勇者の中身

 雨虹がやっとのことで貴帆と再会した時、その隣には得体の知れない若者がいた。だがそれより先に目に飛び込んできた貴帆の怪我に、雨虹は並んだ2人につかつかと詰め寄って


「これはどういうことでしょうか?」


と首を傾げる。

 目が笑っていない彼の微笑みに、貴帆はかなり怯えているが、隣の若者はあっけらかんとしている。それどころか


「こいつが降ってきたから、助けた」


と貴帆の頭を鷲掴みにする始末だ。

 話が通じない、と貴帆の方を見ると


「え、とですね……」


 目を逸らしながらも貴帆が事の経緯を話し出した。


 それを聞き終えると今度は鼻歌を歌っている若者に目を移す。


 外見は見るからに噂に聞く勇者そのものだった。

 大づくりだがくっきりとして比較的バランスのとれた目鼻立ちで、浅黒い肌が健勝さと快活さを物語っているよう。また高身長で、長い手足と鍛え抜かれた体から見るからに冒険者という風情――というか圧を醸し出している。

 何よりも首に巻いている太陽の如き深緋色のマフラーと、背中に背負っている大剣が彼が勇者トレアキサンダー・ナオボルトだと証明していた。


 どうやら本当にお目当ての勇者、トレアキサンダー・ナオボルトらしい。


「それではお話があるのでご同行願えますか、勇者ナオボルト様?」


 意気揚々と歩く勇者とその勇者からできる限り距離をとる貴帆を連れて洞窟を発ち、ひとまずリナートスの小さな食堂に入った。



「さて……ナオボルト様にお聞きしますがね」


 雨虹はナオボルトを厳しい目つきで見ながら言った。


「我がウルイケ領の領主、タカホ様をご存知ですよね」


 有無を言わさない圧をかける雨虹の背後には猛獣の影が見えそうだった。

 だがさすがはトレアキサンダー・ナオボルト。そんな雨虹など気にせず、あっけらかんと言い放つ。


「それは知らないね!」


「何言ってんの、こっちにはこんな手紙が来てるんだけど」


 今度は貴帆が手紙をナオボルトの目の前に乱暴に突きつける。イライラしているようだ。

 しかしナオボルトは悠長にその手紙を眺め、「あ、そういえば」と荷物の中を探り出した。しばらくの間くたびれた皮袋に頭を突っ込んでいたかと思うと、手に紙切れを持って顔を上げた。


「誘拐したのは俺じゃない。これ見ればわかるだろ?」


 そう見せてきたのは領主邸に舞い込んできたのと同じ紙だった。しかし――


「我ら……領での……主の護……む。……状……オ……主を……し――?」


 紙切れは所詮、紙切れだった。

 ナオボルトの自慢気に差し出した手紙はぐしゃぐしゃで、ほとんど破れていて修復不可能なほどの無惨な有様だった。


「というわけだからさ、きっと俺とお前らは一緒に冒険する運命。俺がいれば領主なんてすぐ助けてやるよ!」


 最悪の気分だった。

 せっかくこの勇者を見つけ、領主を助けて帰れるかと思っていたのに。ほとんど手がかりとも言えないような手がかりが、新たな謎と戦力を落としていっただけだった。


 戦力が増えたのは喜ぶべきことだ。だが貴帆はいつもナオボルトのようにずば抜けて明るい、何の悩みもなさそうな人が好きではなかった。そういう人ほど貴帆がどれだけ避けようとも、こちらの気持ちなど考えずに踏み込んでくる。


 貴帆と雨虹はこの先の苦難を覚悟して、ナオボルトと立ち上がったのだった。

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