第45話 逃げた?

「レイン、急に立ち止まってどうしたのよ」


「いや……あれ見てみろよ」


 俺が壁に貼られた紙を指差すとクレアも書かれている文字に気づいたのか壁に一目散に近づき、かぶりつくように見始めた。


 それを見て、シズが呟く。


「あぁ、アイスライト杯ね」


「ギルド代表って、アイスライト杯は学校同士の大会じゃなかったのか?」


「うん。そうだけど。でも毎年ハンターで15歳から18歳の若手を集めてギルド代表として参加することが認められてる」


 そうなのか……全く知らなかった。でもこんな事知ったらきっとあいつは……


「レイン! 出るわよ!」


 やっぱり……


 目を輝かせたクレアが読み終わったのか戻ってきた。


「なんて書いてあったんだ?」


「はぁ? そんなの自分で読んできなさいよ。めんどくさい」


「別にそれぐらいいいじゃん。あっ、さては書いてあることが理解できなかったんじゃないのか?」


 クレアが鋭い目つきで俺を睨みつける。やばい……調子に乗り過ぎたか……しょうがないから自分で見に行くかと思っていたら、


「お前等アイスライト杯に興味あるのか? 出場したいのか?」


 ギルドマスターのマーシャルだ。この人いつもギルドにいるな。暇なのか。


「いえ、以前通っていた学校で、出るかもしれなかった大会なので。ちょっと目に入っただけです。出場するつもりなんてないですよ」


「何言ってるのよ! 絶対でるのよ!」


 横でギャーギャー騒いでいるがここは無視しよう。


「どっちなんだよ。しかし俺からしても是非出場してほしいのだが……ちょうどお前らに説明しようと思っていたんだよ」


 マーシャルはいつの間にか真剣な表情に変わっていた。なにか事情があるのだろうか。


「うーん、じゃあとりあえず話だけ聞きますよ」


「あぁ、助かる。実はな……」


 マーシャルの話をまとめると、


・ギルド代表は金銭的な問題で学校へ通えず、ハンターになった者の同年代での力試しの為に作られた。


・アイスライト杯でギルド代表は今まで一回戦すら突破したことがない。


・何よりも今は若手のハンターが少なく、参加者すら集まらない。


・今ではすっかり騎士団の連中からギルドは大した若手ハンターがいないと舐められている。


・騎士団養成所でもある学校の力を見せつける為に、ギルド代表の参加を認めていると最近ある貴族に言われた。


・ギルドマスターとして、その貴族を何とか見返したい。


・マンティコアを倒した俺達ならきっとアイスライト杯を勝ち抜けるはず。


 というものだ。


 最後の方はかなり個人的な事も含まれていたが……いや、むしろ個人的な理由のほうが大きい。


「ほら、マーシャルさんも困ってるじゃない。助けてあげましょう」


 お前はただ出場して暴れたいだけだろう……


「いや、でも俺達はお金稼がなきゃだし……出場して下手に怪我でもしたら……それにエミリーさんにも許可をもらわないと……」


 ちなみに俺はできれば出場したくない。今更アイスライト杯に出る意味もないし、そんな時間があればクエストを受けたり、魔法の修行をしていたい……会いたくない連中もいる。


「分かった」


 何かを決心したようにマーシャルが口を開いた。


「報酬を出そう。参加料で百万ピア、更に一回戦突破するごとに百万ピアだ。優勝したら更に更に五百万ピア出そうじゃないか。それならクエストとして考えれば、申し分ない報酬だろう」


 顔面が引きつっているようにも見える。そうとう無理してるんだろうな……おそらくポケットマネーから出すのだろう。ギルドマスターも大変だな。まぁ、マーシャルにはハンターとして受け入れてくれた恩もあるし、今回は参加してあげよう。それに俺がでないと言ってもクレアは一人で出るだろうしな。


「分かりましたよ。そこまで言うなら参加しますよ」


「本当か! それは助かる! ありがとう」


 満面の笑みで頭を下げる。


 ギルドマスターなんだから、そんな簡単に若造に頭下げたら駄目だよ……周りのハンターもなんだといった感じで見ている。


「もはや金の亡者ね……」


「金男」


 黙って聞いていた、クレアとシズが軽蔑の眼差しでそんなことを言ってくる。


 こいつら……特にクレアは見栄えなく金使い荒いくせに。だったらその剣を売って生活費にしてこいと言いたい。シズ……金男ってなんだよ! 初めて聞いたぞ!


「うるさい! あとはエミリーに話をしないとな。シズの件もあるし」


「あぁ、それなら大丈夫だぞ」


「えっ、どういうことですか?」


「さっきエミリーが俺を訪ねてきてな。その時話したからな。『それなら安心ね』って言ってたぞ。あとこれを預かった」


 マーシャルはズボンのポケットから一枚の手紙を取り出した。


 それなら安心? ある不安がよぎり手紙を開くと、横からクレアものぞき込んできた。顔が近くにくるとなんだかドキドキしたが、手紙に集中した。


『手紙でごめんなさい。この手紙を読んでいるころにはきっと私はこの町にいないでしょう。あなた達なら二人でもハンターとして立派にやっていけるわ。私にはやるべきことがある。だから勝手だけどパーティーを抜けさせてもらいます。本当にごめんなさい。レインとは一か月、クレアとはたった数日の付き合いだったけど息子や娘ができたみたいで楽しかったわ。もしまた会える時があればその時はまた一緒にクエストに行けるといいな。きっとこれから多くの困難が待ち受けると思う。けど二人なら乗り越えられる。頑張ってね』


 急なことに俺は全身から力が抜けてしまった。まさか急にいなくなるなんて……たった一か月の付き合いだったが、エミリーには感謝しきれなほど多くの事をしてもらった。最後に礼ぐらい言わせてくれよ……


 しかしやるべきことがあるって書いていたな……一体何だろう……まさか……


「逃げたわね」


 真面目な顔でクレアがポツリと言った。


「えっ? 何から?」


「覚えてない? 次は得意な武器を見せるって言ったときの反応を。きっとそれを見られるのが恥ずかしくてパーティーを抜けたのよ」


 そんなこと言ってたな。でも……


「そんな訳ないだろう。それに恥ずかしい武器ってなんだよ」


「うーん、ムチとか?」


「あぁ、エミリーがムチを使って魔物を叩いてたら確かに……ってそれはないだろう! そんなんで急にいなくなったりしないだろう」


「じょ、じょうだんよ」


 クレアは冗談というが、俺と目を合わせない。


「まぁ、いいよ。とりあえずアイスライト杯への出場と、シズのパーティー入りが正式決定ってことで改めて宜しくね、シズ」


「よろしくね~、シズ」


「うん、よろしく」


 シズは嬉しそうに微笑んでいた。


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