第52話 昇進任務

さて、僕が1000年前の守護の精霊の伝承に夢中になっている間に、地球アース853宇宙軍司令部では、より現実的な「守護」システムが進められていた。


「宇宙要塞」の建設である。


具体的には、ブラックホール宙域と地球アース853を結ぶワームホール帯の真ん前に大型の小惑星を置き、そこに自動迎撃システムを載せたものを建造することになったそうだ。

つまり、大型の防衛要塞を設置して、地球アース853に侵入しようとする敵を追い払おうというのだ。

あの時のように、この星に向かうワームホール帯近くにワープできるポイントを見つけられて、また連盟軍が大挙して押し寄せるような事態を招けば、この星は再び連盟側の侵入の危機を招くことになる。それを自動で察知し、迎撃する仕組みを築いてしまおうというのだ。


かなり力技な案だな。あの金色に光る「神」でさえも、この提案にはびっくりすることだろう。


「で、その要塞の収容艦艇数は500隻以上、直径200キロほどの超大型のものとなる予定だ。」

「はぁ……しかし、それだけ大きいと、単に敵の砲撃の的になるだけではありませんか?」

「大丈夫だ。搭載される要塞砲は直径7キロ、射程40万キロ。全方位に作動し、敵の艦隊が砲撃する前に一撃で数百隻単位を沈めることができる。敵は恐ろしくて、近づくこともできないだろう。」

「あの……なぜそのような物騒なものを載せるんですか?それ、間違って味方を撃ったりしませんよね!?」

「まあ、地球アース001の周囲にある防衛要塞と同じものらしい。かれこれ100年以上運用して、味方を撃ったことは一度もないらしいから、大丈夫じゃないか?」


うーん、誤射はなさそうだが、逆に敵も撃たないってことはないのか?地球アース001って、一度も攻め込まれたことがない星でしょう?実際に敵を撃退できたという実績はなさそうだ。


ますます物騒な星になるような気がするなぁ。とうとう要塞なんてものまで作るんだ。大丈夫か、この星は?


「ヨウサイ?なんだ、それは?」

「ブラックホール宙域からこの星にくるためのワームホール帯の入り口に、でっかい砲をつけた小惑星を置くんだよ。そこで近づこうとする敵の船を撃ち落とすためのものだ。」

「ほう、ヤサイのような名前のくせに、なんだか強そうだな。」


ヤサイ……イーリスのやつ、まさか宇宙軍が巨大なタマネギを設置するとでも思ったのか?そんなもの宇宙空間に置いたって意味ないだろう。悪魔除けじゃあるまいし。


と、たわいもない会話をする土曜日の朝。この日はイーリスとマイニさんと共に、ショッピングモールへ買い物へ行くことにしていた。

が、想定外の来客に、ショッピングモール行きを遅らせることになる。


玄関の呼び鈴が鳴る。マイニさんが出た。


「……旦那様、来客でございます。」

「誰?」

「はい、宇宙軍司令部幕僚長であり、大佐殿であらせられる、ゴットリープ様でいらっしゃいます。」

「は!?ゴットリープ大佐だって!?」


いきなり、幕僚長が現れた。でも、何でうちに?これまでゴットリープ大佐がうちに来たことなど、一度もなかったのに。

玄関に出ると、ゴットリープ大佐が立っていた。横には……なんだかもじもじしてる女性。ああ、あの人はイリニヤさんだったっけ。


「よっ!すまんな、休み中のところ。」

「いえ、構いませんが……あの、ところで、なんのご用ですか?」

「ちょっと買い物ついでに、貴官に内密に伝えたいことがあってな。」

「はぁ……なら、ここではなく、司令部の方が良かったのでは?」

「先日のヴォルフの件があったろ。だから司令部ではなく、ここで伝えるように中将閣下から言われていてな。ここならば、何かあっても精霊がなんとかしてくれるし、その後すぐに精霊の補充が効くからな。」

