第53話 20対1

「機関始動!繋留ロック解除!駆逐艦0256号艦、発進する!」

「機関始動、ロック解除!両舷微速、上昇!」


駆逐艦0256号艦が発進する。僕が大佐に昇進するための実績づくり、そして敵の動向を探るための哨戒任務作戦に出発する。


「敵の領地の奥深くに入るんですよね!?王族として私、初めて敵地に踏み込んじゃうんですよね!?」


セラフィーナさんの鼻息が荒い。が、それを言ったら前回だって一応、敵地だったぞ?戦いに勝利したからこちら側の領域になっているだけで、別にセラフィーナさんが敵地に入り込むことは初めてではないんだけどな。

とまあ、いつもの面子を引き連れて、僕の艦は規定高度に向けて上昇を続ける。向かうは、ブラックホール宙域内の連盟の支配領域の奥深く。可能ならば、その一つ向こうの宙域まで向かうことになっている。


規定高度から大気圏を離脱する。青い地球アース853を横目に、駆逐艦0256号艦はいつも通り半日かけて、この恒星系の外惑星軌道外にあるワームホール帯に向かう。


「ランドルフ少……じゃない、中佐殿。この書類にサインをお願いします。」


主計科の日誌を持って現れたのは、カーリン中尉だ。


「……いつもより食糧が多いな。こんなにいるのか?」

「はぁ!?いるに決まってるでしょう!単艦航行で、しかも敵地の奥深くに行くのよ!万一に備えて、積めるだけ積まないで、どうするつもりよ!バカじゃないの!?」


僕の階級が一つ上がったくらいでは動じないな、カーリン中尉は。相変わらずのタメ口だ。

だが、この作戦が終わったらカーリン中尉も大尉に昇進することになっている。でもまだそのことは極秘だ。司令部内で、出来レースと思われても困る。あくまでも哨戒任務が成功してから、先の戦いでの功績と合わせて、乗員の昇進が公表されることになっている。


そのためには、なんとしてでもこの作戦、成功させねばならない。行って帰ってくるだけの作戦ではあるが、敵地の奥深くに入り込むという、危険極まりない任務でもある。万一なにかあっても、精霊になんとかしてもらわねばならない。


その半日後には外惑星系に到着し、ブラックホール領域に向けてワープする。いつも通りの航路だ。

だが、そのブラックホール領域に入ると、これまで見たことのない物体が目に飛び込んでくる。

小惑星だ。大きさは300キロ超、ここに建設予定の要塞に使うための小惑星が、すでに運び込まれていた。

これを直径200キロの球体に削り、大型砲や艦艇収容ドックを作って一大防衛拠点とする。常時、数百隻を常駐させ、広くなったこのブラックホール宙域の連合側の支配域の維持に使われることになっているそうだ。

にしても、物騒な時代になったものだ。これほどの巨大な要塞、持っているところは連合内でもほとんどない。維持費が高すぎて、大きな負担となるからだ。

だがこのブラックホール宙域は、連合側としても最重要拠点の一つだ。ここは20の星々と最短で結べる宙域。その影響力の大きさゆえに、要塞を備えてまでこの宙域を維持しようということになった。


いずれ防衛拠点となるこの大型要塞の素を横目に、その先にあるワームホール帯へと向かう駆逐艦0256号艦。

そのワームホール帯は、例の10万隻の会戦が行われた、あの宙域につながるワームホール帯だ。

そこを抜ければ、一気に連合、連盟の支配域の境界までジャンプすることになる。


「ワームホール帯まで、あと30秒!」


このワームホール帯のおかげで、この宙域の軍事バランスが大きく崩れた。そして、精霊のやつが100隻を率いて暴れる羽目になった。

再び、あの戦場となった領域へと向かうことになる。


「ワームホール帯まで、あと3……2……1……ワープ開始!」


超空間に入ると周りの星々が消えて、辺りは真っ暗になる。が、すぐにその空間を飛び出し、周囲に星々が見えてくる。

ワープが完了すると、もうそこは先日の会戦で戦場となった、今は我々の領域となった宙域である。


「レーダーに感!艦影多数!数、およそ3千!」


が、ワープ終了後に一瞬、緊張が走る。いくら我々の宙域だといっても、少し前までは連盟の支配下にあった場所だ。敵である可能性は十分にある。だが直後の光学観測の結果が、艦内に知らされる。


「艦色視認!明灰白色!友軍です!」


なんだ、友軍か……驚かしやがる。にしても、我々の司令部からもらった行動計画には、この宙域に3千隻も展開する予定なんてなかったが……どこの艦隊だ?


