第27話 地球853艦隊の初陣

ああ、当然こうなるわな……僕は、艦長席に座る僕の後ろに立つ。

だが、離脱してからもしばらく黙っている僕。それを後ろから見つめる僕。

この状態がしばらく続いた後、突然僕が叫び出す。


「2時方向!距離、350万キロに敵艦隊!」


レーダーにすら映っていない敵を見つける僕、いや、精霊。

だが、当然のことながら、周りは訳が分からず、ついてこない。


「か、艦長!その方向には、何も映ってませんが……」

「探信レーダー、用意!」

「えっ!?」

「復唱は!」

「は、はい!探信レーダー、用意!」


突然、僕は叫び出す。なんだって!?探信レーダーを使うのか?

探信レーダーとは、指向性の強いレーダーで、電波封鎖をしてステルス材などで身を隠している敵艦でも捉えられるレーダーだ。極短波の電波を一瞬だけ放ち、通常のレーダーでは捉えられにくい物体を感知することができる。

といってもこのレーダー、どの駆逐艦にも搭載されているわけではない。この300隻の艦隊では、我が駆逐艦0256号艦を含む、数隻にしか搭載されていない特殊なレーダーだ。

でもどうして精霊のやつ、そんなレーダーの存在を知っているんだ?僕だってこの3か月の研修で知ったばかりのレーダーだぞ?

やや懐疑的なレーダー担当が、探信レーダーを放つ。すると、やはり反応が返ってきた。


「探信レーダーに感!距離、350万キロ!艦数……およそ100!」

「続いて、光学探知!」

「はっ!光学探知にて、敵艦を視認!艦色識別、赤褐色!あれは……連盟艦隊です!」


ほんとだ、本当にいた。敵艦隊が潜んでいた。しかし精霊よ、毎度のことながらあんな遠くの敵の存在が、よく分かるな。

下手な探信レーダーよりも、精霊の持つこの勘のようなものを実用化できれば、ほぼ完璧な防衛システムができそうだぞ。しかし精霊のやつ、どうやって感知しているんだろう?

などと考えていたら、このタイミングで、僕は僕に戻ってしまう。

ハッとした。このままじゃいけない。僕は、すぐに指示を出す。


「データリンク!艦隊に、敵艦隊の位置を送信!」

「了解!データリンクにて、敵艦隊位置を共有します!」

「艦隊司令部に打電!我、敵艦隊を発見せり、総数およそ100!」

「了解!司令部に打電します!」


この瞬間、敵艦隊の位置が我々の防衛艦隊300隻に伝わる。そして、すぐに艦隊司令部が動く。


「司令部より入電!これより敵艦隊の迎撃に向かう、進路変更、面舵15度、速力そのまま、以上です!」

「よし、面舵15度!速力そのまま!」

「おーもかーじ!」


我々は、敵艦隊の方向に進路を変える。

敵は100隻。一方、我々は300隻。おそらくその数からして、敵は地球アース853への強行偵察部隊だ。

つまり、たった100隻とはいえ、プロ中のプロということだ。一方で、こちらは300隻といえども、今日初めて進宙したばかりの素人集団。まともに当たったら、まず勝ち目はない。

そんな相手を、精霊はうっかり見つけてしまった。


地球アース187艦隊は今、ほとんどが小惑星帯アステロイドベルトに集結中だ。多くの人材を地球アース853へ転属させたため、その抜けた隊員の補充のために、一度小惑星帯アステロイドベルト集結している。

そのタイミングを突かれてしまった。この宙域には、我々地球アース853の艦隊しかいない。


僕は、艦橋内を見る。

半数以上が、この星出身の者だ。

果たして、彼らを無事に返せるだろうか?


いや、そういえばイーリスも乗っている。パウラさんもいる。まさか戦闘に入るなどとは、思いもよらなかったから、連れてきてしまった。図らずも、彼女らも巻き込んでしまうことになってしまった。


精霊よ、これが本当に「最良」の決断なのか?


