第2話 さっちゃんの恋

 さっちゃんは、マホジョとして致命的な欠点を持つ。それは滑舌が悪いということだ。滑舌が悪いと、呪文を必要とする魔法に大変苦労する。


「アカマタにょろにょろみにょろにょろあわせてにょろにょろむにょろにょろ」


 これは、誰かの駆け足を速くすることができる呪文である。しかし、その呪文をさっちゃんが唱えると、


「アカマタのろのろみのろのろあわせてのろのろむのろのろ」


 と、いかにも駆け足が遅くなりそうな(いや実際なるのだが)呪文になってしまう。ちなみにさっちゃんは、「糖尿病」を「トウノウボウ」と言ってしまう。これでは病名が、何だか人名にあるような気がしなくもない言葉になってしまう。

 そんなさっちゃんは、滑舌を改善するためにボイストレーニングの教室へ通っている。だがしかし、

「今日のメニュー、何かが足りないような……」

「足りない?」

「あ!」

「何?」

「サダダダ!」

「……佐田? 誰?」

「佐田さんって何? サダダだよ!」

「……」

 この有り様である。ちなみに、サダダとはサラダのことであり、おばあちゃんはそれを理解するのに少々時間がかかった模様。さっちゃんはラ行が苦手。というかラ行も苦手。

「ボイトレ通いでこのザマ~?」

「これからこれから!」

「私、未だに忘れられないわ。かたつむりの動きがあんなに遅くなるなんて……。ってかもうあれ、停止状態だったわよね」

「やめてよー」

 おばあちゃんは爆笑しているが、さっちゃんはあまり良い気分ではない。

「は~、この滑舌、どうにかしたい……」

 すっかりテンションダウンなさっちゃんを、おばあちゃんはじっと見つめていた。




 滑舌に悩まされているさっちゃんだが、楽しいこともある。

「磯西くーん」

 さっちゃんが手を振った先にいるのは、同じボイトレ教室へ通っている、磯西くんという男子だ。今日二人は、ランチをご一緒する約束をしていた。実はさっちゃん、割と積極的。

「今日は誘ってくれてありがとう」

「こちらこそありがとうだよー。このお店、ずっと行きたかったんだけど、一緒に行ってくれる人がいなくて……」

「ところで、さ」

「ん?」

「練習の方は、どう?」

「いやあ、それは……」

 苦笑いをするさっちゃんに、磯西くんはくすくす笑いかける。

「まあ、みんなそうだよな。おれも最近、伸び悩んでいてさ」

「え、磯西くんが?」

「いや、驚くことないよ。別におれは天才じゃないんだから」

「そうかな? 前にカラオケに行ったとき、すごい上手かったよ!」

「それはありがとう」

 少々曇っていた磯西くんの表情が晴れた様子を見て、さっちゃんはホッとした。そしてキュンとした。

「まあ、落ち込んでいられないよな」

「そうだよね。お互い頑張ろうね」

「うん」

「あ、着いたよ」

 おいしいオムライスで有名なレストランの中へと、二人は入っていった。




「おいしいね」

「うん」

 ニコニコ顔で、同じオムライスを食べる二人。オムライスは彼の大好物なので、本当に来て良かった、とさっちゃんは思った。

「はー、夢が叶ってお金持ちになったら、こんなおいしいものが毎日食べられるんだろうなあ」

「磯西くんなら絶対に夢を叶えられるよ」

「叶ったらいいんだけどなー」

 叶って欲しい。さっちゃんはいつも見ている。ミュージシャンになるために日々がんばっている彼の姿を。そんな彼に、さっちゃんはいつも励まされているのだ。自分もがんばろう、立派なマホジョを目指そう、と。

「おれのこの夢は、おれだけものとは決して言えないしな」

 磯西くんの真剣な目に、さっちゃんはまた胸が高鳴った。

「ははは」

「え?」

「一口分、スプーンから落ちた」

「あ」

 磯西くんに見惚れていたさっちゃんは、一口サイズのオムライスを口に運べなかったのだ。

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