませんでしたか?」

「いや、良いんだ。やや年配とやや若い感じか」

「じゃあ次は入口から店内をお願いします」

店に入って来た2人が、左手にあるカウンターに真っ直ぐ歩いて行くのが分かる。

「次はカウンターからのやつです」

年配の方がドライバーを持ってカウンターの前に来て、店長とやり取りしている。若い方は少し後ろで成り行きを見ている。

「ちょっと戻してくれるか」

画像がコミカルな動きで巻き戻され、先程と同じ所から再生される。

「止めてくれ!」

「何かありましたか?」

「若いやつの右手を見てみろ。売り物のゴルフクラブを触ってるだろ」

「確かに触ってますね。店長さん、あのゴルフクラブはこの後売れましたか?」

「いえ、この時のままです」

「良いじゃねえか。・・・止めてくれ!店長、これは何をやってるんだ?」

「はい。名前と住所、それから電話番号も記入してもらってます」

「免許証とか、今回だと公共料金領収証のコピーを取ってるんですよね?」

「間違わずに正しく書けるかどうかも見ています」

「で、どうだった?」

「スラスラ書いてましたよ」

「まあ多少馴れた奴の犯行だろうな。鑑識主任、指紋は取れるか?」

「もちろん」

「よし、じゃあ続きを行こう」


「店長、これで終わりか?」

「はい。バックヤードは見なくて良いですもんね。あっ、忘れてました!」

「どうしました?」

「駐車場です。先月、お客様同士のトラブルがあって、追加で1か所設置しました」

「よく思い出してくれました。ナンバーが写っていれば良いんだが」

頭出しが出来ていないので、余計な個所を早送りする。

「ここからですね」

左折のウインカーを出して道路から歩道を超えて駐車場に車が入って来る。最新の防犯カメラなので画像が鮮明である。

「おい。ばっちり写ってんじゃねえか」

「主任、やりましたね!」

「これで指紋が取れれば完璧だな」

「刑事さん。運転しているのは中年の方です。免許証はないと言ってましたが、無免許運転ではないでしょう。公共料金の領収証を用意して、写真付き身分証なしでも買い取るうちに来ている。かなり計画的ですね」

「店長、素晴らしい読みだ。直ぐにでも刑事になれるぜ」


15.

早川がプロになって2年目のシーズンを迎えた。男子は今週が開幕戦だが、早川は第2戦に参戦する。三田理事長が社長を務め、早川の所属するミタホールディングスが冠スポンサーになっている大会だ。早川はスポンサー推薦による出場でほとんど注目されていないが、本人はもちろん、三田理事長も白石マネージャーも優勝の可能性を信じている。

もし優勝すれば、再来年までのシード権が得られる。また上位入賞出来れば、この後のトーナメント出場次第だが賞金シードも見えて来る。三田理事長はビジネス界の伝手を頼りに、スポンサー企業に早川の推薦出場のお願いに回っている。


予選ラウンド初日、早川は第2組でスタートした。初めてのレギュラーツアー参戦であったが、さほど緊張はしていない。前半を1バーディー1ボギーのパープレーで折り返した。後半はパーが続いたが、上がりの2ホールを連続バーディーで終えた。結局2アンダー9位タイ、トップとは3打差であった。上出来過ぎる滑り出しである。


アテストを終えると、スポーツ東京の竹永記者が声を掛けて来た。

「早川プロ、ナイスプレーでしたね」

「ありがとうございます」

「初日の感想と明日への意気込みをお願いします」

「あまり緊張はしませんでした。オフの特訓の成果が出たと思います。明日もアンダーを目標にして、まずは予選通過を目指します」

「頑張ってください。ありがとうこざいました」

「ありがとうこざいました」

早川がプロ宣言した時に唯一取材に来てくれた竹永だが、結局記事にはならなかった。今回も期待できないだろう。

近くで見ていた白石マネージャーが首を振りながら眉をひひそめている。

「早川プロ。もっと気の利いたコメントをしてください。あれでは記事になんかなりませんよ」

「正直に思ったことを話したつもりですが」

「注目のプロならあれでも記事になりますよ。でもね、無名のプロならビッグマウスにならないと」

「例えば?」

「優勝しか考えてません!くらいかましてください」

「かますんですか?」

白石マネージャーは相手が誰であろうと、臆せず自分の考えを主張する。かと言って周りと衝突することはなく、手腕にも高い評価を得ている。たまに見せる無邪気な笑顔とグラビアアイドル並みの容姿に“オヤジ”ファンは多い。


2日目も早川の好調は続き、5アンダー7位タイで見事決勝ラウンドに進んだ。アテスト後、大勢の記者に囲まれた。スポーツ紙やゴルフ雑誌だけでなく、テレビ局の取材も初めて受けた。誕生日前でまだ19歳の新人プロが上位で予選通過したことに加え、かつてアイアンだけでJアマ3位タイになったことも改めて注目された。

「早川プロ、レギュラーツアー初参戦で予選通過。今の率直な感想をお聞かせください」

「皆さんにとっては驚きの結果かも知れませんが、優勝のためにまずは第一関門突破ってところでしょうか」

「ほおー」との感嘆が湧き上がった。中には「生意気な」との感情も含まれている。

「予選ラウンドを通して、良かった点は?」

「ドライバーがほとんど曲がらなかったのが良かったと思います」

「課題を上げるとすれば?」

「2-3メートルのバーディーパットをショートで外したのが3回ありました。あれが入っていればトップに並んでいました。しっかりオーバーに打てるよう修正したいと思います」

「決勝ラウンドに向けて意気込みをお願いします」

「初参戦で初優勝。ホストプロとして大会を大いに盛り上げて、理事長じゃなくて三田社長に恩返しをしたいです」

「期待しています。ありがとうこざいました」

リーダー格の記者が締めた後も、残った記者からの質問が続いた。その中には昨日も取材を受けた、スポーツ東京の竹永記者もいた。

「早川プロ。昨日のラウンド後はどちらかと言うと謙虚な発言でしたが、今日は一転して強気のコメントでした。何か心境の変化がありましたか?」

それまで一歩下がって取材の様子を見守っていた白石マネージャーが割り込んで来た。

「すみません!この後練習がありますので、これで終わります。ありがとうこざいました」

「それはないんじゃない?」

「そうだよ。質問の途中だぜ。遮るにしても普通は『この質問を最後にしてください』って言うもんだ」

「おやぁ、あんたは確か・・・」」

「失礼しました。早川のマネージャーをしています白石と申します。どうぞよろしくお願いします」

白石は丁寧に挨拶し、名刺交換を始めた。中には名刺を渡さず、にやにやと全身を舐め回すように見る記者もいた。そんな記者に白石は嫌な顔もせず、チラッと身分証を見て社名と名前を頭に叩き込んだ。

「タケさん、昨日も早川プロを取材したの?」

「そう。Jアマ3位タイの時もプロ宣言した時も取材していたからね」

「さすがタケさんだ。先見の明があるわ」

「それでは失礼します。今後ともよろしくお願いします」

記者同士の会話が始まったので、ここぞとばかりに白石は早川を抱えるようにしてクラブハウスに向かった。

「行っちゃったよ」

「さっきのタケさんの質問だけど、答えを聞きたかったなあ」

「そうそう、タケさんにしか出来ない質問だもんな」

「なに、答えは簡単だよ。恐らくあのマネージャーだろうな」


「早川プロ。事前に想定問答の準備をしておいて良かったでしょ?」

「あんな大口叩いて良かったんでしょうか?苦笑いした人もいました」

「あれで良いのよ。今は生意気に見えても、結果を出せば世間の見方は一変するから。“有言実行”ってね」

白石はウインクして悪戯っ子のように笑った。

(可愛い)

早川は恋愛どころか、異性を好きになった経験もない。白石と接する度に湧き上がる初めての感情に戸惑いながらも、甘美な時間の流れに身を震わせた。


記者達も帰路につき、竹永も駐車場のレンタカーに向いかけた時、後ろから声を掛けられた。

「あのぉ、すみません」

「はい?」

「ちょっとお聞きしたいんですが」

「えーとあなたは?」

「はい。TODAYスポーツの栗橋と申します」

「ああ、山田さんの後任の?」

「そうです。山田から竹永さんのことは聞いています。よろしくとのことです」

「そうなんですね。それで聞きたいというのは?そうだ。ここでは何だから、何処かで食事しながらでどうですか?」

「ぜひ、よろしくお願いします」

「では原稿を書いてからということで」

「竹永さんはどちらにお泊りですか?」

「セントラルホテルです」

「あっ一緒です」

「じゃあ7時にロビーでどうですか?」

「はい」


「山田さんはお元気ですか?」

「はい、相変わらずです」

竹永と栗橋はホテル近くの小料理屋に来た。奥の小上がりには記者仲間4人が陣取っていて、地酒をぐいぐいやっている。2人は瓶ビールで喉の渇きを癒した後、竹永は地酒のぬる燗を、栗橋はハイボールを飲んでいる。カウンターのお総菜が名物らしく、選ぶのに迷う程の品数でどれも旨い。

