第12話
「修道院に……」
存続を願っていた日常は、唐突に終焉を迎えた。
もともと手伝いのために来ていたのだ。いつかは帰らなくてはならないとわかっていた。
それでも、もっとキリネにたくさんのことを教わりたかった。
子どもたちの成長も見守りたい。
アリスは昔に比べたら明るくなり、少しは息抜きができるようになったようだが、まだ心配もある。
それに、近頃はルースのことも気になっている。
浮かない顔をしているサーラに、孤児院の院長は向こうでの用事が済んだら、また手伝いに来てほしいと言ってくれた。
「わたしでいいのでしょうか?」
それを嬉しく思いながらも、迷惑もたくさん掛けてしまったことを思い出す。
もっと手際の良い人が来てくれた方が、キリネも助かるはずだ。
でも孤児院の院長は優しく微笑んで頷いてくれた。
「もちろんよ。子どもたちも懐いているし、あなたが来てくれたら嬉しいわ」
笑顔でそう言われて、思わず涙ぐみそうになる。
公爵家の令嬢でも王太子の婚約者でもないサーラを、受け入れてくれる人たちがいる。それが何よりも嬉しい。
ずっとここにいたい。あらためて、強くそう願う。
修道院に戻ったらそう頼んでみよう。
居場所を見つけたのだと、サーラは思っていた。
ここでキリネにいろいろなことを教わりながら、子どもたちの成長を見守っていきたい。
もう公爵家とは関わりのない娘がどこで生きていこうと、父も母も気にしないだろう。
だから、このささやかな願いは叶えられると思っていた。
そんなサーラの運命を変えたのは、あの一通の手紙だった。
「そういえば、緊急だったわね。これをあなたに渡すわ」
孤児院の院長に渡された手紙。
裏返してみたが、差出人の名前はない。
家紋もないシンプルな白い封筒に入っていた。誰からだろうと思いつつも、サーラはそれを受け取った。
「はい、ありがとうございます」
礼を言って、部屋に戻ることにした。一度修道院に戻るのだから、一応荷物をまとめなければならない。
通りかかったキリネに、一度修道院に戻らなくてはならないことを伝えると、彼女はとても残念だと言ってくれた。
「また戻ってくるんだろう? サーラがいないと、あたしらも大変だからね」
そう言ってくれるのが、とても嬉しい。
できればそうしたいと告げると、キリネも喜んでくれた。
「ああ、そうだ。ちょうどルースに、隣町で買い物を頼んだんだ。送ってもらえばいいよ。あんたみたいな可愛い子を、ひとりで歩かせると物騒だしね」
ここに来たときは無知だったから、変装してひとりで旅をすることができた。でも、今となってはひとりで出歩くのはたしかに恐ろしい。彼女の気遣いに感謝の言葉を伝えると、キリネはルースを読んでくると言って歩き去って行った。
「ああ、そうだった。手紙……」
その後ろ姿を見送ったあと、ふと手紙の存在を思い出して部屋に戻る。
(誰からかしら?)
今のサーラに、手紙を出す人などいるのだろうか。
不思議に思いながらも封を切る。文字に視線を走らせて、サーラは息を呑んだ。
「お父様?」
手紙は、父からだった。
苦い思い出が蘇ってきて、サーラは視線を反らす。
父が自分に手紙を送るなんて、あり得ないことだ。とっさに読みたくないと思い、手紙を伏せる。
もし本当に父が自分に手紙を書いたのだとしたら、それはよほどのことに違いない。
(嫌だわ。でも……)
それでも、逃げ続けるわけにはいかない。
サーラは深呼吸をして覚悟を決めると、ようやく父からの手紙に目を通した。
想像していたように、それはあまり良くない内容だった。
サーラに拒絶されたカーティスは、それから王城に戻ったものの、翌日にまた修道院を訪れたらしい。
だが孤児院に移動していたサーラは、もういなかった。
彼が修道院の者に仔細を尋ねると、彼女たちは、サーラは他の修道院に移動したと伝えたようだ。
驚いたカーティスは、何と父に直接サーラの居場所を尋ねたらしい。それが国王の耳に入り、カーティスは呼び出されて、かなり叱咤されたようだ。
それは当然のことだ。
カーティスは従姉のユーミナスと婚約したのだ。
それなのに、前の婚約者であるサーラのもとに通うなど許されることではない。
どうして彼が、急にサーラに執着するようになったのかわからない。でもカーティスは、サーラに会いたい。会って、許してもらえるまで謝りたいと言ったそうだ。
サーラは思わず深い溜息をついた。
(あれほど言ったのに……)
彼に伝えた言葉は、何ひとつ伝わっていなかったことになる。
あのときサーラが思ったように、カーティスは何も変わっていない。ただ対象が、エリーからサーラに変わっただけだ。
それだけでもサーラを疲弊させるには充分だったが、手紙にはさらに恐ろしいことが書かれていた。
国王はカーティスに、王になるならば個人の感情は捨て、国のために生きなくてはならない。それができないのなら、王太子の地位を返上しろと迫った。
国王にしてみれば、帝国と揉めることなく王太子を変更するチャンスだった。しかもカーティスはその言葉に従って、王太子の称号を返上すると決めてしまった。
こうして王太子はカーティスの異母弟の第二王子に決まり、従姉のユーミナスは、彼と婚約することになった。
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