だが、300隻の艦隊は進む。連盟艦隊を発見した以上、それを排除するのが我々の役目だ。今さら、引き返すわけにはいかない。


ところで、敵艦隊の動きは変わらない。敵は、相変わらず電波管制をしいたままだ。敵からレーダー波が出ていない。つまり、我々が彼らを発見し接近していることに、まだ気づいてはいないとみえる。

そういえば、我々は方向転換時に機関の出力を上げなかった。エンジン出力を上げると、その熱源や重力子を敵側に感知されることが多いが、我々はそれをしなかったため、敵は我々を捉えられなかったようだ。

だが、我々はすでに敵の位置を知っている。

これを受けて、司令部から電波管制の指令が出た。一斉にレーダーなどの電波源を切る。この先は、光学観測のみだ。


ところで、この艦隊司令は地球アース187出身のバルナパス少将。当然、この艦隊の実力をよく知っているし、僕と同じで敵が気づいていないことも察知しているはずだ。

そして、僕の精霊のことも、よく知る人物だ。

ブラックホール宙域で何度も戦闘を指揮した経験のある、歴戦の勇者でもある少将閣下だ。おそらくこの状況では、奇襲を考えていることだろう。

まさに我々の進路の先は、敵の左側面を向いている。

駆逐艦にとって、側面は大いなる弱点だ。バリアシステムは前方には鉄壁な守りを保証してくれるが、その代わり側面と背後が弱い。だから、側面を撃たれたらひとたまりもない。

素人集団が勝ちを得るには、敵側面か背後に奇襲をかけるしかない。初弾で敵に多大なダメージを与えて、早期撤退に追い込む。成功すれば、我々素人集団でも敵に勝利することができる。

だが、リスクはある。もし敵が気づいたら……

そのまま恐れをなして逃走に転じてくれればいいが、もしこちらに向かってきたら、どうなるか?

これから宇宙での砲撃訓練をやろうという集団が、いきなりプロ相手に会敵すれば、たとえ敵の3倍でもそれなりの損害を受けることは覚悟せねばなるまい。

その時は、我が艦もやられるかもしれない。

そんな不安を抱えたまま、前進を続ける我が艦隊。


「艦内に警報発令!各員、戦闘準備!艦内哨戒、第一配備!」

「了解、警報発令!艦内哨戒、第一配備!」

「非戦闘員は、食堂で待機!各員、船外服を着用!」


敵艦隊まで、あと120万キロまで迫った。サイレン音が艦内に鳴り響く。

宇宙に出ることすら初めての元王族のセラフィーナさんは、この緊迫した雰囲気に圧倒されて、ただその場で突っ立って呆然としている。そこに、カーリン中尉が現れる。


「皆さん!船外服よ!順次着用して!」


警報がなって間もないというのに、もう主計科があのゴツゴツとした宇宙服を運び込んできた。僕はカーリン中尉に尋ねる。


「カーリン主計長!非戦闘員、非番の者は!?」

「すでに船外服を着用し、食堂にて待機中です!」

「そうか。分かった。」


さすがは戦闘経験豊富な主計長だ。すでに戦闘を見越して、事前に船外服を配っていたようだ。

この艦橋内でも、船外服の着用が行われる。これさえ着ていれば、宇宙に放り込まれても7時間は生きられる。

もっとも、敵の砲火が直撃すれば、ひとたまりもないのだが……


「敵艦隊まで、あと100万キロ!射程内まで、あと20分!」

「敵艦隊の動きは!?」

「光学観測にて視認!以前、進路変わらず!」


まだ気づいていないようだな。あと20分だけ、気づかないでいてくれ。


それから、長い長い20分が始まる。

どうして緊張していると、ああも時間が経つのが長く感じるのだろうか?不思議なものだ。おまけに、別に息を殺さなくても敵に気づかれるわけではないのだが、緊張のあまり、皆、喋らなくなる。