お互い自己紹介のようなやり取りがあり、竹永の失敗話やプロゴルファーの武勇伝で大いに盛り上がった。

「栗橋くん。ところで聞きたいことって何だい?」

1時間も過ぎた頃にはかなり打ち解けていた。年は親子ほど離れているが、2人は気が合ったようだ。

「何かじゃなくて、さっきからお聞きしているような話、色んな話を竹永さんから聞きたかったんです」

「タケさんで良いよ。皆んなそう呼んでるから」

「俺みたいな若造が良いんですか?」

「これからも仲良くやろうよ」

「タケさん。よろしくお願いします」

「よーし、今日も飲むぞ。大将、同じ物お代わり!あとエイヒレも」


「タケさん、ご機嫌ですね」

「おお、皆んな紹介するよ。TODAYスポーツの栗橋くんだ。いろいろ教えてあげてよ」

「何も分からない新参者です。よろしくお願いします」

奥の4人が帰り掛けに竹永たちに気付き声を掛けて来た。栗橋は立ち上がって丁寧に挨拶した。

「こちらこそよろしく。ここでは何だから、名刺交換は明日にしましょう」

「タケさん。飲み過ぎないでくださいよ」

「そうだな、栗橋くん、俺たちもそろそろ引き上げようか」

「そうですね。会計して来ます」

「いいよ。今日は栗橋くんの歓迎会だからご馳走するよ」

「いや、悪いですよ」

「次からは割り勘で行こうな」

「栗橋くん。タケさんは資産家だから、遠慮しなくていいんだよ」

「資産家?タケさんが?」

ぽかんとした栗橋を見て、皆んなが大笑いしている。


早川は3日目も順位を上げ、日曜日は最終組でスタートした。生憎の激しい雨風となり、上位陣が軒並みスコアを崩す展開となった。早川も前半だけで5つスコアを落とした。後半もいきなり2連続ボギーで、とうとうイーブンパーになってしまった。同組の2人も似たようなもので、上がり3ホールを残し早川ら3人がイーブンパーでトップに並んだ。4位は5オーバーなので、優勝は最終組の3人に絞られた。


16.

「鬼頭さん。今日は仕事なしですよね?」

「ああ、好きにしろ」

「鬼頭さんはどうするんです?」

「うるせえ!いちいち聞くな!」

「そんなこと言わずに、飯食わしてくださいよ」

「マラソンの稼ぎがまだあるだろ」

「少しは残しておかないと不安ですから」

「手前ぇの持ち金がゼロになったら飯を食わしてやる。それまでは自分の金を使え」

「それだと遊べないですよ」

「猫。遊びたかったらもっと稼げ。稼ぐ方法を手前ぇでも考えろ。1人でも仕事する気概がなくてどうするよ」

「気概って何です?」

「うるせえ!やることねえなら図書館でも行って調べてこい」

「あれあれ?鬼頭さん、どこ行くんです?」

「銀玉弾いて、夕方から仕事の下見だ。手前ぇは来なくていい」


「いらっしゃいませ!1名様ですか?」

「はい」

「どうぞこちらへ。1名様ご来店です!」

「いらっしゃいませ!」

安くてボリュームがあって旨い。サラリーマンや家族連れで賑わっている。長いL字型のカウンターとテーブルは既に満席のように見える。

鬼頭が案内されたのは店内の最も奥まった角にある小さなテーブル。一応2人席のようだ。

「すみません。こちらでよろしいでしょうか?」

「カウンターは空いてないですか?」

「いっぱいなんですよ」

「じゃあ良いですよ」

「恐れ入ります。先にお飲み物よろしいですか?」

「瓶ビールを。それからもつ煮としめ鯖をお願いします」

「瓶ビールにもつ煮としめ鯖で。ありがとうございます」

混んでるので、早く出て来るつまみも一緒に頼む。揚げ物や焼き物は大抵時間が掛かる。

「ご新規様、お飲み物とお料理のご注文をいただきました!」

「ありがとうございます!」

店員同士の大声でのやり取りが、店に活気を与えている。

「カウンターのお客様、お帰りです!レジお願いします!」

「ありがとうこざいました!」

「またお待ちしてます!」


角にあるテーブルなので、店全体が見渡せる。全ての壁は天井に近い上部に手書きの短冊メニューがぎっしりと貼られている。その下は色とりどりのコートやジャケットなどで埋め尽くされている。ショルダーバッグを掛けている客もいる。

店内は1人でも多くの客を詰め込むため、通路は狭く荷物は1テーブルに1つ、小さなカゴが足元に置かれているだけ。その代わり壁には無数のフックとハンガーが用意されている。

鬼頭は以前この店に来たことがあり、その帰り道にふと閃いた。頭の中で何度もシミュレーションを繰り返し、アイデアが漸く固まった。

(これは行けるぞ!)

この日は、実地確認のために店に来ていた。客や店員の動きをつぶさに観察し、そして成功が確信出来た。


ある客は上着をハンガーに掛ける際、財布を尻ポケットに入れる。カバンに入れて足元に置く者もいる。問題は財布を上着の内ポケットに入れたままハンガーに掛ける奴がどれだけいるかだ。

女はそもそも上着のポケットに財布は入れない。ポーチを小脇に抱えた男もそうだろう。財布はポーチに入っている。

壁際のテーブルに座った客は、すぐ横の壁に上着を掛けられる。目の前で見張っているようなものだから、内ポケットに財布を入れていても問題ない。

壁際ではないテーブルの客は、スペースを見つけて上着を掛けなければならない。離れた所に上着を掛ける時、財布を手元に置いておくか。あるいは“まさか盗まれないだろう”と不用心に財布を内ポケットに入れたままハンガーに掛けるか。この“不用心派”の割合がどれ程か、鬼頭は目だけを動かして精算に向かう客の観察を続けた。


(意外といるじゃねえか)

壁際のハンガーから上着を取る。通路が狭く近くに客がいるので、少し広まったところまで来て腕を通す客。その場で周りを気にせずふわりと引っ掛ける者。時々上着の裾が隣の客の頭に触れる。乱れた髪を整えながら睨み上げるが、当の本人は全く気付いていない。

「今日は俺が奢るよ」

「いいよいいよ、割り勘で行こう」

内ポケットから財布を出す客は案外多い。

(不用心派が多いとは好都合だ。これも仲間意識、集団心理って訳か)

鬼頭はほくそ笑み、伝票を掴んでレジに向かう。

(本番もこの席に座らないといけねえからな。長居は無用だ)

その後も鬼頭は何度かこの居酒屋まで来て、外から例の角席の空き具合を曜日毎、時間帯毎に調べた。おおよその傾向が掴めたので、いよいよ実行に移すことにした。


「猫。今日の夕方から仕事に行くぞ。お前ぇの役割は重要だからな。いいか、よく聞け」

鬼頭はこれまでの調査結果と今日の作戦を詳しく説明した。

「猫が上手くやれるかどうかで決まる。空振りになるか、2-3個やれるか。復唱してみろ」

「ふくしょう?」

「いちいち面倒な野郎だな。俺が言ったことをお前ぇも言ってみろ」

たどたどしい説明だが、猫田は何とか理解出来たようだ。


17.

早川は上がり3ホールをボギー、ボギー、パーとし、ボギー3つの2人に1打差で優勝した。19才でレギュラーツアー初出場にして初優勝という偉業を成し遂げた。改めてアイアンだけでJアマ3位タイの戦績が注目された。また小学3年の時に見知らぬ人から短いアイアンを貰い、1人河川敷で練習したこと。中学時代も貰い物のゴルフクラブで河川敷練習を黙々と続け、本格的に指導を受けたのは高校のゴルフ部に入ってからであったこと。そしてその時にはジュニアから本格的にゴルフを始めていた同級生を凌ぐ実力であったことなどなど。スポーツ紙やゴルフ雑誌はもとより、一般紙やスポーツニュースでも大きく取り上げられ、特集が組まれた。

三田理事長は物心両面で支えた恩人、岩田監督は名指導者として取り上げられた。また白石マネージャーはその容姿とインタビューでの軽妙さからテレビ番組に引っ張りだことなった。白石は積極的にテレビ出演し、早川のイメージ戦略に利用した。

そして“初優勝より難しい”と言われる2勝目は直ぐにやって来た。


18.

