第7話 トッシュとシルはナーロッパへ向かう

 夕方になるとトッシュとシルは南へ向かって出発し、

 日本エリアとナーロッパエリアの境界まではタクシーで移動した。


 ナーロッパエリアに入ると建造物は減り、

 轍あとの残る路地に行き交う人はまばらだ。


 進めば進むほど建造物と人は減り、

 やがて、ふたりの周囲は無人の荒野になった。


 赤茶けた大地に、ポケットの凹凸でシルエットが歪になった男と、

 小っちゃいクマの着ぐるみの影が伸びる。


「あと30分くらい歩くから、辛くなったら言ってね。おんぶするから」


「歩くの平気。今はクマクマパワーだから、

 お日様が三回昇るくらいなら、休憩なしでも歩ける」


「いやいや、無理しなくていいよ」


「本当だよ?

 多分、シルの方がトッシュより、パワーあるよ?」


「さすがにそれはないと思うけど……。

 もしかして、シルのスキルは着ぐるみを作るだけじゃなくて、

 パワーも上がるの?」


「うん」


「へえ。試しに力比べをしようか。

 ちょっと待って」


「地面に何を書いているの? 魔方陣?」


「相撲の土俵代わり。押し合って、この丸から出たら負け」


「分かった」


「ここ立って。『発狂用の骨太』って言ったら押し合い開始ね」


「はっきょうようのこった?」


「日本式の試合開始の合図だよ。『発狂用の骨太』と言う伝統らしい」


「変なの……」


「じゃあ、行くよ。全力で押してね?」


「うん。シル強いから、てかげんしてあげる」


「……発狂用の……骨太!」


「えいっ!」


「うりゃっ!」


 体格差があるからトッシュはシルの脇腹を抱え上げるつもりだった。

 大人げないので子供相手でも勝つつもりだ。


 だが……。


「あれ?」


 シルが猛加速したので、トッシュは慌てて跳躍。

 両脚を左右に開き、シルの頭に手をついて跳び箱を跳ぶようにして突進を回避した。


「なにそのスピード」


「クマクマパワーだから強いって言ったよ!」


「あれ。マジで、少しだけ本気を出さないといけない?」


 シルが方向転換して突進してきたので、トッシュは腰を落とし、正面から受け止める。


「うおっ……! マジで、スゲえ!」


「トッシュも、少し、強い!」


 トッシュの足が地面を削り、体全体が後ろに下がっていく。


「えええ……。俺、今、身体能力2倍にしてあるんだけど」


「2倍?」


「言ってなかったっけ。俺のスキルは『ステータス編集』。

 あらゆるパラメーターを自由自在に変えられるんだよ」


 トッシュはシルの肩から右手を離し、その右手で自分の体に触れて、

 ステータスを編集する。


「シルと互角になるために、5倍?! うわようじょつよい」


 トッシュがようやくシルの突進力と拮抗できたのは、

 自身のステータスを5倍に上げたときだった。


「そ、そんな、シルのクマクマパワーと互角の人、初めて……!

 凄い!」


「いや、マジでシル、凄いよ。でも、俺の勝ちだから。

 ステータス6倍っと」


「え? え?」


「はい。土俵から出たからシルの負け」


「凄い! トッシュ凄い! シル、大人と綱引きしても負けなかったのに!

 トッシュ凄い!」


「いえーい。でも、シルも凄いよ。まだまだ成長するだろうし、将来が楽しみなスキルだね」


「うん!」


「よし。じゃあ、お遊び終了。行くよ」


「うん!」


 それから5分ほど歩いたとき、トッシュの「新しい家にはシルの個室もあるからね」という言葉が、シルの不安を煽った。


「ねえ、私が居候するからお家を買うの……?」


「ん? 心配しなくていいよ。

 もともと、給料の高い日本で貯金したら、

 物価の安いナーロッパで家を買うつもりだったし、

 ちょうどクビになったし。シルが来たのは良い切っ掛けになったよ」


「でも……」


「ちょうど出現したばかりの掘り出し物があったからね。

 この世界は定期的にゲーム世界が出現するんだよ。

 ちょうど昨日出現した洋館を、

 昔の伝手を頼って、優先的に買わせてもらったから、

 ほんと、遠慮とか、お金の心配とかしなくていいよ」


「うん……」


「それよりも、はい。水分補給して。体力はあっても喉は渇くでしょ?」


「ねえ、どうしてポケットの中に水筒が入っているの?」


「入れたから入っているんだよ? 別に不思議じゃないでしょ?」


「そうじゃなくて……」


「あと、これは水筒じゃなくてペットボトル」


「むー」


 トッシュははぐらかしたが、引っ越しをする理由は、もう一つある。

 それは法律の違いだ。


 日本エリアでは血の繋がらない未成年者と生活をすれば、

 たとえ合意の上でも拉致監禁や誘拐の罪に問われてしまう。


 しかし、ナーロッパエリアでは合法だ。


 トッシュがシルを居候させるには、

 ナーロッパエリアに引っ越すしかなかったのだ。


 こういった法律による違いで困っている人を救うのが、

 トッシュが先日まで所属していた転生者支援ギルドだ。


「ででん。問題です」


「ででんってなあに?」


「そこは気にしなくていいから……。

 基本的に現代日本エリアの方があらゆる面で生活水準が上なのに、

 わざわざ、ナーロッパエリアに引っ越すものが居ます。

 何故でしょう?」


「えっと……」


「お昼に色々お話ししたことを思いだして考えて」


「んー。

 ……分かった!

 ででん。回答です。

 法律が緩いから、犯罪歴のある人が逃げる」


「ででん、正解です。

 正解者にはキュウリをプレゼント」


「これなあに?」


「野菜だよ。かじるの」


「うん。……美味しい!」


「でしょー?」


「凄い! 凄く美味しい!」


 シルはキュウリにかじりつき、ガジガジガジガジ、一気に食い終えた。


「もっとほしい!」


「えー。でも、もう問題がないなあ」


「なんでー。

 ……。あ。じゃあ、シルが問題だす!」


「いいよ」


「ででん。問題です。

 デイビットとダルガンはどうして喧嘩したのでしょうか」


「デイビットと、ダルガン、いったい誰なんだ……。

 なぞなぞだよな?

 ……ふたりとも男性の名前で、アルファベットだとDから始まるから……。

 うーん。分からない」


「ででん。時間切れで、不正解です」


「答えはなに?」


「えっとね。シルが森に遊びに行こうとすると、いっつも、

 デイビットが『一緒に行く』って言って、

 ダルガンが『シルと一緒に行くのは俺だ』って言って、

 ふたりは喧嘩になるの。みんなで仲良くすればいいのに。

 ねえ、どうしてふたりは喧嘩するの?」


「なんという糞問題……。というか、問題ですらない……。

 えっと、たぶん、ふたりはシルのことが好きなんだよ」


「私もデイビットとダルガン好きだよ?

 好きなのにどうして喧嘩するの?」


「えー。なんでだろうね。分かんなーい。

 多分、シルがもうちょっと大きくなったら答えが分かるよ」


 トッシュは、めんどくさくなったから適当に話を終わらせた。

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