第5話

 「結局、なんにもなかったな」

「ね」

 自転車を押して歩く、帰り道。

 夜になれば少しだけ気温が下がって幾分かは過ごしやすくなるのだが、やはり暑いものは暑いままだ。チューブアイスの涼しさが既に恋しい。走り回ったのもあって、暑さは昼間以上の気すらする。

 「唸り声も鈴も、全部管理人さんのところの猫だったしなあ」

猫が遊びまわっていただけ。それを追いかけて、慌てすぎて転んだ……それだけの話だ。なんのホラーもミステリもない話。

 ところで、と志麻の足元に視線をやった。

「あれ以外に怪我ない?」

「大丈夫だってば。何回聞いてくるの。かすり傷だし、それに可愛い絆創膏くれたじゃん」

そう言って足首の絆創膏を誇らしげにみせてくる。

「妹のが余ってただけだし」

「とか言いながらちゃんと持ち歩いてるの良いね」

「あーもう、悪いかよ」

「良いことだよ」

 一応、自転車に乗らないかと誘ったのだが、志麻はゆるりと首を振った。二人乗りが嫌なら志麻を触らせて僕が押す、と言うことも考えたのだが、

「いいの。帰りはゆっくり帰りたいの」

そう言う。

「そういうもんか」

「そういうもんよ」

いやにぴしゃりと言われては僕も何も言えない。そんなもんかあ、と言いながら大人しく自転車を押して歩く。

 願いの叶う宝の一つもないけれど、それなりに楽しかったので僕としては満足だった。けれど、志麻は少しだけ残念そうにしていた。割と本気で探してたのか、どうなのか。

「あーあ、お宝欲しかったなー。なんでも叶えてくれる魔法の玉的なー」

「七つ集めるアレかよ」

苦笑してから、ふと考えてポケットに手を突っ込んだ。玉なら持ってる。

 「じゃあ、はい、玉。これやるよ」

そう言って渡したのは、例のスーパーボールだ。七つ集めてもテンションが上がるくらいしかない代物だが、特別綺麗ではある。夕陽を吸い込んだラメが複雑な光を放っていた。

「えっ、いいの?」

「特別だかんな」

大袈裟に言えば、志麻は満面笑顔を咲かせて受け取った。陽に翳しながら、

「ありがとう! やった、宝物ゲットした! いいことあった!」

「一つ三百円の宝物か……」

「値段は関係ないんですう」

「はは、まあ喜んだならいいや」

そこまで喜んでもらえるなら、買ってよかったと思う。それに拾ってきてくれたのは志麻だ。

 「へへ、ありがと、いやあシマシマはいい奴だ。流石シマサマサマだよ。シマシマフォーエバー」

「あんまシマシマ言うな。それ自分褒めてんの、僕を褒めてんの」

いや、僕なのはわかるけど。照れ隠しにそっぽを向いた。

「えー、わかるくせに」

「わかるけど、ほら、クラスの奴らも『シマシマ』呼ぶからさ、シマーって呼ばれるとどっちか一瞬わかんなくなるんだよなあ」

「ええ、私ともいつもシマで呼びあってんじゃん」

「そりゃそうだけども」

「知ってると思うけど」

 ニッと志麻は悪戯っ子みたいに笑った。

「私のシマは嶋だけだよ」

 ゆうやけこやけが街に流れる。そんな当たり前のことを言われても……。けれど、僕もだと答えるのは少しキザな気がして飲み込んだ。先行くポニーテールを見ながらなんなんだとため息を吐きたくなる。なんかちょっとだけ嬉しいのが悔しい。

「嶋、嶋」

「なに、志麻」

「テストが終わったらさ、また探検しようね」

 燃えるように橙に染まった空の下、振り返った志麻の笑顔も同じ色に染まっていた。あまりにきらきらとして、柄にもなくキザな台詞を吐きそうになってまた思いとどまる。

 蝉の合唱が一瞬、鳴り止んだ気がした。

(了)

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しまとしま 井田いづ @Idacksoy

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