夕方の6時頃に鬼頭と猫田は居酒屋の前に来た。目当ての角席の他に4人席が1つ空いている。

「少し様子を見るか」

鬼頭の呟きに猫田は黙って頷いている。作戦を理解しているので、余計な質問はしない。

そこにサラリーマンの3人連れがやって来て、背の高い若手が店内を覗き込む。

「課長、1つ空いますよ!」

「ちょっと出遅れたけど、ついてるな」

若手が引き戸を開け、先に暖簾をくぐる。

「いらっしゃいませ!何名様ですか?」

「3人です」

子供のように3本指を立てて言う。

「どうぞこちらへ。3名様ご来店です!」

「いらっしゃいませ!」

もう1人の若手が引き戸を押さえ、上司を先に通してから中に入る。

そこに向こうから作業服の2人組が歩いて来た。

「今日こそ空いてますように」

1人が戯けて顔の前で手を合わせている。

「猫!早く入れ!」

「あっ、はい」

何とか先に猫田が引き戸の前に立ち、勢い良く開けて中に入った。

「いらっしゃいませ!何名様ですか?」

「2人だけど」

「すみません。あちらの狭い席しか空いてないんですが?」

「あそこが良いんです」

「はい?」

後ろから鬼頭が猫田のふくらはぎを蹴飛ばして前に出る。

「ああ、結構ですよ」

「広いテーブルが空いたら移動出来ますので。どうぞ。2名様ご来店です!」

「いらっしゃいませ!」

「鬼頭さん、痛いですよ」

「余計なこと言うんじゃねぇ!」


「鬼頭さん、財布は何個いけました?」

「3個だ」

「やりましたね。早く中を見ましょうよ」

「こいつは5万と3千円か。まずまずだな。次は、おっ!猫、見ろ。10万だ」

「あんな居酒屋にも金持ちが来るんですね」

「何だ、大層な長財布のくせして、2万と5千かよ。しょうがねえなあ」

「合わせて17万8千円ですよ。俺の取り分は5万か。嬉しいな」

「今回は猫も頑張ったからな。7万やるぜ」

「鬼頭さん、ありがとうございます!」

「鰻屋で一杯やるか」

「ゴチになります!」

猫田は札だけを抜いた3つの財布を、ハザードランプを点けて停まっていたダンプの荷台に投げ入れた。


居酒屋での鬼頭の作戦は単純だ。小1時間ほど安いつまみでちびちび飲み、「さあ行くか」とまず壁際の鬼頭が立ち上がる。その後猫田も立ち上がり、両手を広げてもたもたと上着を着る。背の高い猫田がそうすると、鬼頭が完全に死角になる。その間に予め目を付けていた上着から素早く財布を抜き取る。お釣りのないようちょうどの金額を用意して、さっさと会計を済ませたら小走りで店を離れた。


それから半年ほど、鬼頭と猫田は窃盗を繰り返した。綿密に計画して実行に移したので、失敗はなく捕まることもなかった。


19.

「早川やりました!日本オープン優勝です。ツアー2勝目を、そして今日20才の誕生日をメジャー優勝で飾りました。涙はありません。笑顔です。いま右の拳を突き上げて歓びを爆発させました」


20.

「鬼頭だな。窃盗の容疑で逮捕状が出てる。随分とやってくれたじゃねえか。洗いざらい吐いて貰うぜ。おっと、相棒に電話なら無駄だ。たった今逮捕された」


21.

あとから思えば、あの時が早川のゴルフ人生のピークであった。レギュラーツアー参戦1年目で、ゴルファー日本一になった日本オープン優勝のあの瞬間である。

その年はベストテン入りも数試合あり、賞金ランキングは8位であった。予選落ちもそれなりにあったが、二十歳のルーキーイヤーとしては記録的な成績だ。オフには数々の賞を受賞した。ニュース番組だけでなく、バラエティー番組や情報番組にも出演し、早川をテレビで観ない日はないほどであった。白石もセットで番組に呼ばれ、“美し過ぎるマネージャー”としてネット上でファンクラブも出来た。


翌年のツアー開幕戦は大会関係者の予想をはるかに超えた。前売券がほぼ売り切れてしまったのだ。予選ラウンド初日は平日にも関わらず1万人以上のギャラリーが詰めかけた。それまでのゴルフファンだけでなく、早川をアイドルのように追い掛ける若い女性や母性本能をくすぐられた中年女性。ほとんどが早川の組に付くので、観戦ルールもマナーもなかった。度々プレイが中断した。

翌日は更にギャラリーが増えた。試合会場からかなり離れたホテルまで満室になるほどであった。この日も混乱は続いた。土日の決勝ラウンドを想像するだけでも恐ろしい。いや、誰も想像出来ない。急遽、スタッフの増員、送迎バスの増便、トイレの増設など決勝ラウンド対策に大会関係者は大わらわであった。

“ムービングサタデー”と言われる決勝ラウンド初日の土曜日、何の混乱もなく1組目がスタートした。早川があっさりと予選ラウンドで敗退したからである。初日75、2日目78であった。そんなことも知らず、早朝から送迎バス乗り場に夥しい数の女性ファンが集まった。係員から早川は出ないと言われ、悲鳴を上げて泣き出すファンもいた。観戦に向かう人は少なく、ほとんどが帰ってしまった。


開幕戦を予選落ちした早川に多くは同情的な見方であった。テレビ出演やスポンサー筋とのゴルフに会食などが連日続き、オフのトレーニングはあまり出来なかった。心身の疲労を蓄積したままのシーズンインであったから、ゴルフの調子が狂って当然だと。

一方で批判は白石に向けられた。早川のマネージメントが出来ていない。白石が予定をあれもこれもと詰め込んでる。白石単独でテレビ出演したり、グラビア撮影までした。いずれも早川のための話題作りであったが、女性ファンの反感を買ってしまった。


その後も早川の調子は上がらず、予選落ちを繰り返した。たまに予選通過しても下位に低迷した。“早川フィーバー”は急激に冷め、女性ファンはほとんどいなくなった。白石はマスコミ各社を駆けずり回ったが、手のひらを返すように冷淡にあしらわれた。唯一スポーツ東京の竹永記者だけが取材に来てくれた。

「長いプロゴルファー人生には色んなことがありますよ。ちょっと早いスランプだと思って、頑張って乗り越えてください」

竹永は父親のように優しかった。早川は涙が止まらなかった。


早川の不調は最後まで変わらず、わずか1年で賞金シードを失った。あと4年は日本オープン優勝の5年シードでツアー参戦出来るが、やはり賞金シードで出場したい。オフは練習漬け、身体作りにも取り組んだ。


ツアー参戦3年目、4年目そして5年目も賞金シード復活はならなかった。今年もし賞金シードが取れなければ、来年からはツアーに出場出来なくなる。もう後がない、正に背水の陣である。


22.

「猫、久し振りじゃねえか」

「鬼頭さん・・まさか脱獄したんです?」

「馬鹿野郎!無罪放免さ」

「でも刑期は3年だったんじゃあ・・?」

「真面目にお勤めしてな。早く出ろとさ」

「それはご苦労様でした」

「お前ぇは今何やってんだ?」

「パチンコ屋で働いてます」

「朝から晩まで立ちっ放しの割に大した稼ぎにならねえだろ。20万くれぇか?」

「オーナーの野郎、『真面目に働くなら犯罪者も執行猶予も公平に扱う』なんて偉そうなことぬかしやがって、未だに見習いのまま。15万ですよ」

「まあ雇ってくれるだけでもいいじゃねえか。わしの金が役立ったろ」

鬼頭は警察の取り調べに対して「稼いだ金はギャンブルに消えた。猫田と同居になってからは出費が倍になった」を繰り返した。先々のことを見越して、まとまった金を隠していたのだ。古い大きな和ダンスの下の畳の裏をくり抜いて札束を埋め込んでいたのだ。警察もタンスを動かしてまで捜索しなかった。猫田が取り出す時には往生したが・・・

「無駄遣いはしてねえだろうな?」

「してませんよ。俺の稼ぎだけで何とか生活して、鬼頭さんの金は家賃にしか使ってませんから」


鬼頭は初犯とはいえ、長年窃盗を繰り返した主犯なので、実刑となった。猫田は従属的な立場ということで、執行猶予が付いた。それも間もなく終わる。

「しばらく大人しくしたら、そのうち仕事を始めるぞ。ムショは暇だからな、新しいアイデアをじっくりと考えられたぜ」


白い 覆面パトカーが今日も朝早くから停まっている。中から2人刑事が鬼頭たちの住むアパートのドアをじっと見ている。鬼頭は刑期を残して出所になったが、心を入れ替えて真面目に働くことはない。まともな職に就いたことなどないのだから。働かずにギャンブルばかりすれば、金を隠していたことになる。本当に金がないとすれば、必ずまた窃盗を始めるに違いない。いずれにしろ鬼頭たちを追い詰められるので、警察はあからさまに張り込みを続けている。

夕方、猫田だけが出掛けた。刑事の1人が後をつける。猫田はホカ弁屋で弁当を買って真っ直ぐアパートに帰った。刑事は念のためホカ弁屋に猫田が買ったものを聞く。

「のり弁を2個でした。セール中で1個300円です」

飲み物や味噌汁は買わなかったらしい。

「主任。慎ましやかな晩飯ですよ」


「猫。後をつけられたか?」

「ええ、若い方がついて来ました」

「余計な買い物はしてねぇだろうな?」

「してませんよ。鬼頭さんの指示通り、ほら、のり弁2個だけです」

「昼はカップ麺で夜はのり弁とは情けねぇ」

「冷めない内に食べましょうよ。でもこんな演技をいつまでするんです?」

「張り込みがなくなるまでだ。明日は俺が1人でぶらぶら出掛ける。スーパーの試食をハシゴして、落ちてる吸い殻で“シケモク”だ」

「情けねーすね」

「奴らも暇じゃねぇ。犯罪の臭いがしなければ、その内いなくなる」

鬼頭の予想より早く、刑事の姿が見えなくなった。中国の犯罪者集団が電車でスリを繰り返し、ようやく1人が現行犯逮捕された。捜査本部が設置され、沿線の所轄からも盗犯係が駆り出されたのだ。