「はぁ、そういうことですか。」


随分と用心しているな。でも何の話だろう?何れにせよ、仕事の話なのは間違いない。

ゴットリープ大佐とその奥さんを、リビングに通す。マイニさんがお茶を持ってくる。

それにしても、奥さんのイリニヤさんは落ち着かないようで、ずっともじもじしている。その落ち着きのなさが、見ていて少し気になる。


「なんだ、イリニヤのことが気になるか?でも気にしないでくれ。いつもこうなんだ。」

「は、はぁ……そうなのですか。」

「彼女、なかなか面白いぞ。例えば、こうすると……」


と言いながらゴットリープ大佐は突然、イリニヤさんの肩をガシッと掴む。


「ひやぁぁぁ!」


ビクッとして驚くイリニヤさん。


「あっはっは!こいつ、何度やっても慣れないんだよ!他にも……」


今度は、イリニヤさんの頭を撫でる。


「ひやぁぁぁぁ!」

「ほら、面白い反応だろう!?」

「ご、ゴットリープ様……あまり、からかわないで下さい……」


うーん、大丈夫かな、この2人。どう見ても奥さんは嫌がってるぞ?


「あの、大丈夫ですか?奥さん、ちょっと驚かれてる様子ですが……」

「ああ、大丈夫だ。こう見えてもイリニヤのやつ、こういうのをせがんで来るんだ。どうやら、からかわれるのが好きらしくてな。」


なんだそりゃ?はたから見ると嫌がっているようにしか見えないが、あれはあれで喜んでるのか?でも言われてみれば、もじもじしながらもうっすらと笑みを浮かべている。うーん、やっぱり喜んでいるのか……


「あの、大佐殿。わざわざ奥さんを見せるためにいらっしゃったのですか?」

「おっと、いかんいかん!イリニヤいじりが面白くて、危うく本題を忘れるところだった!」


うっかり者の大佐殿だなぁ。よくこれで司令部付き幕僚長にまでなれたものだ。


「実は、貴官を大佐にする話があってだな。」

「は?大佐……ですか!?」

「そうだ。すごい出世だろう。」

「いや、凄すぎですよ。だって僕……小官はまだ少佐ですよ?しかもまだ艦長になったばかりで2階級も特進だなんて……戦死したわけでもないのに、何かの間違いじゃないですか?」

「何を言う。先日の戦闘の武勲を思えば、それくらい当然だろう。」

「いや、あれは精霊がやったことで……」

「だとしても、あれだけの武勲を挙げて何もないでは、軍組織として示しがつかない。それにだ、大佐でないと出来ないことがあってな。」

「はぁ、何ですか、それは?」

「10隻の駆逐艦を束ねる、戦隊長だよ。」

「は!?せ、戦隊長!?」


唐突な話が出てきた。なんだと、僕が戦隊長だって?


「あの、僕はまだ1隻の駆逐艦ですらやっとなんですよ!?それがいきなり10隻とか……」

「大丈夫だ。1隻も10隻もたいして変わらねぇって、中将閣下も仰られていたぞ。それよりもだ、その精霊使いが2人もいるこの艦の艦長がたった1隻しか扱えない方がもったいないと、バルナパス中将閣下からのお言葉だ。」


うう……なんてことだ。気軽に言ってくれる。僕としては、まだ砲撃手をやっていた方が気が楽だった。なのに10隻を束ねろなどと、無茶なことをおっしゃる。


「というわけで、まずは週明けに中佐に昇進してもらう。で、その後に大佐へと昇進させる。殉職したわけではないから、いきなり2階級特進とはいかないからな。でだ。」

「はぁ、まだ何かあるのですか?」

「ただ大佐にするのも妙だからな。とりあえず何か、実績を上げたのちに昇進とする。」

「そ、そうなのですか。」

「そこでだ、駆逐艦0256号艦には、単艦での哨戒任務についてもらう。」

「はい……って、哨戒任務ですか?」

「そうだ。今回、戦闘のあったあの場所を超えて、その向こう側にある連盟側領域の奥深くまで偵察に向かってもらうんだ。」

「お、奥深く、ですか。」

「そうだ。通常の哨戒艦でも行くことのない領域を偵察し、帰ってくる。万が一のことがあっても、精霊が守ってくれる。どうだ、最高の筋書きだろう。」

「うう……しかし、駆逐艦0256号艦は新米艦ですよ?よろしいのですか?」

「あの艦は、レーダーを強化した艦、この手の哨戒任務をこなすには最適な船だ。しかもこの作戦が成功すれば、その功績で0256号艦の乗員達も昇進させられるぞ?悪い話ではないと思うがな。」


