第43話 コンビニのトイレで
とりあずトッシュは七五三の神社に行くため、レンタカーを借りようと思った。日本エリアとナーロッパエリアの境目付近にはレンタカーショップが多いのだ。
もともとは、ナーロッパ人向けのサービスだったのが、どうにも評判がよくない。ナーロッパ人はぜんぜん利用してくれず、代わりに、日本の免許を持たない者や未成年が、ナーロッパで無免許運転をするために借りていくようになったのだ。
そのため、実質的には、ナーロッパエリアでドライブを楽しみたい学生向けのサービスともいえる。
ともあれ、困ったことにトッシュは運転経験はあるが免許を持っていない。レインも以前、ホームセンターで借りた車を運転していたけど、免許は持っていない。
ふたりとも、ナーロッパエリアだから運転したのだ。
「うーん。七五三の神社に行きたいんだけど、車に乗れない」
「車、やー」
トッシュの目的を察したらしく、シルが嫌がり始めた。ホームセンターで借りた軽トラで、ゲロ吐く寸前まで顔を青くしたときの記憶が蘇ったのだ。
「んー。でも、ふたりが着物だし、どうやって神社まで移動しよう……」
「今みたいにお姫様抱っこでいいよ」
幼女レインがピタッとトッシュにくっつく。真似してシルもぴたっとくっついてきた。
「ちょっ、ちょっと二人とも、歩きづらいって……」
トッシュはどもった。不思議なことに、つい先日まではレインの体に触れることがあってもなんとも思わなかったのに、今は心臓がドキドキ鳴る始末。
(もしかして、幼女化させてしまった罪の意識だろうか……)
朴念仁は、恋心が目覚めかけているのに、やはり鈍かった。
「と、とりあえず、ネイさんに助けを頼もう。レインがこんなんじゃ、月曜日から仕事に行けるか怪しいし、連絡は必要だし……」
トッシュはスマホを取りだし、かつての頼れる上司、藤堂ネイ・ヴィーを呼びだした。
「休日中にすみません」
『……貴様が連絡してくるとは珍しいな。どうした?』
「えっとですね、レインが幼女化しちゃって」
『……?』
通話が始まったばかりだが、かしこさ150幼女レインがネイとの会話を中断させるべく企む。ネイであれば、事情を知ればすぐに現状を元通りに回復させてしまうかもしれない。
それは駄目だ。
せめてトッシュとセッ――するまでは、レインは幼女レインでいなければならない。
レインは「アイス食べたい」と急に体を捻った。
武器にするにはあまりにも貧相で泣きたくなるほどが、ふたつの胸をトッシュの胸に押して当ててから、ゆっくりと体を動かし、お尻をトッシュの下腹部に擦り付けるような、もう計算高すぎて痴女ギリギリを攻めた巧みな動作をして、油断と動揺を誘い、後頭部でトッシュの顎を擦り付けた。
トッシュの脳が揺れる。
その刹那の一撃は、まさにボクサーがテンプルに「いいの」を貰ったときのように、トッシュの意識をプリンのようにドロドロにした。
本人の意志とは裏腹にトッシュの手からスマホが零れ落ち、レインはそれをキャッチすると、シルに渡す。
「ネイさんとお喋りできるよ」
「本当に? やったー!」
スマホに興味津々だったシルはスマホをがしっと掴むと、トッシュのまねっこをして、顔に当てて通話を始める。
その間、レインは倒れゆくトッシュの自重を利用しつつ、足払いをかけてトッシュの足を前にだし、さらに背中を引いて姿勢を立て直し、かしこさを活かした神業でトッシュの動きを操り、近くのコンビニへと向かった。
トッシュは頭がぽやーんとしているから完全に操り人形と化し、レインの「アイス、アイスッ」という可愛らしい声に従って「そうだ。アイス買わなきゃ」と洗脳されてしまい、ネイと通話中だったことをすっかり忘れてしまった。
レインはこのままふたりきりになって、ちょっとエッチな場所にいって、ちょっとエッチなことをして既成事実をつくって恋人同士になって、もう、毎日ちょっとエッチなことをする関係になっちゃおう、ぐふふ……などと企みだす。
幼女特有の羞恥心のなさ + レディースコミックスの知識 により、次々と策が生まれていく。とある漫画のワンシーンのように、コンビニのトイレに入って、トッシュのアレを、アレしちゃおうさ……。
そこまで企んでから、ようやく、脳内で放心していた大人レインが、脳内で目覚めた。
脳内の仮想公園で大人レインが叫ぶ。
「マイルドな表現にしてもダメですよ! ちょっとエッチなことってなんですか!」
キコキコ……。
仮想公園で幼女レインが、パンツが見えるのも気にしないくらいの幼女っぷりを発揮しながらブランコに立ち乗りしている。
大人レインは隣のブランコに座って、こぐでもなく、足を地面につけてキコキコしていた。
「大丈夫。コンビニのトイレでするから、人には見られないわ」
「駄目に決まっているでしょ!」
「しょうがないわ。じゃあ、おしっこをするだけね」
「ああ、それなら問題なし。ん?」
「トッシュー、おちっこしたいーって甘えるの」
「変質者ッ!」
「大丈夫。私はひとりでおしっこができない幼女だから」
「肉体は大人だよ!」
「あらいやらしい言い方」
「ぐ、ぐぬぬ。もう容赦しません! 体の自由を取り戻します!」
「え?!」
「いくら自分とはいえ幼女を相手に本気を出すのは大人げないと思うから大人しくしていましたが、もう我慢の限界です。貴方を捕まえて、私の体を取り戻します!」
「正気?! 奥手な貴方がトッシュと一線を越えるには、心を幼女にするしかないのよ!」
「そんなの、本当の私じゃないもん!」
大人レインはブランコを降り、幼女レインの前に跳びだし、がばっと腕を広げる。
そして、
ゴツンッ。
幼女レインの乗るブランコに顎を強打されて、脳内で意識を失った。
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