「猫!今のニュースに戻せ!」

「へぇっ、これです?千葉テレビですよ」


《・・・に捜査本部を設置、犯罪者集団の検挙と全容解明を進める方針です》


「この事件がどうかしたんです?」

「猫。盗犯のデカは当分忙しい。ワシらに構っちゃいられねえ」


鬼頭と猫田は間もなく“仕事”を再開した。カモフラージュのため猫田はパチンコ店勤めを続けることにした。1回の“仕事”がパチンコ店の月給を超える時もあり、猫田は真面目に働くのが次第にバカバカしくなった。そんな思いは当然態度に表れ、程なくパチンコ店をクビになった。

鬼頭が収監中に練り上げたアイデアは悉く上手くいった。換金が必要な物盗りはやめ、現金だけをターゲットにしたのである。

猫田もエリートサラリーマン並みの収入になり、ワンルームマンションで独り暮らしを始めた。金がない時は鉄板馬券でも外すのに、金回りが良くなると大穴馬券が当たる。気前が良いとキャバクラでもモテる。

「いいか猫。調子に乗るなよ」

「鬼頭さん、大丈夫ですよ。もう1年以上連戦連勝ですよ。もっと仕事を増やしましょうよ」

「いや、仕事を減らす。その代わり単価の高い仕事にシフトする」

「今より稼げるならそれでもいいですよ」


23.

「早川プロ。どうするつもりですか?何か考えはあるんですか?」

「何とか今年はシード権を取れるように頑張ります」

「だから。どうすればシード権が取れるのですか?“今年は”“今年こそ”って、毎年同じことを言ってます」

「オフにはジムで体を鍛え、飛距離が伸びました。アプローチの引き出しも増えました」

「それも去年と同じです。早川プロ。ミタホールディングスの契約料だっていつまで貰えるか分かりませんよ。もっと危機感を持ってください」

白石は歯痒くて仕方がない。誰でも好不調の波はある。ただ早川は4年間も長いトンネルから抜け出せずにいる。コツコツと努力はするのだが、成果が出ずにいる。

「早川プロには日本オープンで優勝出来るだけのスキルがあるのです。それを今は出せていない、歯車が上手く噛み合っていないと思うんです」

「あの頃よりドライバーの飛距離は伸びてます。その分タイミングが合わないと曲がりも大きくなっている。アイアンもナイスショットほど縦の距離が合わない」

「不思議ですよね。練習場では完璧ですもんね。またメンタルトレーニングをお願いしますか?」

「いや、あれはちょっと・・・」

「早川プロ!ねぇ、真剣に考えてくださいよ。もう後がないんですよ!」

「・・・」


早川と白石は何度同じ会話を繰り返したことか。最後は早川が黙り込み、長い沈黙の後に白石が大きく溜息をついて終わる。

早川は小学生の頃を時々思い出す。毎日河川敷に行き、短いクラブ1本で、黒ずんでぼろぼろになったボールを打っては走りまた打つ。陽が落ちるまで休むことなく繰り返す。疲れてヘトヘトになっても楽しかった。

雑草や小石の上からでも、大声を上げて近くを人が通り過ぎても、ひたすらボールを打ち続けた。あの頃のひたむきさが欲しい。ただボールだけを見ていたあの頃に戻りたい。

(今日も眠れないな)

早川は全く上手いとは思わないが、“体質的に強い”のだろう、ウイスキーをストレートで胃に流し込んだ。


早川にとって正念場の今年も、やはりスタートから躓いた。3戦連続の予選落ちであった。ホストプロであるミタホールディングス主催の第2戦は1つのバーディーも取れなかった。業績不振のため、今年を最後にミタホールディングスがトーナメントから撤退するかも知れない。

「早川プロ。日本オープンで優勝した時の映像を借りて来ました。これで良い時を思い出してください」

白石からディスクを渡された。白石の可愛らしい文字で“決勝ラウンド”と書かれている。

「私も同じものを持ってます。繰り返し何度も見てみます」

「ありがとう・・・」

「絶対に見てくださいよ。スランプに陥ったアスリートが良い頃の映像を見て、復活のきっかけになることがあるそうです」

「・・・分かってます」

「もう、元気出してくださいよ!」


その後の試合でも結果は残せなかった。予選落ちが続いた後、たまに決勝ラウンドに進んでも最終順位は下位のため賞金が積み上がらない。ツアー最終戦は賞金ランキング30位以上までなど結果を残しているプロしか出場出来ない。早川にはあと3試合が残されているだけだ。1試合でも2位以上か、最低でも3試合全て6位以内か。賞金シードを取るための条件である。今の早川にはとてつもなく高いハードルだ。

「早川プロ。来週から私がバッグを担ぎます」

「白石さんが?」

“バッグを担ぐ”とは“キャディーを務める”ということである。

トッププロは専属のプロキャディーと契約していることが多い。コーチや親兄弟がキャディーというのもよく聞く。中には夫婦で仲良くということもある。これら以外はハウスキャディーに依頼する。普段はゴルフ場で働く、多くのアマチュアゴルファーがお世話になっているあの“キャディーさん”である。

「やけになって言ってるんじゃないですよ。去年からずっと考えていて、勉強もしていますから」

「でも・・・」

「大丈夫ですって。気分転換になるし、経費節約にもなるでしょう?」

茶目っ気たっぷりに半身だけ乗り出してウインクする。少女漫画みたいな仕草も白石がやると嫌みがない。

(かわいい)

早川はかつて、白石を見る度に溢れ出る甘酸っぱい果汁を密かに味わった。そしていつ凝固したのかほろ苦い結晶が飲み込めず、夜は悶々として眠れなかった。上手く説明出来なかったあの感情も、今は一言で言える。

「好きだ」と。

そんな白石とペアで戦える。相談出来る。喜びを分かち合える。慰めてもらえる。励まされる。戸惑ったフリをしてるだけで、飛び上がりたいほど嬉しい。

「それじゃあよろしくお願いします」


白石は7つ歳下の早川に対して、母のような優しさで面倒を見、姉のような親しさで助言する。時に女上司のように厳しく指摘した。それでも言葉使いだけは丁寧な表現を心掛けた。国内メジャー日本オープンの覇者に対する敬意を込めて。

早川の一途な思いに白石は気付いていた。ただ早川の方から思いを打ち明けたり、誘うような言動をすることはない。白石はそんな早川の性格を熟知している。もし白石が思わせぶりな態度を見せれば、免疫の少ない早川が白石にのめり込んでしまうことも。だから白石は親しさは出しても、異性的な匂いは発しないよう細心の注意を払っている。早川にとっては、白石の何気ない微笑も相当な“異性の匂い”なのだが・・・


白石の奮闘も虚しく、2試合連続の予選落ちであった。早川達に残されたのは、南国高知で開催の1試合のみとなった。この試合で2位以上、正確には3人までの2位タイ以上にならないと早川のシード権は消滅する。オフに実施されるQTの順位次第では、翌年のトーナメント出場も可能だが、今の早川にはそれも望み薄だ。

「早川プロ。いよいよあと1試合ですね。優勝で決めて、最終戦の選手権も出ましょうよ」

白石はいつにも増して明るく楽観的だ。もう後がない、開き直りの心境なのだろう。

「そうですね。とにかく悔いのないよう、全力で頑張ります」

「いいえ。悔いが残らないためには優勝しかありません。絶対に優勝しましょう。任せてください」

「任せる?」

「いいんです。とにかく私の言う通りにプレイしてください。必ず優勝させますから」

「どうしたんですか?いつもの白石さんと違いますよ」

「早川プロは何も知らなくてもいいんです。あっ、電話だ。ちょっと失礼します」

白石は部屋の隅に移動する。会話の内容は聞こえないが、白石は身振り手振りで熱く語っているようだ。通話を終えて「ふぅー」と大きく息を吐き、早川の元に戻って来る。

「スポーツ東京の竹永記者でした」

「ああ、竹永さん」

「シード権を懸けた最終戦への意気込みについて取材がしたいと言うので、今はそれどころではないってお断りしました。取材は試合後の優勝インタビューにしてくれって言ったら唖然としてましたよ。失礼しちゃいますよねぇ」

「白石さん・・・」

「早川プロは何も心配する必要ありません。高知に行ったらいつものとこで“鰹のたたき”を堪能しましょうね。朝獲れを藁焼きにして。ああ、早く食べたいよぉ」


24.

