第8話 近藤くんが何かを企んでいる

現状、スタートダッシュを決めたい近藤くんが何かを変えたくて、いや、それか告白の件を有耶無耶にしたいのかはわからないけど、僕が思考停止になるくらいには強烈な提案だった。



「恋のキューピット部」


近藤くんは迷いなく言い放って、僕は思わず机の上に頭をこすりつけた。


「うごごごごご」


「どうしたよ?水道管破裂したのか?」


「わかりにくい喩えっ!」


頭を上げずにそう呟く。ここで顔を上げたら近藤くんと同類になってしまい、変人みたいなレッテルを貼られてしまうのだろうか?それだけは避けたいのだけれど、もう遅い。多分、近藤くんの本気じゃ無いかも。


恥ずかしいからやめて欲しい。


でも、近藤くんが本気なことはわかった。僕がゆっくりと顔を上げた時には、キラッキラした目でにこやかに笑いかけられたから。


だけど、その誘いに乗ることはできないんだ。


理由1、近藤くんはもう入学してすぐに告白を失敗しているということ。それを無かったことにしようだなんてムシの良い話は無いと思う。


彼女作りたいなら作りたいで良いと思うんだけど、一貫性が無くその場凌ぎをする彼が困ってる男女を助けたいだなんて大義を持つとは考えられない。


完全に女子と仲良くなるための口実だとわかってしまった。


理由2、これはこっちの事情だけれど、僕自身が既に偽元カノっていうよくわからない立場に置かれている以上、僕の周囲は波風を立てない人たちが良い。


うん、絶対そうだ。今決めた。これ以上の問題は僕のキャパシティを超えちゃうよ。だから、僕も人並みの学校生活とは言わず、一歩引いたところで力を溜めるのがいいかもしれない。


あれ?でも、恋のキューピットってあれだよね?誰かと誰かを繋げるサポーターみたいな役割?裏方だよね?


僕の目が泳いでいたのだろうか、一度近藤くんに左肩をポンと叩かれたので、視線を合わせた。


自信たっぷりの声が降りてくる。耳元で近藤くんが囁く。


「あのさ、元カノとこれ以上事を荒立てたくないおまえと、俺の意見は合致するはずだが?」


「うん?・・・うん・・・」


「北村があまり過去の話をしたがらないのは・・・まぁ俺と北村は初対面ではあるんだが、それでもあんな美人が元カノなら俺は吠える」


「吠えちゃダメでしょ」


「ダメなのか?話のネタにしても良いだろ。別れてるんだし」


別れてる・・・確かに。もう関係の無い人なのに何故ここまで色々と考えなくてはならないのだろうか。


この偽元カノの縛りのせいで僕の頭はパンク寸前だ。


このアブノーマルな、虚構的な恋愛よりも、これから盛り上がっていくだろう今だけしかできない恋愛を、客観的な立場で眺められるならそれもアリかもしれない。


「俺と北村は、爆弾を抱えている。だからもう綺麗に恋愛はできない。少し冷めた目線で極上の楽しみが観られるんだぞ?」


「それなら恋愛ドラマを観ればいいじゃないか」


「最近は学生同士の甘酸っぱいやつが少なくてな。自分で補給することにする」


「待ってよ。僕は近藤くんがそんな立場で満足できるとは思わないんだけど」


「そりゃあそうさ。チャンスがあれば俺も可愛い子と付き合いたい。それが誰かのおこぼれだろうがこっちに気持ちが向いて無かろうが関係ない」


「え・・・!?」


「わかったんだよ俺は。自分の立ち位置ってやつを。だからさ、このままじゃいられない。経験が欲しい・・・。女の子がどうしたらデートに行ってくれるかもわからない。なんなら、どうやって告白したら良いのかすら、もう自信が無いんだ」


近藤くんの顔は笑っていなかった。それは、合格発表の時に落ちた人だけが見せた悲痛なものと似ていたんだ。


僕らは高校入試を突破してここにいるはずなのに、なぜか近藤くんだけが不合格だったような、苦虫を潰したような表情をしている。


「俺は、別に勉強するためにここに来たんじゃなくて、新しい環境で自分を変えるためにここに来た。おまえは、どうだ?」

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