第24話 許せるものか

 次の日の朝、エミリーさんはまだ帰ってなかった。俺が用意した朝食をクレアと二人で食べ、今日は学校へ向かうことにした。途中、クレアの屋敷があった場所を通ったが、既に建物は取り壊され更地となっていた。俺達は特に言葉を交わすことはなかったが、クレアが拳を強く握っていたことを俺は見逃さなかった。


 教室に入ると、クラスメイトのいつものように視線が突き刺さる。1ヶ月も経てば慣れるものだ。いや、この視線は俺に向けられたものではない。皆クレアを見ているのか?


 クレアが教室に入ると、いつも媚を売るように挨拶をしてくる女生徒も口を閉ざしたままだ。むしろ蔑んだ目をしてクレアを見ている。それでもクレアは何事もないように席に座った。それを見て、俺も自分の席に座と、後ろのグラッドが小鳥が囀ずるような小さな声で話しかけてきた。


「おい、クレアが貴族を剥奪されたって本当なのか」


 貴族達には早くも伝わっているようだ。


「あぁ、昨日レオナルド=ファレルがクレアの家を取り壊しやがった」


「レオナルド=ファレル! そりゃあ大物が出てきたな。しかし急だな。親が死んだからって、こんなの聞いたことないぞ」


「俺もそう思う。とにかく今日エミリーさんが帰ってくるから相談してみるつもりだよ」


「そうか。あの人も有名な貴族だから何か知ってるかもな。おい、クレア。元気だせよ。お前の実力ならすぐ貴族に戻れるさ」


 グラッドはクレアに向け親指を立てて励ましている。クレアは何も言わなかったが少しだけ微笑み、手を上げて答えていた。


「はーい、じゃあ今日も授業始めるわよ」


 リタ先生が教室に入ってきて、何事もなく午前中の授業は終了した。昼食をとろうとクレアを誘おうとしたところでリタ先生に話しかけられた。


「あっ、レイン君ちょっと時間あるかしら。すぐ終わるから話したい事があるのだけれど」


「えっ、大丈夫ですけど……」


 俺はリタ先生に連れられ、誰もいない部屋に通された。


「クレアさんのことは私も聞いたわ。クレアさん大丈夫だった?」


「昨日はさすがに落ち込んでいたみたいですけど、今は前を向いてます。すぐに結果を出して貴族に復帰するって意気込んでいました」


「そう、それは良かった。学校も彼女をサポートするとこに決定したわ」


 よかった……退学になったら騎士団に入ることも難しくなるからな。


「それを聞いて安心しました。クレアにも伝えます」


「うん、よろしくね。あと気を付けてね。彼女のフォントネル家としての後ろ盾は無くなったわ。もし彼女やフォントネル家に恨みを持つ者がいたら当然狙われるわ」


 それを聞いた瞬間、背筋が凍り付くような寒気がした。


「まぁ彼女の力があれば返り討ちに」


「すいません、失礼します」


 俺はリタ先生の言葉を遮って、教室に急いで戻った。教室の扉を開け見渡すがクレアがいない。


「グラッド、クレアはどこにいった」


「どうしたんだよ、そんな慌てて。クレアなら例のお坊ちゃんと何か話した後外に出て行ったぞ」


 嫌な予感が的中した。


「馬鹿野郎、なんで一人で行かせたんだ」


「なんでって……クレアなら大丈夫だろうが」


「あいつは今、全力が出せないんだよ」


 俺は勢いよく教室を飛び出し、クレアを探した。畜生、油断した。クレアの怪我が完全に治るまでは俺が守ってやらなきゃならなかったのに。いったいどこにいったんだ。俺の予感が正しいのなら恐らく人目につかない場所に移動するはずだ。学校の中ではない、外だ。


 学内は広く、闇雲にクレアを探すが全く見つからない。俺は両膝に手をついて、ゼイゼイと息を切らせる。やっぱりもっと体力つけないとな。その時、荒っぽい言葉で叫ぶ男の声が聞こえた。


「おい、早くそっちを押されろ」


 まずい。俺は限界が近づく体を奮い立たせ、声のする方へ走った。


 薄暗い建物と建物の隙間の道にクレアはいた。道の入り口付近には五人の男が倒れていたが、クレアもまた奥の方で四人がかりで手、足、口を抑えつけられており、その周りには二人の男が立っていた。その一人にあのお坊ちゃんもいた。クレアは今にも制服を脱がされそうとしていたが、クレアも必死で抵抗していた。こいつら許さん。


「やめろ!」


 俺が叫ぶとその場にいた全員が俺の顔を見て、お坊ちゃんがニヤニヤした表情で俺の方へ歩いてきた。


「これはこれは犯罪者のレイン君じゃないですか。あなたも混ざりたいんですか」


 俺は怒りに任せて、腹に全力の拳を打ちつけた。


「ぐえぇぇぇ」


 と腹を抑えながらその場にうずくまる。俺が見下したまま睨みつけていると、俺を指差しながら震えた声で抵抗したてきた。


「お前……貴族に手を出していいと……問題を起こしたら退学になるんだろうが」


「ライトニング」


 俺は容赦なく魔法を唱えた。雷の中級魔法が直撃し、お坊ちゃんは体から煙を出しその場に崩れた。


「こいつまじでやりやがった……」


 立っていた残りの一人がまさかといったように呟く。もちろん闘技場以外で魔法を使うことは禁止されている。しかし俺の怒りはこんなことで収まらない。本当はより強い魔法を食らわせたかったが、この狭い場所では中級魔法でないとクレアを巻き込んでしまう。


「おい、全員でかかってこいよ。皆殺しだ」


 俺が殺気を込めて睨みつけると、男達も覚悟したのか、クレアを押さえつけるのを止め立ち上がる。


「レイン、やめなさい! これ以上はほんと退学になるわよ。後は私がやるか……うっ……」


 クレアはそう言って立ち上がろうとするが、怪我が悪化したのかダメージが大きいのかしゃがみこんでしまった。よく見ると口からは血も流れていて、制服もボロボロだ。ごめんなクレア……俺が油断したばっかりに。すぐ片付ける。


「早くこいよ、ザコども」


 俺は挑発するように手招きする。


「ちくしょう、なめやがって。おい、一気に魔法をぶつけるぞ」


 すると五人の男が一斉に俺に向けて様々な初級魔法を使ってきたが、俺は避けることなく全てその魔法を受け切った。ダメージは全くない。


「ば、ばけものめ。に、にげるぞ」


 五人の男が反対側に走り出す。


「逃がすかよ、ファイアボール」


 俺が火の中級魔法を唱えると火球が飛び出し、五人の男達が炎に包まれた。中から断末魔のような声が聞こえ、炎が消えたときには黒焦げで全員が倒れていた。


「大丈夫か?」


 俺はクレアに手を伸ばすとクレアは俺の手をしっかり掴み立ち上がる。


「こんな事しちゃって、バカ! 私一人でも何とかなったのよ」


「はいはい、どうせ俺はバカですよ」


「でもありがと……」


 バカと言うクレアはいつも通りのクレアだったが、お礼を言うクレアは赤くなった顔を俯け、小さな声だった。うん、こんなクレアを見れたんだから後悔はない。ほんと無事でよかった。


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