「味方艦隊より入電!『こちら地球アース001、第4遠征艦隊!貴艦の航海の安全と、作戦の成功を祈る!宛て、ランドルフ艦長。発、アラステア中将』、以上です!」


なんと、先日お会いしたアラステア中将から電文をいただいた。あの艦隊は地球アース001艦隊だったのか。おそらく、極秘にこの宙域の防衛任務についているようだ。


「直ちに返信せよ。『貴艦隊の航海の安全を祈る。発、地球アース853防衛艦隊、駆逐艦0256号艦艦長、ランドルフ中佐』と。」

「はっ!了解しました!」


にしても、僕の艦だとよく分かったな。もしかしてあらかじめ、バルナパス中将から聞いていたのだろうか?直ちに中将宛てに返信し、その艦隊の脇を通り、宙域を抜けて奥へと進む。


そしていよいよ、連盟の領域に突入する。


この先の領域では、ワームホール帯の情報は限定的だ。わかる範囲のワームホール帯を伝って進まなければならない。

それ以上にここは、敵の支配域だ。当然、敵が出てくる確率は格段に上がる。こちらは、たった一隻だ。狙われたら、ひとたまりもない。


「レーダーに感!艦影、およそ100!距離、400万キロ!」

「艦色視認、赤褐色!連盟艦隊です!」


小規模ながら、敵艦隊が出てきた。おそらく、パトロール中の艦隊だろう。当然、我々は警戒する。だが、その100隻はこちらに向かってくる様子はない。

やはり1隻相手に、いちいち構うことはしないようだ。たかが1隻を沈めるためにあれだけの艦隊を動かすのはわりに合わない。敵も味方も情報収拾のために、相手領域にしばしば哨戒艦を派遣しているが、そこに地球アース星系や、機密の軍事基地や天体でもない限り、わざわざ単艦航行する艦を狙うことはないという。この辺りの事情は連合、連盟ともに同じようだ。

というわけで、敵の100隻の艦隊はこの駆逐艦0256号艦など目もくれず、規定の航路を航行していく。我々は離れていく連盟艦隊を横目に、その奥にあるワームホール帯に向かう。


ここをワープすれば、いよいよブラックホール宙域の連盟側の最果てにたどり着く。

その先には、ブラックホール宙域を抜け、連盟側の星に向かうワームホール帯が存在する。

この辺りにも、ちらほらと民間船がいる。連盟側の交易船だ。以前よりも、この宙域での行動が制限されてしまった連盟側。だが、その狭くなった領域の中でも、交易は続けられている。

この先に、さらに多くの民間船団を捉える。その船団が向かっている、連盟支配域の端に向けて、我が艦は進む。


にしても、気が抜けないな……すでに敵の支配域に入って12時間。戻って寝たいところだが、おっかなくてとても寝る気にならない。僕は、艦長席に座り続ける。

他の者も同じようだ。哨戒艦でさえ、この先まで進むことは稀だ。そんな領域に、ズブの素人ばかりのこの駆逐艦がゆく。


「ワームホール帯まで、あと20分!」


さあ、ついにワームホール帯の手前までたどり着いた。ここでもう一段だけ、敵の領域に入り込む。その後、その先をぐるりと3時間ほど回ったら、すぐに引き返そう。でないと、乗員皆の身が持たない。


「ワープ準備!念の為、遭遇戦に備える!砲撃管制室、砲雷撃戦、用意!」

『砲撃管制室より艦橋!砲雷撃戦、用意!主砲、装填準備!眩光げんこう弾、装填!』


砲撃準備は当然だが、雷撃準備も行う。もし万一、目前に敵と遭遇してしまったら、眩光げんこう弾を放って敵を眩ませて逃げる。そのため、レールガン発射口に眩光げんこう弾を装填し、備えておく。

万全の体制で、この作戦で最後のワームホール帯に突入する。


「ワームホール帯まで、あと4……3……2……1……ワープ!」


超空間に飛び込み、真っ暗闇に包まれる駆逐艦0256号艦。


そして、しばらくして通常空間に戻る。

星空が広がる。敵の只中とはいえ、どこも同じように星が広がっている。とてもここが敵の支配領域だとは思えないなぁ……

などとのんびり構えている場合ではない事態が発生する。


「レーダーに感!艦影20!距離……15万キロ!」

「艦色視認!赤褐色!連盟軍です!」


突然、敵の少数艦隊が現れた。しかも、射程距離内だ。

おそらく、相手も気づいていることだろう。ワープアウトする際の時空振動を検知されているはずだ。もはや、隠れようがない。

まずい、このままでは撃たれる。

僕は焦る。作戦は中止、直ちに撤退だ。退却時間を稼ぐため、眩光げんこう弾の発射を命じようとした。


「ら……雷撃……」


と言いかけた、その時だった。


僕の耳の奥で、ピーンという音が鳴り響いた。

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