「鬼頭さん。出張なんて俺たちもサラリーマンみたいですね」

「たまには千葉を出るのもいいじゃねぇか。高知は暖けぇらしいぞ」

「俺、調べたんですけど、“鰹の塩たたき”が美味いらしいですよ。ぽん酢じゃなくて粗塩を振りかけて、スライスした“生にんにく”と一緒に喰うんですって。いやー楽しみだなぁ」

「猫は気楽で羨ましい。まぁ仕事さえやってくれりゃあ構わねぇがな」


鬼頭と猫田は高知で行われる男子ゴルフのトーナメントを次の仕事場に決めた。わざわざ飛行機代やホテル代を払ってでも、それに見合う収入が期待出来るからである。気分転換と慰労の意味合いもあるようだ。

「このトーナメントにはアメリカからも有名選手が何人も出場するそうだ。それから今売り出し中のイケメンゴルファーやレジェンドゴルファーも出るぞ」

「鬼頭さん。俺ゴルフはさっぱり分かりません。そんなに大勢の人間が集まるんです?」

「まあ最後までわしの話を聞け」

今回は場所が高知なので、事前の下見は出来なかった。鬼頭は過去の動画を繰り返し観て念入りにシミュレーションした。そして幕張メッセなどイベント会場で実施されると聞けば、見学にも行った。

「チャリティオークションがある」

「日本語でお願いします」

「日本語で説明する方が厄介だ。プロゴルファーが持ち物にサインして客に売るんだ。欲しい奴同士が値段を吊り上げて行くから、1回使った手袋がサインするだけで何万円にもなる。人気プロ仕様のキャディーバッグなんて100万近くになるらしい。集まったカネはまとめて寄付するそうだ」

「現金持ってる人間がうじゃうじゃいるんですね」

「そういうことだ。カードは使えねぇ。オークションに参加するのはゴルフファンよりもネットで転売する奴らの方が近頃は多いらしい。サラ金で金借りても倍で売れりゃあ大儲けだ。困ってる奴らに寄付して、その本人も儲かる。いいことじゃねぇか」

「鬼頭さんもとうとう“ネット転売ヤー”ですね」

「わしはまどろっこしいことはしねえ。直接財布からごっそり頂戴するさ。オークションで手を挙げている野郎は現金をたんまり持ってるからな」

「ゴルフクラブを売りに行って足が付いたんですもんね」

「うるせぇ。あれはわしの見当違いだった。警察なんかに言わずゴルファー保険で処理すると思ったんだがな。あのドライバーは特別だ。いくら金を貰ってもどこにも売ってねぇから、取り戻すしかねぇんだ」


鬼頭と猫田はリムジンバスで成田空港に行き、格安航空を利用して高知空港に到着した。高知市より東寄りの太平洋に面して高知空港はある。

「やっぱり高知は暖かいですね」

到着ロビーから外に出ると西日が眩しい。トーナメントが開催されるゴルフ場は空港より更に東にある。鬼頭たちは空港から西に位置する高知市中心街のホテルに向かう。

「猫、高知駅行きのバスを2枚買って来い」

「鬼頭さん。ひろめ市場に行ってみません?」


「いや、こりゃすげぇや」

鬼頭たちはホテルでチェックインだけ済ませるとフロントに荷物を預けて飲みに出た。『ひろめ市場』は朝からやっている巨大な屋台村のような飲食街である。テーブルやカウンター付きの店もあるが、縦横の通路にずらりと並んだ大小テーブルで好きな店の料理が食べられる。まだ4時前だが見渡す限り満席のようで、観光客やサラリーマンらでごった返している。

「先に席をキープしとくんだったな」

鬼頭は待てないのか立ち飲みしている。

「俺、向こうの方を探して来ます」

大ジョッキと鰹の塩たたきを持った猫田に近くのサラリーマンが声を掛けて来る。

「お2人さん?こっちに詰めちゃるきぃ座りや」

「あっ僕たちもう行きますので、ここどうぞ」

地元の人も観光客もここではみんな優しい。声を掛け、譲り合うのがルールのようだ。

「どうもすみません」

近くのフロア係が手際良くテーブルを片付けてくれる。

若い観光客の後に腰を下ろし、ビールで乾杯する。鰹の塩たたきは大きさも厚みも見たことのない迫力だ。藁で炙りたてなのでほんのりと温かい。皮に焦げ目はあるが、火が通った部分はわずか。赤身は脂でてらてらと輝いている。

「こりゃあ驚くほど旨えな」

「こじゃんと旨かろ?」

最初に席を勧めてくれたサラリーマンが向かいから声をかけて来る。

「こじゃんと?」

猫田が首をかしげると横から中年女性が割り込んで来る。

「こじゃんとって言うんはね、“とても”とか“凄く”っていう意味らしいんよ」

「へぇー。こじゃんと旨い!かぁ」

「お兄さんたちはどちらから来はったん?」

「千葉からです」

「それはご苦労さまやね」

「私たちは大阪からなんよ」

「伊丹からプロペラ機が飛んでるからな、和歌山に行くより近いんやで」

L字型に座った一番奥から太ったご婦人が、銀歯の並びを見せて大声で笑う。

「何言うてんの。前田さんは『プロペラは怖い怖い』言うて、ずっと目ぇつぶってたやないの」

もう鬼頭たちに関心はなく、それぞれ仲間内の会話で盛り上がっている。

「猫、作戦会議には持って来いだな」


トーナメントは明日からの木曜日と金曜日が予選ラウンドで、土日が決勝ラウンドである。予選落ちした選手は帰ってしまうので、チャリティオークションは木曜日に実施される。プレイを終えた選手からオークション会場にやって来て、身に付けているウエアや用意していたバッグなどにサインして提供する。

早くからオークション会場付近で待機しているのは、熱心なゴルフグッズファンか転売ヤーだろう。多くのギャラリーは贔屓の選手に着いて観戦し、プレイ後にぞろぞろとオークション会場にやって来る。

落札者は提供した選手から品物を直接手渡され、握手をしたり写真撮影にも応じてもらえる。中には落札品以外にサインボールやマーカーをくれるプロもいる。そのため落札価格は期待を込めてつり上がって行くのだ。

「まあ選手がどんなにファンサービスをしても、多くはその日のうちにネットで売られるだけだ」

「ネットで買う奴も転売ヤーかも知れないっすよね」

「違ぇねぇ」

鬼頭と猫田がひろめ市場に来てから、2時間近くになる。同じテーブルの客もどんどん入れ替わっていた。

「猫。そろそろ行くぞ」

「最後にもう1回、鰹の塩たたきが食いたいんですけど」

「手前ぇだけで食ってろ。わしは行く」

「分かりましたよ。諦めますよ」

猫田が名残惜しそうに、にんにくの欠片を箸でつまんで口に放り込む。

「いやあタケさん、この時間じゃもう満席ですね」

「なに、そのうち空くさ」

「ここ空きますよー」

猫田が通りがかりの2人に声を掛ける。

「どうもありがとう。栗橋くん、ここ空けてくださったよ」

「すみません。ありがとうこざいます」

「どうぞどうぞ。お姉さん!ここ片付けて!」

猫田は何か良いことでもしたように、胸を張って鬼頭の後を追い掛ける。前からいい女が歩いて来た。空いてる席を探してきょろきょろして、豊かな胸が揺れている。猫田は歩みを緩め、遠慮なく双丘をじろじろ眺めながらすれ違う。

「空いてないですねー。あっ、あそこ空いた!だめだ、先に行かれちゃったかー」

(あんな野郎じゃなくて、この姉ちゃんに席を譲ってやれば良かったな)

猫田はぶつぶつ言いながら足を早める。


「まだこの時間ですから、奴らもう1軒行きますよね?」

「ついて行けば分かるさ」

「鰹のたたき、旨そうだったな」

「仕事が終わったら旨いもの食わせてやるさ。ラーメンか?牛丼か?」

「高知まで来て、それはないっしょ」

千葉南署の村山と青山は、高知県警に挨拶した後、地元署の刑事と交代して鬼頭たちを尾行している。予め高知県警に鬼頭たちの搭乗機を連絡していた。村山たちは千葉から鬼頭と猫田を追って高知まで来ていたのだ。


25.

「空いてないですねー。あっ、あそこ空いた!だめだ、先に行かれちゃったかー」

「白石さん。僕はどこか他の店でもいいですよ」

「高知に来たらひろめ市場でしょ。鰹のたたきをびしゃびしゃのぽん酢とにんにくスライスでがんがんいきましょうよ」

早川と白石は毎年、ひろめ市場に来ている。白石が特にお気に入りだ。

「安兵衛の餃子は先に注文しておかなきゃ。この混みようなら30分待ちかな」

今週の結果次第で、早川のシード権が決まる。白石は早川が緊張しないよう殊更明るく振る舞っているかのようだ。

「美味しいものをいっぱい食べて、ホテルでマッサージして今日は早めに寝てください」


「これこれ。本当に美味しいですね」

「塩たたきも旨いらしいですよ」

「いーえ。絶対にこれですよ。ぽん酢とにんにくスライス。おろしにんにくより合いますよね」

「あんまり食べ過ぎると明日の口臭が大変ですよ」

「どうせ皆んな食べてるから大丈夫です」

早川と白石はビールの後、日本酒を冷やで飲んでいる。高知には土佐鶴や酔鯨など旨い日本酒がある。魚も酒も旨いから当然酒飲みが多いのだが、女性に酒豪が多いことでも有名な土地柄である。

