第10話 貴族の覚悟

「やったわね、レイン。あと2勝で決勝よ」


 控え室に戻るとクレアが迎えてくれた。


「やっぱり後味悪いな」


 たしかに勝てたのは嬉しかったが素直には喜べなかった。


「あれでいいのよ。相手に手加減されるなんて剣士として屈辱だわ。だから私はどんな時でもどんな相手でも全力で戦うわ」


 剣士としての志は立派なのに、なんで貴族としての振る舞いができないのだろうか。


 でもクレアと戦う相手がいつも一撃で気絶させられているのは、そういう理由か。


「全力でやって相手が死んでしまったらとか考えないのか?」


 俺が一番気にしていることを聞いてみた。クレアはどう考えてるのだろう。


「残念だけど私達の世界は争いの世界よ。いつ戦争が起こって、いつ死ぬかもわからない。他の国ではわからないけど、この国の貴族は強くなくてはいけないの。弱かったら国の役に立てず死ぬだけよ。私達はまだ学生だけど戦うということは常に死と隣り合わせだと、死にたくなければ戦うなと学んできたわ。だから私は挑んできた相手には全力で戦うわ、たとえ殺してしまっても。相手も覚悟してるんだから。だから私も覚悟してる。まっ、まだまだ死ぬつもりなんてないけどね」


 クレアは珍しく真剣な表情で話してくれた。最後は笑っていたが。貴族って大変だな。国から金を貰って、苦労せず贅沢な暮らしを送ってるだけだと思っていたのが恥ずかしい。


 でも俺はクレアを殺させたりはしない。クレアが危ないと思ったらどんな場面でもきっと助けにいくだろう。クレアが戦場にいくならば俺もついていこう。クレアを守るためだったらいくらでもこの手を汚そう。そう心に誓った。


「あっ、そろそろ私の番ね。いってくるわ」


「おう、頑張れよ」


 相手はグラッドだったな。せめて死なないように祈っててあげよう。


 俺も試合を見るために観客席に移動した。席につくと、闘技場の真ん中でクレアとグラッドが睨みあっていた。


「はじめっ」


 教官の開始の合図が闘技場に響いた。


 あっ、虫が飛んでる‥‥


「それまで」


 教官の終了の合図が闘技場に響いた。


 虫に気をとられた一瞬で勝負はついていた。


 グラッドが腹を押さえてうずくまっている。よかった、死んではいないようだ。


 なにがあったんだろうと思っていると、あっけにとられていた観客が歓声をあげる。


「すげぇ、さすがフォントネル家だ。腹パン一発だよ」


「剣も魔法も使わずに倒したよ」


「ほ、ほれた」


 最後に聞き捨てにならないセリフが聞こえてきたが、まさか腹パンとはな。素手での攻撃は十分の一にならないから、あのバカ身体能力で本気で殴られたらひとたまりもないだろう。


 クレアも観客の歓声が気持ちいいのだろう。あちらこちらに手を振っている。するとやがて俺と目が合い、満面の笑みでピースしてきた。俺もピースで返す。周りの目が少し痛かったが、少しだけ優越感に浸れた。


 さっ、控室に出迎えにでもいくか。


「クレアおつかれさま。とりあえずおめでとう」


「別に疲れてなんかないわよ。ってかあんたなんでここにいるのよ」


 クレアが何を言ってるのか分からない…


「えっ、なんでって?」


「今やってる試合よ。あなたが二回戦で戦う相手よ。そのまま観客席で見てると思ったのに。ほんとバカよね」


「あっ……」


「あっ……じゃないわよ。早くいくわよ。まったく世話がやけるわ」


 二人で走って観客席に向かう。だから足速すぎだって、クレア。


 俺はクレアに少し遅れて観客席に着いた。


「おそかったわ」


 闘技場を見ると、一人の女の子が立っていた。相手は気を失って倒れている。ん?あの女の子リリー=シンクレアって娘じゃないか。そういえば昨日二回戦で当たるかもっていってたな。どんな戦い方をするのだろうか。


「見れなかったのは仕方がないわ。もうすぐエーベルの試合も始まるからちゃんと見ておくのよ」


「わかってるよ」


 俺もエーベルの戦いには興味がある。


 それから数試合後エーベルの試合が始まった。結果を言えばエーベルの完勝といった感じだ。相手は剣術での戦いは不利だと思ったのか遠距離からファイアボールを放っていた。しかしエーベルはものともせず剣でファイアボールを切りながら、近づき最後は一撃で相手を気絶させた。


「さすがに強いな。まだ全然本気じゃないだろうし」


 一気に不安になったが、


「大丈夫、大丈夫。あれならレインの方が強いわ」


 クレアはあの戦いを見ても、俺が勝つと信じているようだ。


「でも、魔法を切ってたよな? 俺の剣じゃダメージ与えられないし、魔法も切られたら勝ち目が」


「あんな魔法とレインの魔法は比べものにならないわよ。レインの魔法だけは私より上なんだから自信持ちなさい」


「いやいや、クレアは魔法全然だめじゃないか」


 そう言った瞬間、クレアに足をおもいっきり踏まれた。


「ご、ごめんなさい」


 二回戦の試合時間が近づいてきたので、控え室に戻ろうとしたら闘技場の真ん中に教官が立っているのに気づいた。


「えー、二回戦で予定されていた、レイン対リリー=シンクレアの試合はリリー=シンクレアの棄権により、レインの準決勝進出とする」


 不思議と広い闘技場内に声が響いていた。


「えっ、棄権? ほんとに?」


「ラッキーね。これであとはエーベルを倒せば決勝じゃない。これで運を使い果たさなきゃいいけどね」


「そのエーベルが一番の難敵なんだけどな」


 しかし棄権なんて何があったんだろう。


 その後クレアの二回戦が行われたが、一回戦と同じ結末になった。ほんとあいつは別格だな。決勝まで上がったら俺も棄権しようかな。

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