第39話 新しい剣

 俺とクレアはすっかり日の落ちた暗闇の町を二人で歩いていた。僅かな月の明かりと、家や店から漏れる光で何とか道に迷わず、やすらぎ亭を目指すことができていた。さっきの出来事があり、妙に恥ずかしく二人とも無言でひたすら歩いている。さすがに辛くなってきたので、何かないかと話題を探していた。あっ、そういえば……


「クレア、その剣は今日買ったのか?」


 クレアの腰には一本の剣を腰に差していた。その剣はクレアが扱うには意外にも細く小さい剣のようにも思えた。


 するとクレアは立ち止まり、腰から剣を抜いて見せつける様に俺に向けた。お、おい。危ないよ。しかし美しい……月のわずかな光でも金色の刀身が輝いているのが分かる。


「いい剣でしょ。一目惚れしちゃった」


「確かに。でも高そうだな。よく買えたな。いくらだったんだ?」


「百万……」


 クレアは苦笑いを浮かべながら、小さな声で言った。


「え? そんな金どうしたんだよ」


「借りたのよ! エミリーにお願いして借りたの。次からのクエストの報酬で分割にして返すからって。どうしてもこの子が欲しかったのよ。それに元値は一千万するのよ。お買い得でしょ」


「な! 一千万? なんでそんなに安くなったんだ? まさか呪われてるんじゃ……」


 ありえない値下げだった。一千万の武器といえば一級品だ。あの店でも最高級品ではないだろうか。それが百万? 何か理由があるはずだ。


「呪われてるなんて失礼ね! この剣は店主が人生をかけるくらい精魂込めて作ったのはいいんだけど、扱える人が中々いなくて何年も売れ残ってたらしいわ。私が試しに振り回していたら、店主が泣きながら買ってくれってお願いしてきたのよ。お金ないって言ったら、すごく安くしてくれたからエミリーにお願いしたの」


 店の中で剣を振り回してのかこいつ……危ないなぁ。けど扱える人が中々いない? 見た目は普通の片手剣にも見えるが……


 俺が不思議そうな顔をしていたら、クレアが剣を差し出してきた。持ってみろということだろうか。俺は片手でクレアから剣を受け取った。


「うわ!」


 その剣は片手ではとても支えきれず、柄を握りしめたまま地面に落としてしまった。すると剣先が石畳みの道に豆腐を切るようにサクッと刺さった。


 おい、おい。なんて切れ味だよ。俺は剣を抜こうと、両手で柄を握りしめ引っ張るがビクともしない。


「しょうがないわね。でもこれで理由が分かったでしょ」


 そう言いながら、クレアは片手で簡単にその剣を抜いた。確かに普通のハンターや騎士団員にはこの剣は持つことすらできないだろう。クレアのようなバカ力がそう簡単に見つかるわけもない。売れ残るのは必然だろう。なんでそんな剣作ったんだ……


「さっ、早く帰りましょ。エミリー待たせてるんでしょ。お腹も減ったわ」


「あぁ、急ごう。心配させているかもな」


 俺達は早足で、やすらぎ亭に戻った。エミリーを探していると、食堂の方から女性の声が聞こえてきた。


「今日は私にょおごりだー! みんにぁ、たっぷりのめぇよー!」


 顔を真っ赤にして酔っ払っているエミリーがそこにいた。周りにはハンターだろうか。屈強な男達がエミリーを囲んで盛り上がっていた。床には数人の男達が転がっている。中には鼻血を出して倒れている男も。


 一体何があったんだ……慌ててエミリーの元に向かう。


「エミリー何やっているんですか。しかもおごりとか聞こえましたよ」


「ありゃ、リェインじゃない。にゃにって酒飲んでるんですよぉ。だめですかぁ」


 うわ、酒臭い。それに完全に酔っぱらっている。駄目だ。早く連れて帰ろう。


「皆さん、盛り上がっているところすいません。もう酔っぱらっているみたいなので帰ります」


 そう言うと、食堂の店員が走って俺の元にやってきた。


「お連れの方ですか?」


「はい、そうですが」


「よかった……ちょっと支払いの方が高額になっていまして。一度清算してくれないかなと」


 え、高額……そういえばさっきおごりだーとか叫んでいたな。俺は恐る恐るいくらか尋ねた。


「二十万ピアです」


 二十万ピア! 俺が節約して装備を買ったのに……エミリーの体をまさぐるわけにはいかないので、自分の持っている全財産を手渡した。


「ありがとうございました」


 店員は笑顔でそう言うとそそくさと持ち場に戻った。そして酔いつぶれて既に寝てしまったエミリーを背中に抱える。柔らかい何かが背中に当たるのを感じた。エミリー、意外にあるぞ。クレアにばれない様に冷静を装う。


 部屋に戻り、ベッドにエミリーを寝かせる。


「さて、俺達も飯食いに行くか」


「そうね。ご機嫌ね、レイン。何かいい事でもあったのかしら」


 クレアは目を細めて俺をジッと見てくる。これはバレてる。


「べ、別に何もないよ。さっさと行こうぜ」


 あまり突っ込まれたくないので、急いで部屋を出た。クレアも納得はしていないようだが、それ以上は何も言ってこなかった。


 俺達は食事を終えると、あることに気づいた。


「なぁ、クレア。今お金いくら持ってる?」


「はぁ? さっきエミリーからお金借りて剣買ったから、一銭もないわよ」


「俺もだ……」


 さっき、ちょうど二十万ピアの支払いをして俺も一文無しになっていた。仕方ないエミリーから探し出すか。


「ちょっとエミリーのところ行ってくるから待ってて」


「いや、私が行くわ」


「いいのか?」


「面倒だけど。背中に胸が当たってニヤニヤしている男に、酔いつぶれて寝ているエミリーの所に行かせられないわ」


 やっぱりバレてた! クレアはゴミ虫を見るような目で俺を見下しながら、食堂を出て行った。そして無事? 支払いを済まして風呂に入り、寝ることにした。その間、一言もクレアと話すことはなかった……

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