あら、また婚約破棄したいと仰るのですか?【短編】

朝霧 陽月

よくある夜会のお馴染みの寸劇

「メルチェリーナお前との婚約を破棄する!!」


 ここは国内のごく一部貴族が集まっている、夜会の行なわれている大広間。

 そして唐突にそんなことを宣言したのは、公爵令嬢である私メルチェリーナの婚約者でもあるダニエル第二王子だった。


「まぁ……」

「そして私は、新たにこのミーナ・ザッコスと婚約する!!」


 そう言いながら、ダニエル様は傍らにいる小柄で可愛らしい少女を示す。


 あらあら、これは……。


「ちょうど良かったわ……」


 そう口にしつつ、私は思わず笑みを漏らしてしまった。


 ええ、本当に彼はいつもいつも素晴らしいタイミングで動いてくれるわね……。

 もしかしたら、これが運命というものかしら?


 嬉しくてたまらない私とは対照的に、私と目のあったダニエル様はなぜか「くっ」という声を漏らしながら後ずさりしていた。

 あら、なぜでしょうね? 不思議だわ……。


「ふふ、実は私もミーナ様についてお話したいことがございましたの」

「ま、またか!! ミーナまで陥れるつもりなのか!?」

「陥れるなんて、そんな人聞きの悪い……」

「お前はそうやって毎回、俺の愛する女性を陥れて来ただろうが!?」


 ……まったく酷い言い掛かりですわ。

 私がそんなことをした事実は一切ないというのに……。


「ダニエル様、私怖い……」


 するとここで、すかさずミーナ様がダニエル様の腕にしがみついく。

 あら……まぁ、これはまたベタなことをなさいますね……。


「大丈夫だミーナ、アイツの好きにはさせないから……!!」

「ダニエル様!!」


 予定調和的な流れで盛り上がるお二人。

 本当なら正式な婚約者たる私が怒っても仕方ないところですが……。

 ええ、私はある程度の浮気までなら許せる寛容な性格。

 ここは見逃して差し上げましょう……特に、ミーナ様には次なんて存在しませんから。


「うふふ、それではお二人とも十分盛り上がられたところで……本題に入らせて頂きますね?」

「っっやめろ!!」


 私が話を進めようとすると、ダニエル様も本能的にマズいと思ったのか全力で叫ぶ。


「ふふ、やめませんわよ?」


 ああ、この瞬間がいつも一番楽しくてたまらない……。

 うふふ、いい反応を見せて下さいね?


「実はミーナ様のご実家について少し調べさせて頂きましたの……ほら、王子殿下のお側に怪しい人間がいたらいけないでしょう」

「ミーナは怪しくない!!」

「まぁ聞いて下さいな、そしたらミーナ様のご実家の男爵家……結構な借金をお持ちのようでしてね」

「しゃ、借金くらいあるからってなんだ!?」

「まぁ借金だけなら良かったのですが、その借金を理由に我が国と敵対関係にある国と繋がりを持たれてたみたいでして……」

「そ、そんなの嘘だ!!」

「ええ、私もそう思いたくて徹底的に調べましたわ。そしたら裏付ける証拠が山のように出て来て……」


「だ、ダニエル様騙されないで!!」


 私がそこまで言いかけたタイミングで、顔色を悪くしたミーナ様が苦し紛れとしか思えない叫び声を上げた。


 ええ、もちろんアナタがこの場にいることも、私忘れていませんからね?


「そうだ、これだけ言っておいてコイツは肝心の証拠を出す気がないなんておかしいからな……俺はまだ彼女を信じる!!」


 ミーナ様の言葉でやや元気を取り戻したのか、ダニエル様は思い付いたようにそんなことを言い出した。

 あらあら、ダニエル様ったら随分と単純でいらっしゃいますわね。

 しかし、証拠ですか……。


「……それは申し訳ありません、今はちょうど手元にはございませんね」

「ほらな……!!」

「だって少し前に不正の証拠として国王陛下に提出してしまったのですもの」

「は…………」

「国を脅かす存在に気付いたら何を置いても国王陛下へ報告する……臣下として当然ではありませんか?」


 とは言ったものの、全て提出してしまっていて手元に何もないのは少し良くなかったかもしれませんね……。

 今度からは、いざという時の為に証拠資料の写しでも手元に持っておこうかしら?


「な、何を言って……」


「う、嘘うそよ……」


 そんな声が聞こえた方を見ると、すっかり呆けた顔をしているダニエル様と、先程以上に顔色を悪くしたミーナ様が目に映った。


 あら、お二人と素敵なお顔ですわね。

 これさえ見られたのなら、今回はこんなところでいいかしら?


 いえ、でも、頑張ればもっといけた気も……。

 私がそんなことを考えていると、同時に大広間の扉が乱暴に開かれた。


「ミーナ・ザッコス男爵令嬢、国家反逆罪の容疑で貴様を拘束する!!」


 あら、予想以上に早かったわね?


