【キコリの短編シリーズ①】茶碗蒸し

キコリ

茶碗蒸し




「やってらんないよ、こんなの!」




 堪忍袋の緒が切れて、僕はとうとう厨房を飛び出した。

 綺麗な茶碗蒸しが作れないのは、これで何回目だろうか・・・僕は外に続く廊下を走りながら考えた。


 昔から、親が経営している料理店を継ぎたいと思っていた。特に・・・ウチの看板メニューの茶碗蒸しは。


 いつか自分の手で完璧に作りたいと思い、父に料理を教えてもらい始めた。それでも、上手くいかないことが多く、何度も何度も失敗を重ね、その度に怒られた。

 

 だが、今日は違った。材料の量も、切り方もバッチリ。作業の時間配分も、ほとんどピッタリ。親と同じ味が再現できたと思った。



ところが。



「この味もダメだ。美味しくない。ウチの店の茶碗蒸しは、もっと味に深みがあるだろ!」



 父親の怒鳴り声が、いつものように厨房に響き渡った。


「別に、今はできなくてもいいじゃない。少しずつでいいし・・・」


 母は、このピりつく雰囲気を察しながら、お決まりのセリフを言った。

 ・・・来た。またこの流れだ。


 僕に対して怒鳴り散らす父の横で、母が恐る恐る口を出す・・・それがいつもの流れだ。それを見る度に、自分の力不足を感じ、僕は何とも言えない気持ちになる。無性に、居心地の悪い厨房から逃げ出したくなるのだ。





「〇〇〇___だいじょうぶかい?」




 僕が一度、外に出ようとした時、祖母が僕の名前を呼んだ。


「なに?ばあちゃん。」

 僕はロッキングチェアに座っている祖母の隣に座った。


 祖母は今年で八十六歳になる。歩くより座っている時間が長くなり、今まで出入りしていた厨房にも入らなくなってしまった。


「〇〇〇、またお父さんに怒られたのかい?」

「うん・・・もう、僕には才能がないのかな。」


 祖母の前だと、僕は自然と素直になれる気がした。それは、昔から忙しい親に代わり、僕と一緒に遊んだり勉強を見てくれたりしてくれたからかもしれない。


「お父さんも、〇〇〇と同じぐらいの歳で、凄い特訓したのよ。」

 祖母が僕を見て優しく笑う。


「何回も練習しては失敗して、怒られてね。それでもちゃんと茶碗蒸しを作れるようになったわ。」

 祖母は、どこか遠くを見るような目で僕を見た。



「きっとね、その時の嬉しさを、〇〇〇にも味わって欲しいのよ」



「そうかなぁ・・・」

「そうよ。私も、〇〇〇の作る茶碗蒸し、死ぬまでに食べたいわねぇ。」

「えぇ!そんな縁起でもないこと言わないでよ、ばあちゃん。」


僕はふと、自分が笑顔になっていることに気づいた。

どこか、祖母の力を感じる。

柔らかい空気が、僕と祖母を包んでいるみたいだ。



「あ、いたいた!」



 柔らかい雰囲気が流れている中、少し焦っている母親がやって来た。

 

「お父さんが、細かくアドバイスしないですまんって・・・もう一度やってみる?」


 それを聞いた僕は、一度祖母の顔を見た・・・が、すぐ母に向き直った。




「・・・今行く。まだ諦めないよ、僕。」




 この時、一瞬だけ見た祖母の表情は、店の茶碗蒸しぐらい、暖かかった。




                  終

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【キコリの短編シリーズ①】茶碗蒸し キコリ @liberty_kikori

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