漆黒

 イサラギは思わず立ち上がった。


 チーム戦から一変して、激しい個人戦が繰り広げられているフィールドを必死の形相で見つめる。


 人間相手に油断しているとは到底思えない早さで切りつけてくるメリアのレイピアを、なんとか受け止めている貴帆。

 ニコニコと楽しそうな表情で短剣を繰り出すリュートを暗器2本でなやす雨虹。

 振り下ろしたら地面が割れるようなタドの圧倒的な力に近づけないナオボルト。

 魔法と魔法がぶつかり合って、振動ばかりが波紋状に広がるアズリバードとレッタ。


「こんな戦い方……ありなのでしょうか」


 エリックが膝の上のイサラギを抱く力を強めながら言った。イサラギも膝の上に乗せられた屈辱など捨て去った様子で、目の前で繰り広げられている熾烈な戦いに見入っている。


「個人戦に持ち込むのは禁止されておらぬ」


「そんな……!いくら貴帆様たちでもこんな戦い方されては回復もままならないじゃないですか」


 エリックはこの状況をまずいと思っているのか不安気な顔をしていた。イサラギは再びフィールド上に目を戻し、レッタを見つめる。彼女以外の他の奴らの力量は大体しかわからない。そんな中この状況を切り抜ける「何か」を実行できるのは彼女しかいないのだ。

 ──さあどう動くか。そう思って眉をひそめたその時。


「貴帆、頭を下げなさい!!」


 レッタが外の貴帆に向かって叫んだ。レッタの周りは土壁で隔てられている上に4人がそれぞれ個人戦に持ち込まれるのにも十分な広さをフィールドは併せ持つ。だがそれを無視するかのように、声はまっすぐ貴帆にも届いたようだった。イサラギが考えられる範囲では、レッタが土壁の天井が無いことを利用して風の魔法と何かしらの魔法を組み合わせて声を届けたということしかわからない。


 貴帆は風に乗って届けられた声にはっと反応する。そしてすぐさま頭を低くし、地面に伏せた。貴帆の敵であるメリアが、隙ができたとにやりと口角を上げる。メリアの飾り立てられたレイピアが掲げられ、きらりと太陽を反射して光った。だがそれが振り下ろされるよりも前にレッタが動いた。


「タナトスワーヴ!」


 一瞬にして漆黒の雲のような波のような波紋がフィールド全体に広がった。観客席をも揺らす振動とともに、あっという間にレッタを囲んでいた岩石の壁が砕けて呑み込まれる。ナオボルトを囲んでいた滝も勢いをなくし、雨虹の周囲も消火された。消えたのはそれぞれを取り囲んでいた壁だけではなかった。


 会場が静まり返り、波の消え去った後には敵味方問わず使い捨てられたマッチ棒のように倒れていた。

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