第42話 シズの力

「クレア、あなた怪我してる?」


 シズがクレアをジッと見てたと思ったら突然口を開いた。あれ? シズに怪我してたこと言ってないと思うけど。


「確かに、怪我はしていたけどもう治ったわ」


 クレアは指をボキボキと鳴らしてアピールしている。女の子なんだからやめろよ。


「嘘」


「う、うそじゃないわよ。もう治ったわ。なんであなたに分かるのよ」


 それを聞くと、シズは小さく溜息をつき答えた。


「私の目はそういうのを見抜ける。魔石を鑑定したのもこの目のお陰」


 再びシズはじっとクレアを見つめる。クレアはなぜか「ひっ」と声を上げ、両手で自分の胸をかくす。


「ふっ、Bね」


 シズは小馬鹿にしたような不敵な顔を浮かべた。B? 何の話だ? クレアを見ると顔を真っ赤にしてゆでだこのようになっている。あっ、そういうことか! 確かに若干ではあるが、シズの方が大きい。


「な、な、な、なに適当なこと言っているのよ。レイン、やっぱりこの女、パーティーに入れるの止めましょう」


 そうなのか……Bなのか……いいことを聞いた。正直俺は見た目でAだと思っていたからな。実際はもっと大きいのか。


「ちょっとレイン、ニヤニヤして何考えているのかしら?」


「え?」


 しまった、油断した。いつの間にかクレアの真っ赤だった表情が鬼の形相に変化していた。そしてゆらりと立ち上がる。


「お、おい。揺れるから危ないぞ」


「大丈夫よ、こんなことでバランスを崩すほど柔じゃないわ」


 そしてゆっくりと腕を振り上げる。


「この変態魔術師!」


 フルスイングされたビンタが俺の頬に直撃した。


「今ぐらいなら怪我は悪化しない」


 下手すると気を失いかねない攻撃を受けた俺を見ながらシズが呟く。


「え? 今ぐらいってどういうことかしら」


「5割ってところ。5割ぐらいの力で戦えば悪化しないはず。完全に治すならあと3日」


 さっきのビンタ5割の力だったのか。全力出されたら間違いなく失神するな。いや、下手したら死ぬかも……あまり怒らせないように気を付けよう。


 しかしシズの目はそんなことまで分かるのか。一体あの目にはどれほどの事が見えるのだろうか。


「わ、わかった。5割ね。それだけ出せれば十分じゃない。今日も見学って言われたら堪らないわ」


 ほっとしたように、再び席に座る。でも5割の力で戦うことを認めたってことは、怪我が治ってないというのは本当か。シズのあの目はどこまで見抜けるのだろうか。


「でも戦えるならよかったな、クレア」


「ほんとよ。今日はあなたの変態魔法に頼らなくてよさそうね」


 それを聞いたシズが若干ピクッと動いた。そして冷淡な顔で俺を見る。


「変態魔法って何?」


「普通の魔法だよ。ただ普通より威力が高いだけの魔法だって」


「ふーん……」


 シズは俺をじっと見ている。一体何を見られているのだろうか……気になる。変質者と思ってないだろうな……


 そんなこんな事がありながらもパナナの森へたどり着いた。


「サスペクト」


 うわぁ、魔物が大量だな。強くはないが沢山の魔力を感じる。十や二十どころでない。同時にシズの魔力も感じたが弱くはないが特別に強いというわけではなかった。まぁ、攻撃は得意じゃないとか言っていたしな。奥の方にはレッドベアと思われる魔力も感じる。確かに今感じている魔力の中では一番強いが、マンティコアに比べると大したことはない。


「面倒ね」


 シズもサスペクトを唱えたのだろう。


「だな。まぁ、邪魔する魔物から倒していくか」


 俺とシズはお互い目を合わせて、頷き合う。


「ちょっと待ちなさいよ。何の話しているの。私も混ぜてよ」


 仲間外れにされたクレアが焦ったように俺の視界に割り込んできた。


「この先に魔物が大量に沸いてるんだよ」


「クレアは分からないの?」


「こいつは魔力が低すぎて自分の視界内ぐらいの範囲しか察知できないんだよ」


「それサスペクトの意味ない」


「う、うるさいわね。私にはこの剣があるからいいのよ」


 そういうとクレアは自慢の剣を鞘から抜いた。


「クレアはアイスライトを地で行くような人」


 ん? アイスライトを地で行く? どういう意味だ?


「なぁ……」


 俺が尋ねようとした瞬間、割り込むようにシズが呟く。


「来る」


 シズに向けていた視線を森の奥に向ける。ぞろぞろと魔物の群れのお出ましだ。その数は二十……いや三十体はいるだろうか。見たことのない魔物がほとんどだ。犬のような魔物もいれば、人型の魔物もいる。


「EやDの魔物ばかり。問題ない」


「ふん、雑魚ばかりじゃない。私に任せなさい」


 クレアが先陣を切って魔物の群れの中心に飛び出す。こいつ戦いたくてうずうずしていたな。


「ほんと仕方ない人。援護するわ」


 シズは両手を前に突き出し魔法を唱えようとしている。ちょっと待て。いま魔法を撃てば、クレアを巻き込んでしまうんじゃないか? しかしシズは両手を上げたまま目を閉じ、何やら集中している。


 クレアはすでに魔物の群れに辿り着き、剣を横に薙ぎ払う。その剣の軌跡に巻き込まれた三体の魔物は、まるで豆腐を切るように体を半分に切断されていた。さらに近くにいる魔物から次々と切り刻んでいく。魔物も反撃を試みようとするもののクレアとのスピードの差に何もできずにいた。ほんとにこれで5割の力なのか。


 鬼人のような姿に見惚れていると、シズが魔法を唱えた。


「ウォーターボール」


 伸ばした両手の前には俺のバカでかいウォーターボールとは違い、小さな水球がいくつも現れ、その一つ一つが魔物に向かって勢いよく飛んでいく。放たれた魔法はクレアを巻き込むことなく正確に魔物に直撃し、一瞬にして十を超える魔石を生み出した。


 なんだ今の魔法は……どうやったんだ……その魔法を見たとき、俺がマンティコアに放った究極魔法と同じような感覚を覚えた。

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