そんな短くも長い、緊迫した20分が続く。


「敵艦隊まで、あと31万キロ!射程内まで、あと2分!」


こちらも電波管制をしいたまま、敵艦隊に向けて突入する。敵はまだ、気づいてはいない。

あと2分バレなければ、奇襲は成功する。

相手は機関出力も落とし、ただ宇宙に漂う岩のようなものだ。あれなら、練度の低い我々の艦隊でも、相当数沈められるはずだ。


そして、あと1分で、敵を捉えられる。

が、このあと1分が、とてつもなく長かった。僕の一生で間違いなく、最も長い1分だろうと思う。

時計の秒針を見るが、なかなか進まない。スローモーションのように動く秒針を見て、イラつく僕。早く砲撃を加えて、奇襲を成功させたい。

そんな長い長い1分が、ついに終りを告げる。


「司令部より入電!電波管制、解除!全艦、砲撃準備!」

「電波管制解除!砲撃管制室、砲撃戦用意!」


司令部からやっと、攻撃命令が下令される。いよいよ、奇襲作戦の開始だ。我が艦の主砲に、エネルギーが装填される。

艦橋にある大きなモニターにレーダー画面が映し出される。まさに敵艦隊の側面を捉えたことが分かる。

敵は方陣形にて、目の前を横切っているところだった。

我々の主砲から発せられるエネルギーとレーダー波を捉え、敵もようやく奇襲をかけられたことに気づいたところのようだ。

敵艦隊が、一斉にこちらに向きを変え始めた。だが、もう遅い。

キィーンという装填音とともに、主砲にエネルギーが蓄えられる。


「主砲装填、完了!」

「よし、主砲、撃ちーかた始め!」

『主砲、撃ちーかた始め!』


砲撃管制室から、復唱が返ってくる。と同時に、我が艦の主砲が火を噴いた。ガガーンという雷に似た音が、艦内に鳴り響く。

と同時に、青白いビームの筋が、虚空の宇宙に吸い込まれるように伸びていく。


そういえばこの艦にとって、これが初めての砲撃だ。完成時に一発くらいは試射しただろうが、正式に撃つのはこれが初めてということになる。

しかもその初弾は訓練用の小惑星ではなく、なんと敵に向けられて放たれた。

我が方の300隻が、ほぼ同時に砲撃を開始する。そのうち何発かは、命中する。

が、我々の艦は外したようだ。

ああ、もったいない……ほとんど動かない敵相手に外すとは、なんということか。僕だったら、絶対に外さない自信はあったのに……だが、これが我が艦隊の実情だ。本来ならば、艦隊戦どころではない。

しかし、奇襲によって、敵は混乱に陥った。こちらに転舵し砲撃する艦、あるいは背中を向けて、逃走しようとする艦。

その背中を向けた艦に、照準を合わせるよう伝達する。


「ナンバー35に照準!通常砲撃、撃てーっ!」


それは、ちょうど背中を向けて全力で逃走しようとしている艦だった。だが、我々にとっては絶好の餌食だ。明らかに、そちらの艦長の判断ミスだな。悪く思うなよ。

そのナンバー35の艦に向けて、我が艦の主砲が放たれた。


「ナンバー35に命中!レーダー、および光学探知にて、撃沈を確認!」


背中を向けた駆逐艦など、無防備に近い。主砲のビームが当たれば、確実に沈む。

なんとか2発目はうまく当たったようだ。我々はついに駆逐艦一隻、約100人の乗員共々、宇宙の藻屑に変えたのだ。

そしてこれがこの艦の、最初の戦果となった。


「続いて、ナンバー37!」

「了解!主砲装填!」


まだ練度の低い砲撃科の乗員に向かって、細かく目標を指示する僕。どうしても砲撃科の頃の感が残っている。

3発目は外れた。敵も徐々に体制を立て直し、こちらに向けて撃ち始めた。


「くるぞ!砲撃中止、バリア展開!」

「砲撃中止!バリア展開します!」


直後に、この艦の3倍はあろうかというビームの帯が到達する。が、かろうじてかすめたようだ。

それを見て、腰を抜かしているセラフィーナさん。僕は彼女に声をかける。


「セラフィーナさん、そこの席で座って見てなさい。」

「は、はい!」

「これが艦隊戦だ。この先、何度も経験することになると思う。慣れておくように!」

「りょ、了解であります、艦長!」


本来ならば、こんな物騒なところにいなくてもいいはずのご身分だったセラフィーナさん。だが事情はどうあれ、駆逐艦の艦長の庶務係になってしまった以上、避けては通れない経験だ。

