第16話 今の日常は辛い

「おはよう、クレア。体調はどう?」


 あの裁判から1ヶ月が経った。クレアは裁判の時の無理が祟って入院が長引いていて、俺は朝からクレアのお見舞いに病院へ行くのが日課になっていた。


「おはよう、レイン。体調なんて万全よ。ほんと退屈でたまらないわ。まだ素振りしかしちゃダメなんて体が鈍っちゃう」


「ごめんな、俺のせいで……」


 俺が謝ると、分厚い本が飛んできて頭に当たった。


「いってぇぇぇ、なにすんだよ」


「ほんとうざい。毎日毎日謝ってばっかり。別に私は自分の為にやったんだからあなたは気にしないの。将来私に仕える召し使いがいなくなると困るのよ。次謝ったらもっとひどいことになるわよ」


 ただの召し使いになるもりはないが、クレアの為に尽くしていく覚悟はある。俺は少し腫れている額をさすりながらクレアが寝ているベッドの近くにあるイスに座り、足元にカバンを置く。


「あぁ、ありがとう」


「えっ? あっ、別にいいわよ。ところで私がいないからってサボってないわよね」


 素直に俺が礼を言うと、クレアは少し恥ずかしいそうにしていた。


「大丈夫だよ。俺はもう誰にも負けたくない。強くなるためにサボってる暇なんてないんだ」


 真っ直ぐクレアの目を見て俺は答える。


 俺は今エミリーさんの家にお世話になっている。自分の家は特に被害はなかったが、あの家はフォントネル家にボルタが借りていたものだ。もうあの家では暮らせない……クレアの家は全壊してしまい建て直しているところなので、ついでに壊してもらった。


 エミリーさんは元騎士団だ。今は退団して弁護士をやっているが昔は剣神と言われたザワードさんと互角の勝負をしていたらしい。そしてボルタもそこに加わり、当時の騎士団で歴代最強の三剣士と言われていたようだ。今もその力は健在で、学校が終わると訓練をつけてもらっている。


「そう、それはよかった。いい心掛けね。でも誰にも負けないって私にも勝てる気かしら」


 クレアが鋭い目をして睨み付けてきた。


「い、いやそんなつもりじゃ……」


「冗談よ。あんたが私に勝てるわけないじゃない。それに私も誰にも負けるつもりはないわ。次に会ったらあの男は私が殺す。たとえあなたの父親でもね」


「わかってるよ。もうあいつは父ではない。ただの殺人者だ。俺も次は負けない」


「まぁ、あんたはボルタがいる限りは犯罪者なんだけどね。あくまで執行猶予中なんだから」


 クレアは表情を崩してケラケラ笑っている。


「それは言わないでくれよ……じゃあそろそろ学校へ行ってくるよ」


「いってらっしゃい、授業中寝ないようにね」


 手を振り、俺は病室をあとにした。しかし病院を出たところで手ぶらなことに気づいた。急いで戻ったが病室に入る前に、中で素振りをしているような音が聞こえた。病室を覗くと、クレアが涙を流しながら一心不乱に木刀を振るっている。俺は中に入ることができず、そのまま学校へ向かうことにした。


 お父さんが殺されたんだ……そんな簡単に立ち直れないよな。ボルタ、絶対許さない。ボルタにも理由はあったのだろう。しかしクレアを悲しませた、傷つけたことは許せない。必ず俺が見つけ出して倒す。


 学校へ着いて教室の扉を開けると、クラスメイトの視線が一気に注がれ、ヒソヒソと何かを話している。


「犯罪者がよく学校にこれるな」


「いつ私達も狙われるかわからないわ」


「なんで退学にならないんだよ」


 など、様々な会話が聞こえてくる……


 俺は裁判により結果的に無罪を勝ち取ることはできなかった。クレアにより執行猶予をもらえただけだ。学校側も俺をどう処分するか協議したようだが、クレアの意思を尊重し保留となっている。しかし、何か問題を起こせばすぐに退学になる。生徒にも今回の事件はすぐに広まり俺を見る目が変わったという訳だ。クラスメイトの会話に切れそうになることもあるが、クレアの為にも退学になるわけにはいかず、我慢する日々が続いている。


 クラスメイトの視線を無視して席に座る。すると後ろの席のグラッドが話しかけてきた。


「よう、レイン。いつも通りの朝だな」


「いや、違うよ。今日はカバンを忘れた」


「学校にカバン持ってこないなんて、何にしに来てるんだよ」


 グラッドは笑っていた。グラッドは事件のあとも変わらず俺に接してくれる。グラッドだけではない。トールとリリー、それに担任のリタも何も変わらず話しかけてくれる。俺がここまで学校に通えたのはこの四人の存在が大きい。この四人まで、他のクラスメイトと同じだったらきっと耐えられない。


「おい、グラッド。そんな奴と仲良く話してるなんてお前も仲間なのか」


 顔を上げると初日にクレアに顔面を殴られたお坊ちゃんが立っていた。クレアに殴られた傷も癒え、数日前に学校に戻ってきた。


「ふん、たしかに俺は仲間だよ。友達だからな。ん? お前なんか鼻が曲がってないか? あぁすまん、すまん、誰かに殴られたんだったな」


 そのお坊ちゃんは両手で鼻を隠す。


「ふん、お前もその殺人者に利用されて殺されないように気を付けてるんだな」


 そういって、自分の席に戻っていく。


「おい、レイン。気にするなよ。お前は手を出したら一発で退学なんだからな」


「わかってるよ。あんな雑魚は無視しておくのが一番なんだよ」


 それにしてもグラッドはほんとにいい奴だ。

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