 そうしてぞろぞろと入ってきた騎士達に、あっという間に拘束されるミーナ様。そのままズルズルと引きずられるように、この場から退場させられていったのだった。

 抵抗もしなかったわね……これはちょっと残念。


「み、ミーナぁぁ!!」


 そこから少し遅れて、ダニエル様はその場に崩れ落ちた。

 あらあら、この反応は悪くありませんわね、さすがダニエル様ですわ。


「はい、今回もお疲れ様でございます」


 彼の肩にポンっと手を置きながら、私は言った。

 しかしここからの言葉は彼に向けた言葉でありつつ、彼に聞かせるための言葉ではない。


「本当にダニエル様の、このお仕事は毎度素晴らしいですわ。女遊びをしているように見せかけて、的確に要注意人物を釣り上げて下さるのですもの」


 そう、これはこの会場にいる他の貴族に聞かせるための言葉である。

 正直、苦しい言い訳に聞こえるかもしれないが、私がそう言えばそういうことになることなので何一つ問題はない。

 そもそもここにいる貴族全員は私側の人間であり、この寸劇を分かっていてあえて付き合ってくれている役者に他ならない。

 ただダニエル様だけは、そのことをことを知りませんけどね……?


「ですが、お身体を張るのは程々にして下さいね?」


「ぬぐぐぐっ」




 ❏❏❏




「……ということが先日あったのよ」


「私が出席出来なかった夜会で、そんなことがあったのですか」


 あの馬鹿王子性懲りも無くまたやったのか……。

 私はメルチェリーナ様の言葉に頷きながら、心の中で色ボケ王子に毒づいた。


 ここは私ハンナ・モルアナの住む、モルアナ伯爵家の屋敷。

 公爵令嬢のメルチェリーナ様は私の友人で、こうして定期的にお茶を共にする仲だった。


「本当にダニエル様の女を見る目のなさと、女絡みの間抜けっぷりを派閥以外に漏れないようにするのは大変で大変で……」

「差し出がましいようですが、メルチェリーナ様は優秀な御方なのですから、もっと相応しい殿方がいるのではないですかね」

「まぁハンナはよくそう言ってくれるわね……」


 お世辞抜きにメルチェリーナ様は素晴らしい御方だ。

 見目麗しく、教養もあり、礼儀作法も完璧、そうして執務能力も極めて高い。

 なのに何が曲がり間違って、あの馬鹿王子と婚約しているのか……いや、理由は知っていますけどね。


「でも私、ダニエル様のことをお慕いしているのですもの……」


 ぽっと頬を染めて、そんなことを言うメルチェリーナ様。


 ええ、はい、これが理由ですね。

 非常に残念なことに、メルチェリーナ様は心のそこからダニエル王子のことを好いているのです……。


「本当に!! 他のことはそこそこそつなくこなせるのに、恋愛関係になるとてんでダメで、信じられないような騙され方をする部分が好きで好きで……!!」

「それは一体どうなのでしょうか……」

「あとは救いようのない最悪な女の趣味も最高ね!! ああ、なんであんな絶対騙しにきてるような感じの女を好きになるのかしら……」

「それ、まったく褒めてないですよね……」


 そう語っているメルチェリーナ様の表情は、まさしく恋する乙女なのだが、その分内容の釣り合わなさと酷さが際立つ……。

 それに男の趣味の悪さならメルチェリーナ様も負けてないと、ちらっと思ってしまったもののどうにか言うのはこらえた。

 まぁ、メルチェリーナ様はあの男と違って、人間性がクズではないので問題はないだろう……親しい人間が頭を痛める以外は。


「そう言えば、以前隣国の皇太子との婚約の話もあったらしいですよね?」

「確かにあったわね……でもあの皇太子殿下は普通に優秀で、人柄もよくてダメな部分が一切無かったので……」

「いや、それっていいことですよね!?」

「ええ……でもその点、ダニエル様は表面を初対面で繕っていても、最初からなんとなく何かが違うと分かったのよね……!!」

「嬉しそうに言う内容ですか!?」


 というか、ダメなことが最初からかぎ分けられるって一体どんな能力ですか……。

 持っている能力に対してあまりにも残念すぎる……。


 しかしいくら好みが残念であろうと、メルチェリーナ様は私の大切な友人だ。

 だからメルチェリーナ様があのクズで馬鹿な王子が良いと言う限り、彼女の意思を尊重して応援を続けようと決めている……。


 正直、諦めて欲しい気持ちはかなり強いが、彼女自身が完璧に面倒を見た上で一緒にいたいと言っているため、私ではとても止められる気がしない。


 だから私は、ただただ彼女の幸せを祈るのみである。


「あぁー、ダニエル様のあのダメっぷりが、本当に可愛いくて素敵だわ……」

「…………」


 でも本当にこれで良いのだろうか……。

 私の中で、そんな疑問が消えることはない。

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あら、また婚約破棄したいと仰るのですか?【短編】 朝霧 陽月 @asagiri-tuyu

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