第二十八話「老兵の夢 2」

「田寄さん、お願いがあるんです!」

「なんだいなんだい。そんな真剣な目をしちゃって~」


 翌日、私たちは追い出し部屋に入るなり田寄さんの元へ駆け寄った。

 何も持たない新人の私たちが頼れるのは、彼女しかいないからだ。



 だけど、駆け寄るなり驚いて立ち止まってしまった。

 そんなに広くない追い出し部屋の中に、どどんと場所を占領するように機械が置いてある。


 機械にはブラウン管という丸みを帯びたモニターがはめ込んであり、いくつかのボタンとレバー、そしてコインを入れる穴。

 それはゲームセンター用の大きなゲーム機だった。



「あれ、何をしてるんですか?」

「昔のアーケードの筐体きょうたいのお掃除だよ。会社のどっかに飾るってことで、古い倉庫から引っ張り出してきたんだってさ」


「外側が木でできてるんですね! 絵もレトロでいいなぁ~。もしかして、田寄さんが作ったものなんですか?」

「そこまで歳とってないよ! アタシが業界に入った頃には、これはすでに骨とう品だったからね」


 田寄さんは笑いながらゲームの筐体を見る。


「これはね、日本のゲーム業界の黎明れいめい期の筐体だよ……。昔はいろんな会社がアーケードゲームを作ってて、それを家庭用のゲーム機に移植してたんだ。その後、家庭用は移植以外にもオリジナルタイトルが増えて、ゲームブームを引っ張っていったんだよね」


「へぇぇ~。私は家のゲーム機で遊んでばかりだったから、こういう機械は新鮮ですっ」


「……まあ今ではアミューズメント施設も経営が大変で、なかなか新しい台も売れないんだけどね~」


 田寄さんは機械の蓋を閉めると、「よっこらしょ」と立ち上がった。



「それはそうと、どうしたのさ?」

「あ、そうでした。……僕たちもプリプロをやりたいって言ったじゃないですか。でも、確かに僕らは新人で、何にもできないんです。……だから」


 真宵くんがモゴモゴと遠回しに言おうとすると、田寄さんは歯を見せてニカッと笑った。


「ふふ。助けてほしいって言うんだろ?」

「えっ……はい。……そうです」


「いいよ~~」

「ふぇっ? 田寄さん、ほんとに!?」


「実はね。アタシら『追い出し部屋組』全員、その気持ちなんだ。……なんていうか、君たちみたいな若い子が元気なのに、アタシらが落ち込んでられないよね」

「やった~~っ!」


 なんて話が早いんだろう!

 聞けば私たちが孤立無援なのに企画書を作りきり、しかも審査会を通過したことで全員の目に光が戻ったらしい。

 みんなそれぞれに「情けなくてごめんな」と言うので、逆に恐縮してしまうほどだった。



 そんな感じで私たちが盛り上がっていると、真宵くんが恐る恐る手を挙げた。


「あの、でも……。水を差すようで悪いんですけど、開発機材がないとどうしようもないっていうか……」

「そっか。ゲーム作りには必須だもんね。……あ、自宅のパソコンを持ってきたらいいんじゃない!? それか、自宅で作るの!」


 会社が用意してくれないなら、私たちが勝手に持ってくればいいのでは?

 そう思ったけど、田寄さんがさえぎった。


「彩ちゃん、ちょいとお待ち。仕事としてやるつもりなら、それだけはやっちゃいけないよ。……そんなことをしたら会社のデータを外部に持ち出したなんて疑われるし、実際にセキュリティ的にも弱くなる。作るんなら、まっとうな方法で作らなきゃダメなんだ」


「あ……。ご、ごめんなさい……」


「わかればいいさ。……でも困ったもんだね。せめて機材管理室に入れれば、知り合いに頼み込むぐらいはするんだけど……。あそこはアタシらのIDじゃ入れないし、扉に監視カメラもついてるから侵入も難しいんだ」


 そう言えばそうだった。

 だからこの追い出し部屋は何もできないわけで、田寄さんたちも今までどうしようもなかったのだ。



 盛り上がった空気が再び重く沈み込む。

 その時、「あっ」と声が上がった。

 振り返ると、真宵くんがゲームの筐体を見つめている。


「僕にちょっとしたアイデアがあるよ」

「ホント!?」


「彩ちゃんにしかできないことなんだけど、頼めるかな?」

「ふぇ? なんで私!? ……私にできることならなんでもやるけど。お絵描きだと嬉しいな……」


 機械に詳しくない私が何をできるというのか。

 さっぱり見当がつかなかった。

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