「白石さん。『私に任せろ』って言ってましたよね。あれはどういう意味ですか?何を考えているのか教えてください」

「とにかく私の言う通りにプレイしてください。考え抜いた作戦ですから、絶対に大丈夫です」

白石が悪戯っぽくウインクする。早川は何も言えなくなってしまった。


トーナメントで結果を出せなくなってからは、目立たない組でのラウンドが多くなっていた。今回は珍しく注目選手との組み合わせになった。1人は昨年のプロテストをトップで一発合格した 仲村涼。今年既に2勝している超話題のゴルファーで、2勝目はメジャーの日本オープンであった。そう、早川と同じルーキーイヤーでの活躍で、しかもモデル並みのスタイルと甘いマスクだ。もう1人は仲村と同じ20才のアメリカ選手ジョン・トーマス。17才でプロ宣言して既に5勝しており、こちらもハリウッドスター並みのルックスである。

3人の共通点は若くして活躍し、容姿にも恵まれていることだ。違いは早川だけが“過去の人”であること。ある意味残酷な組み合わせなのだが、実は白石の発案で三田理事長の尽力によるものであった。

「早川プロ、舞台は整いました。思う存分プレイしてください」


仲村とトーマスの組み合わせは、マスコミも望んだことであった。4日間のネットテレビでのライブ配信は早くから決まっていた。組み合わせ発表後に急遽、《仲村・トーマス組を予選ラウンド36ホール全ショット生配信》が決定した。そこに早川の名前はなかったが、白石は会心の笑みを浮かべた。

(よし、これで予選通過は間違いないわ)


《さあ注目のアウトスタート最終組がティーイングエリアに登場です。木曜日にも関わらず、大勢のギャラリーが取り囲んでいます》

《ギャラリーの波がグリーンまで続いていますよ》

《最終日でもなかなか見られないスタートホールの光景です。解説の三上プロ、現役時代を思い出しませんか?》

《これほど大勢のギャラリーが詰め掛けることはなかったですね。それに私の頃は中高年の男性ばかりでしたから》

《今日は女性の方が男性より多いでしょうか。コース全体が華やかな雰囲気に包まれています》

《最終組の早川くんが全盛の頃に同じ組でラウンドしたことがありますが、いや凄かったですよ》

《早川の一挙手一投足に歓声と溜め息が渦巻いていましたよね》

《こんなことがありました。50ヤードのアプローチを早川くんがピン手前10センチにピタッと付けたんですね。ところがナイスショットの歓声が早川くんのファンの溜め息に掻き消されてしまいました》

《それはどういうことですか?》

《入らなかったからですよ。ゴルフを初めて見るファンが多かったですから》

《その早川も日本オープン優勝から5年が経過しました。長い不調が続き、今年が5年シードの最後の年になります》

《もう5年になりますか。早いもんですね。早川くんの時代が何年続くのかと思いましたが。いやゴルフは怖いですよ》

《早川はこの試合で3人までの2位タイ以上にならないとシード権を獲得出来ません》

《ショットは悪くないんですが、上手く噛み合わなかったり不運だったり。何とか頑張ってメジャータイトルホルダーの意地を見せて欲しいですね》

《最終組のスタート時刻になりました。まずはトーマスのティーショットです》


1番ホールは400ヤードのパー4。距離は短く2打目をウエッジで打てるので、比較的バーディーを取りやすい。トーマスはフェアウエイのど真ん中、仲村は左のファーストカット、早川は右のバンカーであった。

2番目に仲村がティーショットを打つと、多くのギャラリーが2打目地点に移動を始めた。マイクで静止をアナウンスするが誰も聞かない。しばしプレイが中断してしまった。トーマスは肩を竦めて苦笑いしている。

「本当に失礼しちゃうわね」

白石が悪態を吐く。仲村が軽く頭を下げ、キャディーは両手を挙げて大声でギャラリーに静止を促す。

「ぼくも5年前は同じように周りに迷惑をかけていました。仲村くんの気持ちが分かります」

早川はざわつきが完全に収まらない内にティーショットを打った。スイングが早くなり大きくスライスしてしまったのだ。

「早川さん、すみません」

「仲村くんが謝ることじゃない。気にしないで」


「これはアンラッキーだな」

早川のボールはバンカーのアゴから2-3センチ手前に止まっている。

「ヘッドが抜けないから、パンチショット気味に打つかな」

「いいえ。無理せず横に出して、3打目勝負で行きましょう」

「距離もないから、グリーンを狙った方が良くないですか?」

「奥にこぼれたら逆目の深いラフなのでアプローチが難しくなります。またグリーン左のバンカーに入れたらほとんど寄りません」

「白石さん。そんなに調べてくれてたのですね」

白石がキャディーを務めたこれまでの2試合では、どちらかというと精神的な支え、応援団に白石は徹していた。クラブ選択やライン読みは早川が判断していた。

「早川プロ。今日だけは私を信用してください」

「分かりました。ではサンドください」

早川はサンドウエッジで左斜め前に軽く打った。

「ナイスショット!ベスポジです」

「トーマスは飛んでるなぁ。ワンピン以内には寄せるでしょうね」

「ディボット跡だから難しいかも」

ディボット跡とはショットをして芝生が切り取られた跡のことである。ボールが沈むので、ミスショットになりやすい。

「どうして分かるのですか?」

「いえ、あのー、そ、そんな風に見えたので・・」

「目が良いんですね」


「タケさん。凄いギャラリーですね。こんなのぼく初めてですよ」

「タイガーウッズの時の方が多かったと思うけど、女性の数は桁違いだな」

竹永と栗橋は取材許可を得ているので、ロープの内側を歩ける。しかし取材陣も異例の数のため、この組だけは人数制限されている。普段見かけない顔は、写真誌の芸能記者だろう。

仲村には黄色い歓声が、トーマスには男女入り混じった声援が沸き起こる。

「早川には皆んな無関心ですね」

「そんなことはないさ。真のゴルフファンはちゃんと拍手を送っているよ。さっきの渋いパーセーブにな」

トーマスはディボット跡からの第2打を引っ掛けて左のバンカーに入れてしまった。白石が「ほとんど寄らない」と言った通り、グリーンに落ちたボールは傾斜でどんどん右に流されてしまう。何とか2パットのボギーであった。早川と仲村は共にパー。

「さあ、ピンチからのパーセーブです。この調子で行きましょう」

いつもと違う白石のサポートに早川は心強いものを感じていた。


26.

「どんくらいで着くんです?」

「まあ1時間ってとこだろうな」

鬼頭と猫田はJR高知駅から無料の送迎バスに乗って、トーナメント会場に向かっている。正午前の会場行き最終便である。平日の割には大勢のギャラリーが載っている。人気選手見たさか、鬼頭たちのようなチャリティーオークション目当てか。

「1時間も立ちっ放しか」

「我慢しろ。帰りは上手く行きゃあタクシーだ」

「いくら儲かっ、痛ぇっ!」

猫田の脛を思い切り爪先で蹴りつけて、鬼頭が猫田を鬼の形相で睨みつけている。鈍い猫田でもさすがに不用意な発言と分かったのだろう、痛みを堪えながらぺこぺこと頭を下げる。

高知駅を出発して国道を左折したら東に進む。直進が続き、やがて高知空港が右に見えて来た。しばらくすると国道は1車線になり、ゴルフ場を1つやり過ごしてからようやく信号を左折した。ここからは細く曲がりくねった道を登って行く。すぐ左にコースが見える。

「鬼頭さん、人がいっぱいいますよ!」


予め入手しておいた前売券で入場する。早いスタートの選手は既にホールアウトしており、オークション会場から拍手や歓声が聞こえる。

「鬼頭さん、早く行かないと」

「まあ慌てるな。何もわしらがオークションに参加する訳じゃねぇ。それに人気選手は後半に多いから、これから人が集まって来る」

「金を持ってそうな野郎をどう見分けるんです?」

「まずは腹拵えだ」

鬼頭と猫田は仮設テントに入り、唐揚げと焼きそばにビールを買って空いたテーブルで食べる。

「案外旨いじゃないですか。他のも買って来ます?」

「いいか猫。手前ぇもいずれは独り立ちだ。わしの言いなりじゃなく、手前ぇで考える癖をつけろ。オークション会場に行ったら人の動きを見て、手前ぇの頭でやり方を考えてわしに説明してみろ」

焼きそばを頬張っていた猫田は、慌ててビールで飲み下す。顎に紅生姜が1本付いている。

「鬼頭さん、俺には無理ですよ」

「情け無ぇことぬかすな。OJTだ」

「おーじぇいてぃー?」

「とにかくやってみろ」


「主任。奴らは何を狙ってるんですかね?」

「現金に決まってる。ゴルフ用具を盗んで売る手口は二度とやらねぇよ」

「プロのクラブは高く売れるんじゃないですか?」

「鬼頭は常習窃盗犯には珍しく、毎回手口を変える。それに高知まで来る理由がない。ゴルフ場を狙うなら、来週は東京で最終戦があるんだからな」

「ゴルフを観に来る高知県民は大金を持ち歩いてんですかね?」

千葉南署の村山と青山は、鬼頭たちがトーナメント会場への無料バスに乗り込むのを見て慌てた。スーツ姿では目立ってしまう。急遽地元署に会場への先回りを頼み、途中でウインドブレイカーとキャップを買い揃えた。

