第4話 願いと懺悔

「……ぅ……ここは……?」


「目が覚めたか? 田中アスカ。いや、元【異世界送り人】とでも呼ぶべきか?」


 目が覚めたら、そこは真白い空間だった。すぐに上体を起こして辺りを見回すと、目の前には夢の中で何度も見た神を名乗る物体がいた。


「元?」


「ん? あぁ、言ってなかったか? お前ら二人のことを轢き殺したのは、お前の意思を継いだ【異世界送り人】だよ。だが、轢き殺したのはお前のことだけで、一緒にいた女は巻き込まれたって形になるな。本当はその場にいない運命だったんだが、そこは神の力で書き換えさせてもらった。あのまま無理に生きさせても可哀想だったからな。聞いたか? あの女の母親、末期癌で入院してるらしいぞ? おそらく、後三日であの女は自殺してただろうな」


「そうか……ちーちゃん、そんなに苦しんでたんだな」


 ちーちゃんはこれまでそんな素振りを一切見せていなかった。つまり、あそこで死んでよかったということだろうか……?

 

「それより、十年間の仕事はついさっき終わりを迎えた。お疲れさん。でだ。お前には私の願いを達成した褒美をくれてやる。何でも叶えてやるから、好きなことを願ってくれて構わない」


「その前に質問がある。ちーちゃんはもう異世界に送られたのか?」


 願う前に俺は質問をした。ちーちゃんは別に俺に殺されたわけではないので、どうなったかが分からなかったからだ。


「その女については、まだどこの異世界に送るか考え中だ。それと今更だが、お前がこれまでに殺してきた人間は皆不幸な者たちばかりだ。DV、レイプ、いじめ、監禁等々……これらのありとあらゆる不幸から解き放つために、私はお前のような【異世界送り人】を利用しているんだ。お前は気に病んでいるだろうが、その行為は確実に人を救っていたんだ。誇ってもバチは当たらない」


「……そうか。良かった」


 俺はその話を聞いて、自然と笑みが溢れていた。

 無駄な殺しではなかったのか……と。

 三人目に殺したあの独身のおじさんも、十人目に殺したあのOLも、最初に殺したちーちゃんのお姉さんも……皆が苦しんでいたというわけか。


「おう。で、願いはどうする? 本当に何でもいいぞ。ハーレムを作るのもいいし、億万長者にするのもいいし、チートをつけてやってもいい」


 異世界に行くことを前提とした能力ばかりだ。

 チート、ハーレム、億万長者、どれをとっても後悔はしないだろう。

 しかし、俺はもう既に願いを決めていた。


「ちーちゃんをお姉さんと同じ異世界に送還してやってくれ」


「はぁ? 何でも叶う願いを他人に使うだなんて正気か?」


 本気で馬鹿に馬鹿というような口ぶりだったが、俺は本気だ。


「ああ。俺からのせめてもの償いだ。頼む」


 そもそもそれ以外の願いをしたら、今後胸のモヤモヤが取れなくなりそうだった。


「はぁぁ……わかった。後で叶えておく。では、最後に選べ。異世界と現代、どちらに行きたい?」


 白いモヤに包まれた神は、本当に呆れたというような大きなため息をつくと、究極の二択を迫ってきた。


「どうするって言われても……俺にはわからない」


 俺には決断することができなかった。否、怖かった。

 何をしてもうまくいく気がしない。俺は自分が何をできるのかわからないのだ。


「ちなみに異世界に行くと、歳や見た目は変わらずに身体能力が向上し、魔法やスキルが使えるようになる。逆に現代に戻ると、記憶や容姿が全てリセットされて赤ちゃんからのスタートだ。どっちがいい?」


 つまり、ちーちゃんはお姉さんのいる異世界に行くので、記憶や容姿をそのままに再会できるということだ。


「……現代……は精神的に無理だな。異世界にしてくれ」


「わかった。じゃあ早速送還させてもらう。生憎私も別の仕事があるのでな」


「ああ。頼む」


 俺は真白い空間の上でじっと佇んでいた。

 どこに飛ばされるのだろう。モンスターがいたり、人が簡単に死ぬ世界だろうか。

 わからないことが怖い。だが、やるしかない。


「ではな。元【異世界送り人】、田中アスカよ。お前は素晴らしい人間だ。気をつけるのだぞ——」


 神が言葉を言い終えると同時に、俺の全身は柔らかく暖かい光に包まれた。

 始まるんだ。俺の第二の人生が。願わくば、普通の人生が送りたいものだ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

【異世界送り人】〜トラック運転手の日常〜 チドリ正明 @cheweapon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