僕はグラッとくる。僕だけではなく、我が艦の乗員達の昇進まで提示された。この作戦を成功させられたなら、カーリン中尉をはじめ、多くの乗員の苦労に報いることができる。僕は、決断する。


「……分かりました。引き受けます、その哨戒作戦。」

「おう、そうか!なら、決まりだ!出発は再来週。準備しておけよ。」


ゴットリープ大佐は、僕の肩をバンバンと叩きながら言う。にしてもこの人、ちょっとおおらかすぎるんだよなぁ。僕は正直、ちょっと苦手だ。


「ですが、大佐殿」

「なんだ?」

「今の話、別にわざわざ、ここで話さなくても良かったのではありませんか?ここの方がイーリスを始め、民間人ばかりいますよ?」

「いや、ここには貴官に精霊がいることを知ってる連中ばかりだろう。しかも、工作員が紛れている可能性がない。だからいいんだよ。」

「はあ、そういうことですか。」


と、ゴットリープ大佐と話をしていると、イリニアさんがもじもじしながら話しかけてくる。


「あ、あの……ゴットリープ様……」

「なんだ?イリニア。」

「……ずるいです、ランドルフ様ばかりお相手なさって……」

「なんだ、お前も肩を叩かれたいのか?」

「は、はい……」

「相変わらず、こういうのが好きだなぁ、イリニアは。ほれっ!」

「ひやぁぁぁぁ!」


で、僕にやったように、イリニアさんの肩を叩くゴットリープ大佐。

声は嫌がっているが、なぜか顔は微笑んでいるように見える。なんだろう、この人は?


「それじゃ、買い物に行くか、イリニア。」

「はい……あの、ゴットリープ様。」

「なんだ、どうした?」

「……買い物の前に、一度家に寄ってもらっていいですか……」

「家に戻る?なんだ、忘れ物でもしたか?」

「い、いえ……その……私、さっきからちょっと、身体が熱くなりまして……」

「なあんだ、そういうことか!しょうがねぇな、じゃあ、することしてから出直すとするか!」


なんだ?ゴットリープ大佐がなにやら露骨なことを言い出したぞ?で、そのまま顔を真っ赤にしたイリニアさんと手をつないで、我が家を去って行った。


「なんだ、イリニアのやつ。いつもより妙に積極的だったな。」

「左様でございますね。あの顔、まるで夏のオオトビウオのようでございましたねぇ。」


オオトビウオというのは、イリジアスからリーデッジ王国にかけての海でよく見られるトビウオで、夏になると繁殖期をむかえ、身体の下半分が真っ赤になるのだという。


「それにしても、いい話ではないか。要するにランドルフが、もっと偉くなるというのだろう?」

「おめでとうございます、旦那様。」

「いや、たいしたことじゃないよ。全部、精霊のおかげだし。」

「そうかも知れぬが、これは精霊が、ランドルフが偉くなることを『最良』だと判断した結果でもあるのだぞ。もっと素直に喜べ。」

「そうでございますね。もっと上に立つものとしての自覚をしていただきませんと。なればこそ、早く嫡子をなしていただかねばなりませんね。」

「それもそうだが、呪術師シャーマンの後継である娘も必要だ。だが一方で、バーヴァリス準男爵家の家督を継ぐ嫡男もいるな……私は最低でも、2人の子をなさねばならぬのか。」

「左様でございます、イーリス様。」

「だが、私一人では荷が重いな。仕方がない、マイニにも手伝ってもらうしかないな。」

「イーリス様のお言いつけとあらば、私も旦那様のお相手をさせていただきます。全ては、バーヴァリス家の為に。」


はぁ!?何の話をしているんだ、この2人は。それに、どうしてマイニさんまで動員することになっているんだ!?

まったく、ゴットリープ大佐とイリニアさんといい、イーリスとマイニさんといい、変な話ばかりするものだ。お陰で、そのあとのショッピングモールでの買い物は集中できなかった……


さて、そんな波乱の休みが明けた月曜日。予告通り、僕は中佐に昇進する。


そしてその翌週、駆逐艦0256号艦は、連盟側領域内の奥深くまで、哨戒行動に出発することとなった。

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