奇襲で始まった艦隊戦だが、練度の差はあるとはいえ、さすがに敵があまりに不利過ぎる。敵はすぐに後退を始める。

本当ならば追撃戦などしたくはないのだが、さすがにある程度は追撃しないと、敵に素人集団だと感づかれてしまう。そこで、敵の速度に合わせて追撃戦に入る。

それが、約20分続く。さすがに味方にも、損害が出始めたようだ。それでも、敵への追撃をやめるわけにはいかない。

ようやく追撃を緩める。敵が離れていく。我々の追撃終了を見て、背中を向けて全速で離脱する連盟艦隊。そこで司令部から、敵味方の損害が報告された。

敵艦隊100隻のうち、27隻が撃沈した。損耗率30%近く。初陣ということを差し引いても、大勝利だ。

一方で、我が艦隊も3隻が沈んでしまった。まだできたばかりの貴重な艦が、3隻もやられた。数の上では大勝利だが、せっかく育てた人材が失われてしまった。我々にとっては、決して小さくはない損害だ。

しかし、この艦は生き残った。


「はぁ~……いやあ、精霊が発動した時は、どうなることかと思ったよ。」


2時間して警戒体制が解除されたのち、僕は食堂でイーリスと会い、思わずこう言った。


「そうか、やはり精霊が発動していたのか。」

「なんだ、イーリスは気づいてたのか?」

「いや、なんとなくだ。これだけの戦さだ、精霊が発動しないわけはないと思っていた。」


などと言いながら、食堂でラーメンなるものを食べているイーリス。


「ところでセラフィーナ様よ。この戦闘中、何をしておった?」

「な、なにって……戦闘の行く末を、見守っていたのよ!」


それは何もせず、ただ見ていたということと同義なのではないか?


「なんだ、王族とあろうものが……なんということか。そういう時は、兵を鼓舞し、士気を上げる。それこそが上に立つものの役目ではないか!」

「うう……そんなこと言ったって……私はここの下っ端だし……」


後で聞いた話だが、この時イーリスはこの食堂にいたパウラさんや非戦闘員、非番の者に向かって、本当に鼓舞していたらしい。

精霊の加護がある以上、我々は負けることはない、そうイーリスが何度も言っていたと、カーリン中尉は証言してくれた。

もっとも、戦闘が始まった時点ですでに精霊の加護はないのだがな……その直前に、精霊カードは使ってしまった。


「そうだ!」


と、ラーメンをすすっていたイーリスが突然叫ぶ。


「ど、どうしたの!?」

「そういえば、まじないをかけねばならんではないか!このまま、また敵に襲われたら、精霊の守護がないままではないか!」


そう言って席を立ち、僕の前に立つイーリス。


「さあ、ランドルフよ。まじないをかける。さあ、立て。」

「いや、あの、イーリス、ここではちょっと……」

「何をためらうか!すぐに終わる!さっさと立て!」


まったくもう……言い出したら聞かないイーリスだ。僕は渋々立ち上がる。


「デア シュピリッチ……アイザ ルガゼット マヌ エラ……」


ああ、この食堂には今、20人近い人がいるというのに、御構い無しだな、イーリスよ。

いつもの呪文の後には、いつもの口づけが行われる。

20人ほどの食事中の乗員の前で、艦長が妻と口づけを交わし始める。

で、今度はラーメン臭い口づけを受ける僕。ああ、まったくもう、いくら必要なまじないとはいえ、周りからはなんと思われているのだろうか。せめて誰も見ていない部屋に戻った後では、ダメだったのか?

こういう光景に慣れているはずのカーリン中尉も、冷めた目で僕の方を見つめている。セラフィーナさんも多分、この儀式のことは知っているはずだろうが、それでも顔を赤くして凝視している。


だが、考えようによっては、この艦の乗員である以上、これくらいのことは慣れてもらわねばならないのかもしれない。こういうことは、今後も起こりうる。そういう艦だ、ここは。

顔を離しながら、うっとりとした顔で見つめるイーリス。

そういえば、前回はイカ臭い口づけだったが、今日現れた精霊はイカ臭くはなかったな。

ということは、次回現れる精霊は、ラーメン臭くなることはないということだ。そんなどうでもいいことが、今回よく分かった。

だが当面、精霊が発動する機会はない方がいいかな。できれば次は、ラーメン臭い口づけをされたことを忘れたころに、発動して欲しいものだ。

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