「奴ら慰安旅行なんてことはないですかね?」

「どういうことだ」

「この時間に会場入りするなら、何も前泊してのんびりと鰹のタタキを食べる必要はないですよね」

「LCCは成田から1日1便しか飛んでない。ホテル代を払ってでも羽田からの日帰りより安いんじゃないか」

青山はスマホで高知空港発着の時刻表を確認する。

「成田行きには間に合わないから、今日も高知泊まりですね」

「それは分かんねえぞ。今日の稼ぎ次第じゃ羽田行きのプレミアム席もあるんじゃねえか」

「ねえ主任。奴らがここで仕事して逮捕出来ても、まずは地元署での取り調べでしょ?そのままこっちで送検かも知れません。俺たちの顔を見せて、犯罪を止めさせる方が良くないですか?」

「だめだ!現行犯逮捕しかねえ。本来ならスリ集団のヤマに駆り出されるところを、係長に無理言って外してもらったんだ」

「しかし・・・」

「奴らは絶対に金を隠してやがる。何でもいいから逮捕して、もう一度徹底的にガサ掛ける。壁の中、畳の下、全部だ」

地元署の刑事は村山たちと交代で既に帰っている。この人混みの中で、村山と青山は2人で監視そして逮捕しなければならない。


「猫。お前ぇならどいつの財布を狙う?」

「あの青いキャップの野郎ですかね」

「説明してみろ」

「最後まで競り合って12万まで行きましたから。金持ってますよ」

青いキャップの青年は、サイン入りのキャディーバッグをプロから手渡され興奮気味だ。キャップを脱いでツバにもサインを貰っている。ツアー6勝、優勝インタビューのマイクパフォーマンスが人気のベテランプロだ。

「だめだな。あれはあのプロの熱烈なファンだ。初めからあのバッグ狙いだから、もう金は残ってない」

青年は大事そうにキャディーバッグを抱えてオークション会場を離れて行く。

「ということはあの最後まで競り合ったデブは、少なくとも11万は持っているってことですね」

「猫。分かってるじゃねぇか」

「オージーテーですから。俺はあのデブをマークします」

「まぁ慌てるな。あっちの茶髪の若造はさっきグローブを手に入れて、直ぐにスマホで写メってやがった。転売ヤーだな」

茶髪の若者はプロからグローブを受け取る時に握手もしなかった。

「帰らないってことはまだ金を持っているってことか」

「そうだ。奴らにしちゃあ仕入れだからな。金はたんまりあるさ」


アテストを終えて次のプロがやって来た。女性から歓声が上がる。仲村と同期のイケメンプロである。未勝利だがワイルドな風貌が女性に人気だ。

ステージに上がると乱暴に真っ赤なトレーナーを脱ぐ。ポロシャツがめくれ上がり綺麗に割れた腹筋が見えた。女性ファンが悲鳴を上げてステージの最前列に駆け寄る。

「2万円!」

「2万5千円!」

「2万6千!いや3万よ!」

司会者を無視して勝手に競りが始まる。何とか手に入れようと競り上げる女性ファンの声をかき消すように、太い声が後ろの方から上がった。

「10万!」

一瞬静まり返った後、女性ファンからブーイングが巻き起こる。

「そんなお金ないわよ!」

「誰よ!ファンでもないくせに!」

「転売ヤー!」

「もうないですか?よろしいですか?はい、10万円で決まりました」

司会者が混乱を避けようと早めに落札を宣言する。人を掻き分けてステージに上がったのは、冴えない中年男性であった。トレーナーの背中にサインをもらうと、握手も写真撮影もない。そして少し離れたところでトレーナーを綺麗に広げ、スマホで撮影している。ゴルフ場と分かる背景で撮影する方が、本物感をアピール出来るのだろうか。


「猫。この後来るのは人気プロばかりだ。特にアウトスタート最終組の2人は凄まじいぞ」

まだ怒りが収まらない女性ファンたちがステージ前を離れる。小さなバッグを小脇に抱えた転売ヤーと思しき人たちがゆっくりと前に移動する。


27.

「ナイスパー!」

「ありがとうございます」

早川は前半9ホールを全てパーで折り返す。チャンスで決められない仲村はバーディーなしの2ボギー。果敢に攻めるトーマスは2バーディー6ボギーの4オーバーである。

現時点のトップは2アンダーで3人が並んでいる。1アンダーには4人。早川は首位と2打差の8位タイである。まだ初日のアウトを終えただけとは言え、久し振りに上位で踏み留まっている。ショットの狙い所、風の読み、パッティングのラインとタッチなど、白石の的確なアドバイスが奏功した形だ。

「早川プロ。後半もこの調子で行きましょう。確実にパーを重ねて行けば、良い位置でホールアウト出来ます」

「白石さんのお陰です。僕は言われた通りにプレイしているだけなので、何のストレスもありません」

「いいえ。思った通りにショットやパットが出来るのは凄いことですよ」

(なぜ白石さんはコースの隅々まで知り尽くしたようなアドバイスが出来るのだろう?)

早川は疑問に感じていたが、余計な質問はしなかった。

(今は白石さんを信じてプレイに集中しよう)

早川は胸を張って10番ホールへと向かう。頬を撫でる風が心地良い。


「今日の早川は調子良いですね」

「そうだな。全てが上手く噛み合っている。リラックスして時々笑顔も見せる。まるで別人だな」

「あのキャディーは早川のマネージャーですよね。ほとんど経験がないらしいけど、大事な試合なのに大丈夫かな」

「よく会話して、早川がほとんど頷いているだろ?つまり選手がキャディーを信頼している証拠なんだ。頼り切ってるって感じだよ」

「不思議ですね。相当下調べをして練習したんでしょうね」

「いや、練習は早めに切り上げて、毎日ひろめ市場で飲んでいたらしい」

「早川は後がないのに、気楽なもんですね」

「もともと実力のある早川だ。練習よりリラックスが必要なんだろう。今のところ上手く行っているじゃないか」

「それにしてもトーマスは期待はずれですね」

「日本のゴルフを舐め切っている」

温厚な竹永には珍しく吐き捨てるような物言いだ。米国の男子トーナメントの優勝賞金は、ほとんどが1億円以上である。日本では最高賞金額であるこの大会と比べても3倍近くになる。噂では今回の来日で1億円以上のギャラが保証されているらしい。ガールフレンドとファーストクラスで日米を往復し、東京・高知間はチャーターしたヘリで移動という高待遇だ。もちろん全てスポンサー持ちで。

「真面目にゴルフなんかやりませんね」

栗橋もイラついた口調になる。

「そういうことだ。さっさと予選落ちして観光にでも行くんだろう」


《さあ三上プロ。注目のアウトスタート最終組が10番ホールのティーイングエリアに来ました》

《はい。この試合で来年のシード権が決まる早川がイーブンパー。8位タイですかね。久し振りに上位でプレイしています》

《仲村は如何ですか?》

《ショットは悪くないんですが、パットが決まらないですね》

ー《1.5メートルのバーディーパットを2度外してますが、いずれも左を抜けてます》

《この組には佐藤プロがついています》

《強めに打とうとして引っ掛けてますかね》

ー《その通りです。ショットは何とかコントロール出来ても、イライラはパットに影響しますからね》

《イライラですか?》

《ファンの言動に対してです。実は10番ホールへの移動中、ファンがサインを求めて仲村に駆け寄ったんですね。早川を押しのける様にしたので、早川が少しよろけました。それを見て仲村が大きな声で注意したんですが、怒りで顔が引き攣ってました》

《いけませんね。ファンの方にはルールを守って応援して欲しいと思います》

《仲村の気持ちは分かりますよ。スタートホールからトーマスや早川にファンが迷惑を掛けていると。もちろん仲村の責任ではないんですが、申し訳ない気持ちにはなりますよ》

《仲村は人気や実績に天狗になることなく、非常に謙虚な選手です。どのプロよりもファンを大切にしていて、最後の1人までサインに応じていますよね、三上プロ》

《どんなに疲れていても笑顔で応じていますよ。最高のプレイが出来るように観戦することが、最大の応援になります。そのことをファンのみなさんにお願いしたいですね》


10番ホールは距離のあるパー5だが、早川はスプーンでフェアウエイにティーショットを置いた。どうせ2打では乗らないので、3打目勝負だ。トーマスは2オンを狙ったのかドライバーを思い切り振ったが、ボールはフックして左の深いラフに捕まった。

そして仲村のドライバーショットはプッシュアウト気味に飛び出した後、弧を描くように針路を右に取る。

「ファー!」

早川が右手を水平に伸ばして大声でギャラリーに注意を促すが、ボールはその頭上を越えた。仲村は思わず両手でクラブを振り上げるが、何とか自制してヘッドでトンッと地面を叩く。

「ドンマイ!」

明るく励ました女性ファンを仲村はキッと睨みつける。お前たちのせいだと言わんばかりに。

キャディーにボールを手渡され、大きく息を吐き出してから、仲村は暫定球をティーアップする。


28.

「奴らなかなか動きませんね」

「雑魚は見逃すさ。10万くらいじゃ話に何ねぇからな」

村山と青山は串に刺した唐揚げを頬張り、ペットボトルのお茶で流し込む。

「高知まで来て鰹のタタキを食べられないなんて悲しいですよ」

「これから人気選手がオークション会場にやって来る。無駄口を叩いてないでよく見てろ」

この大会の歴代優勝者3人がやって来た。人気、実力ともトップクラスなのでギャラリーから拍手と歓声が上がる。男性ファンがぞろぞろ集まって来るが、女性たちは興味がないのかスマホを弄っている。

「まとめていきましょうか」

最初のプロがベスト、キャップ、グローブにスポーツサングラスを台の上に置いた。高値の予感に会場が沸き立つ。

人気選手が更に続く。いきなり10万円から始まることもある。


「猫、ついに人気者の登場だ。わしが合図をしたら躊躇せずやれよ」

人から直接現金を奪い取るのは、猫田は初めてである。

「鬼頭さん。何かどきどきして来ましたよ」

心なしか強張った表情の仲村とトーマスがオークション会場に来ると、付近にいた全員が会場前にどっと押し寄せる。四方から揉みくちゃにされ、鬼頭と猫田は思うように身動きが取れない。

「猫!作戦Bだ!」

鬼頭は目の前の大男に体をぐいぐい押し付け、尻ポケットから長財布を素早く抜き取る。器用に体を捻るとわずかな隙間をすり抜けて、鬼頭はあっという間に集団の外に出た。

一方猫田は長身を生かし、小太りの中年男に覆い被さる。

「押すな押すな!」

誰も押してないのだが、猫田は中年男を半ば押し倒して脇に挟んであるバッグを抜き取った。首筋を肘で強く圧迫したので、中年男はほとんど気を失っている。

「大丈夫ですか?」

猫田は中年男に一声掛けると素早く立ち上がり、チラと見えた鬼頭の元に駆け寄る。猫田を目の隅で確認した鬼頭は、くるりと踵を返すと早足で歩き出す。素早く札束を抜き出すと、植え込みに目掛けて長財布を放り投げる。その瞬間、軽くなった左手を強い力で掴まれ、背中側に捻じ上げられた。余りの痛さに声も出ない。


29.

《さあ仲村・トーマス・早川の組が最終ホールにやって来ました。距離のないロングホールですので、三上プロ、イーグルも期待出来ますね》

《そうですね。これまでに4つのイーグルが出ています。この組は3人ともドライバーの飛距離が出ますので、楽しみですね》

《そして今日ここまで、早川がボギーなしの2アンダーで首位とは2打差、3位タイにつけています。久し振りに早川が調子良さそうですね》

《まだ初日で何とも言えませんが、5年振りの優勝、あるいは来年のシード権獲得を決めて欲しいですね》

《一方の仲村とトーマスは精彩を欠いています。何がいけないんでしょうか?》

仲村は4オーバー、トーマスは6オーバーと奮わない。

《仲村はファンに対するイライラでしょうか。もちろんプロにとってファンの応援はありがたいですが、行き過ぎますとね。仲村の場合、プロゴルファーというよりアイドルとして人気者ですよね》

《トーマスはいかがでしょうか》

《やはり気が散ってゴルフに集中出来ないということでしょうか。米国での女性人気は大変なものですが、プレイの邪魔をするファンは1人もいないそうですよ》


「タケさん。早川のキャディーですけど、さっきニット帽を被り直した時にコードレスイヤフォンが見えたんですよ。音楽を聴きながらでもキャディーは務まるんですね」

「栗橋くん、それは本当かい。何かの見間違いじゃないのかな」

「間違いないですよ。かなり近くで見ましたから。ほら、耳の辺りが膨らんでいるように見えませんか?」

確かに本来は窪んでいるはずの個所が僅かに盛り上がって見える。

「選手にしろキャディーにしろ、ゴルフは耳から得られる情報は重要なんだ。インパクトの打球音やグリーンの硬さが分かる着地音。バンカーショットの音で砂の締まり具合も分かる」

「確かにそうですよね」

「だから音楽を聴きながらなんて考えられない。キャディーがそんなことをしたら、選手が許すはずはないよ」

「スマホの持ち込みは認められてましたっけ?」

「スマホ?」

「イアフォンだけでは音楽は聞けませんから」

「なるほど。スマホ自体の持ち込みは認められているんだ。時間やコースレイアウトなどを見ることは出来る」

「じゃあ音楽も聴けますね」

「そうだ。但しプレイに良い影響を及ぼすも

のは禁止されている」

「例えば?」

「そうだな。例えば・・・テレビのゴルフ中継だ」

「そんなことが出来たらとんでもなく有利じゃないですか。まして今回は全ホール生中継・・・まさか・・」

「ネット放送でこの組専用カメラが生中継している。各ホールの特徴、狙い所、パッティングライン、全てベテランプロの解説付きだ。この組についているプロの情報だってあるぞ」

「音声だけでもかなり参考になりますよ。でもタケさん、そんなことしますか?」

「シード権のためだ。越えてはいけない一線を越えてしまったのかも知れない」

「証拠はありませんよ」

「証拠はないが、可能性はある。そして動機も。さらに見違えるようなプレイを続けている。競技委員に知らせよう」

「ホールアウトしてからでいいんじゃないですか?」

「だめだ。たとえ1ラウンドでもこんなことを上手くやり遂げさせる訳には行かない」

前が詰まっていたのか少し待たされたが、これから早川がティーショットを打つところである。竹永は3人が打ち終わるのを待ち、競技委員に近付いて耳打ちする。競技委員は大きく目を見開き、驚いた表情で竹永を見ている。竹永は必死で何かを訴えている。やがて競技委員は頷き、小走りで早川を追いかける。

「タケさん、どうでした?」

「最初は信じなかったよ。でもイヤフォンを付けているのは事実だから、疑わしい行為をしないよう注意だけでもすればどうかと言ったら納得したよ」

「間違いだったらどうします?」

「間違いであって欲しいよ。その時は私が辞表を書けば良いんだから」

「タケさん・・・」


競技委員がキャディーの白石に声をかけ、ニット帽を脱がせる。表れた耳には確かにコードレスイヤフォンが装着されている。受け取った競技委員がイヤフォンを耳に当てる。怪訝な表情の後、見る間に険しい目つきになる。競技委員が白石の顔に人差し指を向けて何かを問い質すと、白石は小さく頷いた。早川は呆然と立ち尽くしていた。


その日の夜遅く、ツアー機構会長、ゴルフ協会会長、選手会長らが東京で記者会見を開いた。衝撃の内容に会見場はパニックに陥った。

「不正行為により、早川和也を競技失格とする。また不正行為の実行者であるキャディーの白石香奈、房総文武学園ゴルフ部監督の岩田慎司をプロ及びアマチュアゴルフ界から永久追放とする。さらに不正行為を事前に知りながら協力したとして、ミタホールディンクスとのスポンサー契約解除並びに代表取締役社長である三田源太郎氏に損害賠償請求で民事告訴する」


30.

翌日のスポーツ紙は1面で大々的に取り上げた。一般紙もスポーツ面と社会面で詳しく報じた。

竹永は高知のホテルで、部屋に無料配布される地元紙を見ている。高知で開催されたゴルフトーナメントでの不正行為とあって、1面トップニュース扱いである。

記事によると、キャディーの白石主導で不正行為が実行されたようである。白石は何とか早川にシード権を取らせたいと思い、今回のアイデアを思いつく。三田社長に相談し、ネット放送の生中継や予選ラウンドでの仲村・トーマスと同組を働きかけてもらった。白石が放送を聞くのではなく、パソコンでネット放送を観た岩田からスマホの通話で詳しく情報を聞いていたのである。万が一コードレスイヤフォンを見咎められた時は、好きな音楽を聴いてリラックスしていると言い訳するつもりであった。しかしまさか競技委員が、いきなりイヤフォンを耳に当てて聞くとは思わなかったようだ。タイミング悪く、岩田がしゃべり出した。

「白石さん聞こえますか?トラブルですか?

競技委員は何て言ってます?」

(早川も被害者だよな)

今回の件について、早川は何も聞かされていなかったようだ。ただ「白石のアドバイスがいつもより的確で不思議だった」と語ったと記事にある。

テレビではスポーツライターが、早川が関与していないとは考えられないと力説している。

竹永は、早川と交わした会話の数々を思い出していた。Jアマで3位タイに入った時、プロになり初優勝した時、日本オープンに勝った時、そして予選落ちを繰り返した時。竹永は節目節目で取材をして来たが、早川の誠実な態度や丁寧な言葉遣いは全く変わらなかった。

(彼が不正行為をするはずがない)

竹永は何だか気分が悪くなり、少し横になるため新聞を畳もうとした時、センセーショナルな不正行為の記事にへばりつくような小さな記事が目に付いた。


『前代未聞の不正行為が行われたトーナメント会場で、同じ日に2件の窃盗事件が発生していた。容疑者の2人組は、千葉市の自宅から尾行していた千葉県警の2人の刑事にその場で現行犯逮捕され・・・』

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それぞれの